彼女の嘘と、幼き日の夢
如月ゆう
序 彼女と私の終わりの始まり
気が付くと、私は薄暗い部屋の中で座っていた。
雨漏れでもしているのか、どこからか水の滴る音が反響し、頭上ではジジジッと裸の電球が明滅を繰り返している。
「おはよう」
突如として掛けられた声に反応する。
目を向けると、見事なまでの艶やかな白い髪と宝石を埋め込んだような真紅の瞳を持つ小柄な少女がいた。
アルビノ――と言ったか。その肌も驚く程に白く、まさに目を閉じた時の瞼に映る光のように眩しい。
「……おはよう、ございます」
久々に口を開いたのか、出た声は少し掠れていた。
だがしかし、少女は私の言葉に満足したようで、うっすらと微笑んで頷いてくれる。
そして、それだけで私の心は満たされたような気持ちになってしまった。
……彼女とは、初めて会うはずなのに、どうしてだろう?
「自分のことはちゃんと意識できているか?」
…………? 何となく、その聞き方に違和感を感じる。
「えっと……はい」
「そうか。じゃあ、今が何時なのか、それと君の名前を教えてくれ」
そこで違和感の正体が分かった。彼女の聞き方は問いかけというよりも問診に近いのだ。
彼女は私のことを知っており、その私に異常がないかを探るためにこの問答はあるのだろう。
「今は戦歴二百五十五年の二月八日、ですよね? 名前は……エマ、だったと記憶しています」
聞かれたことに対して、頭に思い浮かんだことをそのまま伝える。
すると、またしても私は自身の発言に違和感を持った。
しかし、今度はさっきと違ってそれほど気になることでもない。けれど、なんだか言いようのないモヤモヤが心の中に巣食う。
「ふむ、ちゃんと記憶しているみたいだな。私の名前はどうだ? 分かるか?」
「あっ、はい。……えっと…………」
思考を巡らせるが該当する情報は出てこない。どうやら彼女に関する記憶はないようだ。
……うん? 記憶? …………記憶が、ない。あっ――。
「あーっ!」
モヤモヤが晴れたことに対する爽快感と重大なことに気付いた焦りとで、思考と殆ど同じタイミングで大声を上げてしまった。
目の前の少女はうるさそうに顔を背けて片眼を閉じ、煩わしそうにこちらを睨む。
「なんだ急に、うるさいな。一体どうしたと言うんだ?」
「あの、あのですね……! 大変なんですよ! あの、私、記憶がないみたいで。あっ、記憶と言ってもそう言った記憶ではなく、あくまであっちの記憶がないんですけど――」
「おい、とりあえず落ち着け。何を言ってるのかさっぱりだぞ」
興奮して説明が空回る私に対して、少女はあくまでも冷静に言葉を返してくる。
その姿に私の頭の熱も多少下がったため、彼女に伝わるような表現を考えてみた。
「…………えっとですね……改めて言いますと、どうやら私には記憶がないみたいなんです」
「……はぁ」
コイツ何言ってんだ、みたいな目で見られて早速心が折れそうな私。
でも頑張って説明してみます……!
「あの、記憶と言ってもですね? そのー、何と言いますか……あっ、そう! 思い出! 思い出のような記憶がすっぱり消え落ちているんです」
「……………………」
「さっきみたいに日時のこととか、名前とか、知識面の記憶は残っているようなのですが……。どうにも、私がこれまでどうやって生きてきたのか、思い出せないみたいです」
「……………………」
私が話し終えるまで少女は黙って話を聞いていた。こちらに目もくれず、顎に手を当て黙考している。
……あれ、これ私の話ちゃんと聞いてくれてますよね?
