第16話 レニとの再会
ルーンカレッジには2つの知らせが届いていた。一つはシュバルツバルトへ軍事演習に向かっていたジル、ガストン、サイファー、レミアが不意の事件に巻き込まれたこと。もう一つはその戦いでレミアが亡くなり、ジル、ガストンが負傷したことである。
カレッジは重い空気に包まれていた。学園長デミトリオスは、3日の間レミアの喪に服することを通達した。レミアは数少ない女戦士ということで、男子の中にファンも少なくなかった。それだけにショックも大きかったのである。
残りの3人のうち、依然ジルとガストンは王立病院に入院しており、一人サイファーだけがカレッジへと帰って来た。そのサイファーとて決して無傷ではなく、無数の傷を受けていたのであるが……。
もともと口数の多い方ではなかったサイファーだが、カレッジに帰った後は前にも増して口を開かなくなった。傷の療養を建前に宿舎にこもり、授業にも出てこない。教員たちも事情が分かっているため大目に見ているが、長引くようなら成績にも関わるだろう。
レニがジルたちのことを聞いたのは、事件が起こってから約半日たってからのことである。シュバルツバルト王国の使者がカレッジに派遣され、ジルたちの状況を知らせたのである。カレッジはすぐ全学生に事件やレミアの死について告げた。
その日、レニは夜まで授業で予定がうまっていた。初級クラスではほとんどの学生がそうだ。この時一心不乱に魔法を習得しないようでは、先はない。比較的時間に余裕ができるのは、中級クラスに入ってからのことだ。
カレッジに知らせが届いた時、レニは呪文詠唱の授業を受けていた。いかに効率よく短時間で詠唱態勢に入るか、それを訓練する授業である。以前よりは素早く集中できるようになったもの、魔力を感知するコツが今ひとつつかめておらず、レニは大きな課題を抱えていた。メリッサとペアになり、何度も反復して練習していた。すると、授業を担当するエクリアのもとへマリウスがやって来て、何やら耳打ちして去っていったのである。
エクリアの顔が一瞬で変わったので、学生たちは何事か重大なことが起こったのだろうと予想がついた。エクリアは気の小さいドジっ子的な存在で学生から人気がある。表情がすぐに変わる分かりやすい教員である。
エクリアが告げた事実は、学生たちの気を引き締めるに足るものであった。正直なところ、まだ入ったばかりの新入生には、ガストンやレミアの名は知られておらず、名を告げられても誰か分からなかったというのが事実である。
ただジルとサイファーの名は、学園の有名人として新入生の間でも多少は知れ渡っていた。しかしたとえ誰かは分からないとしても、学生たちが軍事演習で戦闘に巻き込まれ、1人が亡くなったという事実は重いものであった。将来自分もそうならないとは限らないのである。
レニは知らせを聞いて心臓が凍る思いであった。ジルと知り合ったのはわずかに一ヶ月前のことであるが、ジルにはそれから毎日のように魔法の訓練に立ち会ってもらっていた。レニにとって、ジルはすでに重要な存在となっていた。レニ自身は自覚していないが、それは恐らくは異性としての憧れも多分にあっただろう。
知らせを聞いてレニは居てもたってもいられず、すぐにでも教室を出ようとした。しかしその様子を見たエクリアがレニに注意する。
「レニ、落ち着いてください! あなたとジルは親しい関係なので気持ちは察しますが、今は何もできることはありません」
「だって!!」
「ジルとガストンはシュバルツバルトの王立病院に入れられています。ここから病院のあるロゴスまでは馬車で約6時間です。馬車はそうすぐに手配できるものではありません。そして行ったとしても、普通の病院ではないので中へ入れてもらえるか分かりません。……そもそも学生の本文は勉学です。非常の際にこそ、授業という日常を大切にすることが必要なのではないですか?」
エクリアの指摘は冷たいようだが事実であった。レニが病院へ駆けつけたとして、よしんば中へ入れてもらえたとしても出来ることは殆ど無いのである。
「レニ、私たちは一生懸命魔法の練習をして、ジルさんが帰ってきた時に上達した姿を見てもらおうよ」
