Episode.14:怜悧なエンカウント



「それで〜、貴女の正体とか、貴女の本性は瑣末なことなの。私が聞きたいのは、どうしてここにいるのか、それだけよ?」


 クラリスが隣でいちごオレを飲んでいる。師匠との“面談”を終えて戻ると、クラリスは肩だけ戻してより拘束をキツくしていた。

 黒髪の少女は手首足首、手の親指を結束バンドで拘束されている。


「正体も聞かずに目的を聞くなんて、馬鹿げた話が────」


 銃弾が、彼女の頬を掠める。彼女は表情を一つも変えずに、ただクラリスを見ていた。


「随分と貴女の愛銃は短気なのね」

「そうね、私の銃は質問に質問で答える子が好きじゃないの」


 そっと細い指が彼女の頬を撫でている。その指は首筋を撫でてそのまま離れていく。

 彼女は何か思い立ったのか、ナイフを取り出した。


「決めたわ、貴女が話さないのならこの瑞々しい脚に傷をつけていきましょうね」

「別に、傷つけられたところで私は何も喋らない」

「いいのよ〜、強がらなくて。私も私とて時間は無いから、一時間経ったら殺しちゃうし」


 面倒くさそうに話しながら、彼女は少女の隣に座っていた。既に一本朱い線が引かれている。


「さて、何本の線が引かれるのかしらね〜」

「…………どうしてここにいるか知りたいのよね」


 少女は、まるで交渉するように切り出している。だが、クラリスはあくまでも交渉に乗る気はないようだった。


「ええ、ここに貴女がいる理由が知りたいの、“Nightmare”さん?」


 一番驚いたのは、誰でもなく俺だった。今しがた、俺が師匠から教えてもらったばかりの情報をなぜ知っているのか。

 “Nightmare”とは、新都で活動するギークの中でも指折りの実力を持つ者だと言っていた。


「…………貴方達に言う気は無いわ」

「────ギークならばここで殺すしか無いのだが」


 ゆっくりと、ゆっくりとグロックの引き金に指をかける。俺はギークが嫌いだ。

 空を殺したアイツもギークだった、その一点においてギークは悪だ。

 少女の額に照準を合わせる。あとは人差し指に力を入れるだけだった。


「せっかくの情報源を殺すのかしら……?」

「あいにく、情報がなさそうなただのギークなんでな、目障りだ────」


 引き金を引こうとして、身体が倒されるような感覚に襲われる。いや、本当に倒されたようだ。俺はクラリスを引き剥がそうとしたが────どんどん力が抜けていく。


「貴方、それはまだじゃなくて?」


 彼女のいつも通り静かな声が、俺を強制的に眠りに落とした。



***



「ごめんなさいね、これじゃあ興醒めよね」


 結束バンドやらなんやらが解かれて、アオイの拘束が簡単に解かれる。彼女は、先程まで命を狙っていた二人に対して、怪しむように距離を離した。


「どうせ、“青ひげ画伯”の被害者の生き残りに依頼されて調査しに来た、そんなところでしょ?」

「…………そう言うことにしておくわ」

「だったら、用は無いわ。貴女がしてきた事を私も知らないわけではないし」


 クラリスはカフェラテを取り出すと、男を担いでからゆっくりと飲み始めた。その無防備な背中に、アオイはハンドガンを向けて────


「もう、分かってるでしょ、お嬢さん?」


 アオイは重さで既に察していた。いつのまにか空弾倉に差し替えられている。

 ────彼らには私だけでは勝てない。


「分かったわ、今日のところは退いてあげるわ」

「ええ、そうしてちょうだい」


 明けかけた空を見上げ、アオイは軽やかに屋敷から立ち去った。


「困ったものね……」


 その姿を、ゆっくりとくつろぎながらクラリスは見送っていた。


 家のドアを開けると、真っ先にメグが飛び出てきた。まるで誘拐されていたかのような、大層な心配ぶりだった。


「苦しいわ……」

「とりあえず、心配だったんだぞ……」


 こんな風にメグが取り乱すことは、過去においても未来においてもない、と彼女は思っている。だが、その思いすらも抱かせない程に、いつのまにかソファに座らさせられていた。


