クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)合宿四日目 ③
「あら、結構早かったわね。15分くらいしか経ってないわよ。」
『早上がりですね。』
陸に戻れば、二人は平然とした態度でそんなことを言ってきた。
やはり彼女たちが覗きをしていたというのは僕の勘違いだったようだ。覗きの対象に対してこんなに白々しい態度が取れるはずもない。
僕はホッと息をついた。
すると、部長のでかいボストンバックのチャックが中途半端に開いているのが目に留まった。
そこから双眼鏡が外へとはみ出ているのが見えてしまった。……被害妄想じゃなかったのか。
隅田さんはムッツリスケベ疑惑が浮上していたが、まさか部長もムッツリだったとは。
下半身は常に海水の中だったので、ブツは見られてはいないとは思うのだが、二人に覗かれていたと思うと顔が熱くなって、鼻が痒くなってくる。
「足や手がふやけるのが嫌いなんですよ。だからプールだとか海に入ってキャッキャと騒いで楽しむっていうのが理解できませんし。」
覗いてた方もバレたら恥ずかしくなるだろうし、そうなると僕はもっと恥ずかしくなる自信があった。なので気づかれたことに気づかれないように、僕も二人を見習って平然を装った。顔の赤みはただの日焼けだから。
「プールや海が悪いわけではないけれど、人にも好き嫌いがあるものね。ちなみに私も海やプールは嫌い派よ。」
『同意です。』
そういえばこんなに近くに海があるというのに初日から誰も泳いだりしていないことを思い出した。
そもそもが家にどっしりと腰を据えた引きこもり共の集まりなのだ。海どころか休日はろくに外にも出ない。
二人が泳がないということ。それはつまり水着を拝めないということである。
二人とも水着とか買わなそうだから、中学なんかで使っていた学校指定のスク水を拝めたかもしれないというのに。残念である。
「特にプールはあの独特な匂いが受け付けないのよね。なんなのかしら。消毒用の塩素の匂いなのかしらね。」
『私、小学生のプールの授業の時は、水の中に沈んでる塩素のタブレット? みたいなのを潜水して何個集められるかとかして遊んでました。』
「ど、独特な遊びだね。手づかみで集めてたの?」
隅田さんは僕の質問に頷いた。
隅田さんの謎の遊びの対象が、クラスで流行っていたとかじゃなく、「私」という名詞を使うところから、おそらく一人で遊んでいたんだろうことが伺えた。
そういう僕もプールの授業では、一人でプールの端をぐるぐると繰り返し周って、人力流れるプールを作ろうと無駄な努力を重ねていた。
共にプールを周ってくれるような人材、つまり友達が欲しいと渇望したのはこの時が最初で最後だった。
中学からはむしろ孤独がカッコ良いと思っていたくらいだ。思い込んでいたと言った方が正しいかもしれない。
「潜水っていえば、よくサバイバル物のテレビ番組なんかだと魚をモリで突いて獲ったりしてるわよね。」
部長の言葉に、頭の中では無人島で0円生活をするテレビ番組が流れ出した。
『獲ったどー! 』
隅田さんが握り拳を天に突き出した。どうやら同じテレビ番組を思い浮かべたらしい。
「サバイバルの本に、尖った返しのついた槍と、ゴムさえあれば作れるって書いてありましたけど。槍は木を尖らせれば良いとしても、ゴムがないですからね。」
「私のヘアゴムじゃ無理かしらね。そこまで伸びてくれそうにないし。」
部長は、僕の前で一度も使用したことがないヘアゴムを手首から外すと、ビヨンビヨンと引っ張って伸ばした。
「部長、ヘアゴムとか持ってるんですね。」
「まぁ?女子力高いですから?」
ドヤ顔をしてヘアゴムを見せつけてきた。
「その割には髪結んでるところ見たことありませんけど。」
部長はいつもロングストレートだ。動くたびにそのさらっさらの髪を揺らしては、光の粒子を周囲にばらまいている。
「何言ってるのよ。実際に一回も結んだことないから当たり前じゃない。」
「なんでヘアゴム持ってるんですか……。」
『それって意味無くないですか……?』
「べ、別に持ってようが持ってなかろうが私の勝手じゃない。それにほら!突発的にポニーテールだとかツインテールにしたくなる時があるかもしれないじゃないの!」
それは一体どんな時なのか。僕と隅田さんに白い目を向けられた部長は逆ギレし出した。
「備えあれば憂いなしって言うでしょ!?……それにヘアゴム持ってるとなんとなく女子力プラスされる感じするし。」
多分最期の小声かつ早口で言ったのが本音だ。
『多分女子力はそんな「ぼうぎょ」だとか「こうげき」みたいに装備で増えるわけじゃないと思いますけど。』
少なくとも部長より高く、そして全国の女子高生のなかでは底辺に近い女子力を持つ隅田さんがぐぅ正論を部長に突きつける。
別に本件と何ら関係はないのだけど、急にどんぐりの背比べということわざを思い出した。
「ングググ。でも絆創膏持ってる女子って女子力高いって言うし、やっぱり装備は関係してるのよ!」
『多分それは誰かが怪我した際に手当てが出来るよう備えておくという優しい心、つまり内面が女子力が高いと評価されるのであって、絆創膏を持つこと自体が女子力をUPさせるわけじゃないと思います。』
「ぐぅ。」
諦め悪くワンワンと負け犬の遠吠えをし始めた部長に隅田さんが正論の刃でトドメを刺した。
そもそも女子力の高い人は女子力という言葉を使わないということになぜ気づかないのか。
女子力とは心と行動のありようであって、うわべだけを真似したところで身につくものではないのだ。それはただの猿真似というやつである。
その後不貞腐れた部長は、隅田さんによってダメ出しされまくった髪型をお団子やポニテやツインテにチェンジさせられたことで機嫌を戻した。「有効活用すれば文句ないでしょう!?」とドヤ顔をして髪型をチェンジする度に感想を求められた。
むかつくので貶したいものの、顔は美少女なのでどんな髪型でも大概合う。なので悔しいことに「可愛いです。」「似合ってます」「綺麗です」と高評価をしまくることになってしまった。
隅田さん自身は『恥ずか死ぬので無理です。』と顔を真っ赤にして自分の髪型は変えてくれなかった。
部長が髪型を変えられる技術があれば無理やり隅田さんの髪をこねくり回したのかもしれないのに。非常に残念である。
覗きはしなかったけれど、今日は良い目の保養ができた日だった。
合宿四日目、終了。
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