第3話 黒い宝石 Black Gem (途中)
フワッ、一陣の風が吹き抜ける。
上空を飛ぶハゲタカの一羽が落ちてきた。コムラ・オラバは弓の名手であった。
コムラは弓を射ることはとても好きだ。だが、生き物を遊びで殺す事はいけない。
ハゲタカは見事に羽を射抜かれ、バタバタともがいていた。
「ほら、よしよし、すまないな。」そういうとコムラは矢をはずし
ハゲタカを逃がしてやった。
我々はオラバ族という、内陸で農業をしながら暮らしていた。
ただ、コムラには酋長として生まれた以上、趣味のみに生きるわけにはいかない。
海に近いところに住んでいたものたちは、コムラの10代以上前の世代から
金や宝石と交換し、部族同士が戦争で勝つために武器を
競うように集めていた。「白い人」はそのうち金や宝石を掘り出すために
彼らを武器で脅して道具として使い、危険な山の坑道で働かせた。
最近では、土地も名誉も権力も白い人にすべて奪われ、
彼らの祖国イングランドで、同じようなものを大量に作るようになり
人間自体が売り物として連れて行かれるらしい。
だがコムラにとってはどうでもいい、彼らは人を殺すために武器を買い
殺しあって、奴隷になってしまったのだ。誰も殺すなと誰も教えなかったのか。
他の部族は、物として売られ、飢えに苦しみ、ずっと働きっぱなしだ。
海沿いに残ったもので部族間の争いが起き、その結果滅んでしまった。
今年5歳になる娘が一人いる。妻はこの子を産むときに亡くなった。
コムラは外部からいろいろなものが入ってくる事はよい事だと思っている。
コムラの部族は、武器など買わずに文字の書かれた質のよい書物を
集めていた。直接、白い人に接触するのは危険なので、家畜と交換に
他の部族を通じて、集めていた。別にコムラのために集めているのではない。
娘のためだ。白い人が彼らより強いのは、彼らより広い世界を知り
多くの知識を持っているからだ。
コムラの遠い祖先に、砂漠を渡り、白い人と戦って帰ってきた者がいた。
ヨーロッパと言うところから来た鉄の塊の戦士がアラブのイスラム戦士と
戦ったらしい。鉄の戦士は凶悪で残忍、狂っていたと伝えられている。
その兵士たちは、白い人であった。住民を皆殺しにして回ったらしい。
初代オラバはエルサレムから帰った英雄であり、
その足の速さで伝令を務め、勝利に貢献し、鉄の戦士を弓で多く殺した。
そして、遠い国で姓を与えられ、コムラは意味も知らず
名乗っている。その初代オラバは、白い人、鉄の戦士が来たら
決してかかわるなと、一族の掟に定め、オラバ族は白い人がやってきたとき
掟に従い土地を捨て、内陸の荒野に移り住んだのだ。
初代オラバは正しい預言者だった。
初代オラバはこのあたり一帯を治める 王であった。
だが旅に出る事を選び、もどってきたときは、異邦人として扱われた。
コムラの一族には秘密の名前がある。初代オラバは叙勲を受けるとき
イスラムの酋長からサウルと言う姓を賜った。
娘、ウバには彼らの文字アラビア語でサウルと刺青を入れた。
コムラは娘とともに平穏に日常を送っていた。娘は5歳だが
英語を学びつつある。会話を学ばせるために
白い人の愛妾となっていたが捨てられた女を一族に入れた。
初代オラバの予言は正しいだろう、かかわってはいけない、
だが向こうからかかわってきたらどうするか。
将来オラバ族を率いるであろう娘ウバには武力は期待できない。
だから、多くの知識と聡明な頭脳を与えたかった。
もはや、この大陸のどこに逃げても、白い人、虐殺の狂人はやって来る。
産業革命期の真っ只中、細々と炭鉱で働くものたち、
そして、細々とそれを監視するものたち。
前者はおおむね流浪罪のベイグランシーと
アフリカから連れてこられた道具かであった。
後者はゲットーから通う貧困ユダヤ人。
1日に3シリングで雇われていた。
ベイグランシーとユダヤ人は仲が悪く、彼らの多くは
ユダヤ人はブルジョアの手先と誹謗し、都市資本家の豚と呼んでいた。
道具達の扱いはひどく、鞭で打たれる、耳を削がれる、などは日常
死を持ってあてがわれる罰が多かった。最も炭鉱で生き埋めになり
苦しみながら死ぬよりは幾分かましであったが。
その日は珍しく、黒い道具の一人が脱走を試み
見せしめのために、ユダヤ人の手で縛り首になっていた。
この施設の予算は非常に脆弱で、脱走を阻むのは
低いフェンスと寝ぼけたユダヤ人の見張り程度だ。
しかし、抜け出しても外で生活ができるわけでもなく、
流浪罪で連れ戻され、殺されるだけだ。
なぜなら、道具達は真っ黒ですぐに見分けがつくからだ。
だから、道具達も頭がおかしくでもならない限り、従順だった。
実際に白人のベイグランシーも連れてはこられるのだが
すぐに逃げ出すので、1週間もいるものはいない。
彼らは、ユダヤ人が黒人を道具として迫害していると言う
プロパガンダ政策の一環として、実行されている。
往々にして言われる事だが、なぜ近代のように
反乱を起こさないのかである。彼らの多くは諦めていた。
故郷はあまりに遠すぎた。この世にもっとましな場所が
あるとは思えなかった。
白人は言うのだ。農村部で飢えに苦しみ、5シリングで死ぬ。
監獄船の糞尿と奴隷船の黒い血、そのどこに違いがあるのかと。
