第325話 政宗という人格

 溶岩が吹き上げると、上空に傷一つない政宗の姿はあった。

 茶色いローブを身に着けた冒険者の姿だ。


 シスターは想定できていたかのように驚きはしない。

 が、表情には悔しさと怒りが滲んでいた。

 歯を剥き出しに嫌悪感を見せつけている。


「あなたの死が世界のためになるのです、あなたのような者にも愛する者はいるのでしょう、それらを救うことができるのはあなたの死だけなのですよ?」


 おかしな文言に政宗は小さく笑った。


「なんだそれ?……信条違いだ」

「信条ではなく、事実を受け入れるかどうかの問題です」


 シスターとの会話の最中、政宗の背後よりバーニスは迫っていた。

 だがバーニスは気づかなかった。

 政宗は固有スキル《辟易へきえきする堕者だしゃ》を使用していたのだ。

 周囲のすべてが政宗には遅く感じられ、対し周囲の者は政宗の動きを目で追うことができない。

 それは政宗だけの遅延した世界だ。

 バーニスは政宗の後頭部へスキルの類を放とうとするも、自分でも気づかぬ間に血飛沫となり散った。


 シスターの顔が曇る。

 だがそれは途端に驚愕と化した。

 政宗が刹那に距離を詰め、目の前に立っていたからだ。


「ぐ……」


 政宗は首を掴むと何の確認もなく握りつぶし、死亡を確認すると適当にシスターを放り投げた。


 一部始終を見ていたウラノスは、政宗と対峙するも好戦的ではなく。


「ビクトリアの学徒だ」


 政宗が訊ねる前に答えた。


「理由は知らぬ。あの学院との縁はとうに切れている」

「誰が命令してる、あの方とは誰だ?」


 ウラノスは自身の喉仏を指差し。


「答えられないようになっている」


 政宗は、彼がなんらかの魔術的な拘束を受けているのだと理解した。


 戦場の騒々しさに政宗は振り返り遠くへ目を向けた。

 穴の中で肉体を燃やされている間に、ラズハウセンは丘を下り戦場へと姿を現していたのだ。

 既に冥国の門により新たな獣人の軍団が投入され、またも争いが始まろうとしていた。


「シエラ……」


 群れの先頭にシエラの姿を見つけ薄っすらと笑みが零れるも、ヒルダのことを思い出し、薄れる。

 シエラにとってこの戦いは公務的なものではない。

 政宗は察した。




「マサムネ、どうしてここへ……」


 敵軍と向かい合う形で横に長く隊列を組み、広がるラズハウセンの軍隊。

 現れた政宗の姿に、シエラは驚く。


「シエラ、今すぐ撤退しろ」

「……どういうことですか?」

「冥国は既に滅びた。王はとうに退いてる」

「狙いは冥国ではありません、帝国です」

「シエラ……」

「エドワードやお姉さまの無念を、今日ここで晴らします。手を出さないでください」

「これはパトリックの判断なのか?」

「王妃様のご判断です」

「アリスが?」


 クレスタ家がラズハウセンに戻ったのち、アリス・クレスタは嫁いでいる。

 アリスはパトリックの妻だ。


「パトリックは賛成しなかったのか、まあそうだよな。あいつが進んで争いを選ぶがはずがない」

「賢明な王も判断を間違われる時はあります、今回は王妃様が正しいということでしょう」

「変わったな、シエラ」

「……これが私の信じた道です」


 シエラの心には姉への想いと、姉を殺した者への怒りしかないことを政宗は見抜いている。


「これ以上近づけば、知りたくないことも知らなくちゃいけなくなる」

「どういう意味ですか?」

「信じた道だって言うなら、自分の目で確かめればいいさ」


 ラインハルトが帝国を手引きしていた事実を、ラズハウセンはまだ知らない。

 彼は死んだものとされているのだ。


 行進が始まり、政宗はシエラの背を見送ることしかできなかった。

 彼女の姿は兵の群れに消えていく。


