カフェにいこうよ

あきなろ

裟無羅伊喫茶





「みゃー・・・今日は暇だねぇ・・・かばんちゃん」


「だねぇ」


サーバルとかばん・・・二人並んで草原を布団代わりにして寝転び、涼しい朝を過ごしていた。

横になったままぼーっと流れていく雲を眺め、お互いの指先を遊ばせ合う。



「あ、そういえば」


かばんが思いついたように起き上がり、ぽむっと手を打った。


「アルパカさんから教えてもらったんだ、なんかね、新しいカフェができたんだって」


「かふぇー?」


微妙に頭が覚醒し切っていないサーバルが、生返事を返す。


「行ってみない?山の上じゃないらしいからボクでも歩いて行けるし」


美味しいお茶も飲めるかもしれないよ、と付け加えると

サーバルもようやく興味をそそられた様で、気だるそうに体を起こす。


「行く」


「眠くない?大丈夫?」


「かばんちゃんと一緒だもん、大丈夫。よぉし!」


いつでも元気いっぱいの彼女。

だが、最近は朝に弱いところや本当は少し怖がり屋さんな所も素直に見せてくれる。


それが少しだけ、かばんの自慢だった。




―――――



とあるちほーの小高い丘の上に、不思議な小屋が立っていた。


「うみゃーー!!でっかーい!アルパカのカフェより、ずっとでっかいよー!」


丘を上る前から見えていた一際大きなその建物・・・

小屋と呼ぶには余りにも大きすぎるその建物には、大きな看板が掲げられていた。


「みゃ、いっぱいフレンズが並んでるねー」


「最近できたばっかで人気のカフェなんだって

 えーとアルパカさんがくれたパンフレットには”裟無羅伊喫茶”・・・だって」


「さむらいきっさ?きっさってカフェのことだよね!さむらいってなんだろう?」


「えーっと裏に書いてあるみたい」


パンフレットを裏返してそこに描かれたよくわからないイラストを横目に説明を読む。


「なんでも、他のエリアにある”メイド喫茶”という物のバリエーション的なもの・・・なんだって」


列を待つ間に、パンフレットに細かく書かれた文字を拾っていく。

最近、文字の勉強を始めたサーバルが、この字は知ってるよ!と自慢気にひらがなを読んでいく姿がほほえましい。


数行の文をサーバルと一緒に読んでいく、それだけで長い行列の苦痛を忘れてしまえる。


「えーと、ニホン?にはメイドや執事という文化があまり無く

 こういった独特な喫茶店のような場所で、疑似的な主従関係を真似るのが娯楽として大変親しまれている・・・」


「みゃー、よくわからないよ」


「そしてメイドや執事だけでなく、シスター、騎士、アイドル…なんてのもある・・・だって」


「アイドルならペパプがいるじゃない、・・・まあいいや、それでサムライってのは?」


「サムライはニホンの古い戦士の名前・・・で、武に長け選ばれた男しかサムライにはなれないんだって」


「みゃー!かっこいい!」




目をキラキラさせるサーバルを横目に、かばんがふっと微笑む。


(やっぱり、サーバルちゃんこういうのが好きなのかなぁ)


文字の勉強用に図書館で借りた本の中でも、冒険ものや、正義の味方が戦う系を好むようで何度も一緒に読み返していた。


「えっと、サムライは多くの秘伝奥義や不思議な道具を持っていて、えーと、背後の敵を自分の腹ごと切り裂くセップクソード」


「セップクソード!」


キラキラ。


「身分も性別も関係無く大勢の仲間を不思議な力で救うダイミョーギョーレツ」


「ダイミョーギョーレツ!!」


キラキラキラキラ!


「食べることもできる質量兵器コメダワラ」


「早く、入ろうよ!かばんちゃん!はやくサムライを見たいよ!」


興奮したサーバルがかばんの手を引く。


「はいはい、サーバルちゃん順番だよ」


(サーバルちゃん楽しそうだし、来て良かった・・・かな?)




