第42話 プレスファクトリー(4)ランボー、優しい上司気取る

 財前大二郎は、悶絶する息子の姿を見て、身体を小刻みに震えさせている。

 やり過ぎではないかと思った。古谷悟の両親の話を聞いている時は、絶対に許せないと憤怒していた気持ちを忘れ、今は財前夫妻への同情の方が強まっていた。やはりこの仕事は俺には向いていない。


「あはーん、これじゃあ盗塁もできないねえ。肘も壊れちゃってるから、投球もできないねえ。まあ、死ぬんだから、野球自体できなくなっちゃうんだけど」


「もう、やめてくれ」


 財前大二郎は肩を落とし震えていた。口から小刻みにに息が漏れる。握った拳は開かれ、小指の先が揺れていた。固く目を閉じていた。小さい子供みたいに下唇を尖らせていた。泣いているようだが、涙が出ていない。

 長い間、部下に威張りちらし、ご機嫌とりに媚びられているうちに、泣き方を忘れてしまったかのようだ。


「はい、続いては大二郎さん、あなたの罪を白状してもらいます。あなたは、息子の過失を隠すため、悟くんの事故を自殺と片付けました。でも息子さんは最初は過失だったとしても、もう1度突き落としてるんです。これは殺人ですよね。それをあなたは知っていた。違いますか?」


「知らなかった」


「嘘だね。だったら普通に現場検証したら、事故だろ。わざわざ自殺にしてんだ。その場に息子がいなかったことにしたかったんですよね」


「息子の将来を考えてのことだ」


「他人の子、殺しておいて、息子の将来?随分都合良過ぎませんか。あなたは息子の将来なんて守るつもりじゃなくて、自分の保身のためにそうしたんでしょ。違う?」


「違う、違います。警察を守るためです。市民を守るためです」


 ランボーはゆっくりと財前大二郎に近づき、どの口が言ってんだあ、とサバイバルナイフを振り下ろした。財前大二郎の顔から血飛沫が上がった。子供みたいに突き出していた下唇の真ん中が縦に切れ、財前大二郎が悲鳴をあげると、妻の恵美子も同じような悲鳴をあげた。

 さっきから恵美子は、事あるごとにに悲鳴をあげる。まるで遊園地でアップダウンの激しいジェットコースターに乗っている客のようだ。


「市民をを守るためって、お前の息子はその市民を殺してんじゃねえか!警察を守るためだって、あんたたちはよく言うけどな、べつに市民は警察を守ることが市民を守ることだって思っちゃいねえんだよ。みんな自分の目の前の人間を守って欲しいんだよ!」


 今度は財前大二郎の肩を切りつけた。また妻の、ひやぁぁぁぁぁ。


「泰司には、ゴフっ、この重い罪を背負ったまま、2度と、こういう思いを、ゴフっ、古谷さんみたいな思いをする人がいなくなるよう、警察官として、粉骨砕身市民のために一生尽くしてもらうつもりだ」


 一瞬、場の空気が凍った。血を吐きながら、いったいこいつは何を言いだすのだろう。あたかもそれが最善の罪滅ぼしだと信じて疑わないという表情でこちらを見ている初老の男の姿は、なんとも痛々しい。罪から逃れ、市民を守るという理由で安定の職業に就かせるといった甘い考えは、いったいどこから出てきたのだろう。

 多分、この男、警察の中でもキャリア組で、然程現場経験もなくお勉強ばかりしていたタイプだろうが、ここまで腐っている人間だとは思わなかった。さっきまで同情していた自分が愚かにさえ思えてくる。


「本気で言ってるのか?」


 ランボーは、財前大二郎のさっきとは逆の肩にサバイバルナイフの刃を当てた。


「偽りはない。今回の件がなくとも、息子には警察官になるための教育をしてきた。この罪から逃れられるのであれば、寧ろそれを背負うことの方が息子にとっては重いだろうが、それがあいつの運命であり、使命でもあると思う」


 お勉強ばかりしてきた腐った脳みその男は、自分の言ったセリフに酔っているようだ。


 嘘だねー!ランボーは楽しそうに、財前大二郎の肩に当てたサバイバルナイフを引き下ろした。そして、妻のひやぁぁぁぁぁ。


「お前、警察官になるなら、柔道か剣道だろ。こいつ、ヘタクソなくせして野球やってんじゃねえか」


 財前大二郎の上半身は、唇、両肩から流れた血で赤黒く染まっていた。


「続いて、恵美子さん。あんたの罪だ。あんたは古谷悟くんがいじめられててることが保護者の間で広まり始め、そのリーダー格が自分の息子だと噂され始めた時、古谷悟くんが泰司のお金を盗んだことから始まったと、自分の手下格の保護者に噂を広めさせ、今は許してむしろ以前よりも仲良くやってるなんてー美談作ったそうじゃねえか。浅はかだねえ。古谷さんの奥さん言ってたよ。その噂が広まった後の方が、アザとか擦り傷作って帰ってくることが多かったって」


 ランボーは、サバイバルナイフを腰にしまい、恵美子の髪を掴み、往復ビンタを3往復させた。


「だけどなあ、古谷さんの奥さんが、あんたのこと1番許せねえのは、悟くんのお通夜のとき、野球部の保護者で参列しただろ。あのとき、あんた、顔が笑ってたんだってよ」


 どっわあぁぁぁぁぁぁ、財前大二郎は、ランボーがサバイバルナイフをしまった隙に、息子を助けようと、息子に向かって走り出した。ランボーはすかさず、髪を掴んだ恵美子を突き飛ばし、腰からサバイバルナイフを投げ、飛んでいったナイフは財前大二郎の右後ろの太腿に刺さって、転んだ。


