悪魔
クリストの笑顔は不気味だった。あまりにも綺麗すぎて、どこか感情が欠落したような。どこまでも禍々しく、不吉に思えた。そして、地面に描かれていたのは、見覚えのある魔法陣。
「……呆れた阿呆だな。アレだけ悪魔召喚には手を出すなと忠告したのに」
しかも、よりにもよって……
「アシュ、君みたいな未熟な魔法使いはそうだろうな。しかし、僕は違うよ。僕は君のような不完全人間ではないんだ」
首を少しだけ傾けて、澄ました表情を浮べる。
「ふっ、何度も言わせるなよ。君は僕との勝負に負けたんではなかったかな?」
軽口を叩きながら、アシュの額に一筋の汗が流れる。もし、アレを召喚されれば自分の手には追えない。脳内をフル回転させ、事態の収束を模索する。
バキ……バキバキバキバキッツ
「……貴様が……卑怯な手を使うからだろうがああああああああああぁ!」
まるで人格が変わったように。
クリストは、狂ったように叫び出す。
「悪魔召喚が卑怯? 今、君が使おうとしている手だね」
「ククク……自分と対等になるのが怖いか? これは、貴様の卑怯な手を使うことに対抗してのことだ」
「なら、使いたまえ」
一片の躊躇すらなく、アシュは答えた。
「……」
「悪魔召喚? 笑わせる。君が悪魔召喚を使うと言うのなら、僕は悪魔召喚など使わず君に勝ってみせるよ。卑怯者に対し、正々堂々とね」
まるで正義がこちらにあるかのように。自分と同じ位置の卑怯者へとクリストを貶め、自らがクリストであるかのように振る舞った。敵は自尊心の塊である。アシュの言葉に対し、影響を受けることは間違いないと踏んだ。
バキ……バキバキバキバキッツ
「……貴様、いい加減にしろ」
「ふぅ、ならどうすればいいんだい? 悪魔召喚が卑怯な手だから、使わないと言えば、それでも君は不満なのか。いったい、僕にどうしろと? 手足を紐で縛って闘えとでも?」
バキ……バキバキバキバキッツ
「……誰がそんなことを言ったぁああああああああああああ!」
無残にへし折られていく鉛筆。アシュに敗北してからと言うもの、クリストの評判は落ち、その妙な癖は異常がられた。しかし、彼の態度は異常なほど平然を保っていた。それが、逆に彼の異常さを際立たせ、生徒から敬遠された。今では、彼に話しかけるのは、心配して明るく話しかけるリアナのみだった。
「なら、どうすればいい? 君の言う正々堂々と言うのを、僕に教えてくれないか?」
言え。
他者でなく、自身で縛るルールを。自らの尊大な自尊心が故に、決して破ることのできない制約を。
「だから……最初から言っているだろおがぁああああああああああ! 互いに悪魔召喚を使わずに闘えばいいんだよおおおおおおおおお!」
「……」
闇魔法使いは、低く笑った。
クリストは自らに制約を貸した。卑怯者と断じたアシュの作ったルールでは、敗北に近づけば容易にルールを破る。そう言う男だと、前回の闘いで認識した。だからこそ、自発的に二つの認識を示させた。悪魔召喚が卑怯であるということ。そして、悪魔召喚なしで戦うことが正々堂々であること。この制約さえ守れば、たとえアシュが勝利しても、悪魔召喚に及ぶことはない。
この闘い方は、常日頃、ヘーゼン=ハイムとの激闘で自然と身についていった。
以前酔っ払ったヘーゼンが『最強の魔法使いとは何か?』と質問したことがある。アシュは、しばらく、考え、『魔法、魔力共に最高の者』と答えたが、ヘーゼンはそれを一蹴しこう答えた。
『最強の魔法使いとは、全ての魔法使いと闘い、生き残ることのできる魔法使いだ』と。
敵を分析し、相手の持っている特性を、弱点を見抜き、なにがなんでも生き残る。闘いは、エンターテイメントではない。あくまで、生存のためのものだと、師匠から教えられていた。
「どうした? 恐ろしくなったか?」
嘲ったような笑みを見せるクリスト。
「バカな。いいだろう。君のイカれた正々堂々とやらを飲んであげよう」
そう言ってアシュは詠唱を始めた。
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