其の六十五 ピースオブマインド
全ては、妻と娘を愛したがゆえに……。
一連の出来事の真相が、一人の男の愛の深さ、そして歪んだ愛の形によって引き起こされたことだと知って、十郎太もカタリナも言葉にならなかった。
事の真相を語り始めたのはボルザックからであった。
始まりは、約半年程前に遡る。
北の最果て、エルデナーク領内にある封印の地。そこに施された封印の壁が効力を失い始めていることが発端であった。
稀に発生する結界壁の綻びを摺り抜けて、スティマータがこちらへやってきている。その現状を調査する為に、レオンハルトと共に封印の地に向かったのが、キャロルティナの父、トーマス・ベルデ・グリフォンであった。
調査を進めスティマータを駆除し、その生態について調べる内に、トーマスの中ではある考えが芽生え始めていたと言うのだ。
「トーマスの妻であったリリーティアナはワシの妹でな、よく笑う気立てのよい娘であった」
十郎太もカタリナも黙ってその話を聞いている。
レオンハルト達も、同じようにして皆黙り込んでいた。
「あれが病に臥せるようになったのが今からもう一年前のことだ。必ず良くなるからと、キャロルティナにも言い聞かせてはいたが、リリーティアナの容体は悪化の一途を辿っていた時のことだった」
ボルザックがそこで言葉を詰まらせると、今度はレオンハルトが代わり話を続けた。
「ジューロータ殿、貴殿も
「ああ、ちっとやそっと斬ったくらいじゃ死ぬどころか止まりもしねえ」
「グリフォン卿はそこに目を付けた」
まさかと声を漏らしたのはカタリナであった。
なにか心当たりがあるのかと十郎太が尋ねると、カタリナは躊躇しながらも頷く。
「イルティナの行っていたことです……」
「悪魔崇拝の儀式がどうしたんだ?」
「あんなもの、パトラルカの騎士として恥部でしかありません」
「いいから話せよ。この話に関係のあることなんだろう」
カタリナは声を絞りだすように言う。
「イルティナが儀式に使っていた物を覚えていますか?」
「蟲の卵のことか。そういやずっと気になっていた。あれは一体、どこで手に入れたものだ?」
再び口を噤むカタリナの代わりに、レオンハルトがその質問に答えた。
「私が答えましょう。あれは、七聖剣の全ての領主、その居城の
「どういうこったそりゃあ?」
レオンハルトの言葉に十郎太は眉を顰めた。
長い長いスティマータとの戦いの果て。遂に北の最果てから湧き出る異次元の穴に封印の術を施すと、残っているスティマータの駆除が始まった。
帝国領土の各地に卵を産み落とし、繁殖、増殖をしていたスティマータの殲滅も終わりが見え始めた頃、皇帝の命により受精前の卵が集められた。
そして皇帝は、その大量の卵を七聖剣が管理するように命じたのである。
「なんの為にそんなことを?」
「強大な力を持つ聖機兵を所有する聖騎士達を、恐怖で縛り付ける為」
「はんっ、孵るはずのねえ卵にそんな抑止力があるとは思えねえな」
「現に600年以上、最強の力を手にしながら七聖剣の誰一人として、帝国に反旗を翻した者はいない」
600年。徳川幕府の倍以上もの年月だ。
徳川がなぜそれほどの長きに渡って、その体制を維持できたのかは諸説ある。
謀反を起こす為には軍隊がいる。その為の軍資金を諸大名が用意できないように、様々な取り決めで縛っていた等。
しかし、一番の要因は、平和であったことではないだろうか。
江戸時代の市民達は、戦国時代を経て豊臣秀吉の手によって天下が統一されると、戦のない時代を知る。そして豊臣の時代が終わり、徳川の時代になると泰平の世を手に入れたのだ。
鎖国により、黒船来航による外敵の脅威に晒されるまでは、平和な時代を過ごしたのである。
そんな、人心の安定が、徳川江戸幕府と言う長期に渡る体制を支えたのかもしれない。
しかしそれ以上に、人々を体制に縛り付けたものが恐怖であると。
この世界のこの時代この体制が物語っていることに、十郎太はなぜだか嫌悪感を覚えるのであった。
「で、その卵がキャロルティナの父親とどう繋がる」
「グリフォン卿に、スティマータを使えば、どんな病も癒せる秘薬を作ることができると吹き込んだ者がいるのです」
そこで、再びボルザックが説明を代わる。
「トーマスは、妻の病を治す為に、その秘薬の精製に没頭するようになった。地下の卵には、人の血を吸うことによって孵る物もあってな。始めの内はそれを使っていたのだ」
「それなら。パトラルカで俺も見たぜ」
「しかしそれもすぐに限界が来た。卵を孵す度に人の生血が必要なのだ。トーマスはもう引き返せない所まで来ていたのだろう。実験用の足りないスティマータを求めて、あやつは封印の地を訪れたのだよ」
つまりは、トーマスは妻を治す為の秘薬を手に入れる為に、再びこの世界にスティマータを解き放とうとしたのである。
それを止める為に、レオンハルトはトーマスを手に掛けたと言うのだ。
続く。
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