――――――――


「かばん様、御出座ぁーー!」


15人程の屈強な男たちが、正座で二人を迎えた。


「続いてサーバル様、御出座であぁーーる!!」


どん!どん! と名前を呼ばれた後に大きく太鼓の音が響く。

すると、迎えた者達の中でも特に屈強そうな男が前に出て、二人に深く頭を下げた。


「ささ、そして姫君方、こちらへ候」


促されるまま、二人は広々とした座敷に上がる。


「あ、これは知ってるよ!タタミとザブトンだね!へいげんやゆきやまにあったやつ!」


「サーバルちゃん楽しそうだね、あはは」


座った二人にサムライ(?)がおしぼりを渡す。


「姫君方、こちらを」


「あ、ありがとうございます」


「拙者の胸で温めておいたでござる」


「え」


かばんが一瞬固まり、受け取ったおしぼりをぽろっと落とした。


「な、なんで」


失礼に当たらないように拾うが、どうしても汚物をつまみ上げるようにしてしまった。


「サムライの慣わしでござる故」


「そ、そうなんですか」


「こちら、本日の品書でござる」


「みゃー!サムライのごはんだね!」


テンションの高いサーバルがメニューを広げた、そこには・・・


「メニューを見ても何が出てくるのか全然わからないね、ジャパリまんは無いみたいだし・・・」


「う、うん。これは…どうしよう」


料理名を見ても、二人に分かるはずもなく・・・


「サムライさんに聞いてみようか」


「そうだね、すいませーん」


「なんでござそうろう」


とりあえず一番大きな写真を指さして尋ねる。


「このヨシノヤっていうのはなんですか?」


「牛丼でござる」


「ギュ、ギュードン…?」


ますます首を捻るサーバル。

かばんはアルパカからもらったパンフレットを広げ、その中にある写真を1枚取りだした。


「サーバルちゃんあったよ、多分これの事だと思うんだけど」


そこには紛れも無く牛丼の写真・・・。


「ニホンのご飯がいくつか食べれるみたい、この写真にもヨシノヤって文字が書いてあるし」


「うみゃ!見た目はすっごく美味しそうだね!」


「じゃあこのヨシノヤにする?」


「うん、そうしよう!サムライさん、ヨシノヤを二つ!」


「ヨシノヤを二つでござるな、かしこまりござるでござる」


その後、これがすごい、あれがすごいとはしゃぐサーバルを、ニコニコと見つめるかばんであった。



――――――


「お待たせでござる。ヨシノヤ二つ、お待たせしましたどすえ」


「うみゃぁ!良い匂いだね、これは食欲をそそるよ!」


「だね、これは楽しみだなぁ」


いただきまーす!と高らかに、口をつけようとした二人をサムライが止める。


「姫!拙者から一つ提案が」


「なに?食べちゃダメなの?」


「もし姫方の御許しを頂けるのでしたら、おぷしょんさぁびすもご用意してありますが」


それを聞いたサーバルがかばんの方をチラっと見る。


「はいはい、サーバルちゃんの好きなようにしていいよ」


ぱぁっと笑顔になるサーバルを見てかばんは幸せそうな笑顔を零す。


「それで?そのおぷしょんさぁびすってなんなのー?」


「羅武羅武ヨシノヤに御座います」


「ラ、羅武羅武ヨシノヤ…!!」


「こちらを」


そう言って懐からマヨネーズを取りだすサムライ。


「拙者が温めまして御座います」


その一つ一つの珍妙な行動にも、サーバルは目をキラキラさせていた。


(完全にネズミのおもちゃで遊んでる時の目だね、サーバルちゃん)


「この、まよねぇずを拙者と姫で協力しこちらのヨシノヤを彩らさせていただく儀式に御座います」


「やる!私それやりたい!」


(なんかもう子供みたいだし)


