35 脅威 <Man-Made>

「このセルリアン達を全部起爆させればクレーターだって作れる。

 さあ、早く降りてくるんだ。お前に選択肢は無い」



 再度男の声が響いた。

 声が聞こえたほうをよく見ると、赤い顔をした外国人らしき男の周りをいかにもヤクザそうな男たちが取り囲んでいるのが見えた。


 しかし周りのセルリアンたちが一切興味を示さないのは何故だ? 見た目で悪いやつということは分かるが、人間ではないのか・・・?


 そんな事を考えていると外国人のを取り囲んでいるうちの一人が懐からタバコを取り出し口に咥えた。



「パーク内は禁煙ですよ!! 喫煙所に行ってください!!」

「あいつは誰だ?」

「奴はハルピュイアになんて名前をつけて世話してる飼育員です。

 傘下の原口興業の崩壊に関わった内の、一人です」

「あいつらは使えナイ。まともに上納しない上にフレンズに発情した猿のせいで騒ぎを大きくしテクレタ」



 フレンズに発情・・・? まさか。



「お前ら、タカを襲ったクソ野郎の仲間か」



 ウロから体を半分乗り出し、警棒を抜いて伸ばし構えた。

 もしも関係あるならここで全員殴り倒して捕まてやる。



「おおっと、怖い怖い。その飼育員は周りが見えないようだ。

 できそこないのハーピーと脳筋馬鹿とは最高の組み合わせだな。

 望むならこのセルリアンを全部起爆させてバラバラにしてやっても良い」


「俺のことはどうでもいい。いまスズに言ったことを訂正しろ」

「ハハッ、しないと言ったら?」

「ッ・・・!」



 怒りに任せてウロから飛び出そうとした俺を、スズが掴んで止めた。



「自殺行為よ! お願い、落ち着いて!」

「許せねえよ。全員捕まえてやる」

「死ぬわよ! あいつらの言ってることは冗談じゃないわ!」

「でもどうしてそんなことが言える! やってみないとわからないだろ!」



 そこで気づいた・・・

 どうしてあいつらがスズのことを知っているのか。そしてスズもあいつらのことを知っているのか。


 お互いに面識があるということは昔に会っているということ。


 ・・・あいつら、俺が今世界で一番嫌いな奴らじゃないか。

 まさか犯人の方からからこっちに来てくれるとは思わなかったが、考えていないでさっさと全員殴り倒さないと気がすまない。


 セルリアンが爆発しようとどうでもいい。



「探す手間が省けたよ・・・」



 俺がスズの手を振りほどいて飛び出そうとしたその時、ウロの中に何かが投げ込まれた。スプレー缶のような細長い何かは、底にぶつかると真っ白な煙を吹き出し始めた。


 投げ返そうと思い近づいた瞬間、体の力が抜けて倒れ込んだ。

 暴徒制圧用のガスか何かか・・・?


 そしてスズが倒れ込む音を聞いたのを最後に、記憶が途切れた。



 ーーーーーー



「なんだか今日はとってもクワイエット・・・静かな日ね」

「ハクトウワシは昨日ハンター共とカラオケ行ってたからだろう?

 1日中グダグダと・・・」

「ユアライト! 言われてみればそうね!」

「今集中してるの。すこし音量を下げてくれないかしら」



 仰向けで読書に勤しんでいたタカが本の影からハクトウワシを睨みつけた。


 対してハクトウワシは悪びれるどころか笑い飛ばしている。



「ハハ、ソーリーソーリー。でもそんな近くで本を読み続けてたら目が悪くなるわよ? そもそも題名が難しすぎて読めないけど」

「最強空軍の司令部、伝説の指揮統制の全て」

What did you just saちょっと何言ってるか分からないy?」

「ちょっと何言ってるか分からない」


「二人でさっきから呪文ばっかり唱えて頭がおかしくなりそうだ。

 スズもどっかでゆっくりしてるだろうし、今日ぐらいは私もゆっくりさせてもらうぞ。流石に連日飛び回って疲れたからな」



 ハヤブサが大きなあくびをして自分の部屋にこもったのを合図に、タカとハクトウワシもあくびをするとそのまま眠りについた。



 ーーーーーー



「・・・テ・・・キテ・・・ヒデ起きて!」



 何だ・・・頭が割れるように痛い。さっきの変なガスのせいか?

 それより誰かが俺を起こそうと・・・スズ!



