ロキ 2 ―魔法使いに大切なこと―



 俺が姉ちゃんに初めて会ったのはちょうど一年くらい前だ。


 その頃から、村の外れに若い魔法使いが住んでるって噂が流れていた。

 とたんに俺くらいの年の奴は魔女が住み着いたって面白半分に騒いでた気がする。

 俺は最初っから魔女とかどうでもよかったけど、魔法ってのには興味があった。


 今の時代は魔法の勉強は必修科目になってるって言うけど、この村は田舎すぎて学校なんてものは無い。

 だから俺が住んでる教会で神父様と修道女様が交代で勉強を教えてくれてるんだけど、その二人共魔法の知識がからっきしだから、けっきょく魔法なんてちっとも学んでない。


 他の子供は魔法なんて別に知っても知らなくてもいいって感じだから、むしろ魔法に興味がある俺が浮いてる感じだ。

 だから、近所に魔法が使える人がいるって知ったときは、これだと思った。


 なんとか魔法のことを勉強できないかとその魔女が住んでる家まで来たんだけど、その時は家の中には誰もいなくて扉も鍵が掛かってないから、俺はコッソリ忍び込んだ。


 家の中はなんていうか本だらけだった。

 雑に並べてある机には変な形のガラス瓶が並んでてその中にピンク色のモヤモヤしたものとか、緑色の水とかキモイものがいっぱいあった。


――なんか、想像してたのと違うな……。


 見たことかないけど、魔法使いって派手なイメージだったからこんな本だらけな陰気な部屋とは思わなかった。


 何か冒険小説で読んだように山に篭ったり、古代の洞窟に行って大昔の大魔法を習得するみたいなイメージだったからなぁ……。


「てゆうか、魔法使いって本読むんだな」


「当たり前だよ、魔法ってのは、知識と理論を理解していないと使えない高等技術なんだからさ」


「うぉわあああ!」


 誰もいないと思ってたのに後ろから急に声をかけられた。

 あんまりにも不意を疲れたせいで変な声出しちゃったじゃないか!


「一体誰だい、人様の家に勝手に入り込んで? ……まぁ、田舎だからって戸締りをしなかったあたしが言えたことじゃないか」


 振り返ると適当に束ねた真っ白な頭をポリポリ掻きながらため息をついてる女の人がいた。

 この人がどこからか来た魔法使いのマリアだった。


「か、勝手に入ってゴメン! 俺、魔法のこと知りたくてつい!」


「ん? ああ、そんなことだと思ったよ。ハッハッハ、こんな田舎じゃ魔法も珍しいだろう?」


 思った以上にノリが軽い人だ。

 だったらお願いしたら魔法のことを教えてくれそうだ。


「そうなんだ! こんなとこじゃまともに魔法なんて学べないからさ、俺に魔法を教えてくれよ、オバサン!」


「だれが行き遅れの年増オバサンじゃあ! こぉんのクソガキがあああああ!」


 俺はこの日に“失言”という言葉の意味を身をもって学んだ。


 それから、毎日のように姉ちゃんの家に通って、平謝りと魔法の授業のお願いをし続けて、姉ちゃんの機嫌が治って魔法の勉強を見てもらえるようになるまで半年位掛かった。


 とにかくこのことで俺が学んだのは。

 女の人にオバサンっていうのは、もうやめようってことだ……。


       *


 姉ちゃんからなんとか魔法の授業を受けられるようになって数ヶ月。

 俺は姉ちゃんから言われた魔導書の暗唱をすることになった。


 なんでそんなことしなきゃなんねぇんだってゴネたら、『じゃあ魔法の勉強は諦めるんだね』とか言いやがった。


 ちきしょう、きたねぇ……。


「この世界は魔素マナから生まれ、魔素マナに帰る。魔素マナとは魔法を形作るだけのものに非ず。魔素は万物を形作るもの。万物に繋がり、干渉し、影響し合うものなり。魔法は万物に干渉した際の現象なり。魔の四大元素たる火・水・土・空とは、つまりはその現象の上澄みを汲み取ったものである。」


