第19話 女子高校生 悪魔と遭遇する




「…………あぁ。疲れたぁあぁぁぁぁあ。ねぇねぇ! ちょっと休憩しない? みんなもそろそろ疲れたでしょ? 肝心な所でくたくただったら意味ないでしょ?」



 樹木に体を預けて、先陣を切るエステルとそれと同じ速度で歩く大神に提案する。足腰は既にフラフラで、出来る事なら今すぐ馬車に戻って転んで擦りむいた足を消毒したい。



 村から森へ入って何時間歩いただろうか。森の中は日が差さないために常に薄暗く、岩や樹木の根のせいでまっすぐ進むだけでも疲労してしまう。感覚的に言えば、ハイキングというよりはクライミングである。既に後日筋肉痛確実の運動量であった。




 ――はっきり言って、私が体力が無いのではなくて、大神とエステルが異常なのだ。ここで暮らしているエステルが軽やかに森を進むのは分かる。――だけど、何故痴漢男がそれと同じ速度で対して息も切らさずついていけるの? 訳が分かんないですけど。



「――だ、そうだ。エステル。お前は疲れてるか?」



「へ、平気ですっ! なんだったら走れます!」



「らしいぞ大神。いっそ走るか?」



「いじぃわるぅぅぅぅぅぅぅうう!! はいはいお願いしますお願いします! 私が疲れたので休憩してくれませんかぁ?」



「十秒ごとに乳一揉み許してやろう」



「死ねぇぇぇぇえぇえぇッ!!」




 この野郎。人の弱みに容赦なく漬け込みやがって……! あのムカつく顔を思いっきりぶん殴りてぇ……!



 ――とまぁ、そんな訳で私のお願いの甲斐あって休憩を貰う事が出来た。乳なんて絶対に揉ませてやらねぇけど。



 丁度座り心地が良さそうな石に座り、疲労が溜まった自分の太ももを揉む。何でもアリのこの世界だけど、靴は前の世界の方が歩きやすかった。既に私の踵の上辺りは靴擦れを起こしており、動くたびにヒリヒリと痛む。



「いたた……」



「お、お怪我ですかっ?」



 顔をしかめた私に気づいて、エステルが軽やかに歩み寄って来た。鬼の仮面で表情は見えないけど、どうやら心配してくれているようだ。



「ごめんね。大丈夫だから。仕事はちゃんとするから」



「……すみません。ちょっと失礼します」



「――へっ! 何っ!?」



 何を思ったのか、エステルは私の靴擦れの箇所をゆっくりと撫で始めた。



 ――するとその瞬間、ざわざわと緑色の苔がエステルの触れた場所から生え始めて来た。あっという間に私の踵は苔まみれになった事に、動揺を隠せない。



「しばらくすると、苔が自然と取れると思います。無理矢理剥がすと血が出るかもなので、やめた方がいいと思います」



「……エステルさんの、『職業』って何……?」



「わ、私の『職業』は――『苔魔導士』です」



 ――と、エステルは両手から苔を生やして自分の職業を明かした。



「あまり強い職業ではないのですが、軽い怪我なら治す事が出来ます。村では医者の助手をしていました」



 なるほど。見た目こそはアレだけど、私の踵に付着した苔は頑張って怪我を治そうとしているのか。



 この世界の住人の大半は、自分の生き方で必要な職業を自分で選択するらしい。医者を目指すのは医者職を、モンスターを狩りたいのなら戦闘職をいった感じで。特に選択もせずに強力な職業を得たのは転生者の特権だろう。



 何故苔なのか分からないけど、治療が出来る仲間がパーティーのいるというのはかなり心強い!



