第327話 黒い槍の刻

「ラインハルトよ、計画通りに進める」


 ――話は過去にさかのぼる。


 これはパトリックの父――。

 前ラズハウセンの王であるアーノルドが、何者かの襲撃に遭うより数日前のことだ。


「後はお前に任せる。私はそれまで隠れているとしよう」


 それは玉座の間で密かに交わされたものだった。

 部屋にはアーノルド王とラインハルト以外に人の姿はない。


「その間、王はどちらへ?」


「知らぬ方がよい時もある。ウラノスからうけた命令通り、お前はラズハウセンを滅ぼし帰還する」


「それは二トによって失敗に終わりました、父も既に理解しています。シンプルな帰還、それが私に与えられた最後の命です」


「しかし時間とはそう単純なものではない」


「……時間?」


「皇帝はそうは思わないだろう、アドルフという人物も気になる。王の殺害を手土産に、というのは少々安直だが、多少付け入るすきも生まれよう。仮に疑われようとも凌げるやもしれない」


「しかし、そこまでする意味が……」


「シエラは止まらぬ。お前が救え」


「……」


「影武者は用意したな?」


「はい、ですが……」


「ならばよい。それよりも皇帝ではなくアドルフだ、お前の術は通用するのだろうな?」


「……おそらく。未だ誰にもあばかれたことはありません。いえ、一人だけ勘づいたかもしれない者はいました」


「ニトか」


「はい。……ですが《欺きの加護》はビクトリアの宝具です。そう何度もあばかれることはないかと」


「そうか」


「父――ウラノスは、ビクトリアを抜け出す際に三つの宝具を盗みだしました。一つは《詠唱の加護》――これは次男のラージュに引き継がれました。これによりラージュは通常よりも素早い魔術の詠唱ができます。次に《免疫の加護》、これは三男のジェイドに引き継がれ、毒や菌、気候から使用者を守る。ジェイドはこの力でモッドヘルンの寒さを凌いだそうです。そして最後が《欺きの加護》――これにより私はすべての罪悪感や迷いといった自身の不安すらを欺き、常に心の平静を保つことができます。アドルフの力はウラノスをもしのぐほど強力ですが、これは終焉の学院の力です。私の嘘がバレることはありません、これまであなた以外の誰も気が付かなかったように」


「……私はお前を信じている。お前が心配ないと言うのならそうなのだろう」


 アーノルドは玉座を離れ、バルコニーに出た。

 同行するラインハルトを後ろに、アーノルドは欄干からラズハウセンの町を見つめる。


「ヒルダを殺した者の名を知っているな?」


「はい」


「それは誰にも言うな。シエラを復讐の道に向かわせてはならない」


 ガゼル・クラウンの名をラインハルトは答えなかった。


「レイドには申し訳ないことをした」


「理解はしているでしょう。見捨てられたとは思っていないはずです」


「ならばよい。私やお前がしくじった時はレイドがシエラを助けてくれるだろう」


 バルコニーに王都の夕陽が差し込む。


「心おきなく王都を去るがいい、皇帝を殺せ」







 ――時は現在に戻り。


 ラインハルトの隣に魔法陣が現れた時、そこに前王――アーノルドは立っていた。


「ラズハウセンを監視し、時と共に消し去る。それが俺に与えられた命令だった。実際は俺にすら教えられなかった別の理由があった訳だが……」


 ラインハルトを前にダニエルとシエラ、駆け付けたエミリー・アンダーソン、そしてラズハウセンの兵隊たちが足を止めた。


 死んだはずの王の姿を前に、それぞれは片膝をおろしその場でかしこまる。


「おっさん、あんた生きてたのか……」


「ダニエル、不敬だぞ」


 ラインハルトとダニエル。

 二人の久しぶりの会話であった。


「敵を欺くために、私たちにも黙っている必要があったと?……」


「その通りだ、シエラ」


 アーノルド自らが答えた。


「もはや誰にも止められぬと、そう思った。シエラ、お前が今戦場の土を踏んでいることがその証明だ。誰にもお前の復讐は止められなかった。だが今しがたそれも終わった。戦争も復讐もこれで終わりだ」


