銃と剣 16
その夜、颯太は随分と懐かしい夢を見た。
まだ幼い頃、潤一と一日中遊んだ日の事を。
その日はとても暑く、颯太の家で待つ潤一は、珍しく帽子を被っていた。いつもはすぐに嫌がって脱ぐ癖に。珍しいなと、颯太は思った。その日は近くの公園で、同じ通学団の友達とドッチボールをやる約束だった。
潤一は運動神経が良く、活発で皆んなのリーダー的な存在だった。ガキ大将と言った方が正しいかもしれない。
颯太だって、潤一に負けず劣らず運動神経はよかったが、如何しても潤一に駆けっこだけは勝った事がなかった。高校生になった今でもそれは変わらずなのだが、小学生の頃はどうしても勝てない事を少しだけ、悔しいと思っていた事を覚えている。
夏休み、太陽が高いまま、小学生だった颯太達は公園まで走る。
公園につけば既に皆んながいた。颯太達がどうやら一番最後のようだ。
チームを分ける時に、誰かが言った。
『潤一と颯太は強いから、一緒のチームは駄目!』
今思えば、随分と自分勝手な話だと思う。しかし、小学生のしかも低学年だ。彼ら如何にその発言が自分勝手だと説いたところで聞きはしないし、颯太も潤一もよく言われる言葉である。そういうものなのだと、深く考えもしなかった。
だからいつも、潤一とは敵のチームだ。
別に不満はない。
ただ、潤一のボールを取り零す友人達を見て、俺だったら、ちゃんと潤一のボールを受けれるのにと思っていた。でも、それは潤一も同じで、颯太のボールを取り零す友達を見て、潤一は俺ならと思っている。お互い口には出さないが。
やがて時計は進み、一人、また一人と帰って行く。
いつしか、潤一と颯太だけになった。まだ、日は高いのに、皆親との約束やら塾やらと、皆が手を振って帰っていった。
残った2人でキャッチボールを始める。お互いがお互いの全力投球を受け合って、手が痛い。
家でゲームしようぜと潤一が言えば、颯太はコクリと頷いた。
宿題はどう? 読書感想文の本は決まった? 自由研究は何をする? 工作は? ほぼ毎日一緒に遊んでいる2人である。
お互いがお互い、進んでいるわけがない、溜まった進まない宿題の話を飽きもせずに口に出した。
そんな時、ふと潤一は足を止めた。そこは、近所でも有名な廃墟で、お化けが出ると専らの噂だ。日が傾く中、佇んでいる廃墟は酷く不気味に幼い颯太の目には映ったのだ。
『俺、ここを自由研究にする』
子供とは恐ろしいもので、他人の土地には入ったら駄目という概念がない。いくら人がいない廃墟でも、それは駄目なことである事を分からない。
『本当に幽霊が出るのかをしらべて発表する』
『幽霊なんているわけないじゃん。潤ちゃん知らないの?かがくてきには何のこんきょもないんだよ』
最早テレビの受け売りだ。この時、颯太はただただ、自分が怖がっていることを潤一に悟られたくなかった。
『いるよ。見たって、テレビでやってた』
『うそだね。だまされてるんだよ』
そう颯太が言えば、潤一の顔はむっとする。
『いる!』
『いない!』
『絶対いる!!』
『絶対いない!!』
二人とも睨み合って自分の主張を譲らない。
『じゃあ、中に入ろうぜ! いたら俺の勝ちな!』
『いいよ! 絶対いないし! 居なかったら俺の勝ちだからな!』
最早なんの勝負なんだと、今思えば我ながら呆れかえると颯太は思う。
『じゃあ、行こうぜ!』
『ビビんなよ!』
塀の割れ目から中に入り、開いている玄関の扉から中に入る。
中は当たり前のように真っ暗で、あんなにも暑かった筈なのに、何故か涼しい。ビビるなよと、潤一に言っておきながら、心底怖かったのは自分の方だと颯太は笑った。
暗い廊下を二人で歩き、いもしない幽霊を探す。
この時、よくよく思えば、潤一も相当怖がっていた事だろう。
思いつき半分、言い出した手前引けなくなってしまったが、彼は幽霊の存在を信じる程、幽霊が怖いのだから。しかし、子供故思い付きと無鉄砲さは折紙付きだ。怖さよりも好奇心が先に立つ。
こっちにもあっちにもいないと二人でドアを開けて中に入る。
ついに最後のドアを開けようとした時、何もなかったはずの部屋で大きな物音が聞こえた。
『な、なにっ!?』
『幽霊だっ!』
最早二人とも大パニック。大声を上げて潤一は駆け出したが、颯太はパニックの余り、動けないでいた。
怖かったのだから仕方がないが、待ってくれと言う声すら出なかった。遠のいてく小さな背中に手を伸ばすが届かない。
もうダメだと、今だったら何がダメなのかと思うかもしれないが、当時の彼は本気で、自分はここで幽霊に殺されてしまうと思い座り込もうとした。しかし、伸ばした掌を何かが掴む。
顔を上げれば潤一だった。走って逃げた筈なのに、自分だって怖いはずなのに、彼は戻ってきたのだ。
『何やってんだよ!走るぞ!』
潤一の手を掴んだまま、颯太は走る。結局、物音がなんだったのかは知らないが、歳を重ねるにつれ、これ程怖い事ではなかったと颯太は思っている。例え幽霊が音を出したとしても、だから何だと思うぐらいに。しかし、潤一は今でもそれは幽霊の仕業だと信じており、この話をすると呪われるぞと睨んでくる。
潤一の繋いだ手は心強くて、その時ばかりは潤一よりも早く走れた。
外へと飛び出して二人で座り込み、肩を下げる。
『幽霊いた! 絶対あれ、幽霊だったよなっ!』
『うん。じゃあ、潤ちゃんの勝ちだね』
ヘトヘトになりながらそう言えば、潤一は首を傾げてこう言った。
『え。でも、幽霊から逃げたんだから、俺と颯君の負けじゃね?』
その言葉に、颯太は笑う。
初めて同じチームになれたねと。
そう言えば、そうだなと潤一も笑う。
『あ、でも幽霊は追ってこれなかったから、やっぱり俺たちの勝ちじゃね?』
『あ、そうかも。俺たち幽霊に勝ったんだ!』
その時から、颯太は潤一と二人でいればどんな事でも出来るんじゃないかと思った。
この時だって怖かったはずなのに、いつの間にやらワクワクに変わっていた。二人なら何でもきっと、出来ると馬鹿みたいに信じて。でも、そんな事はなかった。馬鹿だったのは、自分一人。
あのゲーム、お前と出来たらきっと、どんなルールでも無敵だったよな――。
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