「…………君は何者だ?」
唐突に投げられる質問。
「――って、いや! その答え、私が知りたいんですけど! やっぱり私の話聞いてませんでしたよね? 記憶無いんですよ、わ・た・し・は!」
「いや、そういうことじゃ――まぁ、いい。それなら質問を変えよう。今の印象でいい、自分のことをどう思う?」
「それなら答えられますけど……。えー、そうですね。やっぱり可愛い女の子じゃないですか? あっ、もちろん性格が、ですよ。自分の顔は覚えてないので。でも、明るいってだけで結構モテちゃうと思うんですよねー! あと――」
まだまだこれからだというのに、少女は私を手で制す。
「待て、もういい。大体分かった。……うん、なるほど。そういうことか…………」
「…………? 何を理解されたのかは分かりませんが、それなら良かったです」
相変わらず、彼女の思考はよく分からない。
一人思考に没してしまい、私は手持ち無沙汰になってしまった。なので、ふと自分の身体を確認する。
おぉー、マイボディとはいえ中々のものをお持ちで……!
「――って、私裸じゃないですか!」
今更なことに気が付き、思わず突っ込んでしまった。
途端に羞恥心を感じ、少女の目から私の大事な部分を手や腕で覆い隠す。
「……何を今更。というか、君には羞恥心もあるのだな」
「いや、それは当たり前ですよ! 人として持ってなきゃいけないものですよね、これは!」
その私の言葉に、少女は満足したように笑う。
……うぅ、なんで満足されたのか分からない。私の身体に満足したのかな?
「……ふむ、やはり素晴らしいな――」
やっぱり、私の身体だ!
「――私は」
違った! なんか勘違いが恥ずかしい!
悶絶し頭を抱える私に、彼女は楽しそうに告げた。
「そう騒ぐな、服はこれから持ってきてやる。これからよろしくな、エマ」
差し出される手。それをおずおずと握りしめると、花が咲いたような笑みを向けられる。
その瞬間に、私の心は洗われたかのように清らかになった。
「はい!」
今日一番の笑顔で返事をする。
こうして、私と彼女の生活が――。
突如として響き渡る地鳴り。
何が起きているのか分からず右往左往とする私がいる中、彼女はボソリと呟いた。
「……っち、もうバレたのか。こういう時だけ働く、軍の狗め」
何を言っているのかわからず尋ねようとするも、状況がそれを許さない。
「早く来い! さっさと荷物をまとめて逃げるぞ」
いつの間にか彼女はドアの前で手招きをしている。私は覚悟を決めると、着るものも着ず廊下へと駆け出した。
それから一分とかかることなく、とある部屋へとたどり着く。
中にはベッドとPCデスク、大量の本棚しか存在せず、この部屋の主の人となりを表す物がこれでもかと言うほどに見当たらない。
「荷物はその椅子に置いてある物を。服は……これしかない、好きなのを選んでくれ」
そう言われ、私はクローゼットからベッドに並べられた服を眺める。
まずは一着目。真っ赤な布地に短い袖、足元まで伸びる丈の長さ、そして何より特徴的なのが腰まで届きそうな程に深いスリットだ。
続いて二着目。真っ白な小袖に真っ赤な袴の伝統的な装束だった。ただ、その見た目の割に重ね着が多く、着付けも面倒。
最後に三着目。紺色のワンピースのような服に白いエプロンの付いた、従事する者としては実用的な一品。胸元のリボンもチャーミング。
「――って、なんでチャイナ服、巫女服、メイド服なんですか! もうちょっとまともな服は無かったんですか?」
「無いな」
キッパリと断言する彼女。だが、私もここは譲れない。
「そんなわけないですよね? だって、少なくとも貴方様の服があるじゃないですか」
完璧なまでの論破。最早ぐうの音も出まい。
満足して胸を張る私に、彼女は誰もが見惚れる程に眩しい笑顔を向けてくる。……むしろ、眩しすぎて怖い。
「そうかそうか、君は私の服を着たいのか。良いだろうとも、その大層ご立派なお身体に合うかは分からないが、存分に試すといい」
「…………あっ」
その言葉の意味に気づき、私は焦る。敢えて黙っていたのだが、彼女の胸はあまりに小さい。そして、身長も低い。おそらく百四十七、といったところか……。
少女の逆鱗に触れ、私が恐れおののいていると再びの地鳴り。
「……ちっ。コントをしている場合じゃなかったな。時間が無いんだ、さっさと着替えてくれ」
その口調には本気の焦りが含まれていた。本当に急いだ方が良さそうだ。
さっきの件もあるし、仕方なく私はあの服を手に取る。
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