Episode6 偽りか、真実か
蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れる。
小さな炎に照らされたぼんやり明るい室内でカトリーネと私は手作りの暖炉に薪をくべていた。
「あなたの言ってる事、どう信じたらいいのか…」薪をくべながらぼやく。
「いや、信じなくてもいい。とても信じられるような話しじゃないから…」私は静かに答えた。
炎が作り出すふたりの影が背後で揺れる。
私が現実で見ず知らずの人間にこの世界は偽物で、お前は存在しないと言われれば、信じられない。当然のことだ。私は彼女に存在を否定するような事を言ったのだ。私は後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
静けさの中で、パチパチと小さな破裂音を出しながら薪が燃える。
それを眺めながら私は彼女の火をちらりと見た。
その顔はどことなく悲しげだった。
「私、母が死んでからずっとひとりだったの」
カトリーネはぽろりと言葉をこぼす。
「父親は私が子供の時に行方がわからなくなったって、母から聞いた。顔も覚えてない」
私は彼女の話を黙って聞いた。
「父がなにをしていたかも分からないし、どこへ行ったのかも知らない。母もそれは教えてくれなかった。知ろうとも思わないけど。母は死ぬ直前に私に言ったわ、人生を孤独で終わらすな、それほど悲しい事はないって」カトリーネは暖炉に薪を放り投げながら小さな声で語り続ける。
「でも、結局ずっとひとりで今まで生きてきた。あなたと会ったのは母が死んでから始めて。だから、ちょっと嬉しいんだよね」数年の時をたったひとりで過ごし、久しぶりの話し相手に嬉しさがこみ上げてきたと、カトリーネは話した。
彼女の顔には少しだけ笑みが浮かんでいた。
私も彼女と同じく、この世界で普通の会話が出来る相手に出会ったことを嬉しく思っていた。
「でも…あなたの話はやっぱり現実離れし過ぎてる。それが本当だとしたら、私も、この世界も、何もかもが偽りってことじゃない。これが全部、あなたの夢だなんて」
私はその言葉に、どう答えていいのか分からなかった。
―ありのままを話せばいいんだ…
「え?」
カトリーネは不思議そうに私に視線を向ける。
―エルオーデ…惑わされないで…
―この世界がどういうものか…分からせろ…
頭の中に男と女の声が響く。
―エルオーデなんて名なん忘れろ…今はマレウスだ…
―エルオーデ!
―この世界はお前を欲している…惑わされるな…
女の声はしきりにエルオーデと私に言葉を投げる。
男の声には聞き覚えがあった。ジャヌだ。
―エルオーデ…エルオーデ…!
その声は狂ったように繰り返される。
次第に激しさを増す呼びかけに私は叫んだ。
「違う!俺は…!」
「…マレウス?」
カトリーネの声に私は我に帰る。私を心配そうに見つめるカトリーネうを一瞥すると、私は呼吸を整えるようにゆっくりと息を吐いた。
「俺は…何者なんだ…」
「どういうこと?」私の問いかけにカトリーネは困惑しているようだった。
「俺は…エルオーデと呼ばれたり、マレウスとも呼ばれたりする…。俺は何者なんだ?何が真実で何が嘘なんだ」
頭を抱え込む私に、カトリーネは少しの間無言になり、優しく私に言った。
「誰になんと言われても、どんな名前で呼ばれても、あなたはあなた。自分が見て、感じることが真実」
「いいこと言うじゃないか」
聞き慣れた声が、カトリーネの話に割って入る。
「誰!?」
カトリーネは驚き周りを見回す。だがそこには誰も居ない。しばらくすると、ドアがゆっくりと開く。
「ジャヌ…」
私はジャヌの顔に視線を向けた。
「ジャヌ?誰なの!?」
カトリーネ甲高い声に、ジャヌは呆れた様子で答えた。
「そう慌てるなよ。今は夜だ、静かにしよう」ジャヌの言葉にカトリーネは納得できる筈もなく、更に噛み付くようにジャヌに怒鳴り散らす。
「ここは私の家よ!あんたなんか知らない!早く出て行って!」
ジャヌは首を横に振りながら、私たちへ近付いてきた。
「家?あばら家じゃないか」
その言葉を聞き、カトリーネは怒りをあらわにする。
「何の用だ。話すなら外で話そう。ここはカトリーネの家だ」私はジャヌに言い寄る。
「だからなんだ?それに、ここが誰の家だろうが、そんなことはどうでもいい」
ジャヌは感情のこもらない言葉を投げ捨てた。その瞳は、見るもの全てを無へと返すような冷たさを放っている。
「その女に用があって来たんだ」その言葉にカトリーネは身構える。
「もう聞いているだろうが、ここはこいつの夢だ。今はな。お前はこの世界にとって、ただの薄っぺらい記憶でしかない」
大切なものを切り裂かれるようなその言葉に、カトリーネはしばらく言葉を失う。そして、重い口を開いた。
「そんなことを信じると思う?突然現れたあなたに私の存在を否定される覚えはないわ」
殺伐とした空気がその場を覆う。私は口を閉ざし、ふたりのやり取りをただ見ていた。
「じゃあ聞くが、お前は母親の顔を覚えているか?なぜ死んだ?母親の墓は何処にある?」
「それは…」ジャヌの言葉にカトリーネは反論せず、視線を足元に下げ黙り込んだ。
「覚えていないんだろう?なにもかも。お前の記憶は未完成なんだ。だが、その閉ざされた記憶を取り戻せる」
カトリーネは視線をジャヌに戻し、そしてゆっくりと私を見た。
その青い瞳が何を伝えたかったのか、私には分からなかった。
「…どうやるの」
期待通りの言葉だったのだろうか、ジャヌの口元が僅かに緩む。
「その男が、お前の記憶を取り戻す鍵になる。そして、お前の父親がどうなったのか、今ここで知るんだ」燃えるような真っ赤な瞳でカトリーネを見つめ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、カトリーネに告げた。
カトリーネ・オリアン・バンシュタイン―
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