自己焼却の魔法使い《セルフファイア・ウィザードリー》
煉樹
第一章 すべての始まり
第一節 邂逅
第1話 邂逅――果ての大地
身を燃やすほどの魔力を使って、使い尽くして、初めて魔法に至る道が生まれる。
魔法は、奇跡。
常識では、起こり得ないもの。
その代償は、計り知れない。
――でも、いいよ。これで、世界が救われるなら。
「ねぇ。――はこの世界で、生きて」
それが、私の願いだから。
初めて、生きていて楽しいと思った。
初めて、そう思えた。
燃えていく彼女の存在を感じて、思った。
その存在が、いかに大きかったのかを。
だから、いいだろうか。こう思ってしまっても。
「たとえ世界が救われても、俺は――」
それが、彼女の願いであろうと。
これは、魔術師たちの物語。
奇跡と、その代償。
願いと、想い。
さぁ、まずは手始めに、出会いの話を始めよう。
魔術師の少女と、虚無を纏いし少年が出会った、あの、砂烟る大地の話を――。
☆☆☆
「暑い……」
時刻は午後零時。太陽がまさに仕事のピークに差し掛かろうという時間だった。
そんな真昼間にエアポートの建物から一歩出た自動ドアの前に、譫言のように暑いとだけつぶやき続ける少女が一人。
「暑い……。なんでこの私がこんなところに来なくちゃいけないっていうの……」
名前はマリー・L・フライツェルク。
その顔は見るからに不機嫌そのもの、といった雰囲気であった。しかし、年相応ではあるものの可愛らしさを体現したかのようなその顔は、空港から出る者の目を引きつけてやまない。
「あーー! もう今からラインベリーのバカに電話して帰ってやる! 今すぐよ!」
そう言って携帯電話を取り出したところで、何を思ったのか陰鬱そうな顔をして携帯電話をしまい込む。
手足を目いっぱい動かし怒る様に加え、小さな背格好は小学生と言われても信じてしまうそうなほどであったが、こう見えても今年で齢十五の少女である。
彼女がこの空港について何度目であろうその一連の流れをやったところで、あきらめがついたのだろうか、大きくため息を一つ吐き、彼女はタクシーを呼び止める。
「この場所まで」
「ここですかい? ……言っちゃあ悪いが、お譲ちゃんみたいな歳の子が行く場所じゃあ――」
「いいから出して。早く」
「へ、へい!」
運転手はそのプレッシャーに気圧され、錆びかけたブリキ人形のようにぎこちない動きであったけれども忠実に自らの職務を遂行する。
もちろん運転手は少女の放つ殺意のようなオーラが今すぐにでも涼しい車内に入りたいという願望からの物であるなど、知る由もない。
空港を出たタクシーは車通りの多い幹線道路をひた走る。
メーター横の陽気そうな顔写真からおしゃべりが好きであろうことが察せられる運転手であったが、そんな彼も空港を出て以降も押し黙ったまま喋る気配を見せていない。
手持無沙汰になった彼女は、窓枠に肘をつき、何とはなしに車窓を眺める。
自らの国よりも幾分か干からびた空気のせいだろうか、植物もまばらな荒野が果てしなく広がる。その代わり映えのしない風景に、初めは真新しさから空模様同様に澄んでいたその瞳も、いつしか曇りきっていた。
「はー」
これからの仕事のことを考えると気分は暗くなる一方で、思わずため息を吐く。
ガサリと音を立てながら、先ほど運転手に見せた目的地の書かれた紙きれをポケットから取り出す。そこに書かれた住所は今向かっているこの地域一の大都市……の中でもスラム街として名高いエリアのそのさらに外れだった。そのことを知った当初はだいぶ怒ったものだったが、今ではそれもため息に変わっている。
「とりあえずできるだけすぐに終わらせちゃうかー!」
景気良く出した大声は、しかし運転手をビクつかせただけだった。
☆☆☆
「さて、と」
初めてこの土地に来たものがスラム街に行ってはいけない理由が二つある。一つは危険だから。街の無法者たちの集うそこにおいて裕福そうな格好をした旅行者は絶好の獲物なのだ。そして、もう一つの理由というのが……迷子だ。この地域のスラム街は往々にして迷路のように入り組んでいる。元あった家々に対して増築に増築を無秩序に重ねた結果、誰も把握できないほど複雑な構造になっている。だから、迷いやすい。
「迷った」
そして、ここにもまた、その例に漏れない旅行者が、一人いた。
