第44話 受け取られないお金の行方

 ロイホとミントが向かっているのは、古谷夫妻の住むアパートとは全く違う方向だった。

 2人はアニメのなにかのキャラクターのことについて会話が盛り上がっていたので、今からどこへ行くのか、などと割って入れなかった。


 2人とも、これからショッピングにでも向かっているカップルのように楽しそうに見えた。37歳同じ歳のミントは、22歳のロイホと歩いていてもなんの違和感もない。とてもじゃないが周りの人には子持ちになんて見えていないだろう。

 俺だけが歳の離れたおっさんだ。なんとなく気が引けて、歩きながら距離を取る。


「浅野さん、歩くの遅いですよ」


 俺は、ちょっと余所見をしてただことの、適当な言い訳した。


「べつに僕たち、なんもないですよ」


 自分が変な気の遣い方をしていたのが、気恥ずかしい。せっかく、こちらに声をかけてもらったので、肝心な質問をした。


「どこ行くの?今から行くの、古谷さんの家じゃないんですか?」


 どう考えても逆方向だった。古谷さんのアフターに行く、と聞いたつもりだったが、聞き間違えだったのか。


「まだ、財前大二郎が殺されたことは公になっていません。そろそろ本人と連絡がつかなくなったりして、警察が動き出す頃だと思います。一家全員いなくなってますからね。今はまだ、古谷さんの家の周りは警戒しておいた方がいいと思いますので、古谷さんは別の場所に呼び出しています」


 なるほど、俺はアホみたいな返事をしてしまった。

 この事務所の人たちは、ロイホやミントのように何事もなかったように過ごして、まるで人を殺したことなんか気にしていない様子でふざけあったりして緊張感がないと思っていたが、俺自体も昨日警察署署長一家殺しに加担していたというに、朝ニュースを見るわけでも新聞を気にするわけでもなく、普通の会社に普通に出勤するような気分で、もしかしたら自分が1番緊張感がないのかもしれない。

 未だ現実感が掴めず、夢の中の出来事のようだ。


 電車でも20分くらいの距離を、ミントはしきりに周りを気にしていた。バスに乗ったり、歩きで別の駅に行って別の電車で戻ったり、タクシーに乗ったりして、尾行を警戒して移動した。ようやく都心から少し離れたビジネスホテルに辿り着いた。この間のホテルとは別の場所の系列ホテルだった。


 2人はホテルのフロントを素通りし、エレベーターに乗った。俺も後を追う。


 客室のインターホンを押すと、古谷悟の母の顔がドアを開けた。

 古谷悟の父はベランダの椅子に座り、外を眺めていた。父は俺たちに気づくと、部屋の中に入ってきた。ロイホはDVDディスクを出した。


「見ますか?」


 古谷夫妻は小さく頷く。ロイホはバックパックから、ポータブルDVDプレイヤーを出し、ディスクをセットした。古谷夫妻はベットの淵に座り、膝の上に置いて再生した。


 その場にいた時はそんなに聞こえていなかったが、マイクは砂利の擦れる音や、金属音を拾っていた。しばらく無言が続く。そして、財前泰司のあの言葉だ。


 お前ら、俺の親父が誰かわかってんのか!


 古谷悟の母は、その言葉を聞いて顔を伏せ、震え出した。こんな奴に息子が殺されたと思うと、感情が抑えきれなくなったのだろう。


 骨の折れる音、叫び声、音があの日のまま再現されていく。

 母が口に手を当て、バスルームに駆け込んだ。吐いているようだ。

 口にハンカチを当てながら戻ると、また夫の隣に座り、DVDプレイヤーを覗いた。

 そして拷問のシーンになれば、またバスルームに駆け込む。妻が離れている間、夫はDVDプレイヤーを一時停止にして待っている。


「もう、見るのやめましょうか?奥さんも、見るの辛いと思うんですよね」


 俺は堪らず声を掛けるが、ハンカチで口を押さえて戻ってきた妻に、


「見ます。私たちは、これをあなたたちに頼んだ時点で、見る責務があります」


 と静かに制された。ミントは俺に軽く頷いた。


 最後まで見終わると、ミントはトートバッグから封筒を出したが、古谷夫妻はそれを受け取らなかった。


「お金なんて要りません。ましてやあの人たちののお金なんて」


 俺たちは軽く会釈をし、部屋を出た。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ホテルを出ると、ミントはスマホで時間を見た。


「ちょうどお昼だし、なにか食べてきましょうか。お金もありますし」


 そう言って、さっきの封筒を見せる。

 前回よりも、かなり薄い封筒だったが、40〜50万は入っているのだろうか。


「今回は警察関係者なので、セキュリティのことも考え、あまり引き出せませんでした」


 ロイホは勘が鋭く、俺が思っていた疑問に即答した。


「この辺、ロイヤルホスト無さそうだけど」


 俺は気を遣ったつもりだが、ロイホは笑って、なんでも大丈夫ですよ、と言った。


「じゃあ、高いところで食べよっ」


 ミントは楽しそうに言って、スマホで食べるところを検索し始めた。


「僕らだけで、良かったんですかね。ランボーさん、誘わなくて」


 ロイホは周りに気を遣える最近では珍しい若者だ。でも、いない人間をわざわざ昼飯のためだけに呼ぶのはどうか思い、ここにいる俺たちだけでいいんじゃないかな、と意見してみた。あそこの事務所の社員で、この2人となら、食事も苦じゃないが、他のメンツはどうも苦手だ、というのが本音だ。


「え、ランボーさんも、あの部屋にいましたよ」


 俺は全く気づいていなかった。いったい、あの部屋のどこにいたのだろうか。








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