妖精少女と救世団の行進曲(マーチ)

全自動洗濯機

プロローグ



 目がさめたら、そこは異世界だった。


 なんて、よくあるライトノベルの冒頭みたいなことを思う日が、あたしの人生で起こるなんて夢にも思わなかった。


 そもそも、ここが異世界だなんて最初は解らなかったんだけど。

 見渡す限りの草原と切り立った岩山で日本ではないことだけは理解できた。

 気がついたときはヨーロッパのアルプス辺りにでも飛ばされたのかと思った。


 それでも充分ファンタジーな状況だけど。


 でも、飛ばされたばっかりのあたしは、正直目の前の景色なんてどうでもよかった。


 なんでまだ生きてるんだろ。


 漠然とそれだけ考えてた。

 ラノベや漫画は好きだったけど、この時のあたしは異世界転生の興奮なんて微塵もなかった。


 ただ、早く死にたかった。

 あたしという存在を消したかった。


 とりあえず、その場でじっとしてみた。

 何も食べなければとりあえずお腹がすいて死ぬだろう。


 もしかしたら獰猛な肉食獣に美味しくいただかれるかもしれない。それだったら、あたしなんかが獣の生きる糧になれるんだからむしろ喜ばしいことだ、とか思ってた。


 けど、だだっ広い草原でぽつんと座ってても誰もあたしに興味を示さなかった。

 あるときは大人の男の人より大きいイノシシがあたしに近づいてきたけど、ちょっと匂いを嗅いだだけでぷいっと顔を背けてしまった。


 そんなに臭かったかな?


 雨風に吹きっさらしになってお風呂にも入ってなかったからそりゃ臭かったかもしれないけど、いざそう考えたら流石に傷つく。


 またある時は、ファンタジー映画で出てくるような臨場感抜群のドラゴンがあたしのちっぽけな存在に迫ってくる。

 この時初めて、あたしはこの世界が本当に異世界だってことに気がついた。


 流石にこれは食べられる。

 やっと死ねるっていう安心感と、ほんのちょっぴりの恐怖心があたしを包んだけど、ドラゴンもほかの生き物みたいに物珍しげにあたしを見ただけで大きな翼を広げて飛び去ってしまった。


 あたしは食べられて死ぬ資格も無いの?


 そう考えたら、ちょっとだけ涙が出た。


 そんなふうにいろんな生き物に道端の石扱いされる生活が続いた。

 どうやら餓死じゃ死ねないみたいだった。


 暇つぶしに日数を数えては見た。

 千を超えてから、バカらしくなって、やめた。


 何日経ったかわからない。

 何日? もしかしたら何年かもしれない。


 ほんの暇つぶしだった。流石にこのままじっとしてても死ねるわけじゃないし、行動したらなにか有効な手が思いつくかもしれないと思って、本当に久しぶりに立ち上がった。


……利き足どっちだったっけ?


 とか思いながら足を踏み出したら思いっきり足をぐねってずっこけた。そのあともあてもなくフラフラしてたらびっくりするくらい転んだ。

 他人の目どころか生き物なんて周りには全然いなかったけど恥ずかしくて死にそうだった。


 ほんとに死ねたらどれだけいいんだろ。


 それから何日か歩いていたら、玩具の家が並んだような街が見えた。

 流石にその時はちょっとはしゃいだ。

 小走りで街に向かうとまた転んだ。


 やっとの思いで街に到着して目の当たりにしたのは、まさしくファンタジーだった。


 街は山の中の割には栄えてて街の中心の広場ではお祭りが行われていた。

 ドイツの民族衣装みたいな服を着て踊る人たち、アコギみたいな弦楽器やエスニックドラムみたいだ打楽器で奏でられるポップな音楽。


 そしてなによりあたしが衝撃を受けたのは、魔法だ。

 綺麗な女の人の踊りの後ろで舞台装置みたいに炎や氷がキラキラと舞っていた。


 そんなの魅せられたらもう我慢できない。


 あたしは何年ぶりかに笑った。

 気づけば、人ごみに混ざってきゃあきゃあ言ってた。


 なんてことだ、ドラゴンを見てわかってはいたけど、ここはほんとに剣と魔法の世界だった。


 それからはもう止まらなかった。

 とにかく世界中を見て回りたくて仕方なかった。

 死にたくても死ねない体のおかげでどこにでも行けた。


 目に映るのは素敵なものばかりだった。


 好きな絵の具をパレットいっぱいに出したような魔法の数々。

 美術品みたいで、厨二心くすぐる剣や槍から繰り出される火花。

 そしてエルフやドワーフみたいな多種多様な種族。


 ケモ耳! 角っ娘! ヴァンパイア!


 ずっと溜め込まれてたあたしのオタク魂が爆発した。


 好きになってしまったら、もうおしまいだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 もう何年経ったかわからない。

 この素敵な世界をあたしは心の底から愛してしまった。


 もともといたあのクソみたいな世界とは大違いだ。


 もちろんいいことばかりじゃない。

 この世界には魔王も勇者もいないけど、争いはどこでだって起きるみたいだ。

 大きな戦争もあったし、種族間の差別ももちろんあった。


 何回も笑ったぶん、何回も泣いた。


 わがままかもしれないけど、あたしは大好きになったこの世界を守りたいと思った。

 こんなに素晴らしい世界無くしちゃいけない。

 この世界をぶっ壊そうなんて奴、誰だろうと許さない。



 前置きが長くなっちゃったけど、別にこれはあたしのお話じゃない。

 もし仮にこれを物語として書くなら主人公はあたしじゃない。


 これは二人の男の子の話。


 強くて、気高くて、優しくて、面白くて、愛くるしくて、甘ったれで、不器用で、格好悪くて、カッコ良い二人の男の子の物語。


 そんな大好きな二人の男の子が、世界を救う物語。




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