3.魔法の解析者
1
衝撃音とともに煙が舞い上がった。
男子学生とともに地面に激突したマヤトの様子は、煙で見えない。
「加持君!」
拡散して薄くなっていく煙の中をそろそろとチサは降りていった。
そこには、二人が赤く光る玉に包まれて地面にめり込んでいた。玉の表面をまるで水が流れているかのように赤い光が波のように動いている。
マヤトは男子学生の首に腕を回して抑え込み、片手を光玉に向けて魔力を送り込んでいた。
マヤトが無事であったことに、チサはひとまずホッとした。ただ、マヤトが作り出しているその赤い光は、初めて見る魔法でチサには、それが何なのかわからなかった。
マヤトはチサに気づくと、手で犯人を指差したり、向こうを指差して手で何かを招くような動作をした。
チサはすぐに、先生を呼んで来てくれという意味だと悟った。
マヤトを見て、大きく頷いて一気に上昇する。
騒ぎを見に来た生徒たちが降りて来ていたが、おかまいなしに逆流して五階の廊下に入った。五階には職員室があり、放課後であればティーダ先生もそこにいるだろうと、チサは向かった。
「チサ。ここは浮遊禁止だぞ」
廊下を浮遊飛行していたチサに声をかけて来たのは、
「緊急事態よ」
「何かあったのか?」
「盗難事件の犯人を確保したの。先生を呼びに行くのよ」
「犯人を確保? どこで?」
「すぐそこの降下路下」
「わかった」
すると、サトシは片手の指を筒状に丸めて口元に持って行く。そして、何やら言葉を発すると、手筒の先から声玉が生まれて、廊下の先へ猛スピードで飛んで行った。
「ティーダ先生に送った。チサ、案内してくれ。フォード先生、僕行きますね」
「あぁ、ここまで送ってくれてありがとう」
サトシは、チサよりも先にローブをはためかせながら降下路へ向かって走って行く。
「サ、サトシ」
チサは、フォード先生に軽く頭を下げてサトシの後を追った。しかし、宙を移動するチサは、ただ走るサトシに追いつけなかった。
サトシは走る勢いをそのままに、降下路から躊躇なく飛び降りてしまう。
サトシのことだから大丈夫だとチサは思っていたが、つくづく自分にはサトシのような真似はできないと思う。
降下路の下に到着すると、サトシが赤い光玉を見て目を丸くしていた。サトシだけでなく、エアリスローザに通う生徒は目の前の魔法を見たことはなかっただろう。
光玉の中のマヤトが突き出していた腕が下がってしまうと、赤い光は色を失い、魔法そのものが消えてしまった。
マヤトは額から汗を垂らし、息も切らして今にも倒れそうだった。
首を押さえ込まれていた生徒はするりと抜けて、サトシの方へマヤトを突き飛ばした。
サトシはすっと手の平をマヤトに向けると、倒れそうになっているマヤトの動きが宙で石像のように動きが止まる。
「はい、確保」
サトシが言った。
「その人は違う。犯人は、もう一人の方」
犯人と言われた男子生徒は、さっさとその場から飛び上がってしまい、集まり始めた生徒たちの間を分け入ってしまった。
「え、そうなの? 早く言ってくれよっと」
サトシは、空いているもう片方の手を、宙に逃げた男子生徒へ向けた。
マヤトの動きを止めたように、その場にいる生徒たちごと犯人の動き止めてしまうのかとチサは思った。サトシなら数十人の動きを一斉に止めようとすればできてしまうはずだ。
サトシの手元が黄色く光る。
空間にいくつもの細かい切れ目が雨のように走り、上昇していたはずの男子生徒が一瞬でサトシの前に現れた。
「嘘っ」
チサは、図書室で自分のペンが目の前から消えた時のことを思い出した。
