ダルカレーと月のかけら 前編
◇◇
冒険者たちは帝都にある『ギルド』と呼ばれる場所で、『クエスト』という冒険のお仕事を受ける。
その『クエスト』にはランクがあり、内容もバラバラだ。
木の実やキノコを採取して八百屋さんや定食屋さんに渡したり、大型のモンスターを退治して革などの素材を武器屋さんや洋服屋さんに渡したり、行商人たちを安全に他の街に送り届けたり……。
つまり街の外で行うお仕事は、ほとんど彼らが担っているのである。
その『クエスト』を発行するのは意外にも誰でも簡単に行うことができる。
ただし報酬金やクエスト発行料の二つの費用が必要で、難易度によってそれは大きく異なる。
もちろん難しいクエストほど、それらは高額となるのだ。
………
……
アクセサリー屋のレアンドロさんと、武器屋のマルコさん。
二人の青年は、街でも有名な仲良しだ。
細身で物静かなレアンドロさんと、ガッチリしたがたいで明るく活発的なマルコさん。
対照的な二人だからこそ、馬が合うのかもしれない。
そんな彼らに共通している点を挙げよ、と言われれば、「人当たりの良さ」と真っ先に誰もが答えるに違いない。
そして、冒険者たちは彼らの店をよく利用している。
帝都の大きなお店に行けば、購入できるものばかり置いているにもかかわらず、何か欠けたものがあれば、決まって彼らのお店へ顔を出すのは、冒険者たちが彼らを慕っているからに他ならないのである。
ある日の夜。
仕事を終えた二人が『ポム』にやってきた。
「いらっしゃいませ! あら! 今日も二人ご一緒ですね!」
私はレアンドロさんとマルコさんにあいさつをすると、マルコさんの方が声をあげた。
「当たり前だろ! 今まで別々に来たことなんて一度もないだろうに」
「そう言われれば、そうでした」
「はははっ! 食事ってのは、一人でするより二人でした方が、より美味しくなるからな! そうだよな? レアンドロ」
「ええ、そうですね」
二人で他愛もない話で盛り上がっていく。
そこに近くに座っていた冒険者たちも二人の会話に巻き込まれて、いつしか店全体が彼ら二人を中心にまとまっていくのだ。
その様子は、さながら舞台でショーをするコメディアンのようだ。
「私はいつか『月のかけら』という幻の宝石を使って、アクセサリーを作るのが夢なんですよ」
「はははっ! だから、そんなもん今まで誰も見つけたことないんだから、この世界にはねえんだよ!」
「ふふ、果たしてそうでしょうか」
「なんなら賭けたっていいぜ!」
「やめて置きましょう。私が勝ってしまったらマルコは気を悪くするでしょう」
「なんだとぉ!? それじゃまるで、賭けをしたら自分が勝つような物言いじゃねえか!」
話題が幻の宝石『月のかけら』のことにおよぶ頃合いが、私が二人の間に立ってオーダーを取るタイミングだ。
でないと店の中で大喧嘩が始まってしまうんだもの。
「ダルカレー!」
「ダルカレーをお願いします」
二人は揃って『ダルカレー』をオーダーするのもいつも通り。
そしてキッチンにいるオンハルトさんは、私が戻って来る前に下ごしらえを始めていた。
「ダルカレーってのは、簡単に言えば豆のカレーのことさ」
ふとオンハルトさんがダルカレーについて話を始める。
これは今まで一度もなかったことだ。
私は急いでメモ帳とペンを取り出して、彼の言葉に耳を傾けた。
「だが豆は『挽いておく』ってのが、暗黙のルールだな。挽いておかない豆で作るカレーは『豆カレー』だ」
「そうだったんですね」
「そして豆は前日から水につけて、水分をたっぷり吸わせておく。さらに塩をひとつまみして三〇分は煮立たせる。こうしてふっくらして、なおかつ柔からな食感の豆ができるのさ。もちろん煮立たせている間は、丁寧にアクを取るのがコツだ」
すでに煮立たさせてあった豆の鍋の火を止めると、よく水を切る。
そこで私は一つのことに気づいた。
「あら? お豆は一種類じゃないのですか?」
その問いに、オンハルトさんは嬉しそうに口角を上げて答えた。
「よく分かったじゃねえか。そうだ。これが肉のカレーと決定的に違うところだな」
「と言いますと?」
「ポーク、ビーフ、チキンと肉のカレーは『一種類』の肉で作るのが普通さ。互いに味が喧嘩しちまうからな」
「でも、お豆は違う……そういうことですか?」
「そうだ。豆の種類によって引き出せる味が違う。レンズ豆、ひよこ豆、ムング豆……。それら一種類だけでもじゅうぶんに旨いんだが、二種類にすることで、さらに味が立体的になるんだよ」
「味が立体的に……」
プレーンカレーに煮詰めてトロトロになった豆のペーストを入れ、そこにココナッツミルクを入れる。
カレーが茶色から黄色に変わり、かなりサラサラしたスープ状になった。
そしてひと煮立ちさせてから火を止める。
「これで完成だ。こぼれやすいからな。気をつけて運ぶんだぜ」
「はいっ!」
私はワイワイと盛り上がっている二人の前にカレーを運んだ。
二人は目を輝かせてそれを見つめると、すぐにスプーンですくって、口に入れた。
「はぁ……! これだよ! これ! 豆がうまい!」
「辛すぎないのもいいですよね。これならドンドン食べれてしまいます」
「おうよ! ドンドン食え! レアンドロは体が細すぎてなんねえからな!」
二人は幸せそうにカレーを平らげていった。
これもいつも通りの光景だ。
「ごちそうさん!」
「ごちそうさまでした」
二人同時に声をあげると、会計を済ませて店を出ていく。
そして彼らが去った後のお店は、ショーが終わった後のように、少しだけ寂しくなるのだった。
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