第93話 レベルアップは突然に……です。
部屋に荷物を置いて、窓から見える景色にきゃいきゃい騒ぐミユとコノハを落ち着かせてから俺達はホテルを出て、まずは観光に出る事にした。
といっても今日はもう時間的にも有名な内宮まで行くのは難しいとのことなので、それは明日の大晦日に回すとして、今日はホテルから近い伊勢神宮の外宮に向かうことにした。
ホテルのロビーで高橋さんと落ち合いもう一度駅に戻る。
高橋さんの体調も部屋で少し休んだおかげか何時もの調子に戻っていた。
駅までいったん戻ったのには理由があって、やはり駅前の鳥居をくぐってこそ外宮観光のスタートだろうとみんなの意見が合致したからだ。
鳥居をくぐる人たちを見ていると、全員ではないものの、時々くぐる前に一礼してから歩きだす人を見かける。
「神社の鳥居をくぐる時はまず一礼してから左よりを通るのが正しいマナーなんですよ」
俺の聞きたいことを先回りして山田さんが何処で覚えたのかわからないうんちくを垂れる。
たしか鳥居や参道の真ん中は神様が通る場所だからそこは開けるというのは聞いたことが有ったけど左側限定とは知らなかった。
「あと、きちんと鳥居の中をくぐることですかね。偶に神様に失礼だからとかで鳥居の外を回り込むというおかしな事を言ってる人が居ますが嘘ですから。そもそも鳥居の外側が通れない神社もありますし」
たしかにそんなのもネットで見かけた気がするな。
なんというか行き過ぎた人なんだろうなそう言う極論を言う人達って。
俺が山田さんのうんちくに感心していると更に彼は話を続ける。
「しかしですね、面白いことに伊勢神宮の『内宮』だけは逆に右側を進むのですが……」
「ストップ! ストップ! うんちく披露はそれくらいで」
俺は延々と続きそうな山田さんの説明を強制的に止めさせた。
このまま放っておいたら何時までたっても鳥居をくぐることすらできそうにない。
「そうですか? ここからが面白いところなのに」
俺の強制停止に対して山田さんは不満そうにするがそれ以上はあとでググって調べればいいだけなので基本的な部分だけ教えてもらえれば結構なのだ。
「さぁ、さっさと行くよ」
「ですです」
「いくのじゃー」
「観光するのー」
山田さん以外の全員が意見一致の上歩きだす。
まずは最初の鳥居の前で軽く一礼し、鳥居の左寄りをくぐる。
両肩の上でミユとコノハも同じように一礼していたのが可愛らしい。
「よし!いくぞっ」
と思ったら目の前の信号が赤だった……。
この伊勢市駅前鳥居は目の前に横断歩道が有るのだ。
横断した先でなく、その手前にあるという所が微妙に出鼻をくじかせる感じがする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
信号が変わって道を渡ると結構真新しい木造づくりの建物が左右に並ぶ外宮参道の入り口となる。
とりあえず俺たちは山田さんに先導されて渡ってすぐ右側に最近できたらしい参道テラスとかいうお店に入ることにした。
外から見える位置には数台、かなり芸術作品みたいな水出しコーヒー機が置いてある。
飾りではないみたいで、そのうちの一つが稼働中で、ポタリポタリとコーヒーを生産中だ。
「注文は私がしておきますから皆さんは席を確保しておいてください」
俺とミユ、コノハの三人が物珍しげに水出しコーヒー機を見ていると山田さんにそう言われ、彼に続いて店の中に入る。
店の中は縦に長い作りになっていて、駅側がガラス張りで外が見えるようになっていた。
注文方式は席でするのではなくレジで注文して商品を受け取ってから席に持っていくセルフサービス形式のようで、山田さんはそのまま数人先に並んでいた人の後ろへ並ぶ。
山田さん以外のメンツはそのまま店の奥の方に歩いていって席を確保して暫く待つことにした。
