踏み出せない一歩・2

 午後八時半。宇宙駅・神田駅のロビーに何人もの人が集まる。早めに店を閉めた福沢誠也に花江。神林大吾と茂雄、健二とファボス。田中猪吉と英樹。

 ロビーを見回しながら大吾が『KOTETU』のスクリーンを開いているファボスに訊いた。

「本当に宇宙駅で間違いないのか?」

「うん」

 パネルを叩きながらファボスが答える。

「福沢食堂にいた、お客さんがあっちこっちに連絡を取って、秀くんを探してくれたら、駅に向かって歩いていたのを見た人が何人もいたんだ。それで、前田のおじいちゃんにお願いして、商店街の防犯システムを使って、秀くんのことを尋ねたんだけど、そっちでは誰も見てないっていうから……」

 前田のおじいちゃん、前田清輝まえだきよてるは神田商店街の会長を務める。彼に連絡を取って、南地区にある商店街の店々に問い合わせたところ、そちらでは目立つ秀の姿を見た者が無かった。

「多分、この駅の中にいると思うよ」

「今、かおりさんが駅と交渉している」

 茂雄が、ちらりとロビーの端にある駅長室を見る。神田駅前交番に勤める巡査長に、駅の防犯カメラを見せて貰えないか頼んで貰っているのだ。

「ファボはここで香さんの交渉が終わるまで待機、上手くいったら、カメラの映像を調べる。後の者は手分けして秀を探してくれ。捜索場所はファボを通じて指示する。全員バリカのグループ通信で随時連絡を入れるように」

「解った」

「はい」

 福沢家と神林家の面々が散る。猪吉は英樹の頭を撫でた。

「お前はここにいてくれ。こんな夜に子供のお前がうろついていると迷子と勘違いされるからな。ここでファボと大将の手伝いをしていてくれ」

「うん。父さん、秀兄をお願い」

「ああ」

 猪吉が頷き、去っていく。

「英樹」

 茂雄は英樹の両肩に手を置いた。

「辛いだろうが、お前のスペチル時代の記憶を頼りに、秀が行きそうなところを教えてくれんか?」

「はい」

 少し考えて、英樹は指を折りながら答えた。

「よく、オレ達がいたのは……階段に、ロビーの隅の人目につかないソファ。お店とかの影になっている休憩所……それと……」

 ファボスが次々と英樹の言った場所を皆に通信で告げる。

「手遅れになってないと良いが……」

 雨が降ってきたのか、窓に水滴が流れている。ロビーの中央、宇宙船係留場のある外壁へと降りるエレベーターの扉を見て、茂雄は眉をひそめた。



 地下五階。宇宙船の搭乗口がある階の一つ上の階、『神田』に着いた人や、これから他の星やコロニーに行く人々が寄る、飲食店や土産物店のテナントがある通りの、端のトイレの前のベンチに秀は座っていた。

 新しい船が着いたのか、団体客が賑やかな声を上げて歩いている。多分、宇宙駅の階上のホテルに行くのだろう。老夫婦や家族連れが、大きな荷物を抱えてエレベーターの前に立っている。

 それから目を反らして、秀は廊下の突き当たりにある業務用のエレベーターを見た。こういった巨大な宇宙駅には、駅の業務員やテナントの店員の使う業務用のエレベーターも方々に設置されている。それは客が使うエレベーターに対して、警備が緩い。

 あれは貨物船発着場の荷物を置く倉庫に繋がっている……。

 そこから、貨物船乗り場に入り、宇宙船乗り場へ、セキュリティの緩い旅客船に乗り込む。スペチル時代、何度もやった手だ。

 また捨てられるくらいなら、いっそこっちから捨ててしまおう……。

 そう決心して来たのに、何故か秀の身体は、ここから動かなかった。

「……だるい……」

 熱がまた上がってきたのか、背中を這い回る寒気に、膝を抱えて小さくなる。

『ボク? お母さんは?』

 捨てられたとき、あの宇宙港で、シュウは何度も旅行客や係りの人に質問された。

『ここで、待ってなさいって』

『ああ、そう……』

 シュウが答えると声を掛けてくれた人達は、トイレを見て納得して去って行った。

 ……時間稼ぎの為に、トイレの前に捨てていったんだ……。

 しっかり計画し、追われないよう、気付かれないよう策を練って、母と義父は自分を捨てた。

 育てるときは、ほったらかしだったのに……。

 小さく笑って、肩を揺らす。滲む視界に階数を示すランプが瞬くエレベーターが映る。しかし、どうしてもここから、そこへの一歩が出ない。秀は熱い息を吐き出し、膝に頭を埋めた。

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