もっとも、本人は旅行ではなく仕事だというだろうけれど。
「なんだか人も全然通らないし元来た道はどっちだかわからないし……」
急に、心細くなってくる。
見知らぬ風景。
見知らぬ空気。
見知らぬ人。
見知らぬ空。
どこに行っても違わないと信じていたものが、ことごとく自らを裏切る感覚は、十五の少女を柄にもなく少し不安にさせていた。
そんな時だった。
「なぁ、あんた、迷子か?」
ちょうど少女の背後にある道の曲がり角から、唐突に響く声。
「迷子か、って聞いてるんだから返事ぐらいしろよ」
姿を見せた声の主は、まだほんの小さな、マリーの歳をしても小さなと言わしめるほどの背格好の少年だった。
「え、ええ……」
反射的にうなずくマリー。
「どこ行きたいんだよ」
その問いに、気付かぬうちにぎゅっと握りしめていた住所の書かれた紙を、おずおずと差し出す。行き摺りの人物に頼ることに多少の不安はあったが、それよりも、一人で異国のこんな場所で迷っている方がずっと心細かった。それに、相手は大の大人というわけでもない。子供の純粋な善意なら、利用しない方が悪いというものだ。
「全然違うとこじゃねーか。こっちだ。来いよ」
少年は紙に一瞥くれるや、彼女の向いていた方向とは全く逆に向って歩きだす。
一瞬してそれがついて来いという意味だと分かり、慌ててマリーは少年を追いかける。
少年に追いつき、幾分か歩く速さを落として後ろについて歩きながら、マリーは少年に何と言ったものかと考えていた。
なにせ『ありがとう』とこんな小さな男の子に素直に言うのは年上としても、そして一人前の魔術師として認められた身としても、なんだか憚られてしまう。
だから彼女は少しぶっきらぼうに、けれど確実に、しかしそうはいってもいつもよりは数割小さな声で、こう言った。
「れ、礼を言うわ……。……ありがと」
「……礼なんていらねーよ」
そういうやいなや、少年はまるでこれ以上話しかけるなとでもいうかのように歩くスピードを一段階早める。
何よ、折角お礼言ってやったのに、と小声で悪態を吐きながら、彼女も置いて行かれないよう少し歩く速度を早める。
そのままいくつの曲がり角を曲がり細い路地を通っただろう。いつしか真上からさしていた太陽の光もその多くが建物に遮られ、暑さも和らいでいた。空の色も心なしかオレンジがかってきた気がする。
しかし、そこまで来て、彼女は少し疑問を抱いた。
自分は、そこまで遠くに来ていただろうか、と。
「ねぇ」
小さく、呼びかける。
しかし、反応はない。
そのまま、少年は歩き続けるだけ。
「ねぇ!」
今度は、もっと大きな声で。その場に響き渡るほど。
「……なんだよ」
「本当に、この方向でいいの?」
「………………」
無言。
その瞬間、少年が何かをした……ように見えた。
「ねぇ! ちょっと!」
鎌首をもたげた猜疑心は収まるところを知らずどこまでも増大する。今、自分は何かよくないことに巻き込まれているのではないか。思いが言葉になって胸のうちに浮かんだ瞬間、何があったわけでもなく思わず振り向いていた。
そして、その視線の先には……その疑念を裏付けるかのように五人ほどの少年がまるで取り囲むかのように迫ってきていた。一体、いつの間に現れたのだろう。つけられていたようには感じなかった。そして視線を案内してくれていた少年の方に戻すと、そちらにも、さらに四人の少年が……。
まるで、ではない。見たそのままに、囲まれていた。
少年たちは打ち合わせ通りというようにマリーを曲がり角の壁に追い詰めるような形で九十度の角度をとってにじり寄ってくる。
「……姉ちゃん、さっきの質問に答えるよ」
一人だけずっとこちらに背を向けていたマリーをここまで案内した少年が、こちらに向き直り、うつむきながら、口を開く。
「この方向でいいのかって言ったよな? ああ、合ってる。で、ここが……目的地だ」
言い終わると同時。
待機していた少年たちが、一斉にどこから取り出したのだろう。形も大きさも様々な銃器を構える。
「!?」
いくらこの国がまだ扮装の爪痕残る国だからって!
まさか銃器が出てくるなんて!
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