第22話 エルフ ブチ切れる



「…………ううっ……?」



 目を覚ましたビビアンは、自分が布団の中にいる事に気付いた。



「どういうことですの……ううっ!? 痛い!?」




 ビビアンは起き上がろうとして、痛みで顔をしかめた。全身からは火傷のような痛みが走り、上体を起こすこともままならない。



 火傷よりも痛むのは腹部だ。ズキズキと痛む全身に対し、重い芯のある痛みが延々と続いている。試しに腹部に触れてみたら想像を絶する痛みが駆け巡った。



「ほらほら動かない動かないの。あんまり暴れたら、死ぬぜ?」



「……………………誰?」




 痛む体に無理させて、声が聞こえた方向に首を傾ける。



 尖った耳。白い肌。無駄の多い露出。馬鹿みたいに長くい足。似合わない赤色の眼鏡。金色の髪を後ろ束ねた彼女は、私を見下ろしながらにんまりと笑顔を浮かべた。



「……………………リリー?」



「ちょっと、なんで疑問形なのよ」



「分かりませんわ。……でも……なんでしょう。よくわかりませんわ」



「ビビアンが分かんないなら私も分かんないか。とりま安静にしておきな」



「……そうですわね」




 不思議な感覚だ。まるで、自分の頭に別の記憶があるような。混ざった記憶が頭の中でぐちゃぐちゃになって、頭を整理しようにもそれが正しいのか正しくないのかも分別できない。



「…………ううっ……」



「しっかし、見事にコテンパンのされたねぇ。戦闘向きの職業のビビアンが完敗ってちょっとヤバいかもね。今までも冒険者が何度か私達を討伐に来てたけど、今度の敵はちょっと異常の強さだね」



「……敵?」




 ――そうだった。私は、あの『紅蓮騎士』の女に負けたんでしたわ……。



 まだ頭の中はぼんやりとしているけど、彼女との戦闘の記憶は少しずつ掘り起こされて来た。全身が痛むのは、彼女の攻撃を避けるためにあえて自爆したからで、この重い腹部の痛みは、彼女に思いっきり腹パンされたからだ。




 ……でも何故かしら。全てを思い出した筈なのに、頭の靄が晴れないのは。もっとそれより、重要な事を忘れている気がする――。



「あー動かない動かない。今治療してあげるから、ちょっと待っててってば」



 リリーが立ち上がろうとするビビアンを静止させると、手を彼女に向けて目を瞑る。



「――『祝福の水』――」



 リリーがそう呟くと、彼女の手から青白い光が現れ、ビビアンの全身を包み込む。体に何かが纏わりつく感覚がするが、不思議と不快ではない。



「絶対安静で、半日といったとこだね。魔力も枯渇していると思うから、冒険者狩りは私達に任せて安心して寝てたらいいわ」



「……………………」



 激しい睡魔に襲われたビビアンは、それに抗うことなく目を閉じた。心地よい微睡に堕ちていく中、ふと誰かの言葉を思い出す――。



『僕はこの世界に愛されている。その証拠にホラ、現世では無力だった僕が、美しい君たちを支配できる――』





 ――全てを思い出して目覚めた時には、既に日が落ちて夜になっていた。







 * * * * *










 体の傷が癒えたビビアンは、誰もいない病室を出ると――王城寺の城へと向かった。すれ違ったエルフが心配そうな表情でこちらを見るが全て無視した。



 それどころではないのだ。ビビアンは心の内はハラワタが煮えくり返るような思いでいっぱいだった。どう考えても今の私は冷静ではない。だが、それを止める気も抑える気もこれっぽっちもなかった。




 激しい怒りで無意識に歯ぎしりを鳴らし、踵で地面を叩くような歩きでずんずんと前進する。



 客観的に考えて、私の職業はかなり強い。実に多種多様の職業があるこの世界で、何を強さとするのかはそれこそ人の数ほどの違いはあるが、こと『戦闘』に関してで見ると――私の職業は攻守共に優れた強職業である事は間違いない。



 それもその筈である。だって数ある職業の中から一番強いと思った職業を選んだのだから。



 この世界は、自分のなりたい『職業』を選ぶことができる。――と、それだけ聞くと平等で素晴らしいシステムではないと思ってしまうのだが、残念と言うか当然というか――



『職業』を選ぶことは誰にでも出来るが、自身が職業に合っているか――つまり『職業適正』が必要になるのだ。





 強くなるには、生まれ持った素質が必要なのである。



『職業適性』に深く関係しているのが、『魔力』という目には見えないエネルギーである。基本的に『剣士職』も『魔導士職』も体の中にある『魔力』を消費して凄まじい力を得ている。



 その『魔力』が多いか少ないかは、基本的に親の種族でおおよそ把握できる。例えばドワーフは基礎身体能力が高い代わりに、魔力量は種族の中で最底辺だ。



 そして――私達『エルフ』は『基礎身体能力』『魔力量』共にトップクラス。生まれる子供が女性ばかりのせいで種族の個体数こそは少ないが、平均値は全種族の中で一番。あらゆる職業を選択する権利を持っているのだ。



『エルフと戦う時、十人なら魔力切れを狙い、七人なら玉砕覚悟で突撃し、五人以下なら脇目も振らずそこから逃げろ――』そんな格言がある程度には、あらゆる種族から恐れられている存在であった。



 例外があるとすれば――『転生者』のみが所持しているという『転生職』であろうか。しかし転生者などこの世に存在しているかすら分からない超絶滅危惧種。



 百年は軽く生きて来たが、一対一の戦いで初めて負けた。



「……違いますわね。二度目の敗北でしたわね」



 死ぬほど痛い思いをして思い出した――忘れ去れる予定だった記憶。


「…………私達エルフをおもちゃにするなど、絶対に許せませんわ」



 私は足を止めて、三メートルはある大きな扉の前で息を整える。



 以前はエルフの女王様の寝室であったこの部屋に――奴はいる。



 ビビアンの青い瞳は、殺意と敬称されるドス黒い影が穏やかに揺らめいていた。生まれて初めての殺意。




 強者であるからこそ、生き物を傷つける事を良しとしなかったビビアンであったが――何の躊躇も無く『奴』を八つ裂きに出来る程度にはブチ切れていた。



 ビビアンは勢いよく扉を蹴飛ばし――吠える。 








「王城寺神子ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 今すぐ死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」



 


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