第226話 観察という名の力
パスカンチンが、滅びた――ヴァハムはアルフォードにそう告げた。
その言葉にアルフォードは、この空気の意味を理解する。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ? パスカンチンが滅びただと? どういうことだ? あの国は八岐の一角のはずだろ? そう簡単に滅ぶはず――」
「襲撃を受けたんだ」
動揺するアルフォードに、そう言い放つジーク。
「襲撃?」
「ああ。あの国はもうないそうだ、今からそれを確かめに行く」
ジークのその言葉を聞いたアルフォードは、そこで一度、質問をやめる。
それ以上に、これから処理すべき案件が、想像するだけでも手におえないほど多過ぎたことで、言葉が詰まったのだ。
一方で一条は、その話の意味が分かっていない。
国が襲撃を受け滅びたことは確かに問題かもしれないが、それが龍の心臓にどう関係しているのか? この世界では戦争が多い。では国が亡びるなど日常茶飯事ではないだろうか?――と、一条は疑問符を浮かべていた。
するとそんな一条の感情を、心臓の音と体から発せられる熱で読み取り、黒龍カーペントは答える。
「イチジョウよ、これは由々しき事態だ」
「”由々しき事態”ですか? パスカンチンとは何ですか? 一体どんな問題が?……」
「国とはその領土の大きさと、軍事力の規模で決まる。そこで脅威かどうかを判断するのだ。無論すべてではないがな。そして《力》は、安定を求める。その答えが《同盟》だ。互いに干渉し合うことで自由を奪い、力の暴走を抑制するのだ。例外が《帝国》―-特にダームズケイルは代表的な例と言える」
カーペントは、一条にも分かるように、国と言うものの仕組みから話した。
「バノーム大陸の主要な地域を占領し、まるで大陸を支配するかのように点在する8つの大国がある。現在は一つ滅び、今は7つ。1つはアルテミアスであった。だがさらに1つ減り……」
「それがパスカンチンですか?」
一条は答えを急いだ。
「……そうだ。パスカンチン王国、獣人の奴隷による強制労働の上に成り立つ国家――《八岐の王》と呼ばれる大連合の一角だ。それが今回襲撃受け、落ちた」
「……では一体、それの何が問題なんですか? 他の国と何が違うんですか? 獣人に労働を無理強いさせていたような国なんですよね? ならばむしろ好都合ではないですか?」
「今現在、パスカンチンの治めていた領土は誰の物でもない。あの国は言わば《交差点》のようなものだった。点在するいくつかの国を線で結んだ時、交わる場所にはあの国の領土がある。つまり、これまで抑止力となっていたのだ」
「抑止力? 一体なんの?」
「――戦争の抑止力だ。あの土地を八岐の一角が治めていることにより、他の国はあの土地に無断で侵入することができない。結果、関連する国家間で戦争は起きなかった。これまではな?」
「つまり、滅びたことでその領土が開放されてしまったと、そういうことですか?」
「そうだ。国というものは、安息を求める。それは結果、さらなる力を求めることに繋がるのだ。今すぐに戦争が起きてもおかしくはない。分かるかイチジョウ? これは急を要する事態なのだ。直ぐにでも手を打たなければならぬ」
一条にはまだ、この話の意味がはっきりと掴めてはいない。
だが、汚職と腐敗の殲滅を目的とするこの組織の真の目的。それは戦争を阻止することだ。
ということは、正にこれは組織の根幹に関わる問題である。今行動を起こさなくては手遅れになる。そうなれば組織の存在意義すら疑わしいものになってしまう。
世界は、《龍の心臓》が何のために権力者の暗殺を為しているのか、その意味について察しがついている。グレイベルクのアーサーが「彼らは必要悪だ」と言ったように、皆、知っているのだ。
だがもし、ここで戦争が起こるような事があれば、その概念が変わってしまうかもしれない。
パスカンチンのような独裁国家が今まで放置されてきたのには、そういった訳がある。
『だから今まで《彼ら》はこの国を放置してきたのだ』と、人々は分かっている。だが結果、戦争が起きれば組織に批判が集まるだろう。無論、批判など組織には何の実害もないが。
「――世界とはそういうものだ」と、カーペントは皆に改めて話した。
「戦争とは、望まぬ者に恐怖を与え、求める者には幸福を与える。恐怖に支配された者たちは安息を求め、我らにすら牙を向ける。これまで、陰で我らに頼ってきたのにだ」