ほどなくして山田さんが大きめのトレイに色々のせてやって来た。
「この時期限定の新春スイーツプレートとかいうのが会ったので頼んでみました。田中さん達には伊勢の和紅茶、私と高橋さんは特選水出しコーヒーです」
「へー、紅茶って日本でも作ってたんだ」
普通スーパーで売っている紅茶といえば海外産ばかりなので知らなかった。
「ええ、最近では結構紅茶を作るところも増えてきたんですよ」
山田さんのうんちくがまた始まりそうだったので俺は無理やり話題を変える。
「このプレートのマカロンは真珠イメージしてるのかな?」
特製プレートの上に二つ紅白のマカロンが並んでいるのだが、それぞれ真珠をイメージした丸い玉がちょこんとひっついているのだ。
「そうみたいですね、正確には伊勢市ではなく隣の鳥羽市が世界で初めて真珠の養殖に成功した事で有名ですね。真珠島というものもあるらしいですよ」
「へー、鳥羽と言えば水族館しか知らなかったよ。グソクムシとかジュゴンとか」
俺と山田さんがそんな話をしていると突然俺の目の前の机の上にコノハとミユが現れた。
コノハの光学迷彩スキルによって、最近は俺達だけにミユも含めて見えるように光の屈折率をいじれるようになったので人前でも姿を表わすことが出来るのだ。
コノハさん流石なにげにハイスペックだね。
「お父さん、これ食べたいのー」
「のじゃー。と言っても我は食べれないのじゃが……」
「ですです、早く食べたいですです」
腹ペコ三人娘の勢いにおされ俺は三人それぞれに食べたい物を聞いてみる。
「ミユはこの白いマカロンー」
「我は赤い方なのじゃー。でも食べられないのじゃー」
「じゃあ私はこのカステラを」
とりあえずカステラと白いマカロンをそれぞれ横にどけて残りを俺と山田さんで食べることにする。
「コノハの分は俺がじっくり味わってあげるから安心しろ」
「ぐぬぬなのじゃー。タカハシぃー何時かはきっと憑依体のまま物が食べれるようにするのじゃー」
そんなコノハの無茶振りに高橋さんはスルーを決めると思っていたが……。
「一応研究はしているですです」
と、予想外な返事をした。
一体どうやって憑依体から本体へ物を転送するというのだろうか?
俺は背中に背負っていたリュックを机の上において中からミユを取り出す。
机の上にいきなり盆栽を取り出した俺に周りの客が一瞬ぎょっとした顔をするが、ミニ世界樹自体はケースに入っているので中の土がバラけるようなこともないので安心して欲しい。
たしかに盆栽背負ってお伊勢参りするような人間は珍しいだろうけどできればそっとしておいて欲しい。
俺は周りの奇異の目が少し落ち着いたのを見計らうとまずはマカロンをそっとケース上部の吸収口へ置く。
「甘くて美味しいのー」
憑依体ミユが目を細めて美味しそうな笑顔を俺に見せる。
「ぐぬぬ。美味しそうなのじゃー」
コノハが悔しそうにしているのを横目に俺達は残りのスイーツを食べていった。
「さて、最後にミユに紅茶を飲ませてから次に行く?」
「そうですね、コーヒーや紅茶はそのままテイクアウトしてもいいと思うので持って行きましょうか」
「了解。それじゃミユ、紅茶入れるよ」
「はいなの」
ミユのケース上部にそっと少しぬるくなった紅茶を流し込んでいく。
「美味しいのー」
紅茶がすべてケースの中に流れ込むまで俺達は嬉しそうなミユを皆が見ていた。
「さて、それでは行きますか」
俺達が店を出るために椅子から立ち上がったその時であった。
ちゃらららちゃらららちゃららららー♪
「この音は!?」
「まさか!?」
「こんなところでですです!?」
「「「レベルアップした!?」」」
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