サトシが上へ逃げた男子生徒を空間移動させたのだ。
「あれっ、どうして……」
男子生徒は、宙へ上がっている姿勢のまま動きを止められ、目をキョロキョロさせている。体が動かないことに恐怖を覚えて、顔を引きつらせていた。
「くそ、どうなってる」
強引に動こうと力を入れているようだが、体はピクリとも動かない。
「ここか。すまんが通してくれ」
ティーダの声が上から聞こえてきた。見物の生徒たちが左右に割れて、その間をティーダが降りてきた。
ティーダの頭には、たくさんの声玉がくっついていた。それを見る限り、チサのペンだけが盗まれていたわけではなさそうだった。被害にあった者たちからの切実な声が込められているのだろう。
「夜凪君が捕まえてくれたのか、さすがだね」
ティーダが言った。
「いえ、僕はチサ、白鹿さんとたまたま会ってここへ来ただけで。元は彼が」
サトシがマヤトに視線を送った。
サトシが魔法を解くと、マヤトはその場に脱力するように座り込んだ。
「加持君、大丈夫?」
チサは駆け寄った。マヤトの額からは大粒の汗が流れ、肩で息をしているマヤトが苦しそうだった。
「遅い」
息切れをしてでも私は文句を言われるのかと、チサはムッとした。
「これでも全力だったんだから。はい」
しかし、その汗を見ていられず、ポケットからハンカチを差し出した。
「構わないでくれ」
マヤトは、ちらっとハンカチに目をやったが、自分の手で汗を拭った。
「あのまま二人とも落下しちゃうのかと思った。加持君が振り落とされたらどうしようかと」
「その時はその時の計算があった。問題ない」
「どんな計算よ」
次第にマヤトの呼吸は整っていく。
その計算があるなら、私が心配した分も計算して気を使って欲しいものだと、チサは視線を送った。
「なんだ?」
マヤトに目を細められるだけだったので、チサは、一つため息をついた。
「さっきは、てっきり、ごめんよ」
男子生徒をティーダと後から来た先生らに引き渡したサトシがやって来て、手を差し伸べた。
「あぁ、大丈夫だ。こっちこそ手間をかけさせてしまった」
マヤトはサトシの手を取り、立ち上がった。
チサは、思わず、あっと声をあげた。
――なんで、サトシにはそういうことを言えるの。それに握手まで。
チサは、隣で一人憤慨し、マヤトの首を掻っ切ってやりたかった。ただ、マヤトの手に触れることでサトシの何かがわかってしまうのでは、という心配もあった。
「いや、たいしたことはしていない。盗難犯が捕まえられてよかったよ。見ない顔だね」
「一回生だから」
「へぇ。それで盗難犯を見つけるなんてすごいじゃないか。それにさっき、君の魔法は見たことなかったけど」
「加持君。事情を聞きたい。君も一緒に来てくれ」
ティーダが言った。
「はい」
「夜凪君も白鹿さんも、話を聞きたいから君たちも来てくれるか」
返事をしてチサとサトシもティーダの後を追って、宙に上がる。
現場の物見する生徒たちの間を通り抜けると、数人の女子があからさまにサトシを見ているのがわかった。口元を押さえて小声を交わし合っている。とは言っても、チサにも聞こえていたので、当然サトシにも聞こえていたはずだが、全く気にも留めなない。
サトシと同回生のチサは、一回生の時、サトシとクラスが一緒だった。魔法使いとしての素質は、エアリスローザの中でも抜きに出ていて、一目置かれていることをチサは日々肌で感じていた。
二回生になっても、同回生や先輩、教師陣、後輩からも将来の四賢者になる人物として視線が注がれている。ただ、その場にいる一回生女子生徒たちにとっては、整った顔立ちで背の高い成績優秀の男として、憧れの視線が送られているだけだった。
