第5話 初仕事

 ユリコの見せたふれあい動物園法は役に立たないため、僕は自分なりの作戦を立てた。


 それは持久戦。詳しく説明するまでもないただの体力勝負。僕はこれだと決めたウサギを見失わないように全力で追い続ける。脱兎の如くという言葉があるのだ、そもそも人間の僕が瞬発力で敵うわけがない。


 しかし瞬発力に富む生き物が持久力に欠けるというのは世の常。さらに僕は持久力に特化した生き物と言ってもいい人類。40㎞を2時間で走る哺乳類は人類だけだと聞いたことがある。


 お前にその一瞬の速さという武器があるように僕には持久力があるのさ。どれほどお前が粘るかは知らんが最後に笑うのは僕だ。精々今際の追いかけっこを楽しむんだな!




「なんで・・・?」


 僕は荒い息を整えることもできず、もう限界ですよぉと主張する震えた足を投げ出してへたり込んだ。


 ぽけーっと虚空を見つめていた鈍そうなウサギにターゲットを絞って追い回し始めたのはよかったのだけれど、そこから先は僕の予定通りとはいかなかった。


 ウサギなんか10分も走ればバテるでしょという甘い見通しだった僕は、想定外のハイペースによって早々に息が上がり、限界が見え始めた。それもそのはずで、40㎞を2時間で走るのは訓練を積んだアスリートの話で僕はそれに当たらない一般人。


 そんな当たり前のことを作戦を実行する前に気付かなかったのは恥ずかしいが、それでも、人間様として、一人の男としてのプライドをかけて全力を尽くしさらに数分粘ったことは評価してほしい。


 ただ結果として持久力ですら負けてしまった、もはや完敗だった。


「僕はウサギ一匹捕まえることのできないどうしようもない男」


 仰向けで空を眺めながら自傷的独り言を呟いた。


 異世界に住むここのウサギ達は地球産のウサギに比べて身体能力が高いに違いない。


 だから仕方ないのさ、と自らの独り言で傷ついた僕を励ましていると、青一色だった僕の視界にユリコが入ってきた。


「かけっこはもうお終い?」


 上から僕の顔を覗き込んでユリコは言う。僕の負け試合を見ていたのか。


「もう終わりだよ。僕はウサギに負けたんだ。」

「汗すごいわね」

「うん、別に笑ってくれていいよ」


 むしろ笑ってくれた方が楽だ。


「笑わないわよ。可愛らしくて面白かったけど」

「なんだよそれ」

「あなたなりに頑張ってたんでしょ。それはとても良いことで笑われるようなことではないわ」


 あ!褒めて伸ばすタイプの人だ!


「まぁ うん」


 素直に嬉しかった僕はもごもごしてしまった。


「それにしても情けない男ね」


 あ!最後に毒を吐くタイプの人だ!



 ☆



「もう暗くなるし帰るわよ」

「まだ1羽も獲れてないよ」

「私が4羽捕まえたから。血抜きもしてる。」

「ユリコさん・・・」


 湖畔で黄昏てたときはどうなるかと思ったけど、あまりの僕の不甲斐なさに腰を上げてくれていたようだ。


 ユリコについていくとウサギは手足を縛られ木に吊るされていた。木から下すと血抜きのためだろう切り口が首に見られ、地面には赤黒い染みが出来ていた。さっきまで元気に跳びまわっていたそれは冷たくて、身勝手な罪悪感に苛まれた。食卓に並ぶ肉や魚には何も思わないし、虫なんて目障りだからって理由だけでも平気で殺してきたのに。


「この子たちのおかげで私とあなたは今日を生きるのよ」


 冷たいそれを抱えた僕にユリコは贖宥状をくれた。


「とっとと帰るわよ」

「うん」


 僕は4羽を木から下し、抱え上げた。





 復路は往路よりしんどかった。プライドをかけた死闘をウサギと演じた後であり、戦果を持っての移動のため当たり前のことだ。この戦果は僕が勝ち得たものじゃないけど。でもだからこそ実質何もしていない僕が荷物持ちくらいはせねばなるまい。片腕しかないユリコが持つのには限界があるだろうし。


 息も絶え絶えで町に戻るころにはすっかり暗くなっていた。


「このまま依頼主のとこに売りに行くわよ」


 とユリコは歩みを止めず言う。


 依頼人は料理店を営むメッツという男性だった。


「ようお前がオオツキか!はじめての仕事なんだってなあ!」


 声のでかいおっさんだな。


「はい」

「コクロのウサギは旨いんだがなかなか仕入れられなくてな、冒険者に依頼出してんだよ」

「そうなんだ」

「けどウサギ狩りなんて依頼受けてくれる冒険者も少なくてな、4羽だけでも助かるぜ」

「それならよかったよ」

「そんなことより報酬くれない?」


 世間話をぶったぎったのは僕じゃなくてユリコだ。そんなことどうでもいいから早く報酬の金出せよおっさん、こっちはそのウサギ獲るために疲れてんだよとは僕も思ってたけど初対面のおじさんにそんな態度はとれない。ただユリコはお構いなしみたいだが。


「あぁ、悪いな姉ちゃん。あんたは坊主のパーティーメンバーか?」

「そんなところね」

「へぇ、それにしても綺麗な姉ちゃんだな」


 おいおいおっさん、その綺麗な姉ちゃんが金の催促したの聞こえなかったのかぁ?俺らは疲れてるし暇じゃねぇのよ。時間の無駄だからとっとと金出せオラ、と無駄話を続けるおっさんに僕も催促しようとすると、


「とまぁ、なんにせよ坊主の冒険者としての初仕事は成功だな。お代はいらねえから食って行けよ。俺からの贐だ。」


 おじ様ぁ・・・。

 疲労から暴言を繰り返していた心に住む邪悪な自分が許せない!めちゃくちゃ良いおっさんじゃないか!大好き!


