第24話 エルフ 勝負をしかける



 ビビアンはログの職業『分裂魔導士』の力によって大量に増えた彼女を、爆発によって一掃した。



 ――が、



 巻き上げた土煙の中から、満面の笑みを浮かべた大量のログがこちらへと疾駆してくる。――ビビアンは迷わず泡を展開する。



「……全く、厄介ですわね……!」



 ――『分裂魔導士』。様々ある魔導士職の中でも癖のある職業だ。能力は『自身の分身を作る』のみという、極めてシンプルな力であった。



 ログには悪いけど、中途半端な職業ですわね――ビビアンは昔彼女の職業を見てそんな感想を抱いた。世間一般でも『分裂魔導士は魔力が少ない奴の職業』という認識であり、何故ログが好んでこの職業を選んだのか理解できなかった。



『自身の分身を作る』という能力は自体は確かに強いが、あくまで自分と同レベルの分身を作って自在にコントロールできるだけである。意外と使いどころが難しい。



『剣士職』の身体能力の高さには太刀打ち出来ないし、『魔導士職』ほどに火力は出ない。逃走用や攪乱には使えるけど、一対一の力勝負ならば、ビビアンが負けることが万が一もないだろう。



「――うりゃっ!」



 いつの間にか背後に回っていたログの分身が、手に持ったナイフで私の泡を突き刺すが――あっさりと弾かれる。「あわわ」ナイフを落としたログの分身が半泣きで逃げ惑う。



 と、



「――隙ありですのんっ♪」



「しまっ――!」



 ――――殺気!!



 ビビアンは泡の防御を解除すると、滑り込むように横へと回避行動を行った。――それが、命を救った。



 ――――――――――――――。



 光の塊のようなものが一瞬前に私がいた場所を通り過ぎた。音を置き去りにするほどの速度で直進したそれは、背後にあった壁をあっさりと貫くと――闇夜に消えていった。貫かれた壁には、奇麗に円形の大穴が開いていた。



「――――――ッ!?」



 改めて、ぞっとする。馬鹿馬鹿しいまでの殺傷能力。一撃必殺とはルートの職業の事を言うのだろう。



 ――『槍術士』。ルートの職業である。『剣士職』なので多彩なスキルを覚えるが、その中でも先ほど放った『雷神槍』は別格の威力を持っていた。



 結局の所『雷神槍』は、雷を纏った尋常じゃないほど速い槍投げなのだが、当たれば間違いないなく体に大穴が開く。鉄以上の強度を弾力を持った泡であろうと、問答無用に貫通してしまうだろう。



 ……とにかく、あの攻撃だけは絶対に受けてはいけませんわ……。



 幸いな事に『雷神槍』は、スキルを発動させるモーションが長い上に連発は出来ない。見てから回避は不可だけど、攻撃は直線的なのでルートの挙動を注意深く見ていたら回避することは可能である。



 ……注意深く見る事が出来る隙があったらだけど。



「「「おりゃー!」」」



 そんな気の抜けた声と共に、ログの分身がビビアンにとびかかって来た。慌てて周囲に泡を展開。



「………………どうすればいいの、ですわ」



 分身を爆発で蹴散らすのは出来る。しかし、これでは防戦一方である。いきなり王城寺の周囲に泡を展開させて爆発させてもいいのだけど、先ほどと同じように分身の壁で防がれてしまうだろう。



 どうする? 『紅蓮騎士』との闘いので魔力を消費してしまったせいで、持久戦で勝ち目があるとは思えない。



 ――やはり、やるなら一撃爆殺――ですわッ!!



「――――――――――いきますわッ!!」



 周囲の泡を解除。分身がどてんとコケる。ビビアンはそれを容赦なく踏みつけて、高く跳躍する。――天井が壊れていたことが幸いした。



「空中では避けれない――ですのんッ!!」



 好機とばかりに漆黒の槍を手に出現させたルートは『雷神槍』の構えをする。槍が突如雷を纏い、バチバチと雷鳴を鳴らす。夜に輝く雷は、こんな時だというのに奇麗に見えた。



「――甘いですわッ!!」



 空中では回避できない? そうかもしれませんわね。――貴方の職業ならッ!

