第10話 軍事演習

 レニとの朝の練習を終え自室に帰ったジルは、セードルフとのことを思い出していた。これまであまり思い出すこともなかったのだが、ミアセラの話を聞いたことで頭に残っていたのだ。


 ジルはセードルフとのことを後悔することはない。自分がとくに間違ったことをしたとは思わないし、彼との関係はいずれ破綻せざるを得なかったのだということを知っていたからである。


 実はロクサーヌやミアセラが思っているほどに、ジルはセードルフを嫌っているわけではなかった。セードルフはジルが彼を見下しているかのように思っているらしいが、実のところセードルフをとくに劣った魔術師だとも思っていないのである。


 指導生になりさえしなければ、彼とは良い関係を築けたかもしれない。そう考えるとこの制度は必ずしも良いことばかりではないと思う。


 新入生と指導生の相性を一切考慮せずにマッチングされることで、関係がうまくいかないことがある。また両者の間に力の差があることから、健全な先輩後輩の関係を越えた支配・非支配関係を産んでしまうこともあり、実際虐待に近いことも起こっている。


 一応人格的にも優れた者が指導生として選ばれることになっているが、指導生とて一学生に過ぎないにも関わらず、その「高潔さ」に依存してしまっていることが問題なのである。


 自分はセードルフような指導生にはならない、ジルはその思いを新たにしていた。レニとの関係がこの先どうなるにしても、自分は良き先輩として高潔な精神をもって後輩を教え導かなければならない。損得は関係なく、それがジルにとっての矜持きょうじというものである。


 そんなことを考えていると、ガストンが部屋に帰ってきた。


「ジル、朝の訓練は終わったんだな」


「ああ、今日はミアセラさんにも会ったよ」


「おお、ミアセラさんか〜、俺も会いたかったわ。新学期になったからそりゃ帰ってきてるよな」


 ガストンは一時期、事あるごとにミアセラに会わせろとしつこくジルにねだったことがあった。


「そういえばガストンはミアセラさんのファンだったな」


「おう、お前にくっついているのも大概ミアセラさんに会いたいためだ」


 ガストンがジルをからかう。ミアセラと親しいのはどう考えてもジルの方なのだ。


「ところでな、ジル。そろそろ軍事演習がはじまる時期だぞ。覚悟してるか?」


「……そうか、中級クラスの必修単位だったな」


 軍事演習とは魔術師として必要な戦闘技術を向上させるため、実際に軍隊で勤務する演習のことを言う。ジルは本来まだ履修しなくても良いのだが、来年上級に進級するためには今回単位をとっておかなければならない。ガストンはもともと中級3年目で、演習に参加するには一般的な年代である。


「どこの国の軍に派遣されるかは分からないんだったよな?」


「そうだ。シュバルツバルト、バルダニア、帝国のいずれかだが、どこに配属されるかは俺たちには分からない。ジルと一緒になれれば心強いんだがな」


 フリギアは3国の合意の下で緩衝かんしょう地帯となり自治権を得ているため、どこか一国をひいきにすることはできない。軍事演習も一つの国に派遣すると角がたつため、学生を3つに分け、それぞれの軍に派遣するのである。


 軍事演習とは言っても、ほとんどはそれほど危険なことはない。受け入れる方としても、戦争慣れしていない学生などを重要な作戦に組み込むことはできないし、万が一死なれでもしたら国家の名誉に傷がつく。よって、安全な後方部隊で戦闘を体験させてもらうというのが一般的だ。


 とはいえ、比較的安全だとはいっても戦闘には変わらないのであるから、絶対に傷つかない保証はない。学生からすれば、ひょっとすれば命を失いかねない重大な試練とも言える。


「俺もガストンと一緒なら心強いよ。それとサイファーさん」


「てめぇ、本当は俺はどうでもよくてサイファーの方だけだろ!」


 ガストンはジルの首に手を回してジャレかかる。


 サイファーとは、カレッジが持つもう一つのコース、魔法戦士コースの学生である。初級、中級、上級と分かれているわけではなく、3年間の修業期間が設定されているコースである。


 魔法戦士コースは、入学前に戦士として一定の訓練と実績を積んでからでないと入学することはできない。軍の指揮官や訓練所の教官などの推薦状が必要なのである。戦士の中で特に見込みのある者が、さらに技量を磨くために入るのが魔法戦士コースである。


 魔法戦士コースは、魔法に長けた「戦士」を養成するコースであり、あくまでその重点は戦士である。そのため学ぶ魔法は攻撃魔法よりも、戦闘で用いられる補助魔法が中心である。例えば素早さをあげる「ヘイスト」、防御力をあげる「プロテクション・アーマー」などである。当然、魔法だけに専念して学ぶ魔術師コースと比べれば、身につけることのできる魔法はレベルが低く、数も少ないのが普通である。


 しかし何事にも例外はある。一部の天才ともいうべき学生であれば、魔法戦士コースであっても魔術師コースの学生を凌ぐ力を身につけることもあるのだ。サイファーはその数少ない例と言って良い。


「サイファーか、まあ奴がいれば前衛になってくれるから確かに楽だよな」


「ああ、魔術師が敵と直接対峙するっていうのはやっかいだからね」


 ジルも一応護身用に剣術を習ってはいるが、所詮戦士のそれとは比べ物にならない。優れた戦士であるサイファーがいれば、後衛から安心して魔法を使うことができるだろう。


「いま軍事演習の割振りが各部屋に渡されているらしい。もうじき俺達の部屋にも来るはずだ」


 しばらくすると、カレッジの事務の女性がジルとガストン宛ての封筒をもってやってきた。


「こちらがジルさん、それとこれがガストンさん宛てのものです。中の文面をよく読んで、演習に備えてくださいね」


 ジルとガストンは封書を破って中身を取り出す。5行ほどの文章が書かれた簡素なものだ。


「俺はシュバルツバルトだ」ガストンがつぶやく。


「俺もシュバルツバルトのようだな」ジルも続く。


「わははは、良かったじゃねーか一緒になって」


 ガストンはジルの背中を叩いて喜び合う。ガストンはこの歳下の少年を高く評価しているので、このような危機を共にする相手としては大歓迎ということだ。


「同じ国ということは、同じ部隊に配属されるということかな?」


「そりゃそうだろう。正確なところは分からないが、軍事演習に参加する学生は全部で20人もいないだろう。それを3つの国に分けるということは、1国あたり多くて5人ってところだ。そこから更に細かく分けるってこともないだろう」


「なるほど。他に誰が居るか分からないけど、ガストンよろしく頼むよ」


「おう。俺もこれからちょっと他のメンバーを調べてみるわ。嫌なやつがいたらやばいからな」

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