第26話 虎穴に入って虎子を得る

「よう、誰かと思えば“騒嵐運手ストーム・ブリンガー”様じゃん! オレらのホーム来るなんて、めっずらしー」


 わざとらしさを絵に描いたような笑顔で、風紀委員副委員長ジャン=ジャック・モンテーニュは片手を上げた。


「……昨日・・はどうも」


 セシュナは風紀委員治安部詰め所と銘打たれた小屋の、内装に目を走らせた。


 北校舎の隅、一般的な屋敷なら使用人の控室になっていそうな大部屋。

 しかし中にはまるでサロンのようにテーブルやソファ、遊技台が並び、腕章をした生徒達がたむろしていた。奥のミニバーには綺羅びやかな瓶や菓子が並んでいる。

 治安組織らしいインテリアは、石壁に飾られた武器や敷地図のタペストリーぐらいしかない。


 そして部屋の最奥、バーカウンター近くにある大きなソファ。

 そこに、ジャンが座っていた。


「まあまあ座んなよセシュナ君、コーヒーでも出そうか? ヒルデ会長とアレクサンドラ嬢の御友人様・・・・の口にあう豆があるか分かんないけどさぁ」


 遺恨などまるで無いとでも言いたげに、彼は向かいの羅紗張りのソファを示す。

 セシュナは静かに腰を下ろし、ジャンと向き合った。


「てっきりセレブなお嬢様方とヨロシク楽しくヤってると思ったのに、そっちから顔出すなんてさー。どうしたんだよ? ん? んん?」


 詰めれば五人は座れそうな豪奢な刺繍のソファに、両腕を広げてゆったりと座る姿は、絵本に出てくる王侯貴族そのもの。相変わらず制服は着崩したまま、長い金髪を肩で遊ばせていた。

 頬に貼られた大きな湿布だけが、妙に痛々しいけれど。


「相談があります」

「へぇー、わざわざオレに?」


 整った顔に描かれているのはあくまで友好的な微笑みで、そのことには一分の隙もない。しかし――いや、だからこそセシュナは、頭の芯が冷えていくような感覚で、口を開いた。


「風紀委員が保管している取締の調書を見せて欲しいんです」


 いくら一般学生の怠惰や非行を正す風紀委員と言えども学生であり、その権力には制限がある。


 その一つが、取締行為に対する調書の作成と公開である。

 生徒の個人情報を守るという名目で誰にでも見られるわけではないが、上位組織である生徒会あるいは評議会の要請があれば、無条件で公開しなければいけない。ヒルデが風紀委員と戦う武器の一つ。


 ジャンはその笑みを崩さなかった。むしろ、より一層深めるようにして。


「へえ。なんでそれを、オマエがオレに・・・・・・・頼むワケ?」


 指摘はもっともだった。

 セシュナは公式には生徒会役員ではない。

 ジャンもまた、最終決定権を持つ風紀委員長――イザベラではない。


 セシュナはしばし無言のまま、ジャンを見ていた。いや、睨み付けていた。


(この顔にホントの事が全部書いてあればいいのに)


 やがて黒髪を派手に結い上げた女生徒が、一組のコーヒーセットをセシュナの前に差し出してくる。制服のシャツを大きくはだけて、スカートを短くしたその姿は男子委員と同じく敢えて学則違反を犯したファッションなのだろうか。


 苛立つ神経を落ち着けようと、セシュナは一度深く息を吐いてから。


「……単刀直入に言いますね。こういうの苦手なんで」


 言いながら、ブレザーの内ポケットに入れておいた封筒を引っ張りだす。

 赤い蝋で口が閉じられたそれをジャンの前に示し。


「ここに市警が発行した証明書があります。昨夜のレイン家馬車襲撃事件の現場に残されていた魔法痕サインを識別し、その場にある魔法使い・・・・・・がいた、という内容です」


 蝋に押された判は、ティンクルバニア市警の公文書に添えられる星と大鷲の意匠。

 ジャンの完璧な笑顔に、一筋のひびが入る。


「……は? 何の話だよ、オイ」 


 セシュナはそのまま話を続けた。


「昨日、レイン邸で特待生の集まりがあったんですよ。その出席者が乗ってた馬車が襲われて。運良く被害者は出なかったんですけど、たまたま・・・・ニザナキ・トラフ君――予備保安官資格を持った魔法使いウィザードがいたので、鑑定してもらったんです」