複雑な話だが、カーペントの言葉や表情に深刻さは見えなかった。おそらく《今更》という話なのだろう。
いつか白龍ティンカーが言ったように、手を差し伸べても裏切るのが人間だと、それが分かっているのだろう。だが牙を向ける可能性があるのは他の種族も同じだ。
「八岐の王とて馬鹿ではない。奴らには有事の際に機能する《パイプ》がある。ヴァハムの情報が正しければ、この一件については、既に残った6つの国にも届いているはずだ。各々行動し始めるだろう。だが悲しき事に、八岐は愚か者の集まりだ。まだマシと言えるのは、ダームズアルダンくらいであろう。奴らはこれを危機と認識しない可能性がある」
「おそらくしないでしょう」
はっきりとそう答えたのはジークだ。
「戦争が起きたからといって、必ずしも巻き込まれる訳ではありません。ならばそれは彼らにとってリスクではないかもしれない。だが《八岐同盟》とは別に、友好条約を結んでいるユートピィーヤならば、はもしかすると、リスクになりえるか?……」
ジークは話しながら考えていた――まず最初にすべきことは何かと。
各国に文書を出し、パスカンチンの領土へ侵入するなと、警告してもいい。龍の心臓が直々に声明を出すのだ、効果はある。
「なあ、ちょっといいか?」
するとその時、同じ仕草で考え中のジークと黒龍に、ヴァハムが「問題はそうじゃねえだろ?」と問いかける。
「問題だと? どういうことだ?」
黒いドラゴンの視線が、ヴァハムを捉えた。無論、睨んでいる訳ではない。
「ああすんません、いや、問題はもっと他にあると思うんですよ? 確かに戦争が起きたらマズイのは分かるんですけど、一番の問題はパスカンチンが襲撃を受けたってことです。俺の言ってる意味、分かりますよね?」
「うむ……確かに、そうだな」
「あの国には《豪壁の団》なんてのもいた筈です。そんじょそこらの賊が襲いかかったくらいで落ちるような国じゃない。どれだけの時間がかかったのかは分かりませんけど、問題はそいつらだ。パスカンチンを襲った何者か……」
「ちょっと待てよ。お前、戻って来た割には誰がやったのかつかめてないのか?」
アルフォードは情報不足のヴァハムに驚いていた。だが無理もない。
ヴァハムが《何者か》の情報を確認し忘れるなど、そんなことはあり得ない。つまり困難か不可能だった、ということだろう。
アルフォードの言葉に、ヴァハムは申し訳なさそうにカーペントの顔を見上げた。
「申し訳ありません……まだ、下見が済んでないんです。俺はパスカンチンには行っていない。一人で向かうのは危険だと……そう判断しました」
「確か、《存在感知》であったか? それほどと申すか?」と黒龍は問う。
「はい、こいつはヤバい。申し訳ないですけど、俺は情報担当だ。一定の情報は持ち帰りました。それを話して後は任せます。俺はここまでだ」
2人の会話に、皆は疑問符を浮かべていた。
《存在感知》――黒龍のその言葉がどういうことなのかと、皆一同にそう思っていたのだ。
謎の多いヴァハムだが、どうやらカーペントはその謎の一端を知っていたらしい。
つまり、ヴァハムはその能力を駆使し情報を集めていたということだ。
「父上、何の話ですか? 今、《存在感知》と、そう聞こえたのですが?」
「――俺のスキルだ」
すると、あっさりとそう答えたはヴァハムだった。どうやら隠していた訳でもないらしい。
「スキルだと? だが存在感知など聞いたことがない。固有スキルか?」
「いや、ただスキルだ。だが希少」
すると、それにはカーペントが代わりに答えた。
「希少という言葉では説明できぬ。おそらくこの世界に、スキル《存在感知》を有した者はヴァハムだけであろうと、そう言っても過言ではない」
ジークはその言葉に要領を得ないといった表情で、疑問符を浮かべる。
「その、どういう?……」
「その名の通り、これは存在を感知するスキルだ。いつか龍王様に教えていただいたことがある。それは、《存在》そのものを感知すると――」
すると黒龍はヴァハムへ続きをゆだねた。
「そうだ。俺は《存在》を感知できる」
存在を感知できるとはどういうことなのか? ジークらには全く分からない。
「スキルは魔力を消費しない。この点においては、このスキルも他のものと同じだろう。だがこれは、人の手に余る力なんだろうな? その気になればここからパスカンチンに今、誰がいるかどうかも分かる」
その言葉にジークは、少なからず疑いの視線を向けていた。