2
小さめの会議室で、取り調べが始まった。ティーダと数人の先生、そこにマヤトも並び、盗難事件の犯人である男子生徒と向かい合っている。
チサとサトシも関係者ということで、その場に同席し、マヤトの後方から様子を伺っていた。
「確か君は、三回生の藤巻エーイチ君だな」
早速、ティーダが切り出した。
藤巻は、教師陣を目の前にしてもふてくされている態度だった。
「正直に話をしてほしい。ここ二週間ほど校内で相次いでいる盗難の犯人なのかな?」
ティーダは、いたって優しく声をかけている。
「違います」
藤巻は、きっぱりと答えた。
「加持君、彼はそう言っているが、本当に盗難の犯人なのか」
「はい」
マヤトからは、迷いのない一言だけだった。
「先生は、こんな生徒の言い分を鵜呑みにするんですか? 俺がやった証拠でもあるんですか?」
ティーダは、頭の後ろを指でかいた。
「か、加持君。何か、彼が犯人である、しょ、証拠でもあるのかい?」
言いづらそうなティーダを見て、サチも確かにと思った。証拠をどう説明するのだろうか、チサは興味があった。
「僕は、後ろにいる白鹿さんの持ち物である猫のキャラクターのペンが目の前で、空間移動魔法によって消えたのを確認しました。それを彼が持っています」
「藤巻君、それを持っているなら出してもらえるかな」
ティーダが言う。
「持ってませんよ、女子のペンなんて」
「なら、今すぐ彼のカバンの中を探してみてください。その中に、今さっき盗難にあったものが入っているはずです。他の生徒の私物もね」
それを聞いた教師の一人が立ち上がり、藤巻の足元においてあったカバンを取り上げた。
「ちょっと待ってください。どうして俺が一方的に疑われなきゃいけないんですか? そもそもコイツは何なんですか?」
カバンを開けられる寸前、藤巻は口早に語気を強めた。
ティーダがまた後頭部を指でかく。ただ体が大きいだけであまり頼りにならないとチサは感じた。
「僕は解析魔法という魔法を解析する魔法が使えます。ペンの在り処があなたのカバンの中をしっかり示しているんですよ」
「解析魔法? は、なにそれ?」
同じようにサトシも小声で復唱した。
「チサ、知ってる?」
サトシが聞いてきた。
「ごめん、私も詳しくは知らない」
昨日、マヤトの解析魔法をこの目で見たが、解析された本質は見ておらず、チサはそれを想像することすらできない。
藤巻のカバンが開けられると、中からたくさんの文房具や小物がたくさん出てきた。その多くは、やはり金目のものや魔法道具といった個人がすぐに特定される物ではなく、日常的なものばかりだった。その中にチサのペンもあった。
「それです」
と、マヤトが指差した。
「白鹿さんの物かね?」
ティーダが振り返ろうと体をひねるが苦しかったようで、椅子を押し出して体全体をこちらに向け直した。ティーダの手には、図書室で使っていたペンが握られていた。
「はい、私のです」
「そ、それは、廊下に落ちてて拾ったやつだ。盗難の犯人が別にいて、空間移動魔法を失敗したんだろ」
しらを切るかのように言う藤巻。
すると、マヤトが立ち上がり、藤巻の手をつかんだ。
「なにするんだ……よ」
藤巻の声が尻すぼむと、表情を凍らせた。
「お前、今なにを……」
藤巻は、マヤトの手を振り払って言った。
マヤトは、藤巻に触れた手を宙に差し出すと、そこに虹彩を放つ円が出現した。その中に波打つ光が連続している。