帰るところなど結局のところどこにも無いのだ。
この世に楽園など無い、死を超越できるものこそ
真の幸福である。それが大方の道具の一致であった。
ある日コムラは、村人の一人が見つけてしまった、
災いについて相談していた。
村人の一人が、村から歩いてしばらくのところにある
川のほとりで、冒険家と思われる3人組を発見した。
他に死体が2つ、水汲み場に肉食獣が近づくのは厄介なので
コムラはその2人については村の墓地に埋葬する事にした。
問題は生き残った3人だ。1人は重症で、2人は無傷だ。
幸い、英国人らしくウバが、話を聞いていた。
白い人は子供が英語を話す事に驚く様子もなく、
この地にある程度慣れているものだろうと推測された。
「父上、話を聞きましたが、このあたりに金や宝石の鉱脈がないか
一攫千金を狙った、政府より派遣されてきた役人が一人、
現地のガイドが1人、傷の深いものは安静にさせております。」
無傷で生き残った、けむぐじゃらの大男が話しかけてきた。
ウバしか言葉を理解できるものがいないのだから仕方ないが
村の掟を破るわけにも行かない。
かといって無視しては心象がかなり悪くなるだろう。
仕方なく
「父上に許可を取ってきます。しばらく待って。」
「はぁ、許可~。」大男は顔を近づけると臭い息を吐きかけてきた。
「ふざけんなよ、黒いの。俺は酒が欲しいんだよ。」
「ちょっと待って、それはある。許可を取ってくる。」
ウバは急いで父のもとに行き、許可を取ろうとした。
しかし、コムラは酒を飲ませて、酔っ払って暴れられると困る
そういって、許可はできないと言った。
ウバは、それは分かるが10歳かそこらの子供だ。
身長が自分の2倍、体重は4~5倍ありそうな
熊のように凶暴そうな男を怒らせるのはいやだ。
「申し訳ないですが、できません。」
あなたが酔っ払って暴れまわると迷惑なので
できないと言うことを説明すると大男は言った。
「傷を負って死に掛けてる神父に渡したいだけだよ。」
それでもダメなのかと、怒り狂う男は自分はしらふでも暴れまわると言い出す
始末だ。ウバは酒に眠り薬を混ぜて飲ませようと思った。
弓は好きだが、獲物を殺すのを嫌がる父は、矢に塗るための眠り薬
を持っていたはずだ。
「わかりました。お口に合うかは分かりませんが、お持ちします。」
父も仕方なく、承知してくれた。
ついでにあの男の言うとおり、神父にもお酒を持っていくことにした。
痛みで眠れないだろう。
傷ついた神父は、荒い息を立てながら横たわっていた。
おそらくこの傷ではこの村では助からないであろう。
ウバが神父に酒を塗り、口にお酒を含ませ。
「沁みますか、消毒のためです我慢してください。」
そういうと神父は少し驚いたように、こちらを向いた。
「君は英語が話せるのか。しかもかなり流暢だ。
こちらの人間は、まともな言葉が話せないと思っていた。」
「私は幼いころから、ヨーロッパの書物を毎日読んでいました
読み書きなら、ここの言葉よりも得意です。」
ウバは神父の傷口に薬草を塗りながら言った。
「あの大きな男性は凶暴で暴れるので、お酒を飲んで寝ています。」
ウバがそう言うと神父は必死の形相で英語でこういった。
「今すぐ逃げるんだ。何を聞いたかしら無いが、彼らは奴隷狩り、
しかもただの奴隷狩りじゃない、殺すのが目的だ。」
神父はそういうとまた、疲れたのか静かになった。
「何のために。殺しては価値が無いのでは。」
そうウバが言うと、あの男が寝ている今しかチャンスは無い
もう一人は、助けを呼びに行った。すぐに戻って来る。
彼らは、奴隷を使って 金を大英帝国に密輸している。
、食べさせて、死んだ死体から金を取り出すんだ。
そう、つぶやくように言うと神父は目を閉じた。
急いで、父 コムラのところへ走って行き、そのことを伝えた。
「そんな馬鹿な。それではあの男の護衛と案内を頼まれた村人はどうなる。」
そうウバにだけ言うと、村人全員を広場に集め、オラバ族酋長コムラは
全員に今日中に別の土地に移り住むように行った。
そして、酋長をやめ、娘ウバが次期酋長になると宣言した。
村は大騒ぎ、大男は寝ているうちに、何重にも縛り上げ
動けないようにした。
村人たちが無事この地を離れると父は弓を取り
ついていったものを救出する。そういって、ウバに後を託した。
父が旅立った後、村落のものは、洞窟を目指し急ぎ足で歩いていた。
ウバは長老に言った。「父コムラは、白い人と交渉に行った。
父は白い人の言葉が分からない、私は必ず戻る。」
そう言って、父の後を追うと告げた。村人は全員が反対した
ウバは、酋長は自分、そう言って、無理やりみんなを行かせた。
ウバを次の酋長にしたのは、コムラの人生最大の失敗だった。
父上、必ずお助けします。死なせたりなどしません。
そういうとウバは走り出した。
大西洋上の大海原を走るのは、ゴールデンハインド号、
船長の名はアン・ボニー。読者は思うだろう、偽物だと。
そう偽物と偽者だ。そのカリブの海賊アン・ボニーの肌は真っ黒だった。黒人だ。
嘘だと思うだろう、だが事実だ。カリブの海賊の3割強は黒人の乗組員。
当然、海賊船の船長もいる。むろん女性は珍しいが。
年齢は30半ば、身の丈は8フィート ボディービルダーのような体つきだ。
