第14話 王都ラズハウセン

「いやはや大変でしたなあ。ご無事で何よりです、ニト殿」

「ケイズさんとシエラさんのおかげですよ」

「何を言いますか。ケガを治せるものがいるからこそ、恐れず戦えるというものです」


 この人なりに気を遣ってくれているのだろう。

 ウィリアムさんは村長からの伝言を伝えた。

 と言うのも村の人たちを救ってくれたお礼に、今夜の宴に俺たちを招きたいということらしいのだ。

 断る理由などない。

 正直、チーズには飽きた。

 何故だかワインには飽きないが。


「と言うことなのですが……おや? そちらの可憐なお方は……」

「彼女はトアです。この村の方たちと同じように捕まっていたらしいんですが、どうやら別の場所から連れて来たらしいんですよ」

「なるほど……それはそれは」


 労いの言葉を掛けるも、トアはウィリアムさんにも素っ気なかった。

 彼女は少し恥ずかしがりやだと説明しておいた。

 ウィリアムさんは「そうとは知らず申し訳ありません」とこれまた紳士の対応で村へと戻って行った。


「ウィリアムさんもダメなのか?」

「……」ダメみたいだ。


 いったい何が嫌なのだろう。

 俺には分からない。


「とりあえず皆の所に行こう。ここにいても何だし、お腹も空いてるだろ?」日はすでに暮れていた。

「マサムネに付いて行く……」


 何故この美少女が俺を信用しているのか分からない。

 が、とりあえず「そうか」と優しく答えた。


「そういえば言い忘れてたが、みんなの前ではニトと呼ぶようにしてくれ。訳はまた話すから」

「……分かった」つたない返事だった。







 宴に招かれていた。

 何かのRPGで聴いたことのあるような音楽と、正面に置かれた大きな火の周りで踊る村人たち。

 ジャックも踊っていた。

 一緒に踊っている女の子はリリだろう。


 あの時、《神速》を使わなければジャックはどうなっていたことか。

 その光景に安堵していた。


「マサムネ、あれは何かしら」トアは村の御馳走に興味津々だった。

「なあ、俺、ニトで頼むって言わなかったっけ?」

「別にいいじゃない。どうせ今なら誰にも聞こえないわ」

「あっそ……できれば俺以外の人ともそうやって喋ってほしいんだけど」

「………」だんまりだ。


 少し離れた場所から俺たちをチラチラ見ているシエラさん。

 さきほどからずっと気になっていた。

 合流した時だ。

 シエラさんは引っ付いて歩くトアを指さして「その女性はどなたですか?」と動揺の表情で言葉を詰まらせていた。

 それがあのフードで顔を隠していた女性だと知ると、また気に入らないといった表情に戻った。


 それからというもの、シエラさんはああして俺たちを偶にチラッと横目で見る。

 そんなに気になるならこっちに来ればいいものを。

 親切心がトアに通用せず悔しいのだろうか。


「ところでトアは何で捕まったんだ?」


 トアはワルスタインという牛肉に近い味のする肉を食べていた。


「知らないわ。気づいたら森の中にいて、あいつらに連れていかれたの」


 要領の得ない話だが、トア自身、なぜ自分が森にいたのか分からないらしい。

 おかしいな話だ。

 だが異世界なのだから仕方がない。


「それで、家の場所は分かるのか?」

「分からないわ」


 長い旅になりそうだ。

 と言っても心配はしてない。

 旅の仲間は冒険に必須だ。

 1人増えた所で2人。

 むしろ少ないくらいだ。


「まあ気長に探そう」


 トアは肉を食べながら、「うん」と答えた。

 今はこんな感じだがそのうち慣れるだろ。

 そんなことを考えながら異空間収納からワインを取り出した。

 ワイン程度の大きさなら服の内側から取り出したように誤魔化せる。

 このスキルにも慣れてきた。

 