そして、もう片方の手で、チサのペンを引き寄せ、同じようにもう一つ虹彩の円を出現させた。その中にペンを浮かばせると、ペンを覆うように波打つ光が現れた。
二つの虹彩の円の中で、同調するように波打つ光。
それを見て、藤巻だけでなく、教師たちも驚いたように口を開けている。
「たぶん、説明したところで理解できるとは到底思っていませんが、これは、魔動波です」
「魔動波?」
藤巻が復唱した。
「人が魔法を放つ際に魔力から放たれる見えない波。これを僕が勝手に魔動波と名付けています。実は、この魔動波は人それぞれユニーク。あなたの魔動波と、ペンに残された魔動波が一致しています。つまり、あなたの魔力がこのペンにかけられていたことを示しています」
「拾う時に浮遊魔法で持ち上げたからな」
藤巻の声は、少し震えていた。
「そうですか」
マヤトがそう言うと、ペンの魔動波に黄色い光の波が加わった。
「これは、このペンに残された空間移動魔法の魔動波です。ここで何か空間移動魔法をして見てください。そちらも解析して、違う魔動波が出たら、犯人は別の方だと考えます。では、どうぞ」
「こ、こんな映像、視覚魔法で作ったものだろ。魔動波なんて、証拠になるわけないだろ」
「ティーダ先生、特殊魔法警察の田畑さんを呼んでいただけますか?」
「おい、何で警察を?」
「別にやましいことがなければ、呼んでも問題ないのでは? この解析魔法は僕にしかできませんが、これまで解決してきた事件では特殊魔法警察に立証データとして残され、有効にしていただいてもらっています」
藤巻は、背もたれに体重を預けて、肩の力が抜けた。
それを見て、マヤトが手を下げると、虹彩の魔法が消えた。静かにチサのペンが机の上に降りた。
「そもそもそれだけ私物があなたの元にあれば、疑われても仕方ありません。今まで届けれられた盗難の被害届と照らし合わせれば確実性も高くなります。身辺調査もすれば、今までに盗まれたものが出てくると思いますよ」
「藤巻君、話してくれるかな。君がやったのかい?」
ティーダは、また優しく聞いた。
「はい、俺がやりました」
弱々しい声だったが、藤巻の表情は清々しく見えた。
「そうか。よく言ってくれた。しかし、どうしてこんなことをした? 君は素行も成績も悪いわけでもないはずだが……」
「悪くもないが、良くもない。伸び悩みってやつです」
「悩みの気晴らしに、わざわざ犯罪をするような真似をしなくても良かったでしょう」
ティーダは困ったように手で顎をさすった。
「拡張診断も不満だったし、魔力レベルも変わらなかったから」
「だからってな、人に迷惑をかけることをしなくても。自分の力を試すなら、定期試験やFクラス、実践向け部活もあるんだ、このエアリスローザには」
「本当は自分は凄いんじゃないかって、自分の魔法の力を試したかっただけです」
「それにしては、あなたの魔力で、一度に校内の広範囲で多くの物質を空間移動できるとは思えません」
マヤトが口を挟んだ。
確かに、とチサは思った。サトシならともかく、一度にあれだけの物を空間移動させるには相当な魔力が必要である。それに空間、距離、物理的弊害、重力を一度に把握し、魔法空間の中での引力を制御しなければならない。経験が求められる魔法だ。エアリスローザの生徒とはいえ、普通の生徒でそう簡単にできる魔法ではなかった。
「伸び悩みってやつは、誘惑に弱いんですよ。簡単に魔力が増大するなら、誰でも飛びつくでしょ」
「その誘惑とは何だ?」
ティーダが訪ねた。
「町を歩いている時に、キャンペーンだとか言って魔力が増大するリンゴをもらった」
「リンゴ?」
