3 勝ちは勝ちだ

「ほらな。死んだろ?」


 後ろから声をかけられ、ザンとたれ目の男は振り返った。

 生徒が死んだという報告を受けた次の日の昼休み。学校の廊下は、いつもよりも少し活気がない。そんなことは関係ないとばかりの会話も聞こえるが、その中には、生徒の死の真相を推測するような噂話も混じっている。

 振り返ったザンは、自分に声をかけたアルドを睨みつけた。たれ目の男も、たれた目を半眼にしている。


「死ぬって言ったじゃん? 今度は、たれ目の腰ぎんちゃくの番だな」

「腰ぎんちゃく? 誰の話だ? 何の話だ? ああ?!」


 たれ目の男がアルドに詰め寄る。アルドは少しも動じずに薄ら笑いを浮かべた。


「あれ? たれ目の腰ぎんちゃくってお前しかいないだろ? 自分の立ち位置を理解してないバカなのかな?」

「俺とザンはダチだ、バカにすんな! そんで、ライもダチだ! ダチなんだよ! おまえ、あいつが死んだこと、バカにしてるだろ!」


 たれ目の目にうっすらと涙がにじんでいた。それを見て、アルドの顔には、薄ら笑いではない、ハッキリと嘲笑だとわかる笑顔が浮かぶ。


「『バカにしてるだろ』って言う方が、バカにされる心当たりがあるってことで、おまえがそいつのことバカにしてるんだよ」

「はぁぁあ? なにわけわかんねぇ屁理屈言ってんだぁあ?」


 たれ目がアルドの胸ぐらをつかもうとして、動きを止めた。


「やめろ」


 ザンがたれ目の肩を掴んでいた。たれ目はハッとしたらしく、周りを見渡した。休憩時間の廊下。学校の生徒が死んだということで、元々薄暗い雰囲気があった廊下は、三人の騒ぎのせいでさらに重い空気に包まれている。

 注目の的になっていると気づいたたれ目は、声を飲み込むように唇を噛む。


「おまえが」


 ザンがアルドの前に一歩出る。


「ライのことを侮辱するのなら、おまえのあの写真をばら撒いてもいいんだぞ」


 ザンはアルドを睨みつけながら言う。それに対してアルドは、動じていない風な笑みを浮かべた。


「一週間後」

「何?」

「一週間後、来週の火曜日。たれ目の腰ぎんちゃくは死ぬ」


 アルドの、嘲笑に歪んだ唇から発された言葉に、ザンは眉をひそめた。


「はぁぁあああ?」


 たれ目が調子の外れた声を上げる。


「何バカなこと言ってんだ。俺がライの後追い自殺でもするってか。あいつは親友だけど、だからって俺が一緒にあの世へ行くことなんて願うやつじゃ――」

「俺、予言したよな? お前らもうすぐ死ぬって」

「んなもん、偶然に決まって――」

「あの写真、月曜までに破棄しなければ、火曜日にたれ目は死ぬ。おまえ言ってたじゃん? いや、青い髪のやつの方だったっけ? どっちでもいいけど、ウナヅキサマの話。当たりだよ。俺がウナヅキサマに頼んだんだ。おまえら三人を殺してくださいって」


 アルドの表情に浮かぶものが、嘲笑から殺意に変わる。


「いやぁ、金を使ってありとあらゆるものを調べたよ。そしたら本当に効果があるんだ。びっくりだよ。ウナヅキサマに頼んだのそのままの死に方だったのも驚きだ。うん、だから、たれ目の死に方も予言できるぜ? 首つり。ぐちゃぐちゃに失禁してぶらぶらぶら下がるわけだ」