メリッサが慰めるように言う。メリッサもジルと顔を合わせており全くの他人というわけではない。
「……分かった」
そう言ったレニであったが、この後の授業に集中できるか全く自信はなかった。
ジルがカレッジに帰ってきたのは10日後のことであった。この間、レニはジルが思ったより軽症であることを聞かされていたが、授業に集中できず明らかに精彩を欠いていた。
その日、レニはマリウスからジルが帰ってくる時間を知らされていた。ジルが指導生であることを知っているので、気を利かせたのだろう。ジルとガストンは王家が用意した馬車でカレッジへと帰ってくることになっていた。
レニはカレッジの正門前で馬車を待っていた。ジルが命を失いかねない戦闘に巻き込まれたことが、まだ信じられなかった。レニのこれまでの短い人生からは、ジルのことも、そしてこのようにジルを待っている自分も、およそ現実離れしたことのように思えるのだった。
華美な馬車がこちらへと向かってくる。話に聞くシュバルツバルト王室が所有する馬車だろう。レニはジルを待つうち、最初に何と声をかければ良いか、どのような顔をすれば良いか分からなくなっていた。結局のところ、馬車が正門につくまでその答えはでなかったのである。
馬車は正門前で止まると、御者が降り恭しく扉を開けた。するとジルとガストンが慣れない様子で馬車から降りてきた。
ジルの姿を見た瞬間、レニは走り出していた。寸前に何を考えていたか、そんなことはもうどこかにとんでいた。
「ジル先輩!!」
そういってレニはジルの胸に飛び込んでいった。
「レニ!? ……どうしたんだい? ここで待っていてくれたのか」
「心配したんですから……先輩」
レニは上手く気持ちを言葉にすることができなかった。ジルは飛び込んできたレニを軽く抱きしめる。
「そうか、済まなかった。レニにはもっと早く僕から知らせるべきだったね」
「いえ……、先輩は凄い方ですから私なんか……」
「そんなことない。僕自身は軽症だったから、入院したのも1日だけだったんだ。だから十分知らせる余裕はあったはずなのに。レニはもう僕にとって他人じゃない。それは嘘じゃないよ。」
「!?」
ジルの言葉に、レニは胸がつまって何も言えなくなる。
「うぉっほん!! 俺も居るんだがなぁ~」
わざとらしくガストンが咳払いをする。
「!?」
レニは初めてガストンの存在に気づいたようだった。他が全く見えていなかったのだろう。
「……そうだレニ、彼が僕のルームメイトで親友のガストンだ。今回重傷を負って今まで入院していたんだ」
「レニ=クリストバインといいます、どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくな、レニちゃん」
ガストンがいやに馴れ馴れしくレニを呼ぶ。
「こんなに可愛い後輩が迎えてくれるなんて、世の中不公平だぜ」
「ならガストンも指導生に選ばれるようにしろよ」
「性格はともかく、俺の場合魔法の腕がなぁ……」
ガストンが
クスっ、とレニが笑う。
「ガストンさんって面白い方なんですね。ジル先輩と親友というのが何となく分かりました」
「こいつは頭でっかちの唐変木だから、俺みたいな奴の方が相性いいんだよ」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ……。さて、レニ。悪いけど僕たちはこれから学園長に経緯を報告しに行かなければならないんだ。今回は犠牲者も出たことだしね。しばらく時間がかかるだろうから、今度またゆっくり話そう。レニのために必ず時間をつくるから」
「はい! お忙しいのは分かっていますから大丈夫です。今日は一目だけでもと思ったんですが、いっぱいお話ができてよかったです」
「こちらこそ、ここまで迎えに来てくれてありがとう」
ジルの言葉に、レニが最大限の笑顔をつくる。事件が起こってから、ずっと心の中に重い物がのしかかっていたジルであったが、それが少し軽くなったような気がした。
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