「は? 嘘だろ? そんなことが出来る訳ないだろ? 完全にスキルのレベルじゃない」
すると一方で、アルフォードは全くとは言わないが、ヴァハムの言葉を信じていない様子だった。
スキル《存在感知》――それはこの世界の常識で考えて、到底あり得るような話ではない。エリザも少しばかり苦笑いを浮かべ、ジークやアルフォードと同じ気持ちだった。
もちろん3人はヴァハムを疑っている訳ではない。ただし過剰に話しているに違いないと、そのくらいは思っているのだ。
「言っとくがこれは冗談じゃねえぞ? 俺は盛って話してる訳でもねえ。理論上は可能だって言ってるんだ。使った俺にだけ分かる、感覚的な話だがな? ただし俺にはできねえ。そんなことをすりゃあ、まず間違いなく俺は死ぬ。運よく感知できるか、感知する前に絶命するかのどちらかだろうな?」
3人は理解できない。特に一条などは蚊帳の外だ。
そして、それは長く生きている黒龍にも理解できない話だった。
「スキル、だよな?」
アルフォードには言っている意味が分からなかった。
スキルについては、実は魔法以上に解き明かされている訳ではない。だが発動後、ステータスに変化がないことから、無限に使用できるものだとされている。
だがヴァハムは、無理に使えば命に関わると言う。それは、これまで3人の中にあった、スキルというものの常識を変える程のことだ。だから3人は未だ、信じられていない。
「俺もこのスキルとは長いしな? ある程度、自分の中で致死ラインは分かんだよ。だから出来る範囲で使ってきた。今のところ、このスキルで感知できないモノはない。魔力阻害も認識阻害もすり抜けるからな? まあ、情報だけを集めるには最適なスキルってことだ。体力はそれなりに使うけどな?」
《それなり》とは、強がりだ。この能力は優れてはいるが、ヴァハムにとっては命がけと言っても過言ではないほど、体力の消耗が激しい。それは時に、本人の言うように死の危険を感じるほどであった。
「それで? パスカンチンが襲撃されたことを知っているってことは、一応スキルは使ったんだろ? 誰がいたんだ?」
「アルフォード、言っただろ? 俺はつかんでいない。感知できなかったんだ。襲撃を感知した時点で、それが複数の者の犯行であることは予想できた。じゃあ主犯格は誰かってことだ。俺の能力には、言ったように限界がある。無駄に感知をしてもただ体力を消耗するだけだ」
「じゃあ、お前は何を見たんだ? 何があって、国が滅びたと判断した?」
「俺が見たのは、崩れ落ちる煙突だ。そして部屋の一角にいるトンパールの表情。そして周りの側近たち……」
ヴァハムがどれほど離れた場所からその様子を窺ったのかは分からない。だがアルフォードは、その話に『《存在感知》とはそれほどはっきりと感知できるものなのか』と、能力の異常さに気づく。
「この能力を使う感覚は、多分に使った本人である俺にしか分からない。だからもう少し皆には説明しておくが、俺はこの力を完璧には使えない。《濃度》とでも言えばいいか? 俺は基本的にはその濃度を薄めて使ってる。自分を中心に、全方位へ感知を飛ばすんだ。それだと、例えるなら水面に雫が一つ落ちたほどの微々たるものしか感じられないが、遠くまで感知の範囲を広げることが出来る。俺が感知を行った時、偶然か何かは知らないが、最初に感知したのが今回の一件だった。パスカンチンの場所は知っていたし、何度も通りかかったことがある。だから《それ》がその国だと、その時点で大体は分かった」
《それ》というのは、つまり、ヴァハムが感知により覚える感覚のことだ。これはヴァハムしか知りえず、また説明も難しいようだった。
「それから?……つまり、だからお前は何を見たんだよ?」
アルフォードはヴァハムの話を聞きながら考え、そして整理し、その目は真相を知りたいと彼に訴えかけていた。
「分からない――それが結果だ」
「分からないだと?」
「異変を感知した俺は、まず王の存在に意識を集中した。王が死んだら終わりだからな?それから言ったように、トンパールと側近の姿を見たんだ。部屋の奥には、獣人がいた、おそらく奴隷だろう。そしてトンパールは焦っていた。いや、それ以上に、周りの側近の表情が、その切迫した状況を物語っていた」
「……どういうことだ?」
ヴァハムの表情は深刻であり、そして歯切れが悪い。本人が言うように、分からないのだろう。
