頭いってる短編集

まじりモコ

ホラー

都市伝説って我が身に降りかかると悲惨


 最近、ものが一つ増えていることがある。


 正確には、一つしかなかったものが、二つになっているのだ。


 それは消しゴムだのタオルだの靴下だので、まるでコピーしたかのようにそっくり。

 例えば自宅で書類を書いていて、途中で席を立って戻ってくると、机に置いていたペンが二本になっていたりする。


 もちろん、私はそのペンを二つ持ってはいなかった。買ったのは一つだけだ。


 しかしそのペンたちはまるで私が二つを並行使用したかのように、インクの残量からバネの感覚まで瓜二つだった。


 最初は誰かのイタズラかとも思っていたが、私の自室でしか起きないのでそれはどうやら違うらしい。


 今日は私の靴が増えていた。

 しかも右だけ。


 久々ひさびさの休日だったので、ちょっとコンビニにでも行こうかとした、そんな矢先だった。


 右左右と並んだ靴が玄関で異様さを放っている。どっちの右がもともとの私の靴なのかわからない。確かめると、靴底のすり減り方まで同じだった。


 思わず首をかしげてしまう。いったいなんなのだろう。


 これが、ついひと月前からずっと私の周りで続く怪現象だった。

 まさに奇奇怪怪。

 かいかいといえば、さっきから背中がかゆい。これまた複製された孫の手の、そのうち一本で背中を掻いた。


 私の部屋はこの微かな異臭を漂わせる靴以上に、奇怪な様を催していた。


 同じ服が全く同じ様子でベッドに脱ぎ捨てられ、本棚には同じ本が二冊ずつ詰め込まれている。それだけじゃない。狭いアパートの一室に、カーテンも、パジャマも、醤油も箸もぬいぐるみも枯れたサボテンもパソコンもハサミも扇風機もアルバムもライトも、果てはコンセントに至るまで、大型家具以外のほぼ全ての物が二つずつ存在している。


 まぁ、二つあって嬉しい携帯ゲーム機はいまのところ一つだけれど。


 とにかくこんな狭い部屋にこれほどの分量があると邪魔でしょうがない。リサイクルショップに持ち込もうにも、ほとんどが使用済みの物の複製なのでそれもできない。


 まぁいつか収まるだろうと、この時の私は思っていた。



 翌日、仕事から帰ってきたら冷蔵庫が二つになっていた。中に入っていた賞味期限が三年前のキムチも二つ――――。


 これはさすがに駄目だろうと、私は知人に相談することにした。



 電話一つで駆けつけてくれた彼女は私の職場の同僚だ。かわいい顔をしているけど、オカルト好きで有名すぎて恋人いない歴イコール人生になる残念系女子だった。そんな彼女ならこの現象を知っているかと思って呼んだわけだが。


「こんなの知らない! 初めて見るぅ!」


 きらっきらしたお目目めめでそう言われた。あきらかに面白がってやがる。斉藤なんてありふれた苗字の彼女は、飛び跳ねるように私の部屋をぐるっと一周した。


「いやー、電話で聞いてたけど本当へんな部屋だねぇ。あ、女の子らしくデザインしてあげよっか?」


 余計なお世話だと言っておこう。しかし、私の部屋は確かに怪現象を抜きにしても女子力が若干低いので、一考の余地はあるかもしれない。斉藤さんはオカルト好きを除けば超女子力保持者の手練れなのだ。なのに恋人ができない。それは彼女の趣味への執着の深さを物語っているように思えた。


 どうやらその考えは当たっていたらしい。彼女がスマホを無言でいじりだして数分後、私が麦茶を出すべきか紅茶を淹れるべきか途方に暮れ始めた、ちょうどそのとき。彼女はいきなり興奮しだした。


