「人助けほど馬鹿な行為はない」

「貴方は明日死にます」


 もし見ず知らずの少女からいきなりこんなことを言われたら貴方はどうしますか?

 ん? 僕はどうするかって?

 僕だったら……当然無視する!


「ちょ、ちょっと! なんで何も言わずにどこかに行こうとしているのですか!」


 見ず知らずの少女は僕の腕にしがみつく。

 なかなか力が強い。


「ファッ⁈ コマリマースッ! ハナシテクダサーイッ!」


「なんで片言⁈ いや、なんでもいいからとりあえず止まって話しを聞いてください!」


「いきなり明日死にますとか馬鹿げたことを言われて、話を聞くわけがないだろ!」


「普通そこは、『なんで?』と驚いたり『まさか例の組織がとうとう俺の命を狙いに?」とか悪ノリしちゃったりするところじゃないの⁈ 貴方は常識人ですか⁈」


「常識人だよ!」


 なんだこれ……。

 なんで会って数分もたってない少女とコントみたいなことをしているんだ……。


「貴方のためを思って言ってるのにー!」


 頰を膨らませながら、腕を抱きしめる力が強まる。

 余りの強さにもう殆ど腕の感覚がなくなってきた。

 可愛らしい細腕のいったいどこからそんな力が出てくるのだろうか。


「分かった分かった! 話しを聞くから一旦離せ!」


 とりあえず話しを聞かない限り逃げ出せそうもないので、聞くだけ聞くことにする。


「本当に逃げません?」


「逃げないから、とっと離してくれ」


「分かりました。本当に逃げませんよね……」


 彼女は疑いの目をかけながらも僕を離した。


「ほら。逃げないから話してくれ」


 僕は両手を広げ観念した様子を彼女へと示す。

 白髪の少女は先程と変わらず真面目な顔をして口を開く。


「ええっと……さっきも言ったとおり貴方は明日死にます」


 まったく馬鹿げた話だ。


「それで。なんで死ぬんだ?」


「高校に登校してる途中、信号待ちをしていた横断歩道で、隣にいた小学生を庇って車に跳ねられて死亡します」


 は……?

 なんだそれ?

 ていうか……


「なんで僕が高校生だって知ってるんだ?」


「そりゃあ知っていますよ。貴方が銘雪 陸という名前であることや、貴方の好きな人が水仙 瑞樹であること。その他色々なことも知っています。だって、全部見ていましたから」


 僕はその言葉に呆然とする。

 彼女と僕は初対面だ。

 僕の頭に彼女と関わった記憶などこれっぽっちも存在しない。

 それなのになぜ僕の名前を知っている?

 それに、水仙さんのことも。

 好きな人の話は晴矢としかしたことがない。それなのになんでこいつは知っているんだ?

 それに、全部見ていたというのはどからの話だろう。

 公園で瑞樹さんと話してたところか?

 それとも商店街からか?

 いや、それとも……。


「今日、晴矢君と瑞樹さんからメールがきたでしょ? 消したはずがないのにそのメールは消えていた。あれも全部私がやったんですよ」


 彼女は得意げに言う。

 間違いない。

 こいつは……。


「お前、まさか……」


「そう、そのまさかです」


「ストーカーだな!」


「違いますよ⁈ 何言っちゃってるんですか⁈」


 ずっと見てるとか、僕のことを色々知っているとか……ストーカーで間違いないだろう。

 しかも、スマホをハッキングする技術持ちとか、かなりヤバイタイプのやつだ。


「もう、まったく……。私はですね……って何してるのですか?」


「え? 警察に通報しようかと」


「ちょちょちょちょっと待ってください! それはダメ! ダメー!」


 再び彼女はすごいちからで僕の腕を抱きしめてくる。


「痛たたたたたたっ⁈ じゃあなんなんだよお前は!」


「私は神! 神の使い! 神の使いなんですー!」


 は? 神の使い?

 僕の思考は停止する。

 あまりにも予想外な言葉だったからだ。


「あのさ、警察のついでに病院にも連絡した方がいいかな?」


「なんで⁈ なんで信じてくれないの⁈」


「いや、いきなり神の使いとか言われてもな……何か証明できるものはあるのか?」


 僕の中でのこいつは、ただのストーカーからストーカー+痛い奴に変化していた。

 まぁ、ヤバイ奴である事に変わりはないが……。

 なんだか可哀想になってきたため少しだけ話を聞くことにしよう。


「証明するために、貴方にあのメールを送ったのに……。ほら、あのメールのおかげで2人に会えたでしょ?」


「2人をストーカーして、僕のスマホをハッキングでもすりゃあ、よく分からないけどできるんじゃないのか? 他に、なんかこう……神の使いだけにしか出来そうなこととかないのか?」


 彼女は腕を組みながら考える。


「む~、宙に浮くことならできますけど……」


 宙に浮く?