「トンパールは明らかに、《誰か》へ話しかけていた。そして冷静な状態じゃなかった。俺は直ぐに、その様子からトンパールの向かいに誰かがいると分かった。だから少し意識をずらし、そいつの姿を確認しようとしたんだ。だが……」
「ん、何だよ? 何で黙るんだ? そこには誰がいたんだ?」
「――誰もいなかった」
「は?」
「誰もいなかったんだよ、いや、正確には違うか? 俺に見えていたのは《黒い靄》だ。レベル差って奴なのかどうかは分からないが、俺にはそいつを感知することができなかった。だがそこにはまず間違いなく誰かがいた。気づくと側近どもの首が消え、部屋中に見渡す限りの血が飛び散っていた。トンパールの怯える表情も一瞬だが見えたよ。その時、気づいたんだ。勘違いじゃ、ないと」
感覚を説明するというのは難しい。ヴァハムはどうにかアルフォードを含め、皆に分かってもらおうと、自分が見た景色を説明した。
「問題はそいつが誰なのかってことだ。まずはそいつを見つける必要がある。俺は当分、この力を使えない。少し調子に乗り過ぎた。悪いが休ませてもらう。情報は今ので全部だ。後は任せるが、気をつけろよ?」
ヴァハムは相当無理をしていたのか、徐々に表情が青ざめると、皆にそう告げ、広間を後にした。
残された者たちはヴァハムの言葉を思いだしながら、どうすべきか考える。
戦争を阻止することも大事だが、元から断たなければ、また同じことが起こる。
だが、まず考えるべきは――
「何でパスカンチンを襲ったのかってことだ、そうだろ?」とアルフォードはジークに問いかけた。
「ああ、そうだ。分かれば苦労しないがな?」
「八岐を狙ったのか、それともパスカンチンを狙ったのか……」
エリザにもそれは分からない。
首謀者の姿が分からない以上、すべて推測で終わってしまう。
「だけど、まさか偶々この国だったってことはないでしょ?」
「ああ、パスカンチンは大国だ。そこには必ず何らかの意図がある。八岐自体が狙いだと仮定して話を進める方がいい。どちらにしろ、違っていたならそれまでのこと。最悪の状況を考えよう」
「なら、まずはユートピィーヤ王国だ」
そこそうで切り出すアルフォード。
「……なるほど」
どうやらジークも同じことを考えていたらしい。
「パスカンチンと個人的な条約を結んでいる上に、そこからそう遠くない場所に位置する国だ」
「まずはその2つね?」
エリザの問いに「ああ」と答えるジーク。
これは仮説だ。黒龍に見守られながら話し合う3人。その間、一条は話に入れないでいる訳だが、彼らはまだ実体を全く掴めていない。
だが3人の間では、何やら話が進んでいる様子であった。
「パスカンチンへは俺と一条で向かう。ユートピィーヤはアルフォードとエリザだ。ここからは二手に分かれる。それと、これは飽くまで情報収集だ。相手が誰か分からない以上、深追いすることは俺が許さない。何もなければここに戻り、もう一度、考えを練り直す。今回は下見だ。そして2人は、異変があるかないか、それだけを調べてくればいい。分かったな?」
「分かったわ」
「ああ、それで問題ない」
「え~と、俺はジークさんとパスカンチンへ行けばいいんですよね?」
一人、話に置いて行かれた状態の一条が尋ねる。
「ああ、とりあえずついてこい。詳しい話は後でする」
「わ、分かりました」
半ば急かされたように慌てながら、とりあえずの返事をする一条。
その後、「以上だ」というジークの一言で、一先ず、話し合いは終わる。
カーペントは出来る限り、問題の解決を彼らに任せている。それは自立させるためだ。
ドラゴンの寿命は突然に訪れることから、カーペントもいつかはこの組織を誰かに託さなくてはいけない。
これは、ジーク、アルフォード、エリザ、そして微妙なところではあるが一条。彼らが自分で考え、そして出した答えだ。カーペントは反対しなかった。
「ヴァハムが調子を取り戻すまでは、自力で探し出すしかない」
カーペントは事の解決が困難であることを告げた。
「ヴァハムの話では、襲撃が起きたのが3~4日前、もう既に、そこにその《誰か》はおらぬであろう」
「え?! 3日?!」
そこでその言葉に驚くアルフォード。
「3日って! ヴァハムは一体何をしてたんだ?! この問題を3日も放置してたのか?!」
「話を聞いてなかったのか?」
すると咎める視線をアルフォードに向けるジーク。
「ヴァハムは力を使いすぎたんだ。おそらく、ここへ戻ってくるのも困難なほどにな」
その言葉に「そういうことか」と小声で納得するアルフォード。エリザはその様子に呆れていた。