 私は半回転すると、曲げた足の裏に泡を展開。それを勢いよく――蹴るッ!

 弾性のある泡はぶにゃりと形を変え、押された威力を跳ね返す。



 ――ぼよん。



 ビビアンは王城寺めがけて急落下する。突然のビビアンの方向転換により、投擲された槍は誰も傷つけることなく闇夜に消えた。――好機。もう一度『雷神槍』をするには数秒の時間を要する筈である。



「「――――――ッ!?」」



 ログとルートも驚愕の表情を浮かべていた。完全に不意を突いた。



 ――感謝しますわ。紅蓮騎士の方ッ!



 泡を足場にして方向転換するというのは、炎の勢いで空中移動をしていた彼女と戦っていなかったら出来なかった発想である。



「……分身、展開ッ!」



「邪魔ですわぁあああああああああああああああああ!!」



 ログの分身を容赦なく次々と爆殺させる。魔力配分なんて考えない。手あたり次第に泡を展開させて、次々と爆発させる。ログの分身がいてもいなくてもとにかく爆破。爆破。爆破。とにかく相手に攻撃の隙を与えない。



 爆破のメリットの一つに、相手の視界を奪うという点がある。いくら『雷神槍』が強力でも、ビビアンの姿を捉えなくては意味がない。



 さらに、ログは王城寺を守るために分身の盾を継続的に使わなければならないため、一方的に攻撃することが出来た。魔力が切れれば即負けではあるが――だからこそ、ここで決着をつける!



「――――はああああッ!!!」



 落下してきたビビアンは、爆発によって生まれた土煙を利用して身を隠す。王城寺達からはビビアンがどこに身を潜めているか分からないが、上空か見下ろすことが出来たビビアンは王城寺の位置をきちんと把握していた。



 ログの分身の盾の弱点は――その分身のせいで移動が出来ない事だ。いつ爆発が起きるか分からない今、その場から動くことは出来ない筈だ。



 ――――いけぇぇええええええええええッ!!




 最大級に魔力を込めて、本日何度目かの十の泡を展開。中心部を重点的に爆破し、分身の盾を剥がす。



 ――――いた。



 分身と分身の間から、相変わらず不快な笑みを浮かべた王城寺がいた。そのすぐ隣にはログの本体とルートがいる。



「これで――終わりですわッ!!」



 最後の魔力を振り絞り、王城寺の周囲に何十にも重なった泡を展開させる。それに気づいたログとルートが顔を青くさせた。



 ルートが手に持った槍で泡を壊そうとするが――遅い。多少穴を開けた程度なら問題なく爆発させられる。『雷神槍』なら壊せると思うが――既に手遅れだ。



 ――この『泡魔導士』という職業は、基本は遠距離で戦う職業である。だが、遠距離から展開する泡は精度が悪く、王城寺を泡で囲うにはどうしても接近する必要があった。



 かなりリスキーな勝負だったけど――勝ちましたわっ!!



 勝利を確信したビビアンは、手を振り下ろしを合図に爆破をさせて――



 突如、目の前がチカチカと点滅した。



「――――――――ッ!?」




 遅れてから気付く――脇腹の激痛。たまらず息を吐くと、口から血が噴き出した。




「……な、に……です、の……これ?」



 震える体で――ゆっくりと頭を下げると――





 脇腹に、先端の尖ったナイフの先が飛び出ていた。




 背後から脇腹をナイフを刺され、貫通した部分が飛び出たのだ。着ていたローブが徐々に赤く染まっていく。視界が揺れる。いや頭が揺れているのか? 分からない。



 私は立っていられずその場に倒れた。脇腹からドクドクと血が流れているのが分かる。止まる気配はない。



 必死にこの場から逃げ出そうとするが、体が震えて思うように動かない。痛みで気が狂いそうだ。



「……………………」



 何故、私の居場所が分かったのだろう。何故、私を攻撃することが出来たのだろう。



 その疑問は、ビビアンの背後に立つ人物が解決してくれた。



 首と眼球を動かして、ビビアンは背後に目を向けると――







 そこには、黒いマントで身を包んだ女性がビビアンを見下ろしていた。


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