 やばい。何回もジャンプしながら、「ほら宙に浮いてるでしょ?」と言っている未来しか想像できない。


「とりあえずやってみてくれ」


「仕方ないですね。ちゃんと見ててくださいよ。できたら神の使いだって信じてもらいますから」


 彼女はそう言うと肩を組み目を閉じる。

 さて、ここからどうするのだろう。

 僕は温かい目で見守る覚悟を決める。

 彼女が肩を組みながら目を閉じた状態で止まったまま、時だけが流れる。

 10秒、15秒、30秒……1分が経ったぐらいだろうか、彼女は目をカッと見開く。


「ふふっ。どうですか? 驚いたでしょう!」


「いや、ほんと驚きしかねぇよ!」


 予想よりもはるかに酷かった。

 白髪の少女は肩を組み1分くらい目を閉じていただけでジャンプすらしてないというのに、何故かドヤ顔をしている。


「そうでしょ! そうでしょ! やっと信じてもらえましたね!」


 彼女は満足気に言う。


「違う違う違う! なぜそのドヤ顔ができるのか不思議なくらい、一切浮いてなかったんだ!」


「……貴方はいったい何を見ていたのですか?」


「逆に聞くが、どこに浮いてる要素があった? あ、もしかして1ミリ2ミリとかそういった話か?」


 痛くて可哀想な奴に変わりがないが、そういう冗談ならまだ可愛気がある。


「1メートルは浮いていましたよ」


「……あぁ、0.1秒間とかのほんの一瞬だけ浮いていたとかいうそういった冗談か」


「30秒以上は浮いていたはずですが?」


 ……ふぅ。

 僕はいったん深呼吸をする。


「浮いてるのはお前の頭だ! 冗談を言うにしても、もっとマシなもんくらいたくさんあるだろ!」


「な⁈ やっぱり貴方、どうせできないだろ、とか思ってちゃんと見てなかったんでしょ!」


 僕らは睨み合う。

 ん? よく見るとこいつ中々可愛い顔しているな。

 もしや、顔がいいから周りからちやほやされ甘やかされてきたタイプの人間か?

 きっと出来もしてない事を出来てるとか言われて今までを生きてきたがために、私は不思議な力が使えると勘違いしているのだろう。

 なら、ここは僕がはっきりと言ってやらねば。


「お前顔が可愛いからって、調子に乗るなよ! いくら可愛いくても許される冗談にも限度がある!」


 あれ? 僕は何を言っているんだ?

 なんか言いたかったことと全然違う事を言ってしまった気がする。


「な……な……」


 僕の言葉で白髪の少女はみるみるうちに顔を真っ赤にさせる。

 それは怒りによるものではなく、照れによるものであることがすぐに分かった。


「か、可愛いなんて……そんなこと今まで言われたことないです……。そ、その……私ずっと1人だったから……」


 白髪の少女は俯きながら寂しそうな表情をする。

 さっきはこの彼女は今まで周りからちやほやされ生きてきたと思ったが……もしかしたら、顔はいいが性格がこれであるため、学校では除け者にされているのかもしれない。


「……分かったよ。もう一回チャンスをやるからやってみてくれ」


 なんだか本当に可哀想になってきたため、もう少しだけ付き合ってあげる事にした。

 だが、やってみてくれとそうは言ったものの絶対に彼女が出来ないことを僕は分かっている。

 しかし、僕は彼女を絶対に甘やかさない。

 それは彼女のためだ。

 しっかりと現実を受け止めてもらって、ただの人間であることを突き付けてやる。


「今度こそちゃんと見ててくださいよ」


「さっきもちゃんと見てたって……。じゃあ、自分が浮いてると思った時に宣言してくれ」


「宙に浮いている時に言葉を発するのはキツイのですが……まぁ、いいでしょう」


 彼女は再び目を閉じ、肩を組む。

 その状態で10秒ぐらい経ったとき彼女は口を開いた。


「なう。なうです。浮いてるなう」


 なぜ急に変な口調になったのか気になるがそれはさておき、もちろん浮いてなどいない。


「おい、目を開けて今の自分の状況を見てみろ」


「まったく……注文がおお――あれっ⁈ なんで⁈」


 白髪の少女は目を開き今の自分の状態を見て予想以上に驚く。

 彼女は本当に浮いてると思っていたのだろう。

 まぁ、これでもう自分には不思議な力はないと分かってもらえたことだし、これ以上馬鹿なことは言わない筈だ。


「あと1回! もう1回だけチャンスを!」


 諦めきれないのか白髪の少女はまた、肩を組み目を閉じる。

 ……ここまできたら、もう何を言っても彼女は自分自身がただの人である事を認めないだろう。

 僕は呆れ、気付かれないように公園から出る。

 だいぶ歩いたところで、公園あたりからなにやら叫び声が聞こえた気がするが、構わずに歩き続けた。

 晴矢と出会え、水仙さんと話せたところまでは良い一日だったのに、どうして最後がああなってしまったのだろうか。

 そんなことを考えながら、追いつかれたら面倒なことになると思い、僕は帰路を急いだ。







 自転車を忘れてしまった。

 家に帰り、飯を食べ風呂に入って寝る準備ができた午後11時。

 たった今そのことに気付いた。

 まぁ、学校からは徒歩で通うつもりだったし、明日の帰りにでも取りに行けばいいか。

 僕は自分に言い訳を言い聞かせ、寝るために布団に入る。

 しかし、布団に入って少しした時、あの言葉が頭の隅に引っかかった。


「貴方は明日死ぬ」


「小学生を庇って車に跳ねられる」


 バカバカしい。

 信じてはいないが、なぜかその言葉が引っかかる。

 正直なところ、もし他人が死にそうになっている時、僕は身を呈して庇うことをしないだろう。

 いや。死に関係していようがしてなかろうが、他人が困っていても僕は絶対に助けない。

 助ける理由がない。

 困っている他人を助けることにより、自分の身に災難が降りかかることを僕はよく知っている。

 なぜ理由もないに助け、その上僕が誰かのために不幸にならないといけないのか。

 そんなの馬鹿げている。

 もし仮にあの話が本当だったとしても、僕は小学生を庇って死んでいるではないか。

 他人の命を守るために自分の命を捨てる?

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 僕は他人よりも自分の方が大事だ。

 だから、絶対に何があっても他人を助けない。


 僕はその決意をいつも以上に固める。

 忌々しい記憶が少し蘇りそうになるが深い記憶の底に閉じ込めた。

 瞼を閉じる。

 明日はどうせいつもとなんら変わらない一日を送るに決まっているんだ。

 そう自分に言い聞かせ、僕はゆっくりと眠りについた。

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