「あったぁ、あったわよ! 貞包さだかねさん、ついにこの現象の全貌があきらかに!」


 闘牛のように鼻息を荒げた斉藤さんがスマートフォンの画面を私の顔に押し付けてくる。近すぎて見えない。


 私は彼女から一歩下がって画面を見た。そこには「怪現象! ダブルの脅威!」と紅のゴシック体がでかでかと表示されていた。ふむ、と私が唇を突き上げると、今度はスマホのかわりに斉藤さんの顔が接近してくる。


「そぉうです貞包さん。これが貴女あなたに降りかかっている怪奇現象の正体よ!」


 顔に飛んできた唾を手の甲で拭いながら、私は斉藤さんをじっと見つめた。この狂乱ぶり。なるほど、結婚願望がないわけじゃないのに恋人がいないはずだ。


「それで詳細なんだけどぉ――――」


 意気揚々と画面を確かめながら語りだす斉藤さんに、私は無駄だと知りながらも椅子を勧めた。





 結局棒立ちで聴いた説明を簡単にまとめるとこうなる。


 この怪現象は最近ささやかれはじめたばかりの都市伝説『ダブル』というものらしく、未だ確証のある情報も証言者も少ないため知名度が低い。斉藤さんがダブルを知らなかったのはこのためらしい。


 このダブルはその名のとおり(?)物が二つに増える現象らしく、それはダブルの被害者宅でのみ発生するという。そして部屋の物は二つに増殖し続け、最後には被害者本人が複製されて二人に……というものらしい。


 いや、ただ聞いただけならチープな噂話だなと思うんだけど、実際にダブルの脅威を身に受けている私にしてみればただ単純に空恐ろしい。というより多大な恐怖を感じる。


 半泣きになって斉藤さんに解決策はないかと尋ねると、


「ないよぉ」


 と素気無く言われた。どうしよう、絶望だ。私はもう一人の私と共存できるだろうか。自信がない。おいしいと思うのはお一人様一個限りの品が二つ買えるということだけだ。あれ、私意外に余裕じゃね?


「貞包さん顔青いよ、大丈夫ぅ?」


 斉藤さんが少し心配そうに私の顔を覗き込んできた。余裕はただの空元気だったらしい。ですよね、はっはっは。思わず怪しげな外国人みたいな笑いが漏れた。二つある孫の手を弄んでいた斉藤さんが不思議そうな視線を向けてくるが、無視。私はかわいそうな人じゃない。


 若干の気恥ずかしさに悶えていると、斉藤さんがふと思い出したように顔を上げた。


「そうだ、言い忘れてたんだけどねぇ」


 なんだ。自分が二人になれば仕事さぼり放題だよとかか? ほほう、それは盲点だったなぁ。自嘲気味に口角を釣り上げる私のほうを見ずに、彼女は口を開いた。


「確証はないから嘘か本当かわからないけどぉ、ダブルは人にっていうより、部屋に憑くタイプだっていう情報あるから、部屋をひと月ほど離れれば収まるって言われているそうよぉ」


 それ早く言えよ斉藤。





 恋人もいない私は、翌日から仕方なく会社の同僚のところにお世話になることにした。もちろん斉藤さんのところではない。あの子のところにいったら黒魔術の生贄にでもされそうだから、そもそも選択肢に入っていない。


「あれぇ、貞包さん今出勤なのぉ?」


 仮住まいへの簡略引っ越しのせいで遅れて出勤した私へ、斉藤さんが邪気のない瞳で話しかけてきた。なんだろう、この子を見ていると無性に腹が立ってくるわ。まぁダブルの件で恩があるから無下に扱ったりもしないけど。


「そうだ、貞包さんお昼まだぁ? なら一緒にランチしなぁい?」


 そんなに私と仲良くしたいのかい? とか冗談言いそうになったけど、やめた。目が好奇心に輝いている。あきらかにダブルへの関心が強い。私は彼女に相談したことを若干後悔しながらも、断る理由が思いつかなかったので、いいよと返事をした。


