第18話 藤原景子の件(4)

 酷い話だ。

 許せないのはもちろん彼女を騙した男もそうだが、この親友の女だ。彼女も一番許せないのは、その親友ではないのか。その怒りの矛先が自殺してしまったから、その女自身も騙されていたから、許すしかないのだろうか。その男を殺すだけで、彼女の心は癒されるのか。


 今日は立て続けに、重い話を聞いて、自分の気持ちまで曇る。ババアの大泣きから始まり、夫殺しのミントの話と、詐欺で両親を自殺に追いやられた藤原景子の悲惨な話、重い話のトライアスロンだ。


「景子ちゃんの話はわかったけど、ところでアンタたちは、なんだ?」


 ゴリラのお供の、歯が数本しか残っていない男が、俺とミントを交互に指差してきた。

 そうだオメーらは景子ちゃんの知り合いか、とゴリラも今気づいたみたいな顔をして聞いてくる。自分たちも今、藤原景子の名前を知ったばかりなのに、馴れ馴れしく下の名前で呼びだした。


 藤原景子は俺たちのことを、なんと説明したらいいか躊躇し、こちらに目を向けた。


「ワタシたちは、その男に制裁をするのを藤原景子さんの代わりに、代行させていただく仕事で参りました」


 ミントが答える。


「セイサイ?」


 ゴリラは間抜けな顔をし、


「ジンちゃん、制裁だよ、制裁。そいつらに仕返ししてやるんだよ」


 と歯抜けが通訳した。ゴリラより歯抜けの方が、少しだけ頭の出来がマシらしい。


「そうだ、そいつらをコテンパンに懲らしめて、金も全部返してもらって、なあ。景子ちゃんに謝らせるんだ!」


 ゴリラは制裁の意味も知らないくせに、一人で勝手に盛り上がっていた。


「制裁っていうのは、この世からいなくすることなの。もう二度と景子さんの目の前に現れないようにね」


 ミントは、本題を濁すような言い回しで答える。ゴリラたちを、からかっているような、わざとらしい遠回しの言い方。


「そんなの当たり前じゃねえか!俺にも手伝わせてくれ!俺は昔っから、ケンカなら誰にも負けたことねえからな、俺に任せとけ!」


「あなたに任せればいいんですか?二度と景子さんの目の前に現れないようにするってことは、『殺す』ってことなんですけど」


 ホームレスたち4人は、最初は固まって、次にヘラヘラし出して、また静かになって、そんなバカなと笑い出し、それでも横目でミントの顔色を伺い、4人がほぼ同時に俺たちを見て、代表してゴリラが言った。


「そりゃあ、アンタみてえなお嬢ちゃんがする仕事じゃねえ、『殺し屋』のする仕事だ」



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 お屋敷から出ると、日が隠れ始めていたが、河川敷の空は晴れ晴れしていた。ホームレスたちの臭いから解放されたからかもしれない。


 時間を見ようと、スマホを見ると16:24。実家のお義母さんからLINEが届いていた。

「もうこんなに元気よ」という文章と共に、里穂が頭にステンレスのボウルを被って、歯に海苔をつけた、ふざけている写真が届いた。


「あっ、娘さん?可愛い。今娘さんってお幾つ?」


 LINEの写真をミントに覗かれた。


「4年生です」


「じゃあ、うちの息子と一緒」


 親戚中からチヤホヤされていたうちの娘と、旦那を殺した母親に抱かれて飛び降りようとされていた彼女の息子。


 普通の家に生まれて甘やかされて育ってきた俺と、親の顔も知らず荒んだ生活を送ってきたミント。


 同じ歳月を全く別の境遇で過ごしてきた二人。


 LINEの写真を覗く彼女は、先程までの顔と違い、お母さんの顔になっていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る