第91話 目指すは転移者の里です。

「この世界に飛ばされてきた同胞?」



 俺はその言葉の意味を確かめるべく山田さんの方を見る。


 彼はコノハの方へ一度目線を向けると、さきほど俺にだけ見せた表情など無かったかのように、いつもの無責任なドヤ顔で「説明するが良いのじゃ」と無駄に偉そうに答えた彼女の言葉を継ぐように話し始める。



「田中さんも御存知の通り、バリアシステムが稼働する前までは世界樹を失っている様々な世界と私達の世界『スペフィシュ』は何度も衝突事故を起こしていました。そして稀にですが事故によって開いた世界間の穴によってそれぞれの世界の人たちが、それぞれの世界へ飛ばされてしまうという事例も起こりました」


「その事故に巻き込まれた人たちがまだ?」


「ええ、我々はこの世界の生物と違い、長命な種族が多く存在しますので。それに……」


「それに?」



 山田さんは何故か一瞬言葉をつまらせ、少し瞑目した後言葉を続けた。



「我々の世界の様に世界樹が存在する世界の住人は、異世界に飛ばされたとしても生まれながらに世界樹様の加護が与えられていますので、異なった魔素による侵食を防ぐことが出来るのです」



 世界樹の加護。そう言えば俺が吉田さんの世界へ飛ばされた時にもミユの加護のおかげで無事かえるまで問題なく過ごせたと聞いた覚えがある。


 山田さんたちの世界の様に、世界樹が存在する世界の住民には、その世界の世界樹が生まれながらにして加護を与えてくれる。


 それによって別世界の別の魔素にさらされても生きていけるという事らしい。



「本来はたとえ加護を受けていると言っても、他の世界の魔素に長年晒され続けていれば、その加護もいずれ効力を失うのです。特に我々のような長命種の場合は寿命をまっとうする前に魔素の侵食により命を落とす事になるでしょう」


「魔素の侵食ってそんなに危険なの?」



 俺は山田さんのその不穏な言葉につい聞き返さずにはいられなかった。


 何故なら山田さんが言うことが真実だとすると現在進行形で山田さんや高橋さん、ユグドラシルカンパニーの人たちはその危険を背負ってこの場にいるという事になる。


 加護が効力を発揮している間は大丈夫だと言っても心配になるのは仕方がないことだと思う。


 山田さんは俺のそんな心を読んだかのように優しくいつものイケメンスマイルとは違う柔らかな笑顔を俺に向けて答える。



「私達のことを心配してくださっているのですね。田中さんは本当に優しい人ですね」



 その山田さんの言葉にこの場にいる三人が三者三様な反応を見せる。



「うん、お父さんは世界で一番優しいの」


「ワシはそれには同意しかねるのじゃー。いっつもいっつも田中はワシにだけは厳しいのじゃー」


「ですです、コノハちゃんと私にだけは厳しすぎるとおもうですです。ミユちゃんに対する態度とは雲泥の差ですです!」



 後でミユ以外の二人には「もうやめてください~」と許しを請うまでおもいっきり『優しく』してあげよう。


 世に云う可愛がりというやつだな。


 

「この世界でならまだ大丈夫ですよ」



 山田さんの言葉に二人を『どう優しくしてやろうか』と考え込み始めた俺の意識が呼び戻される。



「そうなの?」


「前にお伝えさせていただいたと思うのですが、この世界は世界樹を失ってからかなりの年月が過ぎています」


「たしか吉田さんやスズキさんの世界と比べてもこの世界の世界樹がなくなったのはかなり昔だって言ってたね」


「ええ、その結果魔素に依存する魔法やスキルといった物がなくなって行き、結果として他の世界にはない方向性で発展を遂げたのがこの世界です」


「そう言えばそんな事を聞いたような」


「結果として、この世界にはそもそも他の世界の住民を侵食する『魔素』自体ほぼ存在していなかったわけです」



 そして、そのおかげでこの世界に飛ばされて来た異世界の人たちは、通常なら起こり得る異世界の違う魔素の侵食を受けること無く生きることが出来たのだろう。


 じゃあ、逆にこの世界から異世界に飛ばされた人たちは?