 ワインを飲んでいる「私も欲しい」とトアにボトルを奪われた。


「じゃあコップをもう一つ貰ってくるよ」

「いい」そのまま口を着けて飲んでいた。


 止めようとしたが、すでに手遅れだったので仕方がない。

 どうやら気に入ったらしい。

 と、あっさり人生初の間接キスを完遂した。







 宴が終わり皆が寝静まった後、ウィリアムはケイズと共に馬車にある商品を整理していた。


「今日はどうでしたか、ケイズ。やはり白王騎士ともなると凄まじい剣技だったでしょう」

「はい。シエラ殿の剣捌きは華麗で殺意の込められた見事なものでした。剣技だけなら私でも敵わないでしょう」

「なるほど、剣技だけならですか」


 ケイズは「はい」と短く答えた。

 ウィリアムはパイプを取り出し、火を点ける。


「問題はヒーラーの」

「ニト殿ですか。彼はこのさき大変でしょうね。ヒーラーと言う恵まれぬ能力を持ちながら冒険者とは、おそらく険しい茨の道を歩くことになるでしょう。そういえばトア殿を故郷まで送り届けるそうですが、それも可能かどうか……」

「おそらく問題ないでしょう」


 ウィリアムはケイズとは長い付き合いであった。

 護衛として信用しているし、ケイズ自身もウィリアムに忠誠を誓っている。

 だからこそウィリアムは目を見ただけでケイズが何を言わんとしているのか理解した。


「そうですか……なるほど。して、お前から見て彼はどう映りましたか?」

「あれは一種の化け物ですね」

「お前にそこまで言わせるとは……なるほど。面白い」


 ウィリアムはパイプを銜え、ゆっくりと煙を吐き出した。


「これもまた、何か意味のある出会いなのでしょう」


 吐き出した煙が宙を舞い、月明かりに照らされ闇へ消えていく。


「あの頃が懐かしいですね、ケイズ」

「はい」


 そこにはいつもと雰囲気の違うウィリアムの姿があった。

 彼は優しく微笑んでいた。







 早朝、俺たちは村人たちと共に村の入り口に来ていた。


「この度は何とお礼を言えばいいのか……ありがとうございました」


 そう言って頭を下げる村長。


「頭をお上げください」とシエラさん。


 シエラさんは昨晩の宴についてのお礼を伝えた。


 ジャックは俺に「ありがとう」と手を振っていた。

 その横でジャックの母親が俺に頭を下げている。


「リリを守れるだけの男になれよ」

「うん!」


 ジャックは照れくさそうにしていた。


 昨晩トアのことをウィリアムさんに話した。

 ウィリアムさんは「もちろん構いませんよ」と同行を許してくれた。


 そして、俺たちはターニャ村を後にした。


「良い村でしたね」

「そうですね。ニト殿にガールフレンドもできましたし」


 シエラさんは皮肉交じりにそう言った。

 苦笑いで誤魔化した一方で、そのトアは俺に寄りかかりながら眠っていた。


「ところでニト殿、あの時のあの技についてまだ聞いていませんでしたね」


 やはりその話題がきたか。

 シエラさんは終始、聞きたそうにしていたからな。

 俺は仕方なく答えることにした。


 シエラさんは「そのようなスキルをお持ちなのですか」と、理由が分かり納得したようだった。

 納得したと思いきや、その後ヒーラーかどうかまで疑われたが、仕方がないのでステータスの職業欄だけ見せた。

 名前とレベルはスキルで偽装し他は物理的に手で隠した。


「本当にすいませんでした」


 シエラさんは謝っていた。

 どうやら俺の素性について漠然と疑っていたらしいのだ。

 シエラさんの何がそうさせたのかは知らないが、ただ怪しかったのだそうだ。


「ニト殿、見えましたぞ!」


 そんなこんなで、ようやく王都ラズハウセンに到着した。


 王都は想像していたよりも巨大で、防壁がどこまでも続いていた。

 防壁の中をすべて周るにはいったい何日かかるだろうか。

