第10話 故障車

「しかしだいぶ暑うなってきおったのぉ?」


 真夏のお昼時を過ぎ、お弁当もあらかた片付き……その間、よく動いた口は満腹と久々に外に出た開放感もあってあれやこれやよく喋った。クラブ引退した後の虚無感とか進学の不安とか目的や意義なんかを見出せない漠然とした心情なんかが次々と同じ口から溢れ続けた。

 そして爺ちゃんはうんうんと頷きながら、只々ひたすら私のマシンガントークを一頻り聴き続けた後、少し間をおいて一言「大学でもなんでも才子の好きにすりゃあええ……」とだけ言って、爪の周りとかに黒いものが染みついたもう随分小さくって皺くちゃだけどそれでも昔から変わらない逞しい手で爪楊枝に刺した梨を口に運んだ。指標を示すとかアドバイスやら人生訓なんてのは皆無で、その'漠然とした問題'は何も解決や希望が見出せた訳じゃないんだけど、溜まっていたものを吐露したせいか?それでも何だか気分は少しだけ晴れ晴れスッキリした気がした。


 自分のことを一通り捲し立てたあと、ふたたび興味はポルシェと爺ちゃんの運転への素朴な疑問に戻り、ちょこんと佇む白いボディを眺めながら尋ねた。爺ちゃんは水筒のお茶を蓋キャップに注いで、一つを私に渡しもう一つを啜りながらゆっくりと話し始めた。テストドライバーだったという過去の経歴は初耳だ、故の老いて尚なその昔取った杵柄的ドラテクに納得は行った。そして「この車わの……」とポルシェについて話し出したその時、


 パスンパスン! と苦しそうな糞詰まり音を辺りに響かせながら、よろよろと一台の車が駐車スペースにまさに息絶え絶え状態で入ってきてそしてポルシェと車一〜二台分くらい隔てたところで止まった。


 一呼吸置いて再始動を試みて何度かセルがキュルキュルと回るがウンともすんとも言わない、やがて何回か繰り返したその回転も明らかに回りきらない感じで力尽き完全に沈黙した。爺ちゃんのポルシェよりもう少しずんぐりとした丸っこいシルエットの同じ様に古そうな一台から出てきた若い男性は、頭を掻きながら車の廻りをひとまわりして、後方のエンジンリッドを開けて覗き込む……


 ポケットに手を突っ込んだまま暫くの間、色んな角度からエンジンルームを見渡しながら途方に暮れた様子の若い……大学生くらいの長身の男性。そしてその姿をしげしげと眺める爺ちゃんと私。


 やがて観念したのか今度は助手席のドアを開けグローブボックスをゴソゴソと弄った後、封筒の様なもの取り出し、その中の紙を目で追うと今度は尻ポケットからスマホを取り出した。


「今日はせっかく才子とドライブなのに随分色々忙わしい日じゃな?」


 ここは自分の出番か? とばかりよっこいしょっと膝に手を当ててゆっくり椅子を立って歩を進めた。








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