「では、こう、拙者のを握っていただいて」


「お兄さんのを握ればいーんだね、んしょ」


寄り添う様に二人でマヨネーズを握る。


「では姫、参りますよ」


そう言って、サムライは・・・


「キエエエエエエエエエエエエエ!!!」


突然白目を向いて、奇声を発しながら、牛丼にマヨネーズをぶちまけ始めた。


「うわぁあああああ!」


男の奇声と飛び散るマヨネーズにかばんが悲鳴を上げる。


「南無阿弥陀仏!!!南無阿弥陀仏!!!!!」


謎の呪文を唱えながらマヨネーズをブチャブチャとぶちまけるサムライに負けじと

サーバルも勢いに飲まれながらも叫ぶ。


「ナ、ナミーダブツ!ナミーダブツ!」


すると、座敷の端で待機していたサムライ達が立ちあがり

「わっしょい!わっしょい!」と声を上げながら手を叩き始めた。


「南無阿弥陀仏!!南無阿弥陀仏!!!」


「ナミーダブツ!ナミーダブツ!」


「「「「「わっしょい!うい!わっしょい!」」」」」


「うわぁあああああ!!」



――――――――


「かばんちゃん!楽しいね!サムライ喫茶!」


「そ、そうだね・・・」


牛丼部分が見えなくなる程マヨネーズで埋め尽くされたそれを、ペロリと食べたサーバルを見てかばんもちょっと引き気味だった。


「あ!かばんちゃんこれ見て!」


そんなかばんに気づかずサーバルはハイテンションのまま、メニューの最後のページを指さした。


「・・・”ダイミョーギョーレツをやってみよう”・・・?」


「うん!さっきかばんちゃんが話してたやつかな!?」


「う、うん、多分・・・でもサムライの秘伝の技って・・・」


先ほどの地獄絵図から察するに、良い予感は全くしない・・・。


「私やってみたい!」


「はいはい・・・もうなんでもどうぞ」


――――――


「まずはコレを着てもらうどすえはる」


サムライ達が用意した、女用の着物を羽織る様に身に着ける。


「みゃー、この毛皮きれーだけどちょっと動きづらいね!」


「でもサーバルちゃん、とても似合ってるよ」


「えへへ、かばんちゃんもすっごい可愛いよ!」


じゃれ合うのも束の間、松ぼっくりのようなごつい指が二人の肩を掴む。


「さ、姫方。すてぇじへ」


サムライ達に促され店内の中心部にいつの間にか用意されたステージのへ上がらされる。


「これ、私とかばんちゃんでアイドルみたいだね!歌ったり踊ったりすればいいのかな?」


「えへへ、ちょっと恥ずかしいけど・・・」


「あれれ、でもマイクが無いよ」


「姫供、ダイミョーギョーレツはアイドルとは違うんだがや」


急にサムライが白けたような態度を見せる。


「まぁ、いいか。わかるわきゃねえよな子供に」


「みゃぁ~、なんかこの人さっきからヘンだよぅ」


「情緒が不安定なサムライさんなんだよ、きっと・・・」


呆れる二人を無視してサムライがスっと手を上げ、奥へと合図をすると

店全体の灯りがゆっくりと消えていった。


「わ、わわっ、ボク暗いの見えないんですけど」


「みゃ、私がかばんちゃんの代わりに・・・」


どん!!!


「みゃぁっ!?何の音!?」


どん!どん!と何度も太鼓の音が店中に響き――


「キエエエエエエエエエ!!!」


突如、半裸のサムライが天井から降り立った。

着地と同時に店全体が小さく揺れ、困惑するかばんの頬にぴぴっと何か液体が飛ぶ。


「うわぁああああサムライさん汗!汗がお客さんに飛んでますってば!」


「かたじけないでござる」


「・・・・・・・・・」


かばんはもう、何も言葉が出てこなかった。


「これがダイミョーギョーレツ!ニホンとサムライ!!すっごいよー!!」


サーバルが楽しそうならいいか、と諦めて頬の汗を拭う。


「で、これがダイミョーギョーレツなんですか?」


サムライに話しかけるが返事が無い・・・

その横顔には汗が伝い、顔面も蒼白していた。


(ま、まさかダイミョーギョーレツはとっても体に負担がかかることなのでは・・・!?)


「ちょ、待って。着地で足痺れた、いやほんとマジで」


「・・・ダイジョーブデスカ」


かばんも、もう本気で心配して損しました感を全く隠していない。


「大丈夫、オケオケ、ほら・・・この触るとじわーんってやつが無くなれば」


「うみゃーっ!」


チョイ


「キエエエエエエエ!」


痺れた足をサーバルにつつかれ、サムライが跳ね上がる様に転げまわる。


「あひっ、あひっ、痺れてるって言ってんござ!」


「みゃー、だって触るなって言われるとつい・・・」


「早くダイミョーギョーレツやってもらっていいですか?」


かばんも呆れ切っているのか、どことなく態度が冷たい。


「キエエエエエエエエエエ!!!」


サムライが急に白目を剥き、半裸のまま側にあった箒を振り回し暴れ回る。


「ダイミョーギョーレツ!ダイミョーギョーレツ!!」


「うみゃあーっ!負けないよー!」


暴れ回るサムライ達と、それに紛れてドタドタ走り回るサーバルを見て、かばんが今日何度目かの溜息をついた。


「さっきのと一緒じゃないですか」


かばんの呟きに、サムライの動きがピタっと止まる。


「だってわかんねーんだもん!サムライとか!しょーがねーじゃん!」


ええ・・・。


「お店ならちゃんとやってくださいよ!」


かばんが大きな声をあげると、サムライは途端に縮こまり・・・


「わかんないんだもん!いきなり連れてこられてサムライやれとか言われても・・・うぅ」


「情緒が、この人、情緒が」






――――――




「ふーっ、楽しかったー!かばんちゃん、また行こうね!」


二人の家に着くなり、サーバルが満面の笑みでそんなことを口にした。


「う、うん・・・そうだね、機会があったら・・・ね」


「沢山歩いたら疲れちゃった!ね、かばんちゃん、おやつにしよーよー」


「さっきあんなに食べたのに?」


と、言いつつもかばんのお腹も小さくクゥと鳴る。


「へっへーん、実はねー」


サーバルが胸元からごそごそと何かを取りだした。


「じゃじゃーん、あたためておいたでござるー」


「もうっ、サーバルちゃんたら・・・ふふ」


他人に影響されやすいサーバルを見てかばんが微笑む。

他者との違いを素直に受け止められること、そしてそれを善意で自ら昇華できること

それは彼女の魅力の一つだ。


「半分こして一緒に食べよ!」


にこにこと笑顔を向けるサーバルを見て思う。


「・・・一緒に行けてよかったね、また行こうね」


「うん!」


ハプニングがあって、ちょっと疲れちゃって・・・

でも、それでもやはり二人でいる時間が一番楽しい。


半分のジャパリまんを一口かじり、二人で小さく笑う。


「やっぱり、二人で食べると美味しいね」


「うん!これからもずっと一緒だよ、かばんちゃん!」






おわり



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