幕間:【激流の岐路】

第186話 八岐の王

 魔族の襲撃から数日が経過した。


ここは会場跡付近に作られた、出資者たち専用の仮説ホテル。

建築師教会の建築師たちが依頼を受け、ここ1週間で作り上げた物だ。


そしてホテルの一室にある会議室。

そこで今、出資者たちによる会議が行われている。


7つ用意された席に7人の王が座り、7つの国の長による話し合いが始まっていた。


「余は絶対に許さないよん! あいつだけは絶対に許さないよん!」


――パスカンチン王国のトンパール王。


休養期間をへて、立って話せるまでに回復した。


「トンパール王よ。我も有罪に入れる! あ奴は火刑に処す! サマラだ! サマラ!」


――ユートピィーヤ王国のナッツ王。


トンパールと同じく休養期間をへて回復した。


“サマラ”とはこの世界において『有罪により火刑に処す』という意味である。

中には“フエゴ・レヴォルト”という『絞首刑』などもある。

場合によっては“サンベニート”という『減刑』もあり、死刑を免れることができるが、これは飽くまで“減刑”であり、その後、“異端者”には苦行が待っている。

つまり異端審問において、無罪は存在しないのだ。


「ハッハッハッハッ! また豚と豆が怒ってやがるぜぇ! 相変わらず仲が良いなぁ? お前らは」


――豪国ラトスフィリアの王。『武王』グラム・ラトスフィリア。


獅子のような赤い髪と髭、そしてこの鍛え抜かれた強靭な肉体が『武王』と言われる所以でもある。


ラトスフィリアはその昔、アルテミアスと敵対関係にあった国だ。

そして戦争も終わり、その後、長きに渡り同盟関係にあったが、アルテミアスが『龍の心臓』に襲撃され、亡国となって以降、その同盟も解消されている。

現在、アルテミアスは存在しない。


「それにしてもアルテミアスといいグレイベルクといい、少しあの組織に目を付けられ過ぎではありませんか?」


背中まで伸びた真っ白な髪に、異常に透き通った肌。


――繋国けいこくイキソスの『魔教皇』だ。


この地位に即位した者に、名はない。

エヌマサンとイキソス。

この2つの国からなる『繋国けいこく』だが、その実態は、イキソスの支配下にある。

エヌマサンに王はおらず、“天に浮かぶ神の国”イキソスに見下ろされている。

そしてエヌマサンの外側に面した富裕層の市街地。

エヌマサンの中心に位置する、富裕層に差別された“日の差さない影の町”スラム街。

これが『繋国けいこく』であり、その地を治める者、それが『魔教皇』である。


「兄は妻が殺されてからおかしくなっていました。魔族との戦争もそのせいです。龍の心臓に襲われたことも、すべてはなるべくして起きた結果な訳ですが、私が即位したからにはもうその心配はありません。現在、国は正常に機能しています」


――聖国グレイベルクの王、アーサー・グレイベルク。


アーサーは金色の長い髪が似合う美男子だ。

グレイベルクはアーサー即位後、国名が『王国』から『聖国』へと改名された。

それに伴い『聖騎士』なる部隊が設立された。これは王直属の部隊である。


「お2人とも、もう少しよく考えられた方がよろしいのではないですか? いくら不敬とは言え、直ぐに殺すというのは、王として、いかがなものかと思います。相手を見定め、改善できるなら改善しましょう。殺すべきではありません」


トンパール王とナッツ王に噛みついてる、この夕日色の長髪が綺麗な美少女は、


――デトルライト共和国の女王。シルヴィア・デトルライトだ。


若くして即位した女王は、『八岐やまたの王』の中でも最年少である。


「流石はデトルライト王よん? 若くシワの無いその頭で、よく物事をお考えよん?」


するとシルヴィアを皮肉るトンパール。


「そう言ってやるなトンパール、デトルライト王はまだお若い。権力というモノの重要性を理解しておられないのだ」


低い背丈ながら偉そうに腕を組む姿が、なんとも愉快なナッツ王。


「権力の重要性ですか?」


するとそう尋ねたシルヴィアに、ラトスフィリアのグラムが説明する。


「要するに、今回そいつは俺たちの内2人に対し、不敬極まりない態度をとったという訳だ。そしてそれを許すということは、世間にそれを容認したという意志表示をすることと同義。それが結果、権力の喪失につながる可能性がある。まあお前らの言い分はそんなところだろ?」


「「そういうことだ」よん」


豆と豚が半端にハモった。


「あの者を殺すことは我が許さぬ。近々、帝国が世界に戦争を仕掛ける。あの者は戦時において戦力となろう」


そう語ったのは、最後の出資者、豊国ダームズアルダンのシュナイゼルだ。


その言葉を聞いた6人の間に、暗雲が立ち込める。



・豊国ダームズアルダンの王  『シュナイゼル=ダームズアルダン』

・ユートピィーヤ王国の王   『ナッツ=ユートピィーヤ』

・パスカンチン王国の王    『トンパール=パスカンチン』

・デトルライト共和国の女王  『シルヴィア=デトルライト』

繋国けいこくイキソス        『魔教皇』  

・聖国グレイベルクの王    『アーサー=グレイベルク』

・豪国ラトスフィリアの武王  『グラム=ラトスフィリア』


以上7名の王が、この場に集結していた。

世間では彼らを『八岐やまたの王』と呼び、本来ならばここにもう一人、8人目の王がいるはずであった。


「元はと言えば、其方そなたが20年前、ウラノスを見逃したのがいけないよん! さらにあろうことか、其方はこの20年の間、ウラノスの動きを知りながら目を瞑っていたよん?! これは其方が招いたことよん!」


