第7話 有能魔法剣士・・・?
コクロ湿原と町をつなぐ道のりを歩くのはこれで3度目になるが相も変わらずしんどかった。幸い昨日の運動による疲労や筋肉痛が無かったため助かった。異世界補正という奴だろうか。
「綺麗なところだな」
この湿原に来るのは初めてだというジェドは移動の疲れを全く感じさせない様子で景色を見やる。さすがはジェド、この程度では息を上げることもない。いやぁ、頼りになる良い協力者が増えたなぁ。
「私の方が綺麗でしょ?」
僕は耳を疑ったが、ユリコは昨日僕に投げかけたのと同じ、ある種恐怖すら感じさせる質問をジェドにしていた。深く考えるなジェド。それはユリコがジェドとの仲を深めようと発した冗談なんかじゃない。そいつは景色と私を比べたうえでどちらが綺麗?と言葉通りのことをマジに聞いてるだけだ。その女は自然と勝負してるだけなんだ。
それに聞き方からもわかる通り自分の負けはきっと想定していない。恐ろしいと感じてしまうかもしれないけど、どうか「ユリコの方が綺麗だよ」と言ってあげて欲しい。というか僕が助け船を出せば丸く収まるか。
「そうだな、ユリコの方が綺麗だ」
「そうよね」
ジェドの即答にユリコの顔は綻んだ。ジェドに僕のフォローなんて必要なかった。天才とはこうなんだと、僕は決して埋めることのできないであろう差を見せつけられた気がした。
「それじゃ各自で頑張りましょう」
ユリコは上機嫌になったのかいつもより軽く見える足取りで湖畔の方へ歩いて行った。
「いつもあんな感じなのか?」
「うん・・・」
やめて!変な奴って思わないで!僕の恩人なんです!
「素敵な女性だな」
あんな質問をマジに投げかけてくる女を素敵な女性だと形容するジェドの方が素敵だと思う・・・。
「ところで、ウサギとはどのようにして捕まえるんだ?」
あれ、ジェドはこういうのあんまりしたことないのか。まぁ魔法剣士だもんな。もっと高貴な別の仕事に励んでいたのだろう。
「申し訳ないが私は罠の準備などしていなくて」
「今朝決まったんだからそりゃそうでしょ。それに僕もユリコも罠なんか無いよ」
「ではどうするんだ?」
「追い回して手で捕まえる」
「なるほど」
ここでなるほどと言えるこいつの胆力。やはり場数が違うんだろう。情けないからあまり言いたくはないけれど言っておかなくてならない。
「偉そうに言ってるけど実は僕、一羽も捕まえたことないんだ」
「私もだよ。共に頑張ろう」
ジェドは馬鹿にするような考えは浮かびすらしていないような屈託のない顔で微笑む。
もう好き好き!大好きジェドお姉さん!
☆
僕は恋の穴に落ちてしまわないよう気をつけながらウサギを探し始めた。僕が一方的に落ちないように気を付けてるだけだが。
「オオツキ!あれそうじゃないか?」
ジェドが指で示した茂みにはウサギがいた。さすが姉さん、この程度お茶の子さいさいってね。
「うん そうだね」
「可愛いなぁ!オオツキもそう思うだろ?」
ジェドは整った中性的な顔立ちに少女のような笑顔を浮かべている。確かにウサギは愛らしい見た目をしているとは思うけど。
「ちょっと声大きいよ」
「あっ すまない」
時は既に遅く僕らの声に気付いたウサギはぴょんと逃げ出してしまった。
「その すまない」
「いや、そんなに謝らなくても」
彼女のウサギを見つけて喜ぶ姿がイメージより幼く見えたため僕は少し狼狽した。
「あんまり見たことがなくて」
「うん 確かに可愛いね」
ジェドのさっきの笑顔もギャップはあったが非常に可愛らしかった。言わないけど。
「残酷だけど僕らも稼がないといけないし仕方ないよね」
愛着を持てば持つほど辛くなるだろう。
「え?」
なにその驚きの表情。
「残酷ってどういうこと?」
「どういうことも何も、命を奪うわけだから」
「え?」
「え?」
「殺すの?」
「そりゃまあ うん」
「え?」
「え?」
そんな難しいこと言ってるかな。徐々に渦巻き始めた嫌な予感を払拭するように彼女に問う。
「僕らはウサギを獲りに来たんだよね?」
「あぁ」
「獲った後どうすると思ってたの?」
「撫でたり」
「うん」
「頬ずりしたり」
「うん」
「・・・・・」
「それで?」
「バイバイして帰る・・・」
いや、そんなわけなくない。冒険者にウサギと触れ合ってきてくださいなんて依頼ある?