 我ながら空々しい文句だが、ジャンを相手にするなら仕方ない。


「まだ、その魔法使いが誰か・・・・・・・・・までは、特定してないんですけどね。レイン家は、この魔法痕サインの持ち主を襲撃事件の首謀者と考えて、懸賞金を懸けることを検討してるそうですよ」


 そしてセシュナは、ジャンの青い眼を射抜くように見やった。


「アレクサンドラさんは、あまり事を荒立てたくない・・・・・・・・・って言ってましたけど」


 市警の封蝋とレイン家の後ろ盾で、モンテーニュ商会の影響力にどこまで抗えるか。

 アレクサンドラは楽しそうに笑っていたけれど。


「……オレはさぁ」


 ジャンの言葉には、何の感情も篭っていなかった。

 笑顔だけを保ったまま。


「ただ毎日を楽しく暮らしたいだけなのよ。ホント、それだけ。自分がやりたいと思ったことをやって、薔薇色の学園ライフを送りたいなーって思ってさ。オマエもそうだろ?」


 セシュナは――自分がふらりと傾くような感覚がして、それが目眩なのだと気付いた。

 ジャンは立て板に水を流すように、口を開く。


「だから考えた訳。校則とか成績とか、そういうルール的なさ、メンドくせぇの抜きにして面白おかしく自由にやってくには、どうしたらいいかなって」


 そこで彼は言葉を切った。

 もしかすると、セシュナが何か答えるとでも思ったのだろうか。


 少しの間が空いて。


「答えは簡単。ルールを仕切る側になれば良い訳よ」


 そう言い切った。

 セシュナは首を振る。頭の芯を痺れさせる目眩を振り切るように。


「レイン家とモンテーニュ商会の争いなんて、誰も望んでない。あなたもそうですよね」

「まぁ最後まで聞けって。ていうか、いくらオレ様でも、一般生徒にほいっと見せる訳にはいかねーんだよ、調書ってのはさ」


 ジャンはテーブルに置いてあった飲みかけの果汁を口に含んだ。


「……これはオレの提案だけどさ。オマエ、風紀委員に入らねえ?」


 それは予想していない展開だった。

 恐らく顔にも出ていたのだろう。ジャンは楽しげに、くつくつと笑い声を漏らす。


「オマエが風紀委員だっつうなら、調書は読み放題だし? 何なら気に入った女子委員とか下につけてやってもいいし? うわスゲ、超好条件じゃね、オレ様寛大~」


 何やら一人悦に入り始めたジャンを遮って。


「そういうのはいらないです。調書が読めれば」

「んだよ、つれねーなぁ。ついでにオマエが知りたがってる事・・・・・・・・・・・・、教えてやってもいいのに」


 調子を取り戻したのか、ジャンは勢いづいていく。


「愛しの“微笑聖女スマイリー・マドンナ”の事なら、多分、オレが学園で一番詳しいんじゃねーかな? 例えば、そう、アイツの生まれ育ち・・・・・とかさ」


 まるでセシュナの思惑を初めから知っていたかのように。


(なんか腹立つ……でも)


 認めざるをえない。

 その情報はセシュナが探していたものだ。


「何せ副委員長様だからよ、大体のことは知っちゃってんだよね」


 この場で何を言っても、墓穴を掘るだけだろう。

 セシュナは仕方なく頷いた。


「……分かりました。別に、風紀委員でも何でもいいですよ、僕は」

「お、良い返事! 流石、“女帝エンプレス”と“淑女レディ”に二股かけるオトコは度量が違うなぁ――あ、この場合は”聖女マドンナ”もか!?」


 ジャンの大笑は、詰め所全体に響き渡るほどで。

 セシュナは沸き起こる怒りの片鱗を無視した。必要なのは冷静さだ――それに、ジャンの言う事を真っ向から否定できる程、潔白でもない。


 セシュナはジャンを見据えた。


「じゃあ折角なんで。同じ風紀委員として、色々聞かせてもらいますよ。副委員長殿・・・・・

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