 もし俺がミユという世界樹の加護を受けていないまま吉田さんの世界へ飛ばされていたとしたら?



 パンッ。



 俺のそんな思考は山田さんが手を打ち鳴らしたその音で打ち切られた。



「というわけで、この世界には元々私達ユグドラシルカンパニーが転送装置でやってくる前から飛ばされてきていた同胞が何人も住み着いているのです」


「それでじゃ、ワシは山田からその話を聞いて以来彼ら同胞に一度会いたいとずっと思っておったのじゃー」



 確かにスペフィシュの世界樹であるコノハからすれば我が子同然の人たちなのだから会いたいと思うのは自然なことなのかもしれない。


 そして先程少しだけ見せた表情。


 多分この世界へ、願ったわけでもなく無理やり飛ばされる様な『事故』を自らの力で防げなかったことを悔いているのかもしれない。


 まぁ、いつもの能天気さを見ていると考えすぎかもしれないけれども。



「実は今回の『旅行』ですが、コノハさんの希望だけではなく、ちょうど我々ユグドラシルカンパニーとしても近々異世界転移者の里へ出向く必要もあったんですよ」


「異世界転移者の里? 異世界からやってきた人たちの里があるの?」



 俺は山田さんから初めて耳にするその言葉に驚いた声を上げてしまった。


 何故なら『里』というからにはかなりの人数この世界に『跳ばされて』来た人達がいるということだからだ。


 自分のイメージだと、この世界に居ても数人程度で、それぞれ世界中でバラバラに生活しているものだと思い込んでいたから。



「ありますよ、世界中で数ヶ所存在します。といっても住人全てが異世界人というわけでもありません。この世界にやってきた異世界人とこの世界の人との間で出来た家族の子孫が一番多いですね」


「異世界人同士で子供ができるの!?」


「ええ、もちろん。とは言っても全てが全てというわけではありませんが」



 確かに山田さんや高橋さんのような『ヒトガタ』種族だったら問題はなさそうだけど、人外な種族とでも子供はできるのだろうか。


 例えば前に会ったシュキュラ族のキュラさんとか。


 下半身が完全にタコかイカだったんだけど……。



「そういうことで先日からコノハさんと一緒にユグドラシルカンパニーで行き先を検討していたのです」


「検討したのじゃー」



 できれば検討する前に一言相談して欲しかったよ。



「検討ったって、世界中でもそんなに数は無いんでしょ?」


「ですね、日本では二箇所ほどしかありません」


「何処と何処なの?」



 山田さんはそれに答える前に懐からいつもの手帳を取り出して、その中に折りたたんで挟んであった紙を取り出すとちゃぶ台の上に広げる。


 それは簡易的な日本地図だった。


 そして、その地図には幾つか青い『○』マークが描かれている。


 ただ二箇所だけ青い『○』ではなく赤い『◎』が描かれた場所があった。


 多分その二箇所が里の場所なのだろうとは先程までの話から想像できる。


 じゃあ青い方は?



「この地図は日本にいらっしゃる転移者様たちの所在地を記した地図です。社外秘なので写真撮影等はご遠慮くださいね」



 山田さんがいたずらっぽい笑みでそう言ってから赤い二重丸を指差す。


 この場所は鳥取か島根あたりかな?



「まず一つはここ『出雲』にあります」



 出雲か。


 出雲といえば出雲大社で有名な場所というイメージだ。


 たしか所在地は島根県か。


 神無月ってのは日本中の神様が出雲大社に出かけるから神無月って言われてて、その間出雲だけ神在月になるとかだっけ?


 うろおぼえすぎるから後でインターネッツで調べてみよう。



「そしてもう一つ。今回の旅行の目的地はこちら」



 山田さんは出雲を指差していた手をススッとその地図の右下方向へ移動させ、もう一つの赤い二重丸を指差す。



「ここはもしかして」



 先程の里が出雲大社のある出雲だったから少し予想はしていたけども。



「ここが今回の旅の目的地。もう一つの転移者の里がある場所です」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る