第13話 ミントの過去(2)

 平日の昼間だというのに、街中は人でいっぱいだ。

 移動中のサラリーマン、ショッピングを楽しむセレブな主婦、帰宅部の学生、その他無職なのブラブラしているだけの中年男性など。街の喧騒は、様々な人の流れに混じり合い一つの風景になっている。

 その中で、自分達だけが浮いている存在に思えてならない。

 なぜなら、このミントという女が、こうも見た目が幼いと、オッさんに片足突っ込んだような男が援助交際だことのJKお散歩に勤しんでいる変態男として、周囲の目には映っているのではないかと杞憂してしまうからだ。


 俺はここにいる全員に大声で言いたい。

 この女は、俺と同じ歳なんだぁぁぁぁ、と。


 歩きながら、澤村の事務所のことは大体聞いた。彼女みたいな内偵や事務処理をする内勤社員と、医者や道具を調達する専門家の後方支援隊、『殺し屋』の仕事をする実働隊社員と三通りの雇用形態があるそうだ。小さな声で、街の喧騒に紛れて聞き逃してしまい、何度か聞き直した。

 依頼人から受けた仕事は、まず依頼人の素性を内偵し、次に対象者の調査をし事実確認が取れれば、実働隊が遂行するという流れ。

 なぜそんな面倒なことをするのか尋ねると、本当に悪い人間の殺ししか受けないことになっているかららしい。

 色々と細かく調べる癖に、「本当に悪い人間」という基準が、ものすごく曖昧に感じてしまう。ただ、この人たちのさじ加減なのではないだろうか。

 そんな話をしている途中でも、この女と並んで歩くのに、距離感だとか立ち位置だとかをいちいち気にしてしまう。あまり距離を取ると声が聞こえないし、寄り添うのもどうかと思う。背も低いので、少し体を屈めて耳を近づけないとならない。彼女が喋らないときは少し離れる。

 しかし彼女がは背が低いく、明らかに俺より歩幅は小さいはずなのに、歩くのが早いので、あまり離れると置いていかれてしまう。

 離れて、近寄って屈んで、また離れての繰り返しでかなり体力と精神力を消耗した。


「ああやって、ふざけてますけど。いい人なんですよ、所長は」


 強い言葉だった。小さな声だったが、近寄って屈まなくても聞こえた。声というのは、音量ではなく、意思の強さで聞こえるのかもしれない。


「聞いたでしょ。ワタシ、夫を殺したんです」


 忘れていた。「殺し屋」と何度も単語が出てくるのにもかかわらず、あまりにも現実味の薄い内容で、なにか映画やアニメの話でも聞いているように錯覚していたが、この女は人殺しだった。

 まだ、100%信じたわけではないが、それでも体が反応して、彼女との距離を少し取ってしまった。


「ワタシ、施設で育ったんです。生まれてすぐに捨てられていて、施設に引き取られたそうです。今両親が死んでいるのか生きているのか知りませんし、興味もありません。施設での生活は最悪でした。ワタシ、引っ込み思案でみんなに溶け込めなかったし、ちょっと暗いので虐められてて。施設の先生だって見て見ぬ振りです。あの人たちはただの職員ですから。親に捨てられてグレた気性の荒い子に嫌われるより、ワタシみたいな目立たない子に我慢させていた方が楽ですから。あまりいい思い出はないです。

 ワタシ、『堀内明子』って言う名前です。ダサいでしょ。施設長が『明るい子』という意味で付けたらしいんですけど、こういうのって将来絶対そうならないです。『明子』とか『幸子』とか。他人が付けた名前なんか愛情とかなんにもないですし。そもそもこの名前も、捨てられた後に付けられて、本当のワタシの名前じゃないし、好きになれなかった。

 だけど、所長に付けてもらった『ミント』って名前は、すごく気に入ってます。なんか、すごく暖かいです」


 彼女は一気に喋って喉が渇いたのか、魔法瓶を取り出した。もう1本取り出し、俺にも勧めてくる。

 受け取るのを躊躇していると、大丈夫、菌なんて入ってないですよ、と毒味してみせるようにアイスミントティーを一口飲んだ。


「こっちは、冷えてて美味しいですよ」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る