 俺が暗唱してるのは世界最古の魔導書『ソロモン』の序文の一節だ。

 といっても現存するうちで最古ってだけだって姉ちゃんは言ってるけど、俺にとっちゃどうでもいい。


 魔導書ってのは大昔の偉い魔法使いが、魔法や魔素をあるべき形に留めるために後世の人間を導くための書物ってのも言ってた。

 魔法の存在がこの世界に認識されて何千年って経ってるから、本当の意味での世界最古は特定できないんだそうだ。


『できれば、死ぬまでに本当の世界最古の魔導書ってのを拝みたいもんだねぇ……』


 なんて姉ちゃんは言ってた。

 それも俺はどうでもいいや。

 俺はとにかく魔法を学べればいいんだから。


「おお〜、ちゃんと覚えたようだね〜。えらいえらい」


 俺が姉ちゃんから宿題に出されてた、『ソロモン』の序文の暗唱を終えたら、頭を撫でながら褒めてきた。


「つーかよー! こんなつまんねーことじゃなくって、もっとこう、派手な魔法教えてくれよ! いい加減飽きたって!」


「バカモン! 先人のありがたーい教えをつまんねーとは何事かっ! 魔法には正しく使うための知識と心構えが重要なんだ。言っとくけど毎回やるよ、これ」


 俺は、うへぇって言いながら机に突っ伏す。

 別に覚えてるからいいけど、こんな面倒なこと毎回は流石に萎える……。


「あと、こうゆうのを怠るとどっかの誰かがホイホイ魔法を使うからなー。ホント困るよなー」


「いやー! 昔の偉い人の言うことは違うなー! 何か、こう心にくるものがあるよな、姉ちゃん!」


 やっぱ基本ができてないとダメだよな!

 もっともっと意味を考えて読まないといけないんだな!

 さすが姉ちゃんだ、よくわかってるぜ!


「……単純でいいことだ、ホント」


 姉ちゃんが呆れ顔で何か言ってる。

 おかしいな、俺は正直に言ってるだけなんだけどな!


「でも、姉ちゃん。この『ソロモン』やっぱ何が言いてぇのかよくわかんねぇよ。」


 これはホント!

 小難しい言い回しとか、単語ばっかで全然理解できねぇ。


「うーん、まあ原典が古いものだから、翻訳とか写本の段階で意味合いが変わってきちゃうものも多いからねぇ。でもおおよその意味は変わらないと思うけど」


「そうは言っても、俺はこの序文だけで何を学べばいいんですか、先生?」


「はぁ……、優秀な生徒だよ、全く。つまり魔法は、魔素が及ぼす自然現象のほんの一部ってことで、魔法が一つの概念じゃないってこと。火の魔法は火事の延長にあって、水の魔法が大雨とか洪水の延長にあるっていうふうにね」


 そういえば序文にも、魔素は万物を形作るって書いてあったな。

 万物ってことはこの世の全てってことだもんな。


「魔法は自然現象をそっくりそのまま小さくしたものってかんじなのか?」


「あーそうだね、そんな感じそんな感じ。もちろんそれだけじゃないんだけど、とりあえずはそんな考え方でいいよ」


「じゃあ、その気になれば魔法を使って、無理矢理災害を起こしたりするこのもできるってことか!」


「お前は物分りはいいけど、発想が危険だな……」


 いや、別にやんないんだけど……。

 いくらなんでも、さっきとは違うんだからやって良いことと悪いこと位は解るって。


「まぁ、でもそうだよ。特に全時代なんかは城や街を攻めるために火攻めや水攻めなんてしょっちゅうあったからね。ただ、そうゆう魔法ってのは使う魔素マナも膨大だからね。一回使うだけで一日分の魔素使い切っちゃう程なんだよ」


「はぁ? なんだよそれ、使えねー!」


 なんだよ、魔法ってスゲー魔法をバンバン使っていくもんだよ思ってたのに。

 やっぱ物語で書かれてる魔法使いって作り話の中だけなのか……。


「そう、使えないんだよ。だから、それを補うための呪文スペル魔法陣サークルなんだよなー、コレが」


 スペル? サークル? 何か聞いたことない言葉が出たぞ?