顔には大きな傷と白い刺青。あまり美人ではない。
「野郎ども、最近は 金より乗り組み人が不足している。
このままでは船が動かんぞ。」アンボニーは大きな銅鑼声を張り上げ
野郎どもを叱咤した。
海賊船といっても、金銀財宝を乗せ、強固な武装の護衛のいる
大型船を襲うなど無謀、そもそも船員が足りて無いので、
船を奪っても動かせない。そんな折見張りが、大声を張り上げた
「漂流船だー。」
漂流していると言うことは、向こうも船員が足りてない
何を乗せているかは知らないし、興味も無い。
だが、向こうもこちらを殺せば、船を動かせない。
悪いようにはならないだろう。
「よっしゃー、急いであの船につけろ。いそげー。」
この船は全乗組員が黒人。長期間奴隷として船を動かして、
生き残ってきた、手練だ。アンボニーはマルコムXも真っ青な
白人が大嫌いな人種だ。白人がいれば殺すつもりだった。
アンボニーは、両親を殺され、村を焼かれ、若い者だけが
奴隷船に乗せられた。船の底に全員が座れるだけのスペースもなく
次々に死んでいった。幸運か不運か、そのうちに伝染病が発生し、
船員にまで被害が出たため、生きたまま、海に捨てられたのだ。
海を漂う塵にしか見えない彼らを幸運が救った。
旧型のキャラックが通りかかったのだ。
それが先代の船長、ラッカムだ。読者は思うだろう、偽者だ、しかも黒人だ。
その通りだ。年を取ったので、彼は彼女に船長を任せ、船の中で隠居している。
ゴールデンハインド号はゆっくりと、漂流する船に接舷した。
アンボニーは船の甲板を見渡すといった、いつもの通りにしな。
そういうと、アンボニーは言った。
「危害は加えないから、全員甲板に並びな。どうせ動かせないんだろ。
出てこないやつは敵とみなすから、殺すよ。」
全員が出てくると、銃声が6発した。それは白人の乗組員全員の
眉間を捉えていた。即死だ。残ったのは1人だけだ。
「助けてください。敵意はありません。降伏します。」
そう流暢な英国英語で話しかけてきたのは10歳に満たない少女だ。
しかもネイティブ並みの発音。落ち着いている。度胸もありそうだ。
「なんだいあんたは。」
本人はそれほど自覚は無いが、潮風のせいでガラガラの
大きな銅鑼声を張り上げて、アンボニーはその少女を見た。
慰み者にでもなってたのか。
「私は、オラバ族の元酋長ウバと申します。提督殿の御慈悲にすがり
何でもいたしますので、御助命をお願いいたします。
我々の船には300人分の金塊がございます。そちらも差し上げますので
お願いいたします。」
金塊300人分。おかしな表現にアンボニーはすぐには理解できなかった。
だから詳しく説明するように言うと、ウバは答えた。
船に乗るときウバ以外の黒人全員が金塊を食べさせられ、英国へ
連れて行かれるところだったと。
「はぁ、乗組員の補給は無理そうだね。分かった乗りな。」
そういうと、乗組員に黒人の死体を解体して金塊を取り出すように命じた。
「ちょいと、聞くけど。目的地はどこだったんだい。」
アンボニーは、この船の本来の目的地を聞いた。この少女は異常なほど
英語がうまい。フランス語やスペイン語も話せるらしい。
ウバは聞いた限り、目的地は、イングランドだと言っていた。
「あんた、私たちと来る気あるかい。」
アンボニーはウバは将来、よい参謀になると思い、聞いた。
だが、ウバは予想もしない答えを返してきた。
英国に連れて行ってくれと言うのだ。
父は無事村人を助けたらしい。さすが、英雄コムラ・サウル。
だが娘の自分は、行き違いになり捕まってしまった。
ウバは5ヶ国語話せる。この機会に白い人の国を見てみたかった。
「はっきり言って、まったくお勧めできない。頭がおかしいのかと思うよ。」
アンボニーは始めこの娘は無知蒙昧なのだと思った。
だが彼女は、欧米の学問文学数学芸術すべてに非常に長けており
ほかの言葉が話せる乗組員に聞いたら、スペイン語もフランス語も
流暢だ。
この10歳の少女は言った。我々黒人は、自分の土地を出ることなく
閉じこもり、何も知ろうとせず、売り買いされる荷物だ。
それでは何も変わらない。永遠に、だから知りたい、たとえ敵であっても。
アンボニーはこの10歳の少女を心の底から気に入った。
「わかった、新大陸に送ってやろう。それとな、あの船から
いただいたお宝の代金、1割やろう。残った乗組員はお前だけだ。」
「感謝いたします。提督。」
アンボニーとウバ・サウルはフロリダに着くまで、いろいろとはなし
とても仲良くなった。アンボニーは思った。こいつならできるかもしれない。
自分ではできない何か大きなことを。
脆弱なる未完成な勇者ギデオン、シバの女王・・・
稀有な存在、その身体能力と武力により尊敬された黒人種。
しかし、いつからかキリスト教徒の道具となり
その底辺となっていた。
新大陸 ボストンの宿屋
「私は、トーマス・ダンカン・ハミルトン。
あなたの主人であるアングロサクソンの白人です。」
そういうと、トーマスは深々とお辞儀した。
「先代の船長、ラッカム氏は命の恩人でして、それにそれなりの
礼金はいただいております。あなたの財産は9000ポンドになります。
アンボニー氏が色をつけたようですね。足りなければ為替で送ると