「ぬはぁ! スズ無事か!」

「私は大丈夫だからどうか落ち着いて・・・」

「おぅおぅ、飼育員様のお目覚めか」



 聞き覚えのある声が響き、完全に意識が元に戻った。

 周りを見渡すと全体的に薄暗くシェルターのようにも見える。


 そうだ。確かここは緊急時専用の地下シェルター。研修のときに1度だけ写真で見せられたことがあるのを覚えている。



「お前はパークの職員である以上ここは全てお前の土俵だ。このシェルターの場所もだいたい分かるだろう。しかし携帯も発信機も無い以上何もできないことを理解しろ。いいか? 余計なことはするんじゃないぞ」



 俺の目の前に座っている男がスタンガンを手で弄びながら冷たく言い放った。

 男の周りにはさっきのヤクザっぽい男たちがおり、ある者は腰掛けある者は座り込み休んでいた。


 そして横に目を移すと見えた。



「おいクソヤクザ今すぐスズを離せ!!!!!」


「ったくどっちが悪者だか分からねえなぁ。わざわざここまで来たのに離せと言われて離すバカがどこに居るんだ? 馬鹿も休み休み言え。


 それとも、か?」



 男がスズの首筋にスタンガンを押し付けた。



「よせ。傷つけるなと言われたはずだ」


 男の隣で携帯を弄っていた大男が静止した。

 目の前の男は気味の悪い笑顔を浮かべるとスズの首からスタンガンを離した。


「冗談だよ冗談」

「そう言ってお前は何人の女を傷つけてきた?」

「ハハ・・・2・・・30ってとこか? だが今回は異例中の異例。

 しくじるわけがねぇ、黙って見てろよ」



 男が再び向き直る。

 その目は鋭かったがタカやハクトウワシのそれとは正反対の濁りきった瞳だ。

 何を考えているのかは分からないが、今までパークに襲いに来たやつとは格が違う。



「最初に言っておくが今回は別に煮たり焼いたりなんて事はするつもりはねぇ。

 どうしてもハルピュイアに伝えたいことがあって来たまでだ」

「あんなセルリアンを総動員して催眠ガスまで投げ込んでおいて、お前らはテロリスト以外の何物でもないだろ」

「ハハハハ! そりゃそうだ!」



 周りの男達も笑い出す。狭い地下シェルターに低い男の笑い声が響いてなんとも言えない不快な気持ちになった。


 それより。



「スズ怪我はないか? 何もされてないか?」

「気を失ってる間に縛られたからちょっと擦れただけよ。ちょっと苦しいけど大丈夫・・・」

「ウヒャヒャ、こんな化物のできそこないを放っといたら死人が出るからな」

「てめぇッ!!!!!」

「お前も余計に刺激するようなことを言うな」



 そういえば俺も後ろ手に縛られている。紐が良質とは言えないので手首が擦れてかなり痛い。


 まあその痛みもスズを散々言われた怒りで隠れてしまっているのだが。



「話を戻すが敵の本拠地に行くのに警戒しない馬鹿はいないだろう? それとお前の存在は想定外だった。まあ飼育員ということで一緒に連れてきたわけだ」

「パークでフレンズ化したら飼育員が付くのは当たり前だろう」

「最初は相当反抗してただろ? なんなら死人を出してるんじゃないのか」


「そうだ。最初は看護師には襲いかかるし俺も本気で引っかかれて大出血だった。

 スズから聞いたがまだ動物の時にお前らがトラウマを植え付けたんだろ?


 お前らが、お前らがスズにトラウマを植え付けた!!!!!」



 俺が再び怒鳴ると数人の男が反応しこっちを見た。

 眼の前の男が眉をひそめて珍しく困った表情になっている。


 少しの間をおいた後静かに言い放った。



「どうします、ボス。こいつに種明かししますか?」



 いつになく物腰柔らかな口調。更に「ボス」という単語が出た瞬間周りの男達が姿勢を整え始め、一気に空気が静まり返った。



「私が説明しヨウ」



 片言の日本語が聞こえたのと同時に、森で男たちに囲まれていた外国人らしき男がシェルターの暗がりから俺の方に歩いてきた。


 周りの男達は声どころか衣擦れの音まで立てないよう固まっている。


 そしてついに俺の目の前に立ちふさがった。

 顔がかなり赤いが白人だろう。ロシアかそのへんの顔つきだ。高そうなスーツを着こなしていて第一印象は商社マンのようだ。



「始めましテ。本当はこのような拘束を施すのは嫌いナノですが、あなたの担当フレンズをこうして拘束している以上しょうがない事なのデス」

「じゃあさっさとスズと俺を解放してくれ。話がしたいんだったらさっさと終わらせてもらいたい」

「失礼。どうか話が終わるまではこのままでいてもらいたい。

 セルリアンを操っていたのを見たのナラ私達がただの人では無いことを承知のはず。先ほども部下が言ったとおりお二方にはどうか冷静でいて欲シイ。

 無駄な負傷を避けタイのはお互い同じでしょう?」



 お前らが拉致監禁してる以上こっちが何をしても有利なんだぜ、と言ってやりたかったが喉元で押し殺した。このボスとか言うのが丁寧に接してきている以上食って掛かってはこちらの負けだ。