 シエラには返す言葉がなかった。

 後ろめたさだけが残る。


「ラインハルト、兵を退却させろ。ラズハウセンへ帰る」


「分かりました」


「お待ちください、陛下」


 シエラだった。


「戦場にマサムネが来ているのです!」


「マサムネとはニト殿のことか?」


「はい。マサムネはこの戦争を終わらせるべく、今もどこかにいるはずです」


「いるとすれば門の前だろう」


 ラインハルトが答えた。


「門前の様子がおかしい。まるで何もない空間に大軍が群がっているような感じがする」


「おそらく、その何もない空間がマサムネです。彼の魔力は感じ取ることができません」


「陛下、兵と共に先に帰還してください。ダニエル、エミリー、陛下を頼む」


「ラインハルト、お前はどうするんだ?」


「俺もニトに用がある。俺はシエラと共にあいつの元に向かう」


「……そうか」


 ダニエルは以前のように笑み浮かべることで、理解を示した。

 同意した際は少ない返事で会話を終わらせるのがダニエルだ。


 その後、アーノルドはラズハウセンの兵と共に戦場をあとにする。

 ラインハルトとシエラは慈者の血脈と帝国兵で込み合う戦場を抜け、マサムネの元へ向かった。


 ふと魔力を感じラインハルトは振り向く。


 それはシエラたちが戦場に降りる時に使用した崖。

 そこにラージュの姿を見た。


 彼は政宗の魔力を恐れシグマデウスをいつの間にか離脱したのだ。

 その隣にはシエラに切り殺されたはずのギド。

 浮遊する水晶に座って移動する羊の獣人――ビッツ・カトレラ。

 幾人かの者たち。


 それは激しい長の入れ替わりについていけなくなった者たちの集まりだ。

 冥国に飲まれた帝国。

 長がいなくなり自然消滅した冥国。

 遺された帝国と皇帝ウラノス。

 今やラインハルトの一突きにより皇帝も亡き者となった。


 崖の上のラージュ。

 戦場のラインハルト。


 一部始終を見ていたラージュは兄の裏切りを知り。

 ラインハルトはラージュの臆病さ心の理解する。


 二人は互いの姿を確認し合い、背を向け、無言の別れを告げた。







 押し寄せる獣人の大群に俺は魔術を詠唱し続けた。


 離れた場所ではあるがシエラの魔力を感じ、《侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ》の使用を控えた。


