38 エウレカの昔を知ろう!

 時はエウレカが魔王に就任した直後、人間の年数に換算して28年前にまで遡る。エウレカの見た目はこの時から黒い巻角を有する魔族の姿をしており、白と黒2種類の翼は隠していた。エウレカの出自を詮索されると面倒だからだ。


 当時、魔王の職場である王の間は今より殺風景であった。灰色の石ブロックで作られた床、天井、壁。王の間に存在する、初代魔王に合わせて作られた玉座も灰色。シャンデリアの1つも無く、王の間に彩りはない。


 そんなある日のこと。どこを見ても灰色ばかりの王の間に、変化が起きた。魔王になって2年目のエウレカが、自身より大きな卵を背負って王の間にやってきたのだ。かと思えば卵をそっと玉座に乗せ、部屋の外へ。再び王の間に戻ってきた時、エウレカの手には赤い絨毯と藁の束が抱えられていた。


「おい、エウレカ。その卵、どうしたんだよ?」

「挨拶した際にドラゴンの長に貰った。運良く孵ったら我のペットに、孵らなかったら珍味として楽しむように、とな。よほど孵化しない自信があるのだろう」

「後で変な言いがかりつけられるかもしれねぇぞ? メスドラゴンが生まれてみろ。ドラゴン共が喜んで奪いに来るぜ」

「ならば我が守れるだけ強くなればよい。大丈夫、きっと何とかなるぞ。ドラゴンの長も、メスドラゴンであれ奪うことはしないと言っておった」

「いや、人の話を鵜呑みにすんなよ。上手い話ってのはな、絶対裏があるんだよ」


 当時、王の間にはフェンリルが常駐していた。ケルベロスはまだおらず、魔王軍の数も家事使用人の数も今ほど多くない。フェンリルは数少ない、魔王になる前からエウレカの傍にいる貴重な存在だった。そんなフェンリルが真っ先に気になったのは、エウレカが持ってきた明らかに普通ではない卵だ。


 その卵はハーピーやコカトリスのそれを遥かに凌ぐ大きさだった。色は炎を思わせるオレンジに近い赤色。エウレカが運んできたそれは、ヒビが1つも入っていない綺麗な状態だった。


「のう、フェンリル。王の間にこの絨毯を敷いて、卵は藁の上に乗せるというのはどうだろう?」

「どうした、突然?」

「ドラゴンを迎えるにあたって殺風景であるなと思ってのう。王の間の照明も、どうせならシャンデリアにした方が見栄えが良いかのう」

「だから、なんで急に?」

「……ドラゴンだぞ? 卵とはいえドラゴンだぞ? できるだけ良い環境で育てたいとは思わないか?」


 エウレカはドラゴンの卵を手に入れたことをきっかけに、王の間の内装を変えようとしているらしい。嬉々とした表情で内装について語るエウレカをフェンリルは静かに眺めていた。


「ドラゴンは何を食べるのだろうか。梅干しかのう? 我特製の梅干しは食べてくれるかのう?」

「梅干しは食わねぇだろ」

「じゃあ梅か?」

「いや、漬けてなくても梅は梅だからな。ドラゴンが梅を食べるなんて聞いたことねぇからな。あんなもの好む魔族は稀だぜ?」

「では梅ジュースか? 梅酒か? 梅そうめんか?」

「……とりあえず梅から離れろ、エウレカ。梅を好むのはあんたくらいだ。せめて肉にしとけ。魔族の9割くらいは肉が好きなんだから」


 まだ孵ってもいないのに、エウレカは卵が孵ったらどうするかを考え始めている。ドラゴンが生まれる自信があるのだろうか。不気味なほど穏やかな時間が静かに過ぎていった。





 エウレカが卵を貰ってから約1年の月日が経った頃のこと。灰色の1色だった王の間は赤い絨毯やシャンデリアのおかげで少しだけ華やかになっている。そんな王の間の片隅で異変が起きようとしていた。


 王の間の片隅には、藁で作られた土台の上に赤いドラゴンの卵が置かれている。その卵に今、ヒビが入り始めていた。その様子を食い入るように眺める魔族が1人。


 頭から生えた一対の黒い巻角。赤茶色の髪は頭部の動きに合わせて揺れ動く。卵の前を陣取る魔族――魔王エウレカは、その両手を卵に向かって伸ばそうとしては引っ込めるということを繰り返していた。


 エウレカが手を伸ばすそうか迷っている間にも、卵は少しずつヒビの範囲を広げていく。やがて卵のてっぺんの殻が割れ落ちた。卵に空いた穴からひょっこりと顔を覗かせるは、トカゲに似た顔をした幼いレッドドラゴン。


 ドラゴンは殻を破って外の世界へと飛び出す。全長2メートル程の体が王の間で大きく伸びをした。コウモリのような翼を大きく広げ、赤い瞳がエウレカの方を向く。


「おお、孵ったぞ!」

「か、えった? ママ? パパ?」

「初めまして、だな。我は130代目魔王、エウレカであるぞ!」

「魔王? エウレカ? ……魔王、様?」


 ドラゴンは聡明とされているが、産まれたばかりの幼いドラゴンもその例外ではない。生まれながらにしてある程度の言語を理解し、意思疎通を可能とする。それこそがドラゴンが特別な存在とされる所以でもあるのだが。


「おい、エウレカ。名前どーすんだ?」


 フェンリルの言葉にピクリと体を動かすエウレカ。その顔はレモンを食べたかのようにしかめられていた。名前のことを何も考えていなかったのだろう。思いつく単語をどんどん挙げていく。


「南高」

「いやー」

「白加賀」

「いやー」

「紅加賀」

「いやー」

「では……梅!」

「いやいやいやー」


 エウレカがひねり出した名前はどれも異世界の梅にまつわる言葉ばかり。他に良い名前が浮かばない上に、名付けというのをしたことがなかったためどのようにするのが最適かもわからない。ドラゴンに拒絶されたエウレカはガックリと肩を落とすとうめき声を上げ始めた。


「………………シルクス、はどうだ?」

「しるくす?」

「古代語で『大切な』という意味なのだが……」

「しるくす、いい! シルクス! シルクス!」


 名前に喜びながら炎を吐き出す幼いドラゴン、シルクス。エウレカがダメ元で告げた名前をよほど気に入ったらしい。嬉しさのあまり吐き出した炎はエウレカが羽織っていた黒いマントを一瞬で灰にしてしまった……。

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