「いいの!?」

「あぁ、お前くらいの歳はたくさん食わないといけねぇのよ」

「ありがとうメッツおじ様!」

「メッツで構わねぇよ」

「助かるわ」


 ユリコとお礼を言い、お言葉に甘えさせてもらった。


 労働の後に食う飯の美味さったらないよなぁ。僕は歩いて帰ってきただけなのだが、それを忘れるほどにメッツの料理は美味しかった。


「ほらよ」


 とメッツは食べ終わった僕に報酬金を手渡してくれた。


「本当にありがとうメッツさん」

「まぁウサギ狩りだからな、大した金じゃないけどよ。よかったらまた頼むぜ。」

「うん」

「また食いに来い、次はお代もらうけどな」


 異世界にも人情はあるのだと泣きそうになった。


 僕らがもらった報酬は、ユリコに聞くと宿に一泊できるほどの金額だそうだ。これでも4羽分のウサギ狩りの報酬としては多いらしい。メッツさんが多く包んでくれたんだと思う。本当に素敵なおじ様だ。


「それじゃお風呂ね、あなたもたくさん汗かいたでしょう」

「え!?」


 そんな急に眼福チャンスが来るなんて思ってもおらず声が裏返る。そらこんな美人と行動をともにしてたらこういうイベントもありますわなぁ!?


「鼻の下が伸びてるけれど」

「そっそそんなことないよぉ」

「あなたの世界でどうかしらないけど混浴じゃないわよ」


 だそうです。


 日も暮れて、公衆浴場にはガタイの良い兄ちゃんやダンディなシルバーなど老若男女の人で賑わっていた。獣の耳や尾が付いた獣人も見かけた。僕が入ったのはもちろん男湯だから女湯がどうなっているのかはわからないけどきっと似たような状況だろう。ただ僕の左腕、肘から先の女性的で綺麗な手を見られないようにするのが大変だった。見られて困るわけじゃないし、むしろ見せびらかしたいほどに綺麗な腕ではあるのだけどきっと不審に思われてしまうだろうし、避けられるトラブルは避けるべきだ。


 思いの外気持ちよく、長湯をしてしまったがユリコはまだ入浴中のようだった。浴場を出て町を眺めているとその景色は今までに僕が育ち見てきた街並みとはあまりに違っていて、行きかう人々の馴染みのない風貌も両々相俟相って、ここが異世界であるという突飛な現実を身に染みて感じさせる。


「帰れるのかな」


 僕は知らずのうちに独り言ちていた。


 あの世界が好きだとか愛しているとかは考えたこともない。そりゃそうだ。そんなこと考えるのは考えすぎて頭がおかしくなった奴だけ。僕にとってあの世界にいるってのは当たり前でそんな平々凡々なこと気にしないのが普通。しかし自然と在ると思っていることには自然じゃなくなってから気付く。家族、友人、恋人、はいないけれど。心配してるだろうか。


「すまない、少しいいだろうか」


 壁にもたれて目を閉じ、思案に暮れていると爽やかさと艶めかしさ、どちらも孕んだような涼しい声が聞こえた。目を開けると、凛とした表情に柔らかな目じりを載せたショートカットで男前な美人がいた。胸に膨らみがあるから多分女性であっていると思う。


「君は冒険者で合っているだろうか」

「えっと、うん」

「!・・そうか、それはよかった」


 僕は冒険者登録とやらをしたときに貰ったネックレスを付けているからわかったのだろう。今日デビューしたド新人だけど嘘ではない。ただ僕が返事をすると少し驚いた顔をしたのが気になった。


「始めたばっかりだけどね」

「そんなこと関係ない。物事は始めないと始まらないからな。」


 爽やかで愛くるしくもある笑みを浮かべて彼女は言う。なんか良さげなこと言ってる気がするけどちょっと何言ってるかわからない。まぁ可愛いからいいか。


「僕に何か用?」

「何を隠そう私も冒険者なのだ」


 彼女は腰に差した剣をとんっと叩いて続ける。


「それで提案なのだが私とパーティを組まないか?」


 突然の申し入れに僕は驚いた。勝手な推測でしかないけれど彼女の身なりは整っていて、腰に差した剣は上等なものに見える。かつ、何より彼女の雰囲気は有能のそれだった。故に不思議だったのだ。


「さっきも言ったけどバリバリの初心者だよ?なんで僕と?」

「直感だな。君は少し雰囲気が変で気になったんだ。それにこうして話してみると仲良くやっていけるという確信も持てた。」

「そ、そっか」


 普通雰囲気が変だと感じた奴に話しかけるか?それにこんな短時間で相性が良いと断言するところからも変人の香りが漂い始めている。


「私はジェド」

「あぁ、えっと僕はオオツキ」

「これからよろしく頼む」


 まだ返事はしてないんだけど・・・


 ナチュラルに押しの強い変人美人に困惑していると、すごい勢いで駆け抜けていく男が目に入った。


「そいつ捕まえてくれ!うちの商品盗りやがったんだ!」


 遅れて後方から追っているであろう男の声も聞こえた。

 

 どの世界にも泥棒っているんだと呑気に考えているとジェドが僕の右手を掴む。


「追うぞ」


 正義感に溢れた表情と行動。


「う うん///」


 やだ・・かっこいい・・・




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