22 飛べない鷹と、砂星の奇跡

病室の窓から差し込む夕日とカラスの鳴き声で、今は夕方なんだと初めて気づく。

タカを助け出してから四日ほど経った。

タカの看病?を全員でやると暑苦しいので、日ごとに交代交代で見守ることにしていた。

今朝ハヤブサと入れ替わってからずっとタカの寝るベッドに腰掛けて話をしていたら、いつの間にかこの時間になってしまっていた。


「もう夕方だな。汗かくだろうし布団どけたらどうだ?」

「・・・いや。」


布団に顔の下半分を隠し、目だけで俺を見つめながら答える。


なんだこの可愛い生き物・・・

女子が自撮りや日常生活で顔の下半分をマスク等で隠すことがあるが、あれは比較的バランスの崩れることのない目というパーツだけを出して可愛く見せる技術だ。

しかしそれを絶世の美少女がやったらどうなるだろうか。

しかも若干遠慮がちな目で頬の上半分が紅潮というおまけ付きで。


まじで写真集出せるだろコレ・・・


「何を考えてるの?」

「いや、可愛いなって。・・・あ!なんでもない。」

「あ、そう。」


帰ってきたのは冷めた返事。

人間だったら「可愛い」と言われれば何か思うことがあるだろうが、フレンズは外を歩く度に客に可愛い可愛いともてはやされるので慣れてしまっているようだった。


「ほら毛布どかせよ引きこもり。」

「私引きこもりじゃないわ。

 ・・・たまに部屋の外に出てる。」

「廊下に出ただけだろ。しかも10分だけ。外には出たか?

そういうのを引きこもりっていうんだ。ったく魅力半減だぞ?」


毛布をどかそうとするが、猛禽類のえげつない握力で毛布を掴んでいるので全く動かせない。

何の輝きを奪われたらこんなになるんだ・・・?

本人に聞きたいところだが奪われたものを自覚するなんて難しいし、なによりスズにも言えることだが変なプライドが邪魔して素直には話してくれないだろう。


しかし聞くだけ聞くのもいいだろう。


「何の輝きが奪われたか、分かるか?もし何か変わったことでもあるならそれだけでも良いんだ。話してくれるか。」

「感情が薄くなったし、なにかしたいっていう欲求とか希望も無いわ。自信も無いと思う。あと絶対ここから出たくない・・・」

「素直になったな。輝きを奪われた辛さは俺も経験がある。だから、頑張ってくれ。ずっと見守ってるからな。」


いや本当にヘタレに見えるが結構笑えない辛さだ。

分かりやすく例えると薬のない精神病だ。


中学生の時小さいセルリアンにちょっかいを出して逆襲され3週間ほど寝込んだことがあるのだが、欲と感情と言葉を奪われてしまったみたいでずっと無表情のまま目を見開いた状態でベッドで寝ていたらしい。

水も食べ物もまともに摂ろうとしないので体重が10kg減って栄養失調にもなりかけた。

結構死ねる。マジで。


すると今まで布団にこもっていたタカが、ついに布団をどけて起き上がった。

ベッドの隣に置いてあるジャパリまんに手を伸ばす。


「腹減ってたんだな。」

「違う。」


病室のドアを指差す。

するとガチャリと音を立てて扉が開き、スズが入って来た。

タカがベッドで座りながらジャパリまんを食べているのを見つけると、安堵と心配の混ざった複雑な表情で駆け寄ってくる。


「タカ調子はどうなの?

