ヤバそうな入部希望者について①
5人以上という比較的緩い条件。それが大まかな新しい部活動申請の条件だ。
では僕たちはどうだろうか?人数は僕と部長の二人のみ。部活動化するには絶望的ともいえる数字だ。
しかし本日、そんななんちゃって部に一筋の光が差し込んだ。
美術準備室で、僕はそれはもう驚いていた。多分美少女が空から降ってくるよりも驚いた。
なんてったて、部屋の隅に入部希望者が居たのだから。
いつからそこに立っていたのか、いつのまにか 部屋の隅っこにぽつんと彼女は居た。
そして、キャンパスノートを抱えていて、開いたページにはデカデカと『入部希望です!』と書かれていた。この中途半端な時期に?
うん。その時点で既に不可解なのだが、前提として僕が扉を開いた時、この部屋は鍵が掛かっていた。
彼女はどうやってこの部屋に入ったのだろうか。
この部屋の鍵は基本的にいつも閉まっている。
そして鍵はさっき僕が職員室から取ってきたのだから、その前に鍵が開いていた筈はない。なんせ鍵がなければ扉は開けられないのだ。
そういえば、テレビで壁に体当たりをして、壁をすり抜けられる可能性はゼロではないらしい。
彼女もそんな感じで頑張ったのかもしれない。いや、先生にマスターキーで開けてもらったのかもしれないけど。
「あーそれは物好きな。ていうか鍵閉まってなかった?どうやって入ったの?」
彼女の上履きを確認すると、緑のラインが入っていた。
この学校では、上履きのラインの色は学年の違いを表している。1年生は緑、2年生は青、三年生は赤だ。
つまり彼女は僕も同級生ということだ。
ということで僕は思い切ってタメ口をきいてみた。
僕の言葉に彼女はあわあわと慌てた様子でキャンパスに文字を書き始めた。
顔半分ほどまで前髪で隠れていて、表情は伺えない。
書いたページが僕の方に向けられた。
『職員室って入るの恥ずかしいじゃないですか?』
「うん?そうだね。」
一体何の話なのか分からないがとりあえず納得しておいた。
関係はないのだが、字は読みやすい良い字だった。止めや払いがはっきりしているし、もしかしたら習字でも習ったことがあるのかもしれない。
僕が返事をすると彼女はまたキャンパスノートに文字を書き始めた。
何故口で話さないのか。もしかしたらそういった障がいを持った人かもしれないので突っ込みにくい。
こんな時部長が居れば、空気を読めないあの人のことなので躊躇なく踏み込んでくれるのだけど、あいにくと今日は数学の補習で来るのが遅れるらしい。
部長はテストの点数も低いタイプのバカなのだ。
『だから鍵を借りるって話が言い出しにくくて、仕方ないのでピッキングしたんです。ダメでしたか?』
ダメですね。ギルティですね。彼女は髪に差し込まれているヘヤピンを指で指し示している。
犯行動機、職員室に入るのが恥ずかしかったから。
まず仕方ないという言葉の使い方を調べると良いと思う。
正直こんな部に入部を希望する時点でどうせまともな人間ではないだろうと思っていたのだが、予想通りのヤバい奴がきたようだ。
「うぅん。バレなきゃ良いと思うよ。黙っとこう。けどもう2度としないでくれると助かるかな。」
問題が起きて美術準備室か使えなくなったら僕たち読書部は路頭に迷うことになる。
彼女はこくんと頷いた。
「とりあえず座りなよ。」
僕がいつもは部長が座っている向かいの席を指し示すと、彼女はいそいそと歩いて来て、ストンと椅子に座った。
これはあれだ。話すことがない。
多分同じクラスではないし、そもそも同じクラスの人々の顔も覚えてないし。
彼女も気まずさに耐えかねているのか、しきりにモジモジと身体を動かしている。
「えっと。自己紹介とか……しとく?」
『あ、大丈夫です。5組の停学の人ですよね。部長さん共々有名ですので。私は3組の隅田です。』
案の定手書きの回答だったのだが、内容が予想外だった。
「うん。隅田さん。間違っては無いんだけど……。」
僕は口ごもった。間違っては無いのだ。
入学早々の春、僕はある事件を起こして停学処分になっている。のだが、正直黒歴史だから突っ込まれると死にたくなるのだ。
「ところでその会話方法は何か理由があったり?」
黒歴史に触れられたついでに、彼女の地雷っぽいところにも触れ返しておくことにした。
彼女がびくんと反応したことで若干の罪悪感が芽生えたが、これでおあいこということにした。
『なんか私の声って変みたいで、笑われるから喋らないんです。』
「へぇ、そうなんだ。」
声が変。どんな感じなんだろう。すごく気になる。
顔を伏せてプルプル震える彼女には悪いが、僕はそう思ってしまった。
どうでも良いが、僕は部長に声を出す以前に顔が変と言われて真顔を大爆笑されたことがあるのだが、そのことを思い出してしまった。
しかし、笑わせたら声が漏れたりしないだろうか?