「だーから! 俺が自殺なんてするわけねぇ!」


 再び激高したたれ目の腕をザンが掴む。


「落ち着けマッド。こんな奴の挑発に乗るな」

「でもよ!」

「俺たちはこいつを社会的に殺せる手段を持っている。こんな、嘘が確定事項の挑発に乗るより、嘘だと判明したとき、こいつの恥部を世間にさらすことを考えないか?」

「お……お、おう」


 ザンとマッドは、アルドに背中を向けアルドから離れていく。

 不意にザンが振り返り、「俺たちを侮辱したこと、社会的に死んで後悔するといい」そう低い声で言い、立ち去る。


 アルドの顔は引きつっている。背中に汗をかいているのを感じる。

 いつもユナに暴言を吐いているが、あれは鬱陶しいのを払うためにしていること。こんなにも積極的に、自分から、人を侮辱したことは初めてだった。


 しかし、これを奴らに言わなければは発動しない。

 緊張を解いて大きくため息を吐く。


 アルドは自分の教室に足を向けながら思う。


 ――まぁ、ウナヅキサマ嘘なんだけどな。


 呪い。それは死ぬことだけではない。生きているうちに、奴らには――特にリーダーのザンには、死の恐怖を与えてやりたい。


 アルドは、自分の席に座って、教室の少し重い空気を感じる。

 この空気は、あの青髪が死んだ故の空気だと思うと、勝利の空気だと感じて、少し笑みがこぼれる。

 アルドは昨日の夜のことを思い出す。



    ■□■□



 学校で青髪の男――ライの死が報告された夜。アルドは自らが死を選ぼうとした場所に、再び足を向けた。

 男は屋上の柵に背を預けて、地面に直接座っていた。夜の寒気に白い息を吐きながら、煙草の煙を吐き出していた。


 男はやはり、夜の闇にまぎれるような黒いコートを羽織っていたが、煙草の先端の光が、彼がその場にいると示す灯台の明かりのように見えた。

 なぜこんな寒い夜に屋上にいるのか。アルドが来るうまいタイミングでいるのか。それを少し疑問に思ったが、そんなことは些細なことだった。

 アルドにとって、暗闇に浮かぶ光は、希望の光に見えた。


「すげぇよあんた。あいつ、マジで死にやがった」


 男はこちらをちらりと見た。煙草を深く吸って、吐き出す。


「ああ」


 そっけない返事だったが、それでアルドは、ライの死が彼によってもたらされたものだということを実感する。

 アルドの瞳は、憧れの人を目の前にしたように、子どもが好きなおもちゃを与えられたように――しかしどこか屈折した光を宿した。


「なぁ、じゃあさ、俺の指定したタイミングで、次を殺してくれるなんてこと、してもらえちゃったりしねぇかな」


 男は煙草を携帯灰皿におさめ、アルドの瞳を覗き込んだ。


「日付くらいならば可能だ」


 なぜだとは問われない。しかし、アルドは高揚した表情で、語りだす。


「それなら、俺は死の預言者になれる。いや、ウナズキサマだ。これはウナズキサマの呪いなんだ。俺が、ウナズキサマを操って、死を自在にする能力を手に入れた。そういうことなんだよ。なぁ? ウナズキサマ?」


 アルドは笑顔で男の顔を見た。男はアルドの言う意味がよくわからなかったようで、首をかしげた。


「意味わかんなかったらいいよそれで。あんたが俺の指定した日にあいつらを殺してくれたらそれでいい。植え付けてやるんだ、あいつらに、もうすぐ死ぬって恐怖を」


 アルドは腕を広げて夜空を見た。都会の建物の明かりのせいか、星はほとんど見えない。しかし、アルドの目には、希望が瞬いて煌いている星空に見えた。


「さらに殺し方も指定できたら、よりそれっぽくていいんだけどな?」

「死んでいることを世間に晒す前提の殺し方なら、そんなにバリエーション豊かにとは言えないが、可能な範囲でなら指定してくれてかまわない」

「ははっ。世間に晒す前提の殺し方ってなんだよ。世間に晒せない殺し方があるのかよ」


 アルドは軽く笑った。しかし男の瞳は少しも笑っておらず、本気で言っているとしか思えない表情で、答えた。


「生きたまま拷問したり、首を切ったり、内臓を引きずりだしたり――その人間の心の汚さを象徴する場所を取り除いて殺す。そう言う場合、世間に晒すことはせずに――」

「あああ! わかった。しないから。そんな気色悪いことしないからいいよそれ以上言わなくて」


 アルドの背中に怖気が走った。そうだ、こいつは本物だったんだ、と改めて実感する。

 一瞬、こんな奴に関わるのは危険なのではないか? ということが頭をよぎる。しかし、本物だ。本当に、奴らを殺してくれる存在なのだ。

 そう考えると、怖気を感じつつも、その怖気が高揚にも感じてくる。唇に、笑みが浮かぶ。


「じゃ、時間と殺し方を指定するってことで、頼むな。うまくやってくれよ」

「ああ」


 男は無表情で頷いた。



    ■□■□



 アルドは頭の中で、回想を終え、さらに顔に笑みを浮かべる。

 その笑みを周りの生徒に見られないように、机に顔を失せて寝たふりをする。


 その笑みは、勝利の喜びに似ていた。

 自分の考えたプランで奴らが死ぬ。それは、まぎれもない勝利だと感じる。

 伏せた顔をニヤつかせていたが、ふと、顔が凍る。


 ――その勝利はお前の力か?


 ザンの顔が思い浮かび、そんな言葉を発して消えた。


「うるさい。勝ちは勝ちだ」


 誰も聞こえない小さな声量で、アルドは自分で理解しているそのことを、全力で無視をした。

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