 ひやぁぁぁぁぁ、続いてランボーの手から逃れられた恵美子が立ち上がり、息子に向かって走った。財前泰司の側から立ち上がったシュワちゃんが駆け寄り、恵美子の鳩尾に拳を入れ、気絶した。


 財前大二郎は右太腿の裏側を抑え、悶え苦しんでいた。


「お前たち、子供がいないのか。親だったら誰だってそうするはずだ。お前らに、親の気持ちがわかるか!」


 身体中血塗れだが、それでも一歩でも息子に近づこうと、傷のない左足だけで、横たわったまま前に進もうとしていた。ジャリジャリと小石の音がする。


「なあ、新人。お前子供いるだろ。こいつの気持ちわかるか?」


 なんと答えたら正解なのかわからない。誰だって親なら子供を守りたいはずだ。どんなに悪い子だって、自分の子供なら、同じ立場なら、俺も同じことをするだろうか。うちの子に限っては、と思うが、自分の子供が悪いことなんかするはずがないと盲目的に思ってしまう。もししてしまったら、なんて考えないで生きていると親の方が多いと思う。

 自分の子供が罪を犯したとき、殺人を犯したとき、罪を償わさせるために自ら警察に突き出すことができるだろうか。隠す案を閃いてしまったら、無理にでも実行してしまうかもしれない。

 たが、古谷さんの立場を考えたら、自分の子供を殺した奴は殺したくなるだろう。それを守るその親も、多分殺したくなってしまうと思う。


 ランボーもシュワちゃんも、俺の言葉を待っていた。


「気持ちは、わかりますが、賛同はできないです」


 ふうー、ランボーは深く息を吐いた。


「決定だな」


 ランボーはサバイバルナイフの柄の部分で、財前大二郎の後頭部を殴り、気絶させた。

 その後、息子の財前泰司も同じようにした。


「終わりですよね。今回はもう、これでいいんじゃないですか」


 俺はランボーに聞いたが、まだ殺してねえじゃん、と答えて、シュワちゃんと一緒に工場の奥から持ってきたビニールシートを敷いて、なにやら準備している。


「どうするんですか?」


「こいつら、ビニールに巻いて、東京湾に沈める」


 ビニールシートの上に丁寧に20センチ四方の鉄の塊を入れ、3人をミイラのように包んでいく。


 シュワちゃんは、細い体のくせに、力はシュワルツェネッガー並みにあるようで、軽々と持ち上げ、黒のワンボックスに乗せていく。後ろのスペースが狭いので、膝の部分を曲げて乗せ、3体積み重ねてドアを閉めた。


 俺はハンディカムの電源を切った。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ランボーは助手席で、しきりに腕時計を気にしていた。


 俺は二番目の座席に乗っているため、すぐ後ろには気絶している財前家の3人がいる。車に揺られて目が覚めたのか、3人のうち誰かの唸り声が聞こえた。シートの隙間から手が出てきそうで、気が気でいられない。


「どうして、踊り場から2度突き落としたこととか、保護者の噂話とか細かいこと、わかったんですか?」


 ランボーはしきりに外を気にしながら答えた。


「ああ、あれな。保護者の方はジバンシイが聞き回ってな。あいつチャラチャラしてるから、女から聞き出すの得意なんだよ。で、学校の方は、古谷悟が階段から落ちたというか落とされた日、財前泰司と一緒にいた3人の生徒からミントが偵知してきたんだよ。あいつ、どうやって聞き出したと思う?」


「え、菌を植えつけるぞ、とか脅したんですか?」


「違うよ、合コンだって。あいつ他校のセーラー服着て高校生になりすまして、カラオケボックスで3人から聞き出したらしいぞ。あいつ、37だぞ」


 ミントの風貌だったら、気づかれないかもしれない。


 お、あった、停めろ。ランボーは外を見ていて、目的のものを見つけたらしく、シュワちゃんに車を停める指図をした。


 助手席から降りると、バス停があった。ランボーは腕時計を確認し、俺の乗っている後ろのスライドドアを開けた。


「ひゃあー、田舎だねえ。20時43分が最終だって。おい、新人。降りろ。まだ間に合うから、お前バスで帰れ」


 指図された通り降りると、ランボーはスライドドアを閉め、自分は助手席に乗り、ガラス窓を下ろした。

 俺が、キョトンとした顔をしていると、


「お前、今日帰れるか、帰れねえかばっかり気にしてたからな。これで嫁に怒られないだろ。まだ間に合うから帰れ」


「え、ランボーさんたちは?」


「俺らは、あれを東京湾に捨てにいくんだよ。もうカメラも要らねえから、バスで帰れ。俺は新人思いの、いい上司なんだよ」


 黒いワンボックスは、走り去った。

 スマホを見ると、妻からのLINE。


(ごめん、LINE気がつかなかった。遅くなるの了解。新しい会社の歓迎会?)


 帰れない理由を考えていた俺にとって、妻からの助け舟?俺は、


(そう、歓迎会だった。みんなあまり飲まない人たちだから、もうすぐ終わる。そろそろ帰るよ)


 と、返した。

 すぐに「既読」がついた。

 身柄確保!と、書かれた柳沢慎吾のスタンプが送られてきた。






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