おっしゃっておられました。彼らによほど気に入られたようですね。」
9000ポンドは現在の貨幣価値でおよそ、1000万ドル以上。
貧富の差や生活レベルを考えるとそれよりはるかに価値が高い。
オラバ族元酋長ウバ・サウル おそらく世界一、金持ちな黒人奴隷の誕生だ。
大英帝国 ロンドン
「D101、D101、お前の仕事は今日からもう少しマシになる。
黒いとはいえキリスト教に改宗したのだからな。」
黒い体を抱いた牧師はそういうと周囲にいるユダヤ人を見下ろすのだった。
「その仕事と言うのは、アメリカ大陸から帰って来る使者の魂を清める
聖なる職務、オラバの末裔たる君にふさわしいと思うがね。君たちを苦しめる
ユダヤ人に対し、我々、高教会が 黒い物に少しばかり救いを与えるためだ。」
その牧師はそういうと、彼女に口付けた。
「いまは、天にまします。われらがイエスの使徒です。」
D101と呼ばれた少女は、キッと目を見るとこう答えた。
火にくべた死体から何故、金が取れるのだろう。魔術、噂に聞く錬金術。
それは教会だけの特権、棺を開けるのは。
この中にはアフリカの同胞のものがあるのだろう。少し感謝する気持ちもあった。
しかし、キリスト教徒は土葬のはず。何故燃やすのだろう。一抹の不安がよぎった。
だめだとは思っても、その誘惑には勝てなかった。禁断の棺を開ける誘惑には。
そう、どれだけの同胞の血が流されようとも変えなければ、未来を。
黒人奴隷を皆殺しに、ハッペンハイムに急報がとんだ。
「首謀者の死体は受け取ったものの、キリスト教徒の少女だとは。」
ゲットーの一室で、シオンとハイヤーハムシェルは人払いをかけると
そっと彼女を見つめていた。
当初、暴動を起こし多数のユダヤ人を殺害した首謀者は、拷問するため
生きたまま渡すように要求したのだ。しかし、彼女は服毒自殺していた。
綺麗な体だった。炭鉱は閉鎖され、真相は隠された教会の手で。
血に飢えた天使は、再び舞い降りたのだ。我らを創り賜いし、ガゼルによって。
私たちの国、ガゼル ハイエナ ライオン 多くの動物たちと歩んだ。
そう、多くの同胞を犠牲にして、キリスト教徒になりながら私は生きている。
「起きなさい。わたくしにそれは通用いたしません。」
シオンナスィは強く言い放った。今回の暴動の元凶さん。
シェイクスピアの有名な悲劇に「仮死の薬」と言うものがあるのです。
「その結末はどうなっているかご存知ですか?」
彼女の顔はわずかに赤みを帯びていた。
「気づかれていたんですね。私は生きていていいとは思っていません。
しかし、真実を誰かに伝えなければいけない。どんな拷問も
殺されることも喜んで受けます。」
そういうと彼女は伝えることを伝えこういった。
あなた方は白い肌、直接手を下す存在、許せると思いますか。
「ハイヤーさん。」シオンはこんな表情をするハイヤーハムシェルを
見たことがなかった。
ハイヤーハムシェルは思い出していた、幼き時の
フランクフルト・アム・メインの光景を、借りた金を返したくない理由で
火を放ち、殴りつけ 犯し、殺しまわる暴徒。これでは我々も同じではないか。
どこが・ちがうんだっ。
アフリカの黒人は死んだのではない、殺されたのだ。
棺の特権とともに金をイングランドに密輸するために、
教会の莫大な利益のために、いや大英帝国を叩き潰すために。
当時、アイルランドカソリックの大半は地方領主のもとで働く
農業従事者であった。食べてはいけるが、給金はゼロ。当時の常識だ。
飢え死ぬ者の多い中、食べることと生きることが報酬だ。
これに、起因して起きたのが、後の土地に依存する形の共産主義
自然や環境に左右されるが故、努力でなく結果の平等を求めた。
こちのユダヤ主導の 共産主義 である。
対して、都市資本家ブルジョア階級の元で働く浮浪者、黒人奴隷、ユダヤ人は
工場労働者であり、これに起因して起きたのが、後の貨幣に依存する形で
発生した 社会主義。人材と時間に価値を置く、アメリカ的機会均等を
求めるものであった。左派キリスト教社会主義である。
この時代、工業化による 「それ」はそれほど知られていなかった。
黒人、アイルランド人、ユダヤ人、ケルト人 その中でこの大量死事件は
少しづつではあったが噂として広まっていた。
ある神父はこう言った。
「ユダヤ人が井戸に毒を投げ入れ、河に病気を流していると。」
1761年中旬、大英帝国中枢 紡績都市マンチェスター、アイルランド流民の
居住する一角でそれは起こった。原因不明の奇病と大量死。当時はケルトを嫌う
悪質な嫌がらせ、テロリズムと思われた。
アメリカ独立戦争において名をはせた、ジョージワシントンの副官
そして、ハイルドギースの指導者たるハンドルフ一族、ハーシー家、
そして、彼女の耳に入っていた。
ナスィは国王、酋長、頂点を意味し、サンヘドリンの長をパトリアルクと言い
これが転じて、パトリックとパトリシアとなった。セントパトリックの意味は
聖王セイントキングである。聖アルトリウスの血の継承者。
彼女とは、パトリシア・シャムロックである。
「アイルランドの浮浪者、労働者の一団、武装蜂起し、ユダヤ人ゲットーに
向かった模様。」ハーシーからの報告を聞いたハンドルフは寝耳に水だった。