 王都の門を潜るとき検問を受けたが、シエラさんの顔パスで何事もなく入ることができた。


「流石、シエラさん。有名なんですね」

「いえいえ」とシエラさんは顔を赤らめていた。


 ほとんど公の場には顔を見せない白王騎士だが、中にはシエラさんのことを知っている人もいるらしい。

 今回は偶々知っている人で良かった。

 検問にはそれなりに時間がかかるそうだ。


「ではニト殿、私は商人としての仕事がありますので」

「ここまで運んでいただいて、ありがとうございました」


 トアにもお礼をするように言った。

 素直に「ありがとうございました」と、少し安心した。


「いえいえ。道中、ニト殿の武勇伝もお聞きできましたし、まったく久々に退屈しない楽しい旅でした」


 ウィリアムさんは最後に「またお会いしましょう」と頭を下げ、馬車と共に去って行った。


「さて、では私たちも行きましょう」


 シエラさんに誘導され、冒険者ギルドへと向かった。


 ギルド。

 それは異世界に訪れたならば一度は行ってみたい場所であり、RPGにおいては出発点ともいえる場所だ。

 ギルドは綺麗なレンガ造りの大きな建物だった。


「では行きましょう」とシエラさん。


 中に入るとそこは広々とした空間だった。

 左手に受付があり、右には集いの場が設けられていた。

 集いの場では様々な冒険者たちが仲間と語らっている。

 中にはギルド名物、怖そうな冒険者の姿も。


「ではこちらに名前と職業をお願いします」


 俺たちはまず受付に向かい申請手続きをした。

 ステータスを登録するからと、目の前に魔道具が出てきた時は少し焦ったが、偽装で問題なくクリアした。

 レベルはギルド内を見渡して平均的な数値にしておいた。

 職業はそのままだ。

 名前は偽名で登録しておいた。ニトだ。

 グレイベルクの連中に日高政宗が生きていると知られたくない。

 魔道具に手を置くだけで手続きは直ぐに終わった。


「ご職業はヒーラーですね。ではニト様、あなたにアラン様のご加護があらんことを――」


 アランとは冒険神の名前だそうだ。

 神と言うだけに神話の存在かと思いきや、実在する人物な上にこのギルドのギルドマスターらしい。

 トアにもギルド登録をするかどうか聞いたが必要ないと断られた。


「両手に花とは羨ましいじゃねか。坊主、ちょっと俺たちにも分けてくれよ。その幸せをよ」と急に嫌な声が聞こえた。


 振り返ると、それはギルド名物、怖そうな冒険者であった。

 目の前の席でこいつの仲間と思わしき奴らが大笑いしている。

 なにも面白くない。


「そういやさっきヒーラーとか言ってたなあ」


 どうやら受付でのやり取りを盗み聞きしていたらしい。


「お前、冒険者なめてんのか? あ? ヒーラーが冒険者なんてできるわけねえだろ。ここは子供の来る場所じゃねえんだ。とっととママの所へ帰んな。後ろの2人は俺たちが世話してやるからよ」


 男は目を見開き睨みつけてきた。


「あんたらもそんなガキ相手にしてねえで、俺たちとこっち来て話さねえか?」


 席に着いている男の一人が話しかけてきた。


 転生する前の俺なら間違いなく震えて何も言えなかっただろう。

 だがこれ以上に怖く痛い思いはあの迷宮で経験した。

 それに比べればどうってことない。

 それにステータスを見る限り、こいつらは弱い。

 しかし無用な争いは避けるべきだ。

 何より面倒臭い。


「すいません。そういうつもりはなかったのですが……それと、できれば、見逃していただけませんか? 2人は僕の友人なので」

「だからその友人を置いて行けって言ってんのが分からねえか?」


 穏便に済ませるつもりだった。

 だがこいつの理解の無さに腹が立ってきた。

 と、その時だった。

 ギルドの扉が勢いよく開き、甲冑を来た数名の騎士が入ってきた。

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