第5話 風紀委員の逆襲

 太陽は少し傾いていたけれど、未だ夕陽と呼ぶほどには色付いていない。迫ってくるように色濃い青空は新大陸アカシアならではだった。目を引くほどに美しいけれど、一方で押し潰されそうな存在感があった。


(……なるほど。僕が、七人目の特待生・・・・・・・、ってことか)


 初めての放課後。


 空を見上げながら、ぶらぶらと中庭を歩く。一通りの校舎見学を終えて、辿り着いたのがここだった。パンフレットにある案内図では、ちょうど敷地の中心に位置している。

 円形に煉瓦を敷き詰めた広場に、同心円状に季節の植物を配置した、先進的なデザインの庭園。中央には第一号校舎――通称大聖堂カテドラルがあり、その背後には巨大な白い塔が控えていた。


「――ねえセシュナ君、分かった? 理解した? ホント、あの人達には関わっちゃダメだから、絶対!」

「ええと……この学園には六人の特待生がいて、みんな選びぬかれた特別な存在で、関わってはいけない禁忌・・。だっけ?」


 教養課程の学生は千を数えるが、特待生の資格を持っているのは六名だった。それぞれ成績や研究成果、または特殊な素質を評価された優秀な学生。


「そう! そうだよ、私達みたいなフツーの生徒はとても関われないような特権階級なの!」

「特権って……例えば?」

「生徒会長のヒルデ先輩は予算を握る学園のトップだし、あと社交クラブのアレクサンドラ様は一声で私兵団を呼び出せるって言うし、ニザナキ様なんて一人で城も破壊できる戦術魔法士ウォーロックだし――」


 それは特権というか本人の能力なのでは、と思うけれど。


「ええと……特待生は、生徒会長、風紀委員長、副大統領の娘、戦術魔法士ウォーロックに、無敗の魔法格闘家、それから……」

六人目シックス新大陸原住民ネイティヴ出身、最後にして最大の呪術師。ミロウ=ミリア・ミリット、だよ」


 煌く銀髪と夜の森のような黒い瞳を頭巾に隠し、鷹を従えた寡黙な少女。


 ルチア曰く、大森林の恐るべき妖精族エルフの末裔で、目が合うと呪われ、口を利くと恨まれる禁忌の存在。既に十三人の学生を儀式の生贄を捧げているとかいないとか。


五人目・・・のアシュ・パーペルンさんに言わせると、少しマイペースでとっつきにくい女の子、らしいけど)

「……で、彼女達に並ぶ新たな特待生、巷で噂の七人目セブンスこそ、何を隠そう――セシュナ・ヘヴンリーフ君!」


 ルチアが悪戯っぽく付け足す。


「……あの、一応言っておくけど、渾名とかつけないでね」

「えーっ! 折角だし、なんか付けようよ! “堕落天使フォールン・エンジェル”とかそういうカッコイイ奴!」


 これまでの六人と比べて、七人目はかなり見劣りする。

 特別な役職はなく、秀でた家柄も能力もなければ謎もない。強いて言えばモンスターの生態についての論文がちょっと評価されたぐらい。


「あ、じゃあ“洒落番長スタイリッシュ・ガイ”と“変形合体トランスフォーマー”ならどっちがいい?」

「どっちも嫌だよ。ていうか変形しないし」

「えー」


 何故か不満そうな彼女をどう宥めようかと考えるうちに、聖堂に着いていた。


 開拓船団に参加したさる伝道師が、荒れ果てた地に初めて築いた母なる神の家。築数百年の石造りの教会は、それ自体が一種の神々しさを漂わせていた。

 建築自体はまるで要塞のように素っ気ない。荒野の空っ風に晒され続けて黄ばんだ石壁の表面は、砂の跡に削れて微かな起伏がある。窓は何度か改修が行われたのだろう、ガラスの透明度がまちまちだった。