「人が作り出せる魔素マナは個人差があるけど、そんなに大きな差は出ない。そもそも人が作り出す魔素マナだけで大規模魔法を使うってのが無理があるんだよ。そのために空気中や地面といった体外の魔素マナを有効利用しようってのが呪文魔法スペルマジック魔法陣魔法サークルマジックというわけだ。」


 ……?

 話を聞いてもよくわからない。

 それを使ったからといってどうなるんだ?


 俺が理解していないのが嬉しいのか、姉ちゃんは特げな顔をしてふふんと鼻で笑っている。

 くそぅ……。その顔腹立つな。


呪文スペルとは、詠唱によって自分以外の、ただ無作為に漂ってる魔素に意味を持たせること。そこら中にある魔素をこちらの意思で誘導させて、魔法として作るってこと。魔素そのものに対する号令ってかんじかな。魔法陣サークルはそっくりそのまま、言葉を記号に置き換えたものさ。今は魔法言語学とか、魔法印章術とか言うんだけど」


 ええっ……と? むさくい? に漂ってる魔素に、意味?

 結局話が壮大すぎて全くわからねぇ。


 やっぱ姉ちゃんと話してると俺がバカだって言われてるみたいで、スゲェモヤモヤする。


「要は、これを使えば自分が魔素を全く使わずに大規模魔法が使えるってこと」

「おお! そうゆうことなら早く言えって! じゃあさ、早くその呪文スペルとか魔法陣サークルってやつ教えてくれよ!」


 俺が姉ちゃんにそう言いながら詰め寄ったら、そうすることを予知してたみたいに姉ちゃんが手のひらで俺の顔を受け止める。

 姉ちゃんの柔らかい手で押さえつけられて息ができない。


「そう急くな。若いってのは嫌だねぇ、がっついちゃって」


 オバサン呼ばわりしたらブチギレるくせに、こうゆう時は年上ぶるんだよな姉ちゃん……。


 ってか、いい加減手ぇどけろよ!


「窒息するわ!」


 そう叫んでようやく俺の顔から姉ちゃんの手が離れる。

 離れたら離れたで、あの柔らかい手がちょっと惜しい。


 くそぉ、これがジレンマってやつか……。


「別に教えないわけじゃないけど、ロキ坊に早いっての。まだまだ基礎理論も全然じゃん!」


「でもよー、このきそりろんっての小難しいことばっかて飽きんだよ。先生なら生徒の興味をそそる授業してくださーい」


「ホントクソ生意気なガキだな……。いいかい、物事には順序ってものがあんの! 火の魔法が使えても、どうして火が燃えるのかってことを理解してないと意味無いんだよ。ロキ坊、理解できる頭は持ってるのに、ほんっと物臭なんだから」


 あーもー、結局こうだ。


 なんだかんだ言って姉ちゃんは頭がかてぇーんだよなー。

 もっと魔法使いなら自由に常識にとらわれない考え方じゃないとな。


 って言ってもこのまんまじゃその自由を得る手段も無くなっちまいそうだな。

 もう諦めて真面目になるか。


「わかったって、先生。ちゃんと授業受けっから。教えてよーせんせー」


「気持ち悪い声を出すな! もう……最初っからそうしてればいいんだよ」


 そうしてしばらくは、姉ちゃんから魔法の基礎理論の勉強だった。


 派手な魔法はもうしばらくの辛抱だな。


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