「はい。普通に食べることができましたよ。味も悪くない。自分の悩みを話したら、親切丁寧にお試し方法まで教えてくれました」
チサは、そんな話を聞いたことはなかった。それこそ魔法のようなリンゴだ。
「それを食べて、今回の盗難をしたと?」
「はい。最初やったときは、びっくりしました。今までに発揮したことのない魔力が出せたんで。それからもちょくちょく」
「まだ、そのリンゴは持っているのかい?」
「もうありません。食べ切ってしまいました」
「それは、藤巻君だけかい? 他にもらっていた人とか」
「いや、その場にいたのは俺だけで、他はわかりません」
藤巻が嘘を言っているようには見えなかった。
「どんな人からもらったんだ?」
ティーダが問う。
「黒いローブを被った老婆だったよ。リンゴの入った籠を持ってて、今思えば明らかに怪しく思えるけど、あの時は」
藤巻の処分は、今後の会議で決定が下されることになった。それまでの間、彼の登校は禁止された。
その後、マヤト、チサ、サトシは、今日の経緯を説明して解放された。
その頃には、日が傾き、オレンジ色の光が差し込んでいた。
3
会議室から図書室のある第二塔の上昇路に向かって歩くマヤトの後をチサとサトシは追っていく。
「チサ、彼は一体何者なんだ?」
サトシが聞いてきた。
「解析魔法という特殊な魔法が使えるんだって。一回生なんだけど、年は私たちと一緒。知っていることはそのくらい」
あと性格も少し変わっているくらいか、とチサは内心思った。
上昇路の前で立ち止まったマヤトにチサは手を差し出した。
「もうその必要なはない。昇降くらいできる」
そう言って、浮遊して上昇してしまった。
「さっきのは何だったのよ。浮遊魔法ができないって」
屋上まで連れて行ってくれと頼まれたことを思い出したチサは、すぐにマヤトに追いかけた。
「速くは移動できない、ということだ。このくらいならできる」
「はぁーーー」
チサは、驚くより呆れて空いた口が塞がらない。
「チサ。彼とどういう関係? だいぶ仲良さそうだけど」
サトシが至極真面目に聞いてきた。
「仲は良くない。昨日出会って、今日魔歴研に来てもらっただけだから」
キリッとサトシを睨んで言い放った。マヤトも人の心が読めないが、サトシも同じくらい察せない。
「へー、魔歴研に。何で」
「何でって、うち、部員が足りなくて。それに加持君の研究で、調べごとがあって上級書にあった七色に光る花のことを調べていて」
「なんか面白そうなことしてるね」
サトシは、そう言ってサチを追い抜いて、マヤトの横に並んだ。
「基礎魔法が苦手で、よく入校できたな。いや、そんなことはいいんだ。さっきの解析魔法といい、君の魔法はとても興味深いよ」
チサの目には意外な光景として映っていた。
あのサトシが、これほど人に興味を持つところを初めて見た。何でもできてしまうサトシは、ほとんど周囲を気にしない。むしろ、自分の魔法を高めることだけを考えている人だった。
時折、先輩や先生と魔法談義をしているところは見たことがあったが、その時以上に目を輝かせているように見えたのだった。
「一応、支援系に分類はされている。特別な体型区分だから」
「支援系の解析か。確かに聞いたことないよ。さっきの自分を包み込んでいた赤い魔法。あれは、何だい?」
「防壁魔法。自分の身は自分で守るしかないからね」
「あんな魔法見たことない。もしよければ、教えて欲しい」
「すまない。教えることはできないんだ。そもそも僕は、プライマリーのみの解析魔法しか使えない。拡張もできない体質だから」
――どういうこと?