 ルチア主催の学内見学ツアーも、いよいよ終点。


 厳かな気持ちで、セシュナは扉に手をかけた。黒くくすんだ重い木戸を、力を込めて押す。


「……あれ?」


 びくともしない。

 もしやと思い、聖印を象った叩き鉦を引っ張る。やはり動かない。


「どしたの?」

「開かない……おかしいな。扉が重いのかな?」


 もう一度、全体重を預けて扉を押しやる。無駄だった。


「……閂がかかってる?」

「そんな訳ないでしょー。聖堂だよ? 必ず正門は開いてる決まりだもん」


 ルチアが言う通り聖堂とは常に正門を開いているものだ。これは教典に定められた戒律であり、例外は戦時や災害時だけである。


 とはいえ同じく扉を押したルチアも、


「ホントだ、開かない。あれー? なんでなんで? いつも開いてるのに」


 何度か押したり引いたりした後、驚きを漏らした。


「……あ。もしかして、修繕工事とか入ってるのかな?」

「えー? うーん、今日の生徒会では聞いてないけど……」


 顎に手を当て首を傾げ、ルチアが考え込み始める。


 セシュナはひとまず、扉の具合を確かめた。

 重厚な両開きは、要塞の無骨さを匂わせる。


 ――ふと、指先が訴える違和感。


 扉の端、影になっている所に顔を近づける。


「どうしたの、セシュナ君? なにかあった?」


 紙一枚も通らなそうな扉と床の間に何かが挟まっていた。


 深い灰色に茶色っぽい模様。

 ふわりとした感触の正体は一枚の羽根だった。


「それ!! “女王クイーン”が連れてる鷹の羽根――っ!」


 慌てて声量を抑えながら、ルチアが叫んだ。

 肩越しにこちらの手元を覗きこんでいるのか。距離が近い。耳に息がかかると、どぎまぎしてしまう。


「う、うん。この柄、見覚えがある。彼女の鷹だ」


 今朝、風のような羽ばたきに救われた時。

 セシュナの目の前に舞い落ちた羽根と同じものだ。


「まさか……聖堂に? “女王クイーン”が? 鍵かけて? 立てこもり?」


 振り向くと、見る見るうちにルチアの顔が青褪めていた。


「帰ろうセシュナ君。ほらもう帰ろうよ見学ツアー終わり終わり!」


 思ったより強い力で、彼の上着を引っ張りながら。


「絶対ダメだよこれ見ちゃいけない奴だよ、完璧呪われる奴だから、今儀式中だし鳥とか猫とか殺してるしうわーグロいもうヤダ、ね、帰ろ!?」


 ルチアは本気で怯えているのだろうが。

 正直な所、セシュナはまだ信じていなかった。


(彼女――ミロウは、本当に呪術師なのかな? あんな良い人が?)


 何か誤解があるのではないだろうか。

 話してみれば、意外とあっさり仲良くなれたりするかも。


(それに、聖堂の中だって覗いてみたいし)


 旧大陸ユートリアでは絶えて久しいミリア教テスラ派。その最高傑作とも呼ばれる彫像『ミリアの子供達』を自分の眼で確かめたい。


 今日は、その為にルチアについてきたのに。


「うーん……どうしよ」

「――おい、まだ見つかんねーのかよ、“魔女”どもは!」


 怒鳴り声は、遠くから聞こえた。


 聖堂の正面から庭園を戻った先にある南棟。その二階廊下に、見知った顔――というか、残念ながら見慣れてきた顔が見えた。


 みんな痛々しい包帯姿で、揃いの腕章をつけている。


「出足が遅れたからな――無駄な会議開きやがって、クソ委員長め!」


 ジャンの姿こそ見当たらないが、間違いなく風紀委員だろう。やはりそれぞれが思い思いに武装している。訓練用のものだろうか。


「”魔女”って……まさか昼休みの仕返しに?」


 もしそうなら他人事ではない。


「ちょっと、セシュナ君セシュナ君っ」


 またしてもルチアに引っ張られ、無理やり振り向かされる。そろそろ袖が伸びそうだ。

 青かった顔を今度は紅潮させながら、ルチアが訴える。


「超ピンチダブルピンチ! ヤバい、今度こそヤバいって!」


 まるでおぞましいものを掴むように指をぐにゃぐにゃとさせて。


「あいつら、昼のこと絶対根に持ってるし! 見つかったら大変だよセシュナ君っ! あーもう、後ろには風紀委員だし前には“冷酷女王マーシレス・クイーン”だし、どうしようどうしよう!!」

「うん……そうだね。もし狩りなら、こういう時は――」


 まずは包囲から抜け出さなければ。

 南棟を迂回して学外に出る道順は無いか。だが、背後を盗み見ると、風紀委員達が散開していくのが目に入った。


(相手は数が多い。こっそり逃げ出すのは難しいかも)


 これ以上彼らの怒りを煽らずに、姿を消すには……


「あっ、そうだ!」


 ルチアが歓声を上げた。


「会長! そうだよ会長だよ! ヒルデ会長ならきっと何とかしてくれるよ!!」

「会長って、えーと、生徒会の?」


 セシュナは小さく首を傾げた。ついさっき聞いた名前。


「ヒルデ・ロタロフィオ先輩――“鉄血女帝アイアン・エンプレス”! こういう時、すっごい頼りになるから! うんうん!!」


 ルチアは一人で何度も頷いている。


(さっき、生徒会長も特待生だ、って言ってたよね)


 学園流に言えば、一人目ファーストの特待生。

 ルチアが言うところの、関わるべきでない人物の筆頭――特待生に序列は無いけれど。


「さあ行こうセシュナ君! 善は急げ! ゼンイソだよ!」


 駆け出そうとする彼女に手を引かれつつ、セシュナは考えた。


 閉ざされた聖堂にいる少女、彼女達に仕返しを図る風紀委員、すごく頼れる生徒会――


「――分かった。ルチアさんは、生徒会長さんを呼んできて」

「オッケー!! ……って、んん?」

「僕は、ここ・・に隠れてるから」


 言いながら、目の前の大聖堂を示す。


「ええーっ!?」


 驚くルチアにセシュナは笑いかける。


「剣や槍よりは、呪いの方がマシかなって」

「でっ、で、でもでも! 女王だよ!? 冷酷だよ残酷だよ?」

「風紀委員が探してるのは僕やアシュさん達だけだから。ルチアさんは、僕といる所を見られない方がいいと思う」

「でも、それじゃセシュナ君が!」


 どう話せばいいのか。

 セシュナは後ろで結んだ髪を掌でかき回しながら、続けた。


「お願いだよ。その、ルチアさんしか頼れないんだ。生徒会の書記をやってる君にしか」


 じっと、彼女の眼を見つめる。


「……もう、ズルいんだから。そんな風に言われたら頑張るしかないじゃん」


 不承不承、ルチアが頷いた。

 内心でほっと胸を撫で下ろす。


「気をつけてセシュナ君。絶対、絶対見つからないでね!」


 セシュナが応じると、彼女は駆け出していく。

 出来ればそのまま逃げてくれればいいのに。


(ルチアさんみたいな人、巻き込んじゃいけないよね)


 不本意ながら自分が撒いた種だ。自分で刈り取らなければ。

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