ハーシーは意味ありげに笑うといった。「この機会に昨今、躍進するユダヤ人を
叩き潰しては?」おそらく、ハーシーはこの話を知っていてわざと遅らせたのだろう
ハンドルフを追い込むために。
パトリシアは叫んだ。
「偽りの理由には、偽りの正義しかない。ユダヤの有力者に伝があります。
何とかして見せます。」
ハーシー「しかし・・・わかりました何とか押さえます。時間は無いですよ。」
「わかった、それでいい。私がハッペンハイムへ使者に出ます。」
パトリシアはそういうとゲットーへ向かった。
「ハイヤー どうしたのです。深刻な表情をして。」
「いえ、肉屋のパトリシアが来ているのです。」
ハイヤーはあの女が苦手だった。
「突然の訪問、お時間をいただき感謝いたします。お会いできて光栄です、殿下。」
パトリシアは慇懃に言った、急ぎながら。
「なんだか疲れているようですね。休息を。」
ハイヤーは言った、例の件なら承知しています。原因ははっきりしています。
我々は毒など流していない、付近にある工場の垂れ流す廃棄物が原因でしょう。
いうなれば、「公害」でしょう。
パトリシアは怒り心頭だった。
「あなたたちは知っていて、放置していたのですか。それは毒を流すのと同義です。」
「我々だって被害は出ている。我々は政府や国王ではないですし、
工場を立ち退かせるのは無理です。」
産業の中枢を担う製造業が毒を流しているのは事実です。しかしこの不況時
それが公になれば、ホイッグは辞任しなければいけない。
経済恐慌が悪化し、労働者は飢え時ぬでしょう。
「では、毒で死ぬか、飢えて死ぬか。選べと。これではハーシーの言うとおりです。」
飲み水の確保も困難か、監獄船の大量死も関係あるかもしれない。
ハイヤーは考えていた。
「あなたたちでは話にならない、ギデオンかハッペンハイムを出しなさい。」
「いえ、我々としても放置する気はありません。ただ失われたものは100年近く
経過しないと元に戻らない。原因が我々側にあるとはいえ、
ヴァチカンがけしかけたもの。産業資本家のほとんどは
イングランド貴族。このままでは、アイルランドと
イングランドの全面対決になってしまう。
それはまずいと思うのですが。」
「何でも、教会のせいにすればいいと思っているのですか。自分たちには関係ないとでも。
産業資本家が超え太るために建てた物で、何故、貧民が苦しまねばならないのですか。
このままでは、ハーシーの言うとおりです。」
「ギデオン卿やイングランド王はこう思っているのです。農作物はフランスやドイツから輸入し
高価な工業製品と交換すればいい、貨幣を支配し、宝石兌換による英国優位の金融システムが
築け、交換比率が高いことから、資産は何倍にも膨れ上がり、国民全体が豊かになるとね。
海洋国家ゆえの宿命です。」
「それは地方領主や農民や切捨てを意味しますよね、違いますか
地方は寂れるばかり、そんなもの認められない、いりません。」
「アイルランド、スコットランド地方には毎年都市部から集めた財産を交付金として支給します
ご心配なく。」マイヤーアムシェルは農業のことなどまるで理解していなかった。
「ふっ!乞食と言うのですそれを!トーリー党を支持する地方地主はつぶれると言うことですね。わかりました、
それではこちらにも考えがあります。」そういうとパトリシアは去っていった。
うーーん、マイヤーアムシェルは考え込んでいた。
今回の公害を、流行病だとして発表するつもりだったし、
それにより死体に対する消毒もできる。毒だと言われればそれはできない。
「パトリシアにもアフリカから来た伝染病だと偽ったほうがよかったのではないですか?」
シオンはそっと聞いた。
「いや、彼らは、我々の究極の目的のためには必要な存在、軍事力を持たないのですから、
我々は。」
「シオン、いまやヨーロッパ全土がヴァチカンの支配下にあり、
我々ユダヤ人の支配する土地などありません。かつてのネーデルランド独立も
不完全であり、そのための新大陸をトーリー、ヴァチカンの及ばない
我々の新天地、支配国とする必要があるのです。」
「ネオ・フロンティア計画ですね。」
「彼の地の金や石炭、広大な土地はあまりに魅力的です。」
「住民に黒い奴隷と浮浪者を送り込み、王権に対する抵抗勢力とし
我々が支配中枢として、世界の歴史上初めて共和制合衆国を作る。」
「我々では、決定できません。ギデオン家へ。皆を召集します。」
そういうとハイヤーは言った。「至急ハッペンハイムへ連絡を請う。」
5人の使用人が全速力で飛び出していった。
ギデオン邸・
「近年の金の暴落、銀の暴騰、これらは仕組まれたもの
だったのです。」マイヤーは言った。
「これが続けば、イングランドの穀物や1次生産物が
天井知らず、このままでは中世のように兵糧が
底をつきます。
そう、中世以来、地方領主=トーリーは小麦の代償として
銀を受け取り、ヴァチカンは金を支配した。
しかし、銀の産地がイスパニア領土の中南米
であったのに対し、金はヴェラクルスやケープ
イングランド領であった。ゆえに不完全な支配だった。
しかし、ヴァチカンは方法を考えた、いや作っていた。
黒人の埋葬と称し、金を秘密裏に持ち込んだのです。
棺の特権を利用し、黒人奴隷を虐殺し!