もしくは驚かせるとか。
僕が思考を巡らせていると、ノートには新たなページが開かれていて、彼女がブンブン指で文字を指し示していた。
『この部って学校の腫れ物達の掃きだめみたいなものだって聴いたので来てみました。あってますか?』
彼女は平然と毒を吐いてきた。
果たして誰に聞いたんだろうか。とりあえず僕にはそんなふざけたことを彼女に吹き込んだ人物を一発ぶん殴る権利があると思う。
『私も学校だとボッチで。』
「私も」という言葉で僕らまで同属に換算するのはやめてくれ無いだろうか。
いや部長はまごう事なきボッチ。むしろボッチクイーンとか何かしらの不名誉な称号を持っていてもおかしくないぐらいのハブられ加減だが僕は違う……と思いたい。
確かに部長や渡辺さん以外と学校で人と話すことはほとんどないが。
もしかしたら入学して新学期早々停学になったヤベー奴という噂が一人歩きして、僕をボッチに仕立て上げているのかもしれない。
非常に不本意だ。
「あの。どうでも良いんだけどなんでスマホとか使わないの?」
会話のたびに手書きで返答していたら腱鞘炎になりそうだ。
スマホを使えばフリックで済むし、文字を読み上げ機能もあるだろうから便利だろうに。
あえて茨の道を突き進むのは何故だろうか。
『学校でスマホ使っちゃダメですよね?』
そう書かれたページを見せて、こてんと頭を斜めに傾ける彼女は思った以上の良い子かもしれない。
授業中ですら教室内で協力プレイのゲームやラインなんかをやって授業内容はうわの空、なんて悪い子ちゃんは大勢いるのだが。
彼女の様なピュアで天使な良い子ちゃんにはそんなクズ共の発想は浮かばなかったのだろう。
「うん。そうだね。授業中にスマホを弄るなんてのは確かに腐ったゴミクズ行為だよ。でも休み時間や放課後は流石に先生達も見逃してくれるみたいだよ。」
我が校では原則的に携帯電話の使用は禁止だが、休み時間、放課後は教師も黙認してくれている。
なんてことを、授業の時間を教師の目を盗んでソシャゲの周回に当てている自分を棚に上げて偉そうに言ってみた。
その事を知った時の彼女は魂が抜けた様に口がポカンと開いていた。
腕がだらんと重力に従って垂れている。
やらなくても良いことをバカみたいにやってきたと気付いて、凄まじい徒労感に苛まれていることだろう。
普通の人間ならばそんなこと先生か友達が教えてくれる。
しかし友達が居ないとそんなしょうもないことも教えてもらえないので、わからないままだったりするのだ。彼女も同じだろう。
もし友達がいれば僕と同じことを言った人が何人も居たはずだ。
友達が居ないとノートを取っていない時や学校を休んだ時などそれなりに不便なのだ。
人付き合いなど面倒だと思っていたとしても、友達は一応作っておくことをお勧めする。
外野から眺めていてもノートを貸してもらえたり宿題を写させてもらえたりと便利そうだ。
都合の良い道具ぐらいの気持ちで作っておけば良いのではないだろうか。
「ところでなんでこんな同好会に?」
自分でもこんなって言っちゃうぐらいにくだらない活動しかしていないし、彼女も良くここに辿り着いたものだ。
彼女は鞄の中をゴソゴソ漁ってスマホを取り出した。
電源ボタンを親指で長押ししている。
きっちり学校では電源を切っているらしい。天然記念物並みの真面目ちゃんだ。
うまく電源が入らないようでおろおろし出した。そして結局キャンバスノートに書き込みはじめる。
しかし、途中で手が止まってしまった。
何だろうと立ち上がってノートを覗き見てみると、
『美術準備室には腫れ物が集まってるって聴いて。私も腫れ物扱いで、クラスの人はみんな私のこと避けて。そんな人達がいると思うと部活も入れなくて。でもやっぱり』
で止まっていた。でもやっぱり?
「あ。消しゴムとか忘れた?貸そうか?」
と聞くと彼女は頭をブンブンとすっぽ抜ける勢いで横に振った。
ハズレか。なんか悔しいな。
しばらく見ていると、彼女はパンパンと強めに自分の頰に平手打ちし始めた。
そしてまたペンを取って、ノートに続きを書き始めた。
そこには、『一緒に話をするような友達が欲しいんです。』と荒れた字で書かれていた。
なんて出来た人間だろうか。
この子はまだ間に合う。こんな出来損ないの掃き溜めに来ていいような人間ではない。こんな場所では彼女が腐っていってしまうだけだ。
例えばとなりの美術部なんかを勧めてみよう。
僕たちのような腫れ物にもそれなりに優しく接してくれる人達ばかりだ。
「あの、入部の件なんだけどやっぱり」
「入部!今入部って聴こえたんだけど!」
その時に奴が来た。
扉が勢いよく開かれて、部長があらわれた。
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