 《執行者の斧》を代替として使った。

 これならば一振りで広範囲の敵を一掃することができる。


 まさか河内が帝国で兵を率いるまでにいたるとは。

 だがそもそも異世界勇者なんだ。

 ソーサレスという恩恵を手にしている分、常人よりも強いのは当然か。


「獣人を見殺しにしてお前は傍観か、流石は人間だなあ!」


「あなたも人間でしょ、日高くん」


 河内は俺に見透かされたことが気に入らないらしい。

 といっても見透かされたとは思っていないだろう。

 見透かされたような口ぶりに腹を立てているんだ。


 それはともかく小鳥が気になる。

 あれほど俺の前ではお喋りだった奴がああも黙っている。

 久しぶりとはいえおかしい。

 まさか正体を隠していたことを怒っているのか。

 だとしたら楽で助かるんだが……。


 だがそうじゃない気がする。

 何かもっと違う、嫌な気配を感じる。


 一息つく間もなく、さらに次の獣人が襲い掛かってきた。

 突っ込めば斬られることは前の奴らを見て分かってるはずだが……。


 また斧を振りぬき獣人を一掃した。

 ふと上空に展開されている巨大な雷の球体が見えた。


「河内の魔術か」


 タイミングを待っていたのか。

 魔力の質からして雷属性の上級魔術。


 球体は俺に向けて容赦なく落下した。

 こんなもの軽くいなして……。

 寸前で俺以外の者の魔力を感じた。


 周りを見ると俺は半円を描いたような薄い半透明のベールにつつまれていた。


「加勢するよ、マサムネくん」


「……ルシウスさん?」


 なんでこの人がここに……。


「マサムネ、助けに来たわ」


 その声を聞いた途端、膨れがりそうなほど心臓が脈打った。


「トア……。どういうことですかルシウスさん、なんでここトアがここに!?」


「私が行きたいって言ったの」


「……トア」


 そんなことは分かっている。

 だからこそルシウスさんに任せたんだ。

 どんなことがあってもトアを巻き込まないために。


「君が残していった半身が消えたんだよ。誤魔化しがきかなくなり、だから真実を話した。3人に」


「ネム……スーフィリア……」


「ご主人様……」


「マサムネ様……」


 そこにはサラさんまでいた。


「ルシウス様、召喚されますか?」


「ああ、周囲を守らせろ。ここは私とマサムネくんだけでやる。トア、ネムくん、スーフィリアくんを警護するんだ」


「はい!」


 俺たちを巻き込むほどの大きな魔法陣が足元に展開された。

 魔術は眩い光を発し、それが収まるころには――。


「全員、皆様をお守りしろ!」


 魔族の兵隊が背後と左右を囲むように現れていた。


 トアたちは彼らが築く円の中で守られている。


「さあマサムネくん、早く片づけて魔国に帰ろう。これで文句はないはずだ」


「文句大ありですよ。トアを連れてきた時点で――」


「――マサムネ、お父様を責めないで。これは私が望んだことよ」


 守るためにつれてきた、そういうことなのだろう。

 でも連れてこない方が確実に守れた。


 だがトアが聞かないんじゃ仕方ないか……。


 河内の方へ視線を戻すと、俺が何度も処理していたはずの獣人の数が全く減っていないことに気付いた。


「今頃きづいたの、無惨に殺されると分かっていて兵を近寄らせるはずないでしょ?」


「マサムネくん、どういうことだ?」


「あいつは俺と同じ異世界の人間です」


「グレイベルクの勇者か」


「はい。おそらくですけど、知らない間に幻覚を見せられていたのかもしれません。斬ったはずの兵士の死体がない」


 辺りには死体どころか血痕すらなかった。

 流石は勇者だ。

 どれだけ強くなろうと気付けないのでは魔術の効果もうけてしまうということか。


「なるほど。少々厄介だな」


 魔族の登場に敵の獣人たちが恐れおののく。


「魔族の知り合いがいるなんて、どれだけ恵まれた人生を送っていたのかしらね?」


 苛立ちの無表情で答える河内。

 自分の発言がずれているとは一ミリも思っていないのだろう。


「そろそろ出し惜しみを止めて、全力で叩き込むことにするわ。日高くん、助けられなくてごめんなさい」


 あまりに真剣な顔をして言うから、思わず笑ってしまった。


 河内が右手を掲げた。

 その動きに合わせ、全軍が武器を前に構える。


「全軍!――」


 河内が号令を出そうという時だった――。


 獣人の隊列の中から突然、見慣れない一本の黒い槍が見えた。

 それは風を切り俺に向けて飛んでくる。


 槍の軌道、その出所らしき方向へ目を向けた。


 一瞬、小鳥の姿が見え。


「ん!?――」


 何かは分からないが、槍から凄く嫌な感じがした。


 俺はとっさに《侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ》を展開し、後ろのトアへ「下がれ」と念のため注意を促した。


 その数秒後、俺は不思議にも体にあり得ない感触――。


 ――痛みを感じていた。


「…………は?」


 これは……どういうことだ?


「魔法が……」


 侵蝕を貫通だと?……。


 俺の心臓を、槍が貫通していた。

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