 ランチに行く前に便所に寄るというので、私は社内の女子トイレの出口で彼女を待った。


 暇なので斉藤さんに昨日教えてもらったマイナー都市伝説情報サイトをスマホで開く。スクロールしていくとすぐにダブルの特設ページが見つかる。

 上から内容を見ていくが、昨日斉藤さんが語った以上の情報は見つからなかった。そもそもそんなに文章量もないのですぐにページの終わりに行き着いてしまう。結びの文にこう記されていた。


『※なお、目撃情報、実体験者の少なさからダブルの情報は曖昧なものとなっております。前述のものは確証のある記述ではありません。ご了承ください。執筆者:管理人・塚本つかもと


 わかりきっているその文を私は数秒足らずで読み終わってしまった。そもそも都市伝説なんて曖昧なものでしかないというのに、確証のある記述とはいったいどんなものだろうか。


 ダブルという怪現象に実際遭ったにもかかわらず、いまだ都市伝説を半信半疑の目でしか見ることのできない私が皮肉って呟いたその時、遠くから聞き覚えのある声が響いてきた。


「あれぇ、貞包さん今出勤してきたのぉ?」


 スマホから顔を上げると、そこにはまた見覚えのある顔が。


「どうしたのぉ? 狐につままれたような顔して」


 あまりの驚愕に凝視してしまったが、間違いない。トイレに入ったはずの斉藤さんがそこにいた。おかしい。彼女がトイレから出てきたところは見ていないのに。というか斉藤さん今、正面エントランスから走ってこなかった?


 まさか……。混乱しつつも私は自分の中の違和感に感覚を総動員させる。間延びした独特な口調や抑揚は確かに彼女のそれだ。どこか、どこか違うところはないか? 必死に斉藤さんを舐めまわすように見たが、外見の違いは見受けられない。


 全身の産毛が逆立つのを感じた。


 ――これじゃあ、私の部屋にある複製と同じじゃないか。


「あっ、私まだやること残ってるんで、もう行くわねぇ」


 なにも言わない私にしびれを切らしたらしい斉藤さん(仮)は、手刀を切ってまたエントランスへと走り去っていった。

 しまった。この間違い探し時間制限付きだったのか。それならそうと説明書に書いておいて欲しかったのだが?


 斉藤さんを置いて斉藤さん(仮)を追うべきか躊躇ためらっていると、トイレから斉藤さんが出てきた。ああ、ややこしいな。


 なぜか彼女の顔は青ざめている。どうしたの、と優しく問うと、斉藤さん(たぶんこっちが本物)は震えながら私を見上げた。


「い、今、トイレの窓から外を見たら、貞包さんが立ってて、でも、貞包さんはここにいて、ここからあそこはだいぶ距離があるはずで。私、私、オカルト好きだけど、こんなふうに体験すると思ってなかったから……」


 電動歯ブラシ並みに振動する斉藤さんはすでに涙目だった。私もつられて泣きそうになってしまう。

 トイレに行った斉藤さん。エントランスから外に出た斉藤さん(仮)。山本さんの見た私と、ここにいた私(本物)。


 なんということだ。この現象は確かにダブルだ。しかし家から離れれば収まるんじゃなかったのか。まさか行動が遅すぎたのだろうか? それとも、昨日斉藤さんが私の家に来たとき、次の複製対象を私と斉藤さんに定めたとでもいうのか。


 おかしな点が多すぎて混乱が生じている。思考が思うようにまとまってくれない。と、そこで、私の脳内をある一文がかすめた。


『前述のものは確証のある記述ではありません。ご了承ください』


 ……はは、無責任すぎるぜ、管理人さんよぉ。


 狭い通路に斉藤さんのすすり泣きが反響するなか、私は膝から崩れ落ちた。いつのまにか増えていた私と斉藤さん。ああ、いったい私たちは、これからどうすればいいのだろう。

                                         

                 了

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