ヒデはもう交代らしいわ。」

「私は大丈夫。」

「俺はもうちょっといるよ。しばらく一緒にいよう。」

「うん。分かったわ。差し入れもあるみたいだし三人で食べましょう。」


手に持った手提げ袋をベッドの上に置いた。

平たくて丸い漆塗りの容器が中に入っている。これは寿司桶だ。

寿司なんて誰が差し入れしたんだろうか・・・


「誰がくれたんだ?人だったらちょっと警戒しなきゃいけないかも知れないしな。」

「ああ・・・全体的に茶色っぽくて尻尾がモフモフで・・・目がタカよりずっとずっと鋭いフレンズだったわ。」


スズが手を目のところに当てて、親指と人差指で鋭い目を模してジェスチャーしている。

可愛い。


「語尾は~ますよ、とか~だと思いますよ、だったか?」

「そう!そんな感じだったわ。キタキツネとかギンギツネも一緒に居たわよ。」

「チベスナか。チベットスナギツネ。後でお礼しなきゃだ。もう帰っちゃったか?」

「へえ。チベットスナギツネっていうのね。覚えておくわ。

あとチベスナは本当はお見舞い行きたかったけど騒がしくするのは悪いからって言って走って行っちゃったわ。

そうそう、テレビ付けてって言ってたんだけど・・・」


これか?と言ってテレビのリモコンをスズに手渡す。

不思議そうに見つめた後チャンネルを変えるボタンをひっかき始めので制止した。


「一番上の赤いボタンよ。」

「これね?」


スズが電源を付けるとテレビがニュースを映し出した。

台風のニュースだ。今日本列島に大きい台風が直撃して結構大変なことになっているらしい。

するとピロリンピロリンと速報の音声が流れ、画面の上に速報が表示された。


「・・・漢字読めないわ。」

「うわ・・・なにあのぐちゃぐちゃ。あんなのが文字なのね。」


ニュースキャスターが速報が入りました、と言うと画面が中継に切り替わった。

これはどこかの繁華街・・・だろうか。

警察が規制線テープを貼っているぎりぎりのところから、テレビ局のカメラが写している。

唐突に男たちの怒号が聞こえるとビルの入口から続々とガラの悪そうな男たちが連行されていく。


どうやらソウタが財布をスッたせいで強制ヒッチハイクをしていた髭面の男を警察が職務質問したらしい。

明らかに行動がおかしかったのでそのまま連行。

取り調べをしても何も吐かなかったが財布の中身と指紋付きのテーザーガンを見せつけられ、タカを襲った男の証言も突きつけられたことで全て白状したらしい。

その御蔭で組織の事務所が突き止められ、突入に至った。


「全員、捕まったんだ!タカを襲ったやつも含め全員だ!」

「本当に!?」


タカよりスズのほうが喜んでいる。

というかタカはテレビに釘付けで動かない。


「これで・・・終わった・・・のね?

これでもう鈴を奪おうとする人間も居なくなったわね。」

「お前が立ち直って初めて解決だぞ?だから早く輝きを取り戻すんだ。」


タカが力強く頷く。

今の知らせで大分機嫌が戻ってきたようだった。


ーーーーーー


中年のロシア人の男が顔を真赤にして繁華街を歩いていた。

部下のヒゲから「もうだめかもしれない」というメッセージが届き、急いで都内から飛んできたのだが・・・


さっきからサイレンが異常な数で鳴り続けている。

男の中に最悪の予感が浮かび・・・


角を曲がった時その予感は的中した。


部下たちの使っている事務所が入る廃ビルの周りにパトカーが何台も止まり、規制線があちこちに貼られて人だかりができている。

コンビニの前で携帯を使って様子を録画しているカタコト日本語で男に声を掛ける。


「今何ガ起キテルンダ?」

「お、観光客ですか?どうやらジャパリパークで悪さしていた暴力団みたいなやつのアジトが特定されて全員連行されたみたいですよ。ざまあみろって感じですね。

駅に行かれるなら向こうを回って・・・・」

「ソウカ。」


眼の前の男を隠し持った携帯ナイフで刺したい感情を抑え、男はその場を立ち去る。

そして裏路地に回ると、どこかに電話をかけ始めた。


ーーーーーー


「さっぱり、してて、美味しい。」

「美味しい・・・美味しい・・・」ガツガツ

「キツネが作るいなり寿司は違うな。

噂だとオイナリサマっていうキツネの守護けものは、野生解放するだけで手から稲荷ずしを出せるらしいぞ。」


スズとタカがチベスナ達に貰った稲荷ずしをとんでもない勢いで食べ続けている。

タカは無表情のままだが多分喜んでる。

そしてあっという間に食べ終わってしまった。

時計を見ると既に六時。

丁度良い夜食になった。おきつねに感謝。


そしてタカの方を見るとこくりこくり船を漕いでいた。


「おい、食ってすぐ寝ると牛のフレンズになるぞ。」

「・・・寝ちゃった。起きないと。」


わざと数秒ほど黙ってみる。

するとすぐにまたうつらうつらし始めたので背中を支えながら寝かせる。


「あっ、タカが寝ちゃったわ。」

「疲れてたんだな。そっとしておくか。で、スズどうする?」

「やる事もないし翌朝交代するまでここにいることにするわ。」

「そうか、じゃあ俺も一緒にいるよ。」


単純に、とても心配だ。目を離したくない。

小さい頃から一緒にいるが好きだとかそういうわけじゃないぞ。

あ、LikeはあるけどLoveじゃないって意味な。

俺は記憶に無いが、小さい時タカがこうやって看病しつつ一緒に居てくれたことがあるらしいし。

あとスズとも一緒にいたいというか居てあげたい。


「暗い顔するなよ。安静にしてれば治るんだ。」

「もっと早く助けられてれば!こんなになることはなかったのに・・・」

「ソウタやスカイフィッシュが全力で協力してくれたから助けられたんだ。

あいつらが居なかったらまだ捕まってたかも知れないんだぞ。

そうなったらもう・・・」


そこまで言って慌てて黙った。


「ごめん。」


静かに抱き寄せてスズのさらさらの白髪を撫でる。

急に頭を押し付けたかと思うと、クチバシだった前髪を擦り付けてきた。

この行動文鳥とかだと愛情表現とかだった気がするけどシロオオタカはどうなんだろうか・・・?