 ラズハウセンと帝国の残党による争い――戦争は再開された。



 甲冑の擦れ合う音、刃と刃の交わる音、魔法が生み出す衝撃波。

 砂ぼこりが視界を悪くする中、乱れた大地には様々な音が聞こえた。


 少しばかり気力が失せ、俺は遠目を見飽きた光景に向ける。


 グレイベルクにラトスフィリア。

 この場だけでも治められればと思い、予定になかった殺人再開もやった。

 だが消しても消しても争いは続き、シエラまで現れる始末。

 俺が復讐に時間を費やしていた中、皆も日々を何かに費やしていて、シエラは変わっていた。

 俺はどうだろうか、自分を変えることができただろうか。

 復讐の終わりを間近に控え――。


「なんで、ここにいるんだ……」


 目の前に、スーフィリアの姿があった。


「お助けしたく、参りました」

「助ける?……」


 ふと忘れていた、俺は魔国にいないんだ。

 ここにスーフィリアがいるということは……。

 俺は視線を周囲へ巡らせた。

 だが辺りにトアの姿や気配はない。


「彼女はおりません」

「そうか……」

「もうお止めになられてはいかがですか、トアではマサムネ様を救えません」

「……救う?」

「覚えていますか、アルテミアスでのことを。マサムネ様は、周囲の反対を押し切りわたくしを生かしてくださいました。その時からわたくしは忠誠を誓い、お慕いしています」

「こんな時に何の話だ」

「理解してくださったのですよね、あの時。だから生かしてくださったのですよね。わたくしは同時に、理解してもいるのです。誰よりも、トア以上にマサムネ様の心を理解しています。わたくしたちの境遇は一見、別のものに見え、ですが本質的には近く、だからマサムネ様はわたくしを生かし、わたくしはマサムネ様を誰よりも理解することができるのです。トアに埋め合わせを求めても、彼女は心の穴を広げる結果しか与えないでしょう」

「スーフィリア、俺はな……トアが好きなんだ」

「依存という関係に好きも愛もありません。トアはマサムネ様の心の溝を広げるのです、それでは残虐性に拍車をかけるだけです。トアに何かを求められるたびに、彼女が関わるたびに、マサムネ様の瞳は薄暗さを戻し、自分を正当化してまで残虐な行いに走ろうとする。それではかつてのわたくしと同じです。マサムネ様は、それではいけないとわたくしに説いてこられたではありませんか? わたくしにとって国民を殺すことは心の埋め合わせだったのです。父はそれを許していました。龍の心臓さえ現れなければ何の不自由もありませんでした。それを止めろと言っておきながら、なぜマサムネ様自身はお止めにならないのですか? 答えは簡単です、トアの存在があなたに強いているのです、依存という関係があなたをおとしめているのです」

「違う。そうじゃない。俺は望んで」

「わたくしは、わたくしをお救いくださったあの時のマサムネ様にお会いしたいのです!」

「スーフィリア……」


 想いは理解できる。

 できるけど、俺にはトアが必要なんだ……。


めてるねえ」


 冷やかす声が聞こえ振り向く。


「お前……」


 そこには吟遊詩人シュピルマンの姿があった。

 小さな岩山から、三角座りでニヤついている。


「それが深淵のリスクか」

「何しに来た」

じじいたちも、そろそろ来るよ」


 ウィリアムには個人的に済ませると言ってあったはずだが。


「嫌悪の影の矛盾に始まり、ついにはお得意の《感情感知》も機能しなくなっちゃった訳か」

「は?」

「は、じゃなくて、君の目の前に答えがあるじゃない。彼女、殺さないのかい?」

「殺すだと、何を言ってる?」

「……ふ~ん、目の前にいても気付けないほどか。ま、いいや、君を通して深淵についてはおよそ知れたし。でもあれだね、無から有を生み出すってこと以外はクソだね、深淵って」