約20年前、ダームズアルダンに即位したウラノスは、その後、“家族以外”のすべての者を国外追放にし、そこにダームズケイル帝国を築いた。

そののちに、追放された者たちで再建された国。


――それが現在の豊国ダームズアルダンなのだ。


「あ奴は本来、誰よりも優しい人間であった。民を愛し、我が姉ガイアを最愛の妻に迎え、永遠の愛を誓っていた程であった。ガイアもそんなウラノスを、心から愛していた。だが20年前、ウラノスが王に即位して直ぐのことだ。3人の子を残し、ガイアは病に倒れ、そのまま帰らぬ者となった。それからだ、あ奴が狂い始めたのは……」


シュナイゼルの言葉には、思い出と、そこにまつわる悲しみが溢れていた。


「“終焉帰りの英雄”が、今じゃ平和を脅かす帝王か……ノスタルジックな話だな~」


シュナイゼルを馬鹿にしたようにニヤつく武王グラム。


「だが救えたはずのウラノスを見捨てたのは我々だ。その結果、帝国は生まれた。お主らはまた繰り返すつもりか?」


「どういうことよん?」


「――ニト殿だ。あの者は、魔族の大群をたった一人で葬るほどの力を有しておる。場合に寄らず、敵となれば間違いなくウラノスよりも厄介な存在となろう。次は帝国などでは済まぬ。暗黒の時代が訪れるぞ?」


「大袈裟よん? 其方は昔から大袈裟だったよん? その無駄な警戒心で何度、予想を外したか知れないよん?」


「しかし、魔族を単独で仕留めるというのは、確かに異常な力ですね。過去、そのような人物がいたことは記憶にありません」


トンパールの意見を否定する形で、『魔教皇』は意見を述べた。


「ならば尚更、殺すべきだ。そんな危険な異端者をこのまま野放しには出来ん」


どうしてもニトを殺したいナッツ王。


「俺は無罪だな。豚と豆の意見に賛同するのは、個人的に好かねえ。それに強者は好きだ」


個人的な好みで『無罪』を主張するグラム王。


「私念で死刑に処する訳にはいきません。ここは無罪にし、様子を見るべきだ。帝国の件もあります」


感情論の中、進んでいく議論に、迷うことなく無罪を主張するアーサー王。


「あなた方は損得でしかモノを考えられないのですか?! 人の命がかかっているのですよ?! 本人とよく話し合うべきです!」


女王シルヴィアは、無垢な女性であった。

それは若さ故の特性でもあっただろう。

ただ彼女自身、純粋で、その考えは、人は本来、最初から善を有しているという性善説に基づくものだ。


「私は無罪を主張します!」


この時点で有罪を主張した者は、トンパールとナッツの2人のみ。

他5名は無罪を主張している。

よって王の話し合いの中では、無罪が確定していることになる。


「ちっ! フレデリック王がここにおれば、こんなことにはならなかった……」


舌打ちを共に、無念を吐き捨てるナッツ王。


フレデリック王とは、スーフィリアの父親、フレデリック・アルテミアスのことだ。

アルテミアスもまた、出資者であった。

龍の心臓による襲撃などなければ、本来、フレデリックもここにいたはずなのだ。

つまり、8人目の王とは、アルテミアス王のことである。


「だが結果は異端審問所長であるマニョスカが決めることだ」


異端審問は各国から1人審問官が推薦され、8人の審問官による審議の末、審問所長の最終的な判断により罪状が下される。

しかしアルテミアスが不在であるため、今回は7人で行うことになる。

つまり、『異端審問』とは、この7つの国の長か代表を、その都度、招集させることでしか行うことのできない、手間のかかる俗事なのだ。


「ところでオズワルドとサブリナはどうなったよん? 確か中には、あのSSSランク冒険者ブラームス・ハーミットもいたとかいなかったとか聞いたよん?」


「うむ、その3人の命に別状はない。直にここへ来るだろう。ある生徒も1人呼んである。到着次第、詳細を聞くとしよう」


トンパールの質問に答えるシュナイゼル。

だが自分で聞いておきながら、トンパールは興味がなさそうにしていた。


「そう言えば魔教皇? 近々、エヌマサンにお邪魔したいよん? あそこのスラム街には、豊富に獣人がいると聞いたよん? いくつか持っていってもいいよん?」


「構いませんよトンパール王。ですがお気を付けください。あそこは無法地帯ですから、私も最奥までは理解していません」


「いくらか兵を連れていくから大丈夫よん」


連れ去る獣人のことでも考えているのだろうか?

トンパールは楽しそうにニヤニヤしていた。


するとその時、部屋の扉をノックする音が聞こえ、「失礼いたします」という声と共に、4人の者が部屋へ入ってきた。


オズワルド、サブリナ、ブラームス。

そしてその最後尾に、何故か佐伯の姿があった。


すると会議は、また違った方向へと進み始める。

その後、どんな会話があったのかは分からない。


すべては、異端審問の中で語られることなのだ。

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