急に我に返ったスズが俺を突き放して頭を上げた。

野生を全面に出してしまい恥ずかしいのか顔がどんどん紅潮していく。


「あれ?もうちょっとくっついてても良いんだぞ。」

「は、恥ずかしいわ!なんでこんな事しちゃったのかしら・・・」

「無意識だったのか?」


少しぎこちなくも「うん」と言うと鈴を掴みながら話し始めた。


「こうやってくっつく度に・・・思い出すの。

悪い人間に絡まれたんじゃない、明るい記憶よ。

それで無意識に動物の時の癖が出ちゃったのかも知れないわ。」

「動物の時の明るい記憶・・・話してくれないか?」


スズは少し考えた後・・・首を横に振った。


「ヒデのことは信じられるし、悪いヒトじゃないってことはわかってる。

だけど話すのが怖いの。だから今度また・・・で良い?」

「分かったよ。機会があったら、な。その時全部、話してくれ。」

「うん。・・・あっ。」

「どうした?」

「えっと・・・ヒデってこんな感じで二人だけになった時妙に顔を近づけてきたりするけどあれは何なの?」


くそ・・・ついに意識されてしまったか。

今まで何度もキスを狙った事があるが、スズに拒否られたり良い所で邪魔されたりして一度も成功しなかった。


ここは本当のことを言うべきか・・・


嘘を付くべきか・・・


しかし嘘をついて後でバレた時だるい事になる。

本当のことを言っても一方的に発情した結果の行動だと知ったら、全身に羽を刺されて出血多量でコロッと逝ってしまう。

というか。


「あれ嫌だったりする?」

「意味はわからないけど顔を近づけられたら恥ずかしいし・・・

何か本能がダメって言ってるような気がするの。」



現代語約:いきなりキスしようとしてきやがってマジキモイ~~ww

     生理的に受け付けないわ~ww


ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・


「ヒデ・・・ヒデ!?大丈夫!?」


スズに肩を揺らされて正気に戻る。

くそ・・・未だに心がズキズキと痛む。


「・・・忘れろ。」

「え?」

「いいか?全部忘れろ。あとそろそろ帰るぞ!」

「うん・・・」


何か反応が薄い。

何度か呼びかけてみたが反応が無くなってしまった。


目が半目で・・・口が半開きで・・・手が・・・超熱い。


「帰るぞー?」

「・・・zzz」


ここで良いことを思いついた。

スズを添い寝させればタカに何か良いことが起きるような気がする。


決して背負って帰るのが面倒なわけではない。


ということでスズをタカの隣に寝かせた。

二人並べると・・・天使だ。天使が並んでる。


スズを寝かせると

合理的だ。とても合理的である。


幸せすぎるよぉ・・・


俺は疲れていたわけではないのにすぐに深い眠りに落ちた。


ーーーーーー


病院の受付をしている女性の職員が時計を見て不安そうにつぶやく。


「お見舞いに言った男の人とフレンズさんまだ帰ってこないですね・・・」


ふと視界の隅に、椅子に腰掛けて眠っているコアラが映る。

女性が声を掛けるとすぐに目を覚ましフロントに近づいてきた。


「ふぁ・・・どうしたんですか~?」

「オオタカさんの病室にお見舞いに言った飼育員さんとフレンズさんが帰ってこないんです。ちょっと様子を見てきてくれませんか?」

「はいは~い。」


そして病室に向かっていく。

階段を登り、通路を歩き、また階段を登る。

今は遅い時間なので医師達は自分の部屋に帰ってしまっていて、途中で誰ともすれ違うことはなかった。


「なんだか寂しいですね~。あ、ここですね。」


失礼しまーすと小声で言いながら部屋に入っていく。

電気が消えているので小型のライトで足元を照らしながら少しづつ歩みを進めていった。

そしてベッドの前までたどり着く。


「タカさんは・・・いますね。・・・あっ!あらぁ~~」


お見舞いに言ったはずのヒデとスズはタカを挟んで同じベッドで寝ていた。

しかもタカのお腹の上でしっかりと手を重ねている。


「起こすのも可哀想ですし、ぐっすり寝ていてくださいね。・・・ん?」


その時コアラはスズの首元に何か光ったものがあることに気づいた。


最初は淡く光っていたのだが、だんだんと光が強くなっていき部屋全体を照らすほどにまで光り輝いた。


そしてその光は重ねた手の上に収束し、最終的にはタカの胸に吸い込まれていった。


「ん~~??ふしぎふしぎ~~。まあ無事でしたし良かったです~。では~。」




その後コアラは三人が一緒に寝ていたことを報告すると、すぐにまた寝始めた。


謎の光の事を、胸の中に隠したまま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る