偶におっちょこちょいな一面を見せるアルフォードだが、今は必要ない。アルフォードは苦笑いを浮かべながら、そんな表情のエリザを気にしていた。
「では俺たちは向かいます。3日も過ぎていることですし、急いだ方がいいでしょう」
ジークは一条に目を向けながら、「いくぞ」と答える。
「じゃあ、とりあえずナッツ王の様子でも見てくるか?」
ユートピィーヤの王様は有名だ。背丈の割に顔がデカいことから、《詰まった奴》だと、世間ではそう呼ばれている。
「ちょっと、真面目にやってよね? もしかしたら敵がいるかもしれないのよ?」
調子の良いアルフォードに呆れるエリザ。だがその心は彼を心配してのものだ。
「分かってるよ」
アルフォードはふざけている訳ではない。これは強がりに等しい。その自信のなさは、無意識の内に、行動の節々に現れる。この振る舞いもそれが原因だった。だが本人すら気づいていない。
するとその時、双方の足元に、魔法陣が現れる――転移魔法陣だ。
「アルフォード、深追いはするなよ? 何もなければ直ぐに戻ってこい」
「そっちもな? 心配するな、分かってるさ」
ジークとアルフォード。2人は言わば、2強だ。組織においての2強。
「エリザ、アルフォードを頼んだぞ?」
「任せておいて」
「ちっ、信用ないな、俺も……」とアルフォード。
そんなことを言いながら、だが最後には軽く微笑み合う3人。一条は傍らで、そんな3人を微笑ましそうに見つめていた。
その微かな微笑を最後に、光に包まれ、すると姿を消すジークと一条。すると2人に続き、アルフォードとエリザも広間を光と共に、広間を後にした。
「ふ、若いな。あ奴らも」と、彼らが消えた広間で、一人微笑む黒龍。
「人間が皆、彼らの様であれば良いのですが……」
傍らで呟くセバスチャン。
「そう、願うばかりだな。いつか我らなど不要な時代がくることを祈るとしよう」
ドラゴンと魔族の他愛の無い言葉が、広間に響いた。
▽
その後、それぞれは転移を終え、アルフォードとエリザは、ユートピィーヤのそびえ立つ防壁の見える、湿地帯の前に至った。
「おい……嘘、だろ……」
だが2人が目を開けた時、そこに現れたのは、思いもしない光景だった。いや、可能性としてはあっただろう。だからここへ来たのだ。とは言え――
「なんだよ、これ……」
「どうやら……もう、遅かったようね?」
倒壊した防壁。煙を上げる国内。火の手の上がった城。
そし正門前に集まる、白装束の大群。2人はその光景に目を疑った。そしてその光景から、直ぐに襲撃の犯人が誰だったのか、それに気づく。
「慈者の、血脈……」
だが気づくのが遅すぎた。
2人は息をのみ、しばらくの間、言葉もなく、その光景を見つめていた。
▽
一方、転移の光が集束し、広々とした荒野に下り立ったジークと一条。だが転移を終えて早々、ジークは思わしくない表情をする。
「……場所を考えるべきだったか」
だがここ以外に、設置してある転移網もない。とは言え、移動に時間がかかっても、せめて距離をとるべきだったかと、ため息と共に後悔するジーク。
「き、貴様ら! 何者だ?!」
気づくと、ジークと一条の目の前にいたのは、金の鎧を纏った騎士の集団だった。そうこうしている内に、2人はあっという間に周りを囲まれ、転移すらままならない状況に陥ってしまう。
「ジークさん!」
「不用意に名を呼ぶな」
「す、すみません」
一条は完全に取り乱していた。
だがその焦りが、一条の心境を表していた。
ならば殺せばいいのだ。その手段につきる。であれば、一瞬で解決するだろう。組織として、姿を見られることも、名を聞かれることもリスクだ。だが一条はそうしない。反射的にも手が出ないのだ。それは目の前にいる騎士が身に着けている、この金色の鎧に、理由がある。
一条は彼らを見たことがあるのだ。むしろ、共に戦ったことすらあった。
彼らがダームズアルダンの《金騎士》であることなど、一条には一目で分かった。
「どうしたのだ?!」
「陛下! それが……」
すると騎士が道を開け、そこに一人の男が現れる。
ウェーブがかった長い白髪に、もみあげと繋がるほどの、同じ色をした長い顎髭。
「お主ら……」
――シュナイゼル・ダームズアルダン。
豊王は、ジークと一条を見つめ眉をひそめながら、その鋭い目つきで、2人の顔を窺っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。