チサと同時にサトシも同じことを口にした。
「拡張できないというのなら、なぜ、多種多様な魔法が使えているんだ? それこそ、浮遊魔法だって」
「僕は、他人の血と魔法を解析して自分で魔法を作っている。だから、あまり僕の近くにいない方がいい。解析されかねない」
マヤトの最後の言葉は、とても冷たいもののように感じられた。
そして、チサはマヤトに、図書室で気持ち悪くないのかと言われた真意がやっとわかった。マヤトがわざわざそう言ってきたのは、マヤト自身がどこかでそう言われたのだと。
プライマリー魔法だけしか使えず、拡張もできない体質で、ましてや、触れたものや解析魔法を使うことで、普通では知り得ないことも知れてしまう。きっと知られてしまう周囲からしたら、マヤトに近づく者もおらず馴染むことも難しかったのではなかろうか。
チサは、少し胸が苦しくなった。
「でも、チサはそばにいてもいいのかい?」
「白鹿は、鈍いようで気にしていないようだ」
「はぁーーー」
マヤトの返答に声をあげた。
「確かに。そういうところあるよね、チサは」
サトシは、味方だと思っていたが、サトシにもそう思われていてチサは傷ついた。
「ところでどこに向かっているんだい」
サトシがマヤトに聞いた。
「図書室。調べごとの途中で、盗難事件が発生したからね。荷物がそこに」
「調べごとというのは、君の魔法についてかい」
「今、調べていることが、七色に光る花の仕組みと似ていて、それを調べている」
「へー、面白いね」
「なら、サトシも魔歴研に入る? 部員足りてないから絶賛募集中よ」
チサは、良い返答を期待せずに物は試しに言った。
「うん、いいよ。魔法実践戦闘の部、魔法創造部、巻物を取る同好会と兼部になるけど、魔歴研、入るよ」
「本当に? でも、兼部しすぎじゃない」
「大丈夫。俺を誰だと思ってる」
思わぬ好返答にチサは驚いた。ただ、サトシが実際に部の活動に出て来ることはそうないと思った。
名前だけ置いておいてくれれば、それだけでも助かった。これで、部として存続は出来るのだから。
図書室に戻ると、マヤトの荷物はそのままに、読んでいた上級書の本がなかった。
「チサさんかしら。司書室内の本を出しっぱなしにしていたのは?」
司書室からマリッサが出てきた。
「あ、はい。私です」
出しっぱなしで、その場を離れた事情を説明した。もちろん、盗難事件についてマヤトが解決をしたことも。
「そう、彼が。盗難事件が解決されて良かったわね」
マリッサが言った。
「はい」
「でも、本の持ち出しには気をつけるのよ。できれば、司書室内で読むようにね」
「あ、魔歴研が三人になったんですよ」
チサは嬉しそうに言った。
「あら、そう。良かったじゃない」
「この二人が新入部員です。一回生だけど、年齢は私たちと一緒の加持マヤト君。そして、二回生の夜凪サトシ君」
マヤトとサトシは軽く会釈をした。
「夜凪君、君が。確か一年で、特進したっていう」
「はい、F2です」
サトシは、謙遜することもなく堂々と答えた。
「まさか、魔歴研に四賢者の候補生と解析魔法の探偵君が入るなんて、面白くなりそうね。それにチサさん、両手に華じゃない」
「マリッサ先生、冗談はやめてください。サトシはともかく、加持君もF5の特化クラスにも所属してるんです。会話が成立するのかどうか。特に私が……」
「これは、勉強だと思って鍛錬することね。はい」
マリッサにさっきまで読んでいた本を手渡された。
「そうですね」
「だったら、チサさんも何か特別な魔法を育てたらいいんじゃない?」
マリッサのその一言に胸の鼓動が一つ強く打った。
――私だけの特別な魔法。
「それじゃ、私はこれで失礼するわね」
「はい。ありがとうございました」
チサは、本を抱えたまま、すでに親しげになった二人を見つめた。
「マヤトは、どうして魔歴研に入ったの?」
「白鹿にはめられたんだ。まぁ、特別な本も読めるようだから、それで」
「へー、チサがね。で、マヤトは、どんな魔法を作りたいとかあるの?」
「ある。けど、教えることはない」
「なんで、もったいぶらずにさ」
チサは、二人を見ていると、到底自分では追いつけない別世界を見ているようにだった。
一人は、一つの魔法しか使えない魔法を解析する者。
一人は、四賢者に一番近い候補生。
そんな二人を目の前にして、チサはここにいていいのかわからずにいた。
もし、特別な二人に近づくことができるとしたら、拡張診断で一つ増えていた魔法なら。
この時、チサは、その存在を強く意識することになった。
「白鹿。さっきの続きを読ませてくれ」
「うん」
チサは、マヤトに本を手渡して、マヤトがページをめくる姿を見つめていた。
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