ローリー追跡

 伊刈と喜多はユニバーサル石油がどんな会社か調べた。県内に百二十六の系列GSを持つ石油卸の県内最大手だった。会長の剱持は県内財界の重鎮で石油流通王として知られていた。悪い評判がきっとあると思ってネットをいくら検索ても石油を安売りしているといった書き込みは見当たらなかった。むしろ反対にユニバーサルは価格が高いという悪評ばかり目立った。

 限られた情報の中で伊刈が選択した作戦は関東興油の張り込みだった。関東興油は相変わらず堂々と軽油の製造を続けており、毎日タンクローリーが出入りしていた。原料油を降して製油を積み込むタンクローリーを尾行すれば取引先がわかる。それが伊刈の狙いだった。夏川は外して喜多だけを付き合わせることにした。

 張り込みを開始してまもなく真っ白に塗装されたタンクローリーが入場してきた。普通のタンクローリーには石油会社のマークがついているのだが、それをラッカー塗装で塗り潰してあった。真っ白な車体はまるでタンクローリーのミイラのようだった。

 二十キロリットルのタンクローリーに満タンになっている油を積み降すにはそれぞれ二時間かかることは計測済みだった。つまりスタンドが一つだと一日に積み降せる台数は三台ということになる。これが製油施設の規模を規定するボトルネックになるのだ。

 四時間後、申し合わせたように真っ白なタンクローリーが関東興油の場内から出てきた。喜多の運転で追跡を開始した。タンクローリーの運転手は全く無警戒で、国道を西へとひた走った。二時間後に到着したのは東京湾岸の埋立地にあるユニバーサル石油の製油所だった。

 「班長の予想どおりでしたね」喜多が目を輝かせた。

 「ここまでは追跡しなくてもわかってたよ。問題はここからだ」

 「どうするんですか」

 「同じローリーが出てくるまでここで張り込む」

 「ほんとにですか」

 「もちろん本気だよ。徹夜になるかもしれないよ。動き出すのは明日の朝かもしれないからな。食料と水を買い込もうか」

 「わかりました。お付き合いします」

 「そんなに気張らなくていいよ。長丁場だからのんびりやろう」

 タンクローリーがすぐに動き出すとは思われなかったが、あまり現場を離れたくなかったので、近くのコンビニで食料を買い揃えるとすぐにユニバーサル石油の駐車場入口が見える位置に戻った。

 タンクローリーは日が暮れ始めてから動き出した。意外に早いと思った。油は積んだままに違いない。走り方からも空荷でないことがわかった。再び追跡が始まった。

 「こっからが本番だぞ。この時間だともう関東興油には戻らないだろうから、どこへ行くかわからない。慎重にやってくれよ」

 「わかってます」喜多が厳しい表情で答えた。

 タンクローリーは国道から県道に折れた。沿道にはところどころGSがあった。そのどこかに寄るのだろうと予想していたがタンクローリーが入って行ったのは植木畑だった。

 「どういうことでしょう」予想外の事態に喜多が首をかしげた。

 「歩いて行ってみるから待ってて。もしもローリーが出てきたら一人で追跡してもいいから」

 「わかりました」

 喜多が車を路肩に寄せると伊刈だけが降りて植木畑に入った。しばらく植木の中を進むと暗がりの中にタンクローリーの白いボディが見えた。身を潜めながら後部のバルブの見える位置に近付いた。何をしているかはすぐにわかった。植木畑の中に隠した貯蔵タンクに油を移しているのだ。伊刈は用心しながら車に戻った。

 「どうでした」

 「油を降してたよ。秘密のタンクがあるみたいだ」

 「どうしてですか」

 「白いノーブランドのローリーでGSに乗りつけたら不正軽油を入れてるってばればれだろう。だからまずここのタンクに移しておいて、GSの小型ローリーでまた移動するんじゃないかな」

 「なるほど考えましたね」

 「時間を計ればタンクの大きさわかるよ。満タンで二時間だったからな。本格的なタンクだとは思えないからすぐに出てくるよ。きっとこの近くにユニバーサル系列のGSがあるんだ。あとで地図を調べてみよう」

 「すごい推理ですね」

 その後の展開はまさに伊刈の推理を裏付けていた。ノーブランドのタンクローリーはGSには直接乗りつけずに秘密のタンクのある場所で油を降した。タンクの近くには必ずユニバーサル石油系列のGSを見かけた。タンクローリーが空になると関東興油に積みに戻った。そこからGSに直行しないのは油の品質を調べるためと尾行を避けるためだろう。石油流通王の裏の顔を見破るのは簡単なことだった。それがどうして摘発されないのか。どうしてネットに書き込みすらないのか。かえってそのことに伊刈は不気味さを感じた。

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