「…………皆様、気を付けて下さい。森が荒れています」



「荒れている?」



 私が問うと、エステルはコクリとゆっくり頷いて辺りを見渡した。



「今まで危険な魔物の気配は避けて歩いて来ましたが、そろそろ気づかれそうです。――私達が危険な魔物を狩れなくなったせいで生態系が崩れています。明らかに危険な魔物が増えています」



 エステルのおかげで魔物こそは出会っていないが、付近からは何者かの生物が草をきって疾駆する音が聞こえる。獣のような唸り声も先ほどよりも近くで聞こえる。



「――――あ」



 突如、エステルが一方を見つめて固まった。視線の先を見ると――




 誰かいた。



 どう考えても森を歩くには不向きそうな白と青のローブを着た女性は、鼻歌交じりで森を歩く。魔物への警戒は微塵もない様子である。



 髪は青空のような綺麗な青。驚くほど白い肌。そして、綺麗な顔の横顔についた――尖った耳。



 ――エステルの様子から見ても間違いない。あれが問題のエルフだろう。



「………………」



 どうやらエルフは私達に気づいていないようだ。私達はゆっくりと歩くエルフを尾行する。いつ戦闘に突入してもいいように、私と大神は職業を発動させた。



「~ふんふんふんふんふ~~~♪ あっ。ありました~~~~~♪」



 楽しげなエルフは何か発見したらしい。しゃがみこんで、木の幹に生えた――キノコらしきもの引っこ抜く。手に持ったキノコを懐に入れて、再び鼻歌交じりで歩き出す。



 ――次の瞬間、エルフ目掛けて魔物が勢いよく飛び掛かってきた。



「――――――ッ!!」




 息をつく間もない化け物じみた加速度で、獣のような魔物は一本一本が鋭い槍のような牙を向けてエルフを食いちぎらんとする。



 職業を発動させて動体視力が爆発的に上がっていなければ、魔物の姿を捉える事は絶対にできなかっただろう。それほどまでに素早い不意打ち、いくらエルフと言えば回避するのは至難の業な筈――



「――――わぁ。うるさいですよ♪」



 ――ピタリ。エルフが呟いた瞬間、魔物は空中で停止した。魔物の牙はエルフに届くこともなく、何が起こったのか理解できずに困惑している。



「…………泡?」



 よく見ると、魔物の両足と口には巨大なシャボン玉のような球体が出現していた。どうやらこの泡のせいで魔物は身動きが取れないようだ。あの鋭い牙でも割れないあの泡はどれほど強力なのだろうか。



「――はいっ♪ 消えちゃえ!」



 ――ドゴオオォオォオオオオッ!!



 エルフがそう言った刹那、泡が一斉にはじけ飛んだ。シャボン玉のような形をしている癖に、弾ける時はまるで爆弾だ。



 風圧で木々を揺らし、辺りの岩を地面を消し飛ばした泡の爆弾の威力は凄まじく、まともに受けた魔物は肉片一つ残さずこの世界から消え去った。



 あっと言う間の出来事であった。私だってあれほど鮮やかに倒せるか分からない。少なくとも彼女は、体長二メートルはありそうな巨大な魔物を肉片一つ残さず殺戮できる力があるようだ。



 ……もし……あんなのまともにくらったら……!



 隣で彼女の様子を見ていたエステルが、震えた声で呟く。



「…………彼女は私の友達でした――『泡魔導士のビビアン 』です。……でも、おかしい。生き物大好きなビビアンがあんな殺し方するなんて……」



「――――――――ッ!! エステル、逃げてッ!!」



 突如、エステルのすぐ隣に巨大な泡が出現する。それに気づいた私は必死に呼びかけるが、出現速度が速すぎる――ッ!?



 駄目。このままじゃ間に合わない――ッ!!



「――――――」



 爆発する寸前、近くにいた大神がエステルの手を引っ張ってギリギリの所で回避をすることが出来た。大神とエステルは爆風で木の幹にまで転がっていったが、目に分かるダメージは無いことにほっと胸を撫で下ろす。



「……あらら? あらららら? 仕留めそこねましたのっ♪」



「……くっ…………」






 泡魔導士のビビアンが、不気味なほど口角を釣り上げてこちらに歩み寄って来た。


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