「別に、問題はないわよ」

「太もも裂かれて、肩の関節曲げられて、頬を焦がされて。それでも問題ないって、”Alice”と同じじゃないか……」


 そっと、帰ってきたアオイの肩を抱きしめてしまう。必ず帰ってくることなんか、確定的に明らかな事なのに。

 メグは何も話さずにゆっくりと、抱きしめていた。


「別に、怖くもないし、痛くもなかったんだから、離してよ、苦しいから」

「泣いてんのは分かってんだよ、何されたか言えるか?」

「…………ちょっと良さそうないちごオレ貰った」


 数分前までの雰囲気は何処へやら、メグは目を丸くしてアオイを見た。

 アオイの手には、ストローの刺さったいちごオレ。しかも、普段気軽に買えるようなやつではなく、「ちょっと贅沢な」と冠した良いやつだった。


「あたしの心配を返してくれ」

「しょうがないでしょ、向こう側に大体の情報が割れてたんだから」


 数分前の和やかな雰囲気は何処へやら、メグの背筋に強い衝撃が走る。

 ────あれだけ完璧に痕跡を消してきたはずなのに、なぜあの連中にバレたのか。

 憲兵ですら出来ていないことを、何故彼らができるのか


「どこまで喋ったんだ」

「そうね、私は何も喋ってない。でも、相棒がいる事まではもう知ってるみたいよ」


 アオイは、いちごオレを飲み干し自室に戻ろうとした。


「…………この一手は絶対に打ちたくなかったんだがな」


 そう呟いて、メグは地下室のパソコンでとあるデータを開いていた。



***



「そういえば、憲兵からの追加の資料って手に入ったの?」


 俺とクラリスは、いつもの中華屋で昼飯を食べていた。

 あの夜、師匠と情報交換してからの記憶がおぼろげだった。その時の記憶をクラリスに問い詰めても、ゆらりゆらりと躱されるのみだった。


「ああ、入った。被害者遺児に関しては、四件目を除いて国立精神医療センターで保護しているそうだ」

「そりゃ、あんな模様入れられたら、絶対私も死ぬわ……」


 クラリスは実際見たかのようにポツリと呟き、また目の前の大盛りチャーハンに戻る。そろそろ苦しそうに食べているが、店主の前で冷やし中華を頼もうとした罰だ。助けたら、想像がつく。


「それに、四件目の家って、現代ネットの父の家だもんね……」

「ああ、そうだ、次世代SNSとまで言われた“カッツェリーニ”プロジェクトは立ち消えだろうな」


 短文ブログSNS、その開発者は無論、Laplaceの開発者でもある。その点において、少し不可解な点はある。


「今、その遺児はどうしてるんでしょうね?」

「さぁな、ただ、どうにかして次の犯行を食い止めないとな」


 ただ、不可解な点はまだ大したことではない。俺は、ゴマ団子をゆっくりと食べ終わる。


「あい、お代わりネ〜」

「え、ちょっと、もう食べ────」

「ん?」

「食べるわ……」


 主人のチャーハン責めに、苦しそうな喘ぎを残して食べ進めている。俺は、タバコを取り出して────また切らしているのを忘れていた。

 普段はここに入る前にコンビニに寄っているが、今日は何分腹が減っていた。


「タバコ買ってくる」

「いいよ、雪花に買いに行かせるカラ」

「やだネ!!」


 いつも通りの口喧嘩が始まる。だが、この間の父の日に、雪花が一生懸命一人で店を回してたのを俺は知っている。


「なんだかんだで仲いいからな……」

「それはそうと、タバコいるかしら?」

「ああ、ありがとう────?」


 俺は、いつもの両切りタバコを手にとって……まず、俺は誰からタバコを受け取ろうとしているのだろうか。

 タバコを持つ手の先には────袖の長いセーターを着た見覚えのある少女が座っていた。

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