「このままいけば、地方領主を勢いづかせるだけでなく、
ハイパーインフレを起こし、債務増加、イングランドの
国家財政は破綻します。
おそらく、宝石時計事件の懐中時計が、新大陸に
渡り、金と交換され、国内に流入している。」
ハイヤーは長々としゃべる。
「何者かが、最近になって、コーヒーハウスで
銀に対する大掛かりな投機を行っている。
宝石は固有の紋様から出所がすぐにばれる。
しかし、金銀はそうではない。
持ち込むことさえできれば、対抗することは可能でしょう
目的は同じでしょうし。」
「しかし、どうやって?」ギデオンが問う。
「持込には、銀製の棺桶を作り、堂々と持ち込みましょう
彼らの棺の特権、それは内側に対するもの。
そのシステムを逆に利用されるとは思わないでしょう。
「中身は、アフリカの黒人がベストでしょう。
数が集まりやすく、教会が埋葬することは決してない。
「同時期にイングランド銀行の金塊を消滅させる。
奪うことや運ぶことは不可能でも消すことは可能。
玉水を使ってね。」
「どうやって、その条件を飲ませる。?」
「アフリカから伝染病が来ている、そういう流言を
流せばいいでしょう。、殺菌のために薬品を
入れさせてくれ、もちろん中身を汚さずにね。
「お待ちしておりました。国王陛下。」シオンはそういうとゲットーに
国王ジョージ3世を迎え入れた。
ん、何だ、このにおいは。国王は異様なにおいに戸惑った。
おいそこのもの、これは何だ。
国王は不快さを隠そうともせず問いかけた。
「教会が、黒人奴隷は教会で処分できないのでお前たちが処分しろ
と言われましたが、火葬にしなければならず、困っています。
そのうち伝染病も蔓延し死人も出る始末。」
もっとも、この死体は暴動を起こしユダヤ人を殺したのもたちの
死体だが。
「やはりお前たちが原因か、下流では伝染病で大量に人が死んでいるんだ。」
「せめて、すべての死体を消毒殺菌させてください。」
ラッセル公家が責任を持つそうです。」
「もちろんキリスト教徒には手を出しません、黒人奴隷のものだけです。
それともあなたたちがやりますか?」
国王は唖然としながら、怒鳴りつけた。
「すぐに実行せよ。私がすべての責任を負う。」
かくしてすべての黒人奴隷の死体はユダヤ人が管理することとなり、
いつの間にか、ヴァチカンの金は消えていた。
これ以降、黒人奴隷の待遇、浮浪者の待遇は改善され、
都市資本家に対抗するヴァチカンの社会主義はあまり意味を持たなくなった。
一定期間のみではあったが。
「ハイヤーさん、何故パトリシアに真実を伝えたのですか。」
「彼女は知っている。ヴァチカンの搾取を、農民の苦しみを、
「今は誠意を見せるとき、偽りの善は良策ではありません。」
新大陸 南東部 アウグスタン
「ウバ、早くしなさい。」
トーマス・ダンカン・ハミルトンはとても優しい男だと思われていた。
あの人、奴隷の荷物を持っているわよ。それに歩く速度を
奴隷に合わせるなんて、なんて寛大な紳士。
正直、オラバ族のウバ・サウルは内心怒り心頭だった。
これでは、まるで奴隷が旅行に連れまわされているようには見えない。
残念なことに、いや、幸いなことに、主人トーマスはスペイン語を話せない。
ウバはスペイン語、フランス語、英国語、ラテン語、アラビア語は
読み書きはできる。発音はともかく、内容を正確に伝えると言う意味では、
ほぼ完璧に話せるので、トーマスの通訳をしていた。
アウグスタンからイングランド領の中心地ボストンまでは遠い。
現在なら航空機や高速鉄道もあるが、この時代は馬車だ。
もちろん、9000ポンド以上の財産があるので、郵便馬車などではなく
貸切のそれなりの良い馬車だ。
それなりの、と言うのは何年かかるかわからないので、ウバが馬車の質を
ケチったためだ。黒人海賊、偽者アンボニー一味はいざとなれば助けてくれるだろう。
しかし、9000ポンドあるとはいえ、それは生活するのに困らない。と言う意味で
何か大きな事態が起これば足りなくなる可能性がある。ゆえに、ウバは慎重だった。
トーマスは家族を全員殺され、死にかけていたところを、黒人海賊のラッカムに
助けられたらしく、年齢のせいもあるが天涯孤独の身の上だ。
ラッカムもアンボニーもそれも計算に入れているのだろう。
トーマスはまだ10歳のウバをわが子のように思っているようだ。
新大陸は荒野そのもので、時折見かける、原住民のインド人にはらはらしていた。
ウバは生き別れになった父から教わっていたので、弓は得意だが、
こちらの弓は少し練習したが、故郷のものほどなじんでいない。
トーマスも元海賊だけ会って、それなりに強いが、インド人の大群にあえば
何をされるかわかったものではない。
新大陸は、大英帝国本土から重税をかけられ、やせた土地で食料も少なく
飢えていた。ただでさえ食うに困っているのに、大英帝国本国は
監獄船に寿司詰めにして白人奴隷を送り込んでくる。
森林では木を切り、掘り起こし、開墾しなければならない。
荒野でも、土地が肥えるまで時間がかかる。
それが何を起こすかと言うと、原住民を襲い土地と畑を奪い取るのだ。
もちろん黒人奴隷は、人間ではなく道具なので何も望めないが、
白人は成功すれば、奴隷から農場主に大出世だ。
