第147話 世界樹行きシャトルバスが発車します。

 口の中で時々うごめくことを除けば普通のたこ焼きと変わらなかったダゴン焼きを食べていると、シャトルバスがやっとバス停に到着した。

 遠くに見えていたときに思ったとおり、そのバスはかなり大きく、高さだけでも五メートルくらいはありそうだ。


「でかいなぁ。乗降口も大きいし」

「地球世界のバスと比べるとそうでしょうね。しかしこれくらいの大きさじゃないと巨人族の皆さんが乗ることが出ませんので」

「巨人族? 名前からすると進撃してきそうな感じだけど、あれだとこのサイズのバスでも乗れないんじゃ」

「スペフィシュの巨人族はですね、大きくても身長は五メートルくらいですし、そもそもヴィーガンな方々ですので人類を捕食したりはしませんよ?」


 ヴィーガンの巨人族……菜食だけで巨体とか支えられるんだ。

 まぁ菜食と言ってもこっちの世界での菜食だから、いろいろ俺が思っているのと違う『野菜』があるのかもしれないけれど。


 そんなことを考えていると、バスの乗降口からその巨人族らしき人が出てきた。

 かなり大きなはずのバスの扉を窮屈そうにくぐって出てきた巨人族は、それはもう巨大だった。

 下から見上げると顔が見えないくらい巨大な胸を揺らしながら去っていく姿にしばし呆然とする。

 あの体が菜食のみで作られているとは信じられない思いだが、よく考えたら恐竜時代に一番でかかった恐竜は菜食だったのだ。

 つまり肉食系より草食系のほうが体はでかくなるって事かもしれない。


 よし、俺もこれからは野菜のみで生きよう、

 そうすれば身長も伸びるに違いない。


「田中さん、またおかしなことを考えていらっしゃいますね?」

「巨人族の胸をずっと見つめていたからのう」

「ち、ちがわいっ! 胸じゃなくて全身を見てたのっ」

「ほほう」

「それはそれでどうなのじゃろうな」


 俺は二人からの生暖かい視線に素直に「自分の身長を伸ばす方法を考えていた」とも言えずに耐えるしかなかった。


「そんなお主に残念なお知らせがあるのじゃが」

「なんだよ」


 いたずらっぽく顔を肩の上から覗き込みつつそんな事を言うコノハに、俺は照れ隠しでぶっきらぼうに返事を返す。


「さっきの巨人族じゃが、男じゃぞ」

「えっ」


 そのコノハの言葉を聞いて山田さんが「あっ」と小さく声を上げた。


「いや、だってあんなに大きな胸……」


 俺が遠く歩き去っていく巨人族の背中を見てコノハに食って掛かる。

 巨人族のセミロングの髪が揺れる。


「実はですね」


 山田さんがそんな俺にとんでもないことを教えてくれた。


 スペフィシュの巨人族は男女揃って大きな胸があるのだそうだ。

 実はあの胸は俺たちが思っているものと違い、わかりやすく言えばラクダのコブのような役割をしている器官であるという。


「まじか。一体どんな生態系なんだこの世界」

「そういうわけでお主は男の胸に見とれておったというわけじゃ」


 ゲラゲラと腹を抱えながら笑い出したコノハと呆然とする俺の前を数人の巨人族がバスから降り立ち、大きな胸を揺らしながら歩き去っていく。


「田中さん、そろそろ乗りますよ」


 山田さんがそっと優しく俺の肩に手をのせて、そう言った。

 巨人族を見送っている間に俺たちの乗車番が回ってきていたようだ。

 いろいろと腑に落ちない気持ちのまま、俺の身長の数倍はありそうな乗車口から中に乗り込んだ。



     ♣     ♣     ♣



 バスに入ってすぐの所は巨人族専用スペースのようでかなり高い天井と、かなり大きな椅子が並んでいた。

 吉田さんの世界に行った時には完全に逆ガリバー旅行記気分だったが、この世界の巨人族はあの世界に比べれば小人と言っていいサイズだ。

 それでも俺から見れば巨大なのは変わりないけれど。


「田中さん、私達の席はこの上ですよ」


 俺が周りをキョロキョロみながら立ち止まっていると、先を歩いていた山田さんが階段の前で呼んでいた。

 山田さんの後ろに普通サイズの階段と、その隣に巨人族用と思われる大きめの階段がならんでいるのが見える。

 後から聞いたところによると、このバスは上部が開放されていて、巨人族用の階段はそこに登るために設置されているらしい。


 バスの二階に上がると、昔乗ったことのある二階建て電車のように二人がけのシートが左右にズラッと並んでいる部屋に出た。

 前方を見やると、一番先頭から前の景色も見ることが出来るようになっているようで、獣人族の子どもが数人その窓から外を見てキャッキャと楽しそうにしている。

 ああいった席は子どもたちに人気だよなと思いつつ俺たちは空いている席に座った。

 自然に窓側の席を譲ってくれる山田さんのイケメンさにもすでに慣れきってしまっている俺は、窓から見える今から向かう世界樹を眺める。


「あそこに木之花咲耶姫様がいる……というよりあの世界樹自体が彼女なんだよなぁ」


 俺は転移者の里で出会ったあの妙ちきりんな世界樹ことを思い出しながら、あの彼女と目の前の雄大な姿とのギャップに戸惑う。


『只今から世界樹行きシャトルバス発車いたします。発車時には少し揺れますので席に付いてシートベルトをお締めくださいますようお願いいたします』


 やがて車内にそんなアナウンスが響き渡り、バスの出発が告げられた。

 俺は慌ててシートベルトを着けると「そんなに揺れるの?」と隣でコノハを胸ポケットに固定しようと四苦八苦している山田さんに聞いてみる。


「そうですね、最初の数分くらいは少し揺れてGもかかりますから、巡航速度に落ち着くまではシートベルトは外さないでくださいね」

「巡航速度……G……」


 いつも通り嫌な予感しかしない!!


 そうこうしているうちにもバスはゆっくりと動き出し、やがて先ほどバスが下ってきた長い長い世界樹までの一本道の方へ頭を向けた。


『それでは世界樹行きシャトルバス、発車いたします。発進時の加速にご注意ください』


 そんなアナウンスが終わると同時に何やらカウントダウンが始まる。


『5……4……3……』


「えっ、ちょっともしかしてこれって」


『2……1……』


「田中さん、喋っていると舌をかみますよ」

「いやいやいやい――」


『GO!!』


 直後、シャトルバスの後方から何か爆発したかのような音が聞こえたかと思うと、体に一気にGがかかる。


 まさか打ち出されるとか、シャトルはシャトルでもこれじゃスペースシャトルだよ! って上手いこと言ってる場合かっ!


「あばばばばばば」

「わはははははは」


 俺の声にならない叫びにコノハの脳天気な笑い声が重なる。

 体にかかる圧力に必死に対抗しながら周りに目を向けると、他の席に付いている乗客は皆慣れたように慌てることもなく座席で目を瞑りながら加速が落ち着くのを待っている様子だった。


 なんなのこの世界。色々おかしいだろうがっ。


 そんな言葉にならない言葉を、道の先から徐々に迫りくる世界樹の姿を見ながら俺は飲み込むしかなかったのだった。


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