 それに今こちらが抜け出して襲いかかってもスズに辿り着く前に制圧されるだろうし、スズに何をするかわからない。



「アア、自己紹介を忘れていました。

 私の名はシコルスキー。とある製薬会社の社長デス」

「社長って・・・ヤクザのボスじゃないのか?」

「いいえ。私はただの製薬会社の社長です。

 新製品の開発に取り掛かる時危険な場に赴くことが多々あるので、元はヤのつく世界に居た人間をボディーガードとして雇っているのデス」


「暴対法の意味ねぇじゃねぇか」

「確かに多少肩身は狭いですが、近い未来あなた達は私達が現在行っている研究に感謝し崇拝すらするようになるでショウ。自らにとって有益であれば都合の悪い事実は切り捨てるでしょうネ」



 呆れた・・・暴力団の絡む企業が制作した商品など有名になるはずがない。

 この男の言っていることはよくわからない。


 名前が下ネタっぽいが気にしている余裕はなかった・・・


 男は俺の心中を察したようにうなずくと、話を続けた。

 また陳腐な犯罪自慢かと思い込んでいたが、シコルスキーの口からは予想外の言葉が飛び出してきた。。




「私達は人工サンドスターの研究を行っているのデス。驚きでしょう?

 ジャパリパークだけの物だと思ったら大間違イ。あの便利な物質がパークの外で使えるようになるノデス。試作品は既に完成しているのですが未だ実験途中なのはモドカシイことです」


「どういうことだっ!?」



 ただただ驚くしかなかった。


 元々は超巨大動物園になるはずだったジャパリパークを美少女と怪物の楽園に変えたサンドスター。


 それを人の手で作るだと?

 あの人智を超えた謎中の謎であるサンドスターを作ってしまうとなればノーベル賞は間違いないだろう。ジャパリパークの研究所を始め世界中の生物学や科学、薬学の専門家達が集って本気を出しても5%しか解明されてないというのだから。



「ハハ、驚きが隠せていないようですね。他にもアナタはご存じないかもしれませんが、女性用の頑丈な下着や落とさずに寝ても一切害のない化粧品。今世界中で使われているこれらの製品は私達のサンドスター研究の成果なのデス。

 まあその特許諸々で得た資金は研究に使われ1文ものこってないのデスガネ」


「そんな事はどうでもいい。さっきのセルリアンの大群は何だ?

 もしやお前らの人工サンドスターとやらで作ったとでも言うつもりか」


「全てを見られた以上言い訳せずに言いまスガ、だい、だい、大正解♪」



 シコルスキーが自信と余裕に満ちた表情で見下ろしてくる。

 対して俺は余裕など無い。情報量が多すぎて整理がつかない。

 柱に縛り付けられて男たちに囲まれているスズのことも気になる・・・


 とにかくこいつらはやばい。サンドスターを自作した上にセルリアンを操れる。もし本気になってパークに攻めてきたらどうなる?


 巨大なバードリアン一匹の爆発で店2つがえぐれ、飛び散る瓦礫はフレンズですら瀕死に追い込む威力を持っていた。



「お前らやっぱりテロリストじゃねえか!! パークを滅ぼして何になる!!」

「私達はあくまで金と権力、タマに女。それのために動いテイルのです。自発的な暴力行為は今までもこれからも一切致しマセン」

「嘘だ! お前ら変なやつを送り込んできただろ! しかも失敗したら撃ち殺したじゃねぇか!」



 シコルスキーは「ああ」と頷く。

 こいつ人を一人葬っといて何も感じていない・・・! やっぱり気質はヤクザだ。



「すこ~し猟銃で威嚇したダケです。殺しはあれで最初で最後でしょう。

 スナイパーで撃ったなどと日本のメディアは誇大報道をシテいますが、アレはただの猟銃です」

「機密でも漏らしたっていうのか?」


「フウ。ヤット本題に入れそうでスネ。そう、私達は今危機に瀕しているのです。

 少々慌てていてつい、殺っちゃいまシタ」



 シコルスキーの不気味な笑顔におもわず身を引いた。

 手首を縛る紐の限界に達し、そこで体が止まった。


 タバコ臭いため息を付くと、シコルスキーは首を曲げスズの方に振り返った。



「なんだよ。スズがなにかやったっていうのかよっ!!」


「ヤリマした。こうしている今もヤリマクッテマス。今まで積み上げてきた実験と研究の全てが! препятствие異常・・・ あのイレギュラーの存在自体が! 障壁なのデス! 障害なのデス! 邪魔なのデス!


 ああ、今すぐにでもあの額に風穴を開けてやりタイ!!!!!!!!!!」

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