ウバよりもトーマスのほうが心配だ。
原住民のインド人に会えば確実に殺されるだろう。
そもそも、何語を話すかすらわからないので、交渉も無理だろう。
3日ほど馬車に揺られていると、行く手を白人の女性が
さえぎっていた。まだ幼さの残るその白人は奴隷のようだった。
何より着ているものが粗末でみすぼらしい。
特に鎖などで拘束されている様子はなく、現地に溶け込んでいた。
御者は、どうしますかとトーマスに尋ねてきた。
トーマスがウバに聞き、その後トーマスが御者に命令すると
不自然だが、わざと英語の話せないスペイン出身の御者を
雇ったのだ。ウバは意思を伝える。
その女奴隷はトーマスにスペイン語で話しかけてきた。
「私は農場で働いていた、マリヤマト、農場がインド人に襲われ、
逃げてきた、助けてください。」とスペイン語で言っている。
その農場は、もとはインド人から奪ったものらしい。
「あなたは、農場主の家族か?」ウバがスペイン語で聞くと、
即座に否定した。農場主に囲われていた慰み者の奴隷らしい。
このまま放置すれば、殺されるか野垂れ死にだ。
トーマスは意見するつもりはないらしい。
ウバに決定権があるのは明白なのだろう。ウバはそれほど冷酷ではない。
「乗りなさい。」そう短く言うと扉を開けて乗せた。
別に臭くはないし、ノミやしらみもいないようだ。
ウバはトーマスと話した後、御者に説明し短く指示を出した。
すぐにまた馬車は走り出し、女はヤマトのムツと言う国を始祖に持つ
異邦人の末裔だと言う。
彼女はキリスト教徒らしく、命を救ってくれたお礼に
トーマスの奴隷になると言っている。それと指輪を取り出して
トーマスに渡した。六芒星の彫られたものでしっかりしたつくりのものだ。
安物ではないだろう。トーマスはそれをウバに渡してきた。
奴隷がするのも可笑しいが、ウバはその指輪を嵌め、マリヤマトに
礼を言った。与えないものは何ももらえない、常識である。
夜も遅くなってきたので、一向は馬車を止め、
暖かい食事を取るため火をおこした。
トーマスは狭い船の中での調理になれた元海賊らしく、
こんな場所でもうまくナイフを使い、信じられない
精度と速度で料理を作り上げた。
4人で、食事の後のコーヒーをたしなんでいると、いきなり
ウバの目の前に、矢が突き立った。距離的にはかなり離れている。
矢の角度と勢いでわかる。インド人のもののようだ、
はじめは襲われるのかもしれないと思ったが、
どうやら流れ矢のようだ。
しばらくすると、ドドドドドという音と共に、馬の蹄の音が聞こえてきた。
インド人を警戒して、馬車の下に隠れていたが、
トーマスが話しかけると、その一団は非常に友好的だった。
彼らは、フランスから住民の護衛のために派遣されてきている傭兵らしい。
トーマスが彼らのことを同胞だといった。ハイルドギース騎士団と言うらしい。
「おい、こんなところで焚き火をしたら危ないぞ、死にたいのか。」
そういうと騎士はトーマスの肩をトンとたたいた。
トーマスは、暖かい食事をしたくて、自分たちが軽率だと謝罪していた。
トーマスがお礼を渡そうとすると、それをさえぎり断った。
「見返り目的で、仕事をしているわけではない。報酬は雇い主にもらっている。」
そういうと朝まで数人が警護してくれるらしい。
書物にでてくる昔なつかしの騎士団のようだ。
おかげで安心してゆっくりと休むことができた。
翌日日が昇ると馬車は再び、ボストンへ向けて出発するのだった。
昨夜、矢が飛んできた方向へしばらく進むと
一面焼け焦げた畑が広がっていた。
かぎ慣れない臭いをいぶかしむウバを傍目に
トーマスは何の臭いかすぐに気がついた。
人間の焼ける臭いだ。
「これは、何かの畑?」
ウバは小さな粒々の実がついた作物らしきものを
拾い上げると、遠くから拳銃を構えた白人が
近づいてくるのを発見した。
トーマスは何も知らない旅人を装い、
「やぁ、何があったんだい?」
天気でも聞くような軽い口調で
声をかけていた。
こう言った場合、沈黙が金ではない。
沈黙は緊張を呼び、緊張は事件の元だ。
「トウモロコシ畑が焼けてね、
所有者がいないから売りに出されるらしい。」
「どうだい、あんたいい身なりしてるが、
興味はないかい。」
ガンマンは、いかにもと言う感じの
ゴロツキだ。
「トウモロコシ?それはいったいなんですか。」
トーマスが聞いた。
ウバもはじめて聞く作物だ。
「あぁ、自由市民が食べるパンは畑で作るだろ、
だが畑で働く奴隷も食べるものが必要だ。
それがトウモロコシだよ。」
「向こうでオークションが開かれる。
もっとも、焼けてしまったので
売り物は奴隷が大半だがね。」
売り物は畑が焼ける前は、
この畑の所有者だったのだろう。
ひどいものだ。
金塊を黒人奴隷に食べさせて輸出する
ろくでなしと同類だ。
ウバもトーマスも、ボストンへ向かう旅人
買い物をする気などないが、
後学のため、オークションとやらのチケットを
購入した。
チケットは、1シリング 5000円ほどだ。
この畑から逃げてきたであろうマリーヤマトは
一人の少年を見ると騒ぎ出した。
息子らしい。
すると騒ぎに気がついた、
ごろつきのボスらしき輩がやってきてこう言った。
「こいつはこの畑から逃げ出した商品じゃないですか?