「僕らは肉として、毛皮として売るためにウサギを獲りに来たんだよ・・?」
「もしかしてと思っていたが、それは本気で言っているのか・・?」
僕が聞きたいんだけど。マジで遠足の気分で来てたの?
僕が頷くとジェドはそうか、と目を伏せた。僕の中の有能魔法剣士像は音を立てて崩れ始めていた。
☆
ウサギさんとふれあいに来ていた女性が急にそれの命を奪いにいけるわけもないので、僕らは木陰に座り小休止していた。有能魔法剣士だと思っていた彼女は膝を抱えて俯いていた。
「すまない」
「ちゃんと説明してなかった僕も悪いから。さっきは問いただすようなことしてごめんね」
「謝らないでくれ。私の考えがお花畑過ぎたのだ」
「そんなことないよ」
いたたまれなくてそう言ったが、正直そんなことはある。ただ、僕の中の彼女の有能像は崩れ去りもはや残っていないが、彼女が窃盗犯を魔法で捕えていたのは事実だ。きっとそういった自警団的な仕事をしていたのではないだろうか。
「今まではどんなことしてたの?」
「家で剣術や魔法を学んでいた」
「うん」
身なりから育ちは良さそうと思っていた。
「それから?」
「一生懸命学んだ剣と魔法を生かし冒険者として皆の役に立ちたいと思ったんだ」
「うんうん」
素晴らしすぎる。私利私欲のためじゃなく、誰かのために力を使う。それでこそジェド。
「だから駆け出し冒険者の多いサルハミの町で冒険者を始めたんだ」
「へえ」
サルハミっていうのは僕とユリコが泊まる宿があり、僕が冒険者登録をした、メッツの料理店があるいつもの町。僕はこの世界においてこの町しか知らない。駆け出しが多い町だったとは。
「しかし冒険者登録とやらをしたまではよかったのだが、そこからどうすればよいかわからなくて」
「うん」
「まず共にしのぎを削っていけるような仲間を見つけようと思ったんだ」
「うん」
「それでオオツキに話しかけたんだ」
「へえ」
それ昨日じゃない?
「昨日冒険者になったってこと・・?」
「そうだ」
「じゃあ、僕と同期だね・・」
ド新人同士じゃないか・・・。なんなら昨日過程はどうあれ初仕事を終えている僕の方が先輩なのでは?ただ少し考えればわかることではあった。経験豊富な冒険者が僕とウサギ狩りにに行くわけがない。何のメリットもないのだから。
「冒険者になると決めたときに覚悟していたつもりだったんだがな」
ジェドは膝を抱えたまま呟くように言う。
「無理しなくていいよ。僕とユリコでやるから」
「いいや、私はもう冒険者なんだ。私もやる。2人に迷惑をかけるわけにもいかないからな」
彼女は目にキッと力を込めて立ち上がる。
「見ていてくれオオツキ!」
「う うん」
言ってしまえば僕らはウサギ狩りをするだけで、彼女の目に浮かぶ気概はウサギ狩りに向けるそれとしてはいささか強すぎる気がした。
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