 何を言っているか分からなかったが、俺は紅目をたぎらせ睨みつけた。


「わ、怖いなあ、睨むことないだろう? 今回は脱退を伝えに来たんだ」

「脱退?」

「うん、僕は今をもって血脈を止めるから、もう放っておいてほしいんだ」

「これまでも自由にさせてただろ」

「そうだっけ?」

「もう消えろ、目障りだ」


 その直後、周囲に赤い稲妻が飛来した。


「これはこれは、アマデウス様、久しいお姿ですなあ」


 エルフェリーゼ卿に続き、続々とメンバーが飛来する。


「これはどういうことだ」

「ベクター殿に告げた話と違う、ということですかな?」

「喋ったのか……」

「口を割らせたのです、たくらみも含めて」

「企み?」

「ニトさん、ウィリアム・ベクターは教会側の人間なんだよ」


 小人三兄弟のうち、トムが言った。


「知ってる」

「そうじゃないんだ、彼は別に寝返った訳じゃなくて、元々スパイとしてこっちに入り込んだんだ。勇者協会との会談を手引きしたのは、信用を得るための作戦だったんだよ」

「……殺したのか」

「もちろん! 抜け目ないよね、エルフェリーゼ卿は」


 白い口髭が「ほっほっ」と笑っている。


「戦場にニトさんを送ったのもそうさ、教会はニトさんを殺したがってるんだよ」


 だからあの4人は現れたのか。

 つまり教会ではなく、ビクトリア。


わしらに黙って出ていかれるとは、賢明とは言えませぬなあ。今後はこのようなことがないようにしていただきたい」

「ただの戦争に慈者の血脈は必要ない。この争いもじきに終わる」

「そうではありませぬ」


 エルフェリーゼ卿は言った。


「これは我々にとって、好機なのです」

「好機?」

「はい。かねてより我々の目的は人間の絶滅。であれば、この戦争は利用できる」

「だが組織内には人間を虐げることに反対している者もいる」

「惚けられるおつもりですか、先ほどラトスフィリアとグレイベルクの軍を御一人おひとりで始末されたとか」

「……」

「多くが集まれば、思想にも多少のバラつきは生まれるじゃろう。じゃが、いずれはみな気付くことになる。人間など生きていても良いことはないのじゃと」

「……ラズハウセンには俺の友人もいる。殺しはしない」

「いい加減、意志を固めてはどうじゃ? ダームズアルダンでは虐殺を行っておきながら、一方で友の国は殺さぬじゃと? お主はヒダカマサムネではない、アンク・アマデウスじゃ。筋を通す時が来たのじゃよ」

「もう一度言う、ラズハウセンは襲わない」

「認められっ!――――」


 俺はエルフェリーゼ卿の首筋を蛇剣で裂いた。


「かっ!…………小童こわっぱ、が……」


 血の吹き出す首元を抑え、視線は膝が崩れ落ちると共に下へ落ちる。

 俺の行いにアリシア、ラーナ、グドゥフカ、小人三兄弟――トム、サム、ディーンは、動揺を浮かべつつ凍り付く。


「アマデウス様……」


 ラーナが驚愕する。

 一方で、アリシアは落ち着いた様子で特に反応も見せない。


「あっちゃー、ついに爺を殺しちゃったかー。ま、分かってたことだけどね」


 シュピルマンは愉快そうに岩山から見下ろし、死体を見物している。


「なぜ、エルフェリーゼ卿を……彼は間違ったことは言っていません。アマデウス様が仰られたのではありませんか、人間を殺そうと!」


 ラーナは訴えかけた。


「原因は八岐だ。それも今やグレイベルクとデトルライトのみ。グレイベルクはアーサーが即位して以降、変わったと思うし、デトルライトは身内同士で争っているだけだ、あとはシルヴィアにでも任せておけばいい。この組織の役目は終わったんだ」

「……エルフェリーゼ卿の言っていた通りです」

「何がだ?」

「あなたは……私たちを道具としか思っていない」

「ラーナ……」

「何も違いません、あなたはただの人間です」

「互いに利用し合ってただけじゃん?」


 シュピルマンが煽る。


「あんたは自分を迫害したエルフと奴隷商人に、それから自身を売った盗賊への報復のために。アリシアはスケベな領主への報復。グドゥフカはドワーフの領地を奪った者への報復。そして小人族の三人は自分たちを虐げた人間全体への報復。別に、みんな忠誠心とかそんなもので動いてた訳じゃないでしょ?」

「あなたはどうなの、シュピルマン?」


 アリシアが訊ねた。


「僕? 僕は別に、なんだか楽しそうだったから。あとは彼かな」


 シュピルマンは俺を指さした。


「彼の生態に興味があったんだ、深淵を宿している人は少ないからね。でももう用は済んだから、彼ももうやる気ないみたいだし、僕も抜けるよ。てかラーナ、やりたきゃ自分でやればいいじゃん。彼が抜けるだけで組織はまだ機能してるんだ、自分でまとめてみなよ」


 もう話すこともないだろう。

 彼らに背を向け、俺は一人戦場へと歩き出す。


「アマデウス様!」


 アリシアの声が聞こえた。


「残るは帝国のみだ、あとは俺がやる」

「じゃあ僕らはどうすればいいんだよ!」

「これで終わりって、そんなのないよ!」

「う、裏切り者!」


 トム、サム、ディーン――三人の声が聞こえた。


「あんたはこれで満足なのか?」


 グドゥフカが訊ねている。


「……世話になった」


 俺は組織を抜けた。

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