購入していただけるならけっこうですが、
それなりに金がかかりますぜ。」
明らかに足元を見ているが、
トーマスもこう言った輩には慣れているらしく、
こう切り返した。
「うちの馬車の前にこの女が飛び出してきてね、
馬車の一部が壊れてしまった、
この女の所有者があなただというなら、
その修理代金を支払っていただけるのでしょうね?」
それなりに高額な馬車を見たボスらしき男は
「いや、この女はうちの所有物じゃない。
支払う義理はないな。」
そう言うと、あきらめてオークション会場に戻っていった。
「荷物運び程度には使えるでしょう。
それに私は歳です。あなたに使える従者を
購入するのも将来のためには良いのでは?」
トーマスは同情や哀れみではなく、
ウバの未来を見据えて、母子を従者とすることを
進言した。
ウバは黙ってうなづくと、
マリーの息子を2ポンド、20万円くらいで購入した。
母子はトーマスに泣きながら感謝していた。
その子はマリーとナバホ族の男の間に生まれた
ハーフらしい。
マリーは白人の農場で飼われていたが、
インド人、いやナバホ族の襲撃で開放された後、
その男、夫の畑で手伝いをしていたらしい。
トーマスもこれからボストンに向けて旅をするために
原住民ナバホ族の言葉が話せ、
なおかつ恩を感じる原住民は役に立つと考えている
ようだ。
特に安全面において非常に役が立つ。
まだまだ、旅は続きそうだ。
「ウバ様はなぜ奴隷の振りをしてまで
大英帝国を目指すのですか?」
買ったばかりのマリーの息子「ホーク」は
自分と似た境遇に在ったのに、
大金を手にしてロンドンを目指す
ウバに興味深々だった。
「黒人に金塊を食べさせて、
死体を大英帝国に運んでいたのよ。」
「伝染病で乗組員がほとんどいなくなったところで
アンボニーに救ってもらったの。
オマケに大金をもらってね。」
「金というのはそれほど貴重なのですか?」
ホークは不思議そうに聞いた。
「当たり前でしょ。」
「本で読んだ限りでは、金は教会が管理して、
純度が一定だから、すべての基準になっている。」
「いえ、この地でも金は取れますよ。
川にごろごろ転がっています。」
ホークの何気ない言葉にトーマスがあんぐりと
口をあけている。
「昔からです。最近はトウモロコシ畑を襲い
家畜を奪う凶暴な人たちが来たので、
誰も口にはしませんが。」
「むかし、ヴァイキングといわれる人たちが来たとき
その価値を教えてもらい、交易していましたから、
どの程度の価値かは、知っています。」
「大英帝国というのは、そのヴァイキングの人たちの子孫が
治めている国家なのでしょう?」
「今は違うわ。」
新大陸に大量の金が存在していることを
アンボニーたちに伝えたかったが方法がない。
もしこのことが広く知られれば、全ヨーロッパから
一攫千金を夢見るものが押し寄せ、
原住民は全滅するだろう。
「金のことは誰にも言わないほうがいいわね。」
ウバはそう忠告した。
伝説、そう伝説。
かつて、白い狂人の軍隊が、聖地エルサレムを蹂躙したとき
救い手となった、我が祖 オラバ・サウル。
遠い言い伝えがある。
「御印を見せよ。もう一人の王に。」
ウバは背中にある言葉の意味を知っていた。
それは、アラビア語を学んだときに調べた、
旧約聖書トーラーの文字だった。
「この近くに宝石商はありませんか?」
ウバはユダヤ人に連絡を取る最速の方法をとった。
幸い、マリーからもらった宝石もある。
怪しまれはしないだろう。
宝石商で鑑定を受けると、宝石商は怪訝な顔をして
こちらを見定めていた。
「呪いの宝石ですね。」
「どちらで手に入れられたのですか?」
マリーが事情を話すと理解はしたようで、
それ以上、問い詰められることは無かった。
ウバは宝石商の耳に口を近づけると
こう言った。
「我が名はウバ・サウル、オラバ族の酋長。
ユダヤの王 ナスィ に連絡したい。」
「本気でおっしゃっているのですか?」
そういうと宝石商は従業員に指示をして
即座に閉店すると奥へ導いた。
「証は?」
「左目がそうだ。」
ウバは隻眼だった。
生まれたときに繰り抜かれたのだ。
「本物のようですね。」
店主は蝋で封じた手紙をすばやく作ると
トーマスに渡した。
現在、大英帝国には 公女 シオンナスィ
が来訪している。そちらにも連絡を取るべきだろう。
半年後にこちらへ来ていただければ、
大英帝国までの道案内をさせていただきます。
そう言うと、店主は深々とこうべをたれた。
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