お星様みかん

よみがえる過去・プロローグ

 スペースチルドレン、星々を短いスパンで回る宇宙時代のストリートチルドレン、略してスペチルにとって、密航する船に一般的な旅客船を選ぶのは常識だ。

 高級な豪華客船ほどセキュリティが高くないので、潜り込みやすいし、貨物船だと見つかったときに船員から私刑を受けたり、下手すると宇宙空間に放り出されたりするが、旅客船なら人目もあるうえ『あの会社は子供に非道いことをした』等という悪い噂を嫌って、温情な扱いをするところが多い。しかも時には甘い乗客から『可哀想に……』と食べ物を貰えることもある。

 そんなごくごく一般的な旅客船の一つ、天の川銀河系ペルセウス腕にある、恒星レント系、第四惑星カイナックのラグランジュポイントにあるコロニー群に向かう船に、リーダーであるシュウに連れられ密航したヒデキは客である老夫婦から貰った、みかんを手に倉庫の脇の小さな空き部屋のドアを開けた。

「お兄ちゃん!」

 空調設備の無い、小寒い部屋には毛布を頭から被った、ヒデキの妹、五歳のアカネが一人で宇宙港のゴミ箱から拾った絵本を読んでいる。

「アカネ、良いものを貰ったぞ」

 ヒデキは妹の前に座ると、三日前に船員に見つかり、罰として厨房で、掃除や洗い物をさせられているせいで、白くふやけた手を開いて、みかんを見せた。

「みかん!!」

 毛布を外して、アカネが嬉しそうな声を上げる。絵本を閉じて大切そうに膝の上に置き、爪の伸びた薄汚れた小さな手で、みかんを兄から受け取った。

「綺麗……」

 つるりとしたオレンジ色の皮を頬に当てる。

「アカネね、みかん大好き。この色がね、お星様にそっくりだもん」

 いつかの宇宙船から見た、オレンジに燃える星を思い出したのか、うっとりと笑う。その笑顔に、ヒデキは仕事を抜け出して持ってきて良かったと息をついた。

 後でコック達に叱られたって、殴られたって構わない。まだ働かすには無理だと、たった一人で、この暖房の効かない部屋に押し込められている妹に、とにかく早く大好きなみかんを食べさせてあげたかった。

 ヒデキは薄いオレンジ色の皮に爪をたてた。

 ピリリ……。

 黄色い飛沫のような汁が飛び、周囲に柑橘系の爽やかな酢い匂いが広がる。思わず口に唾液が溜まる。手早く皮を剥くと白い筋を付けたままの実を、妹に丸のまま渡す。この筋だって、いつも食べ物がある保証はないスペチルの彼等には、捨てることの出来ない大事な腹の足しだ。

「お兄ちゃんは?」

「オレはいい。さっき、もう一つ貰ったやつを食べたから」

 勿論嘘だ。本当は口端から唾液がこぼれそうになるのを堪えて、妹に全部渡す。だがアカネはヒデキの嘘を見透かしたように、みかんを半分に割った。

「はい。お兄ちゃんも食べて」

「良いのか?」

「うん。ここは、ご飯ちゃんとくれるもん」

 どう考えても、こんな小さな子供でも満足と言える量ではないのだが、それでも『人道的配慮』とやらで、朝と晩は固形の宇宙食が貰える。それを嬉しいと笑う妹にヒデキはぐっと唇を噛むと、差し出されたみかんを手に取った。

 ここで自分も食べないと、優しい妹は口にしない。

 ぶ厚い筋を付けた房を口に放り込む。むぐむぐと噛むと甘酸っぱい果汁が、口の中で溜まった唾液に混ざり込む。勿論房を包んでいた薄皮も全部、ごくりと音を立てて飲み込むと、アカネはようやく自分も房を分けて、オレンジ色の実を口に入れた。

「甘~い」

 幼児らしい膨らみなどない頬をむくむくと動かし、筋の浮かぶ細い首が鳴ると、アカネはにこにこと笑った。

「甘いな」

 ヒデキも笑い返す。一粒一粒、ゆっくりと惜しむように房を口に入れていく。互いに互いの食べた房の数を確認し、最後の一粒まで分け合って食べる。

「ありがとう、お兄ちゃん。おいしかったよ」

 寒さに青くなっていた頬をうっすらと赤く染めて、アカネはヒデキに微笑んだ。

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