第13話 夢のお菓子の家

 プレイヤーとしての持ち時間を使いきり、俺たちはハロウィン城の地下3層から地上への道を戻ることになる。

 帰る途中でそれぞれのメールアドレスを交換して、この四人のパーティーでしばらくゲームを攻略していくことを合意した後、解散した。

 パーティー名の『白バラ十字団』というのは、女子には評判が良くないようだったが、名称を新たに考えるのも面倒くさいという理由でそのまま引き継ぐこととなった。

 翌日にはシオリがチャットアプリを設定して、グループでメール会議ができるようになった。

 俺とエリカの二人パーティーの時は、ゲームに関してメールで事務的なやり取りをするのみだったが、四人パーティーになると時にチャット上でくだらない雑談をしたりと今までにない賑やかさがあった。

 仲間メンバーを増やすということに最初はハードルの高さを感じていたりもしたが、いざやってみるとゲームでの戦力と戦術の幅が広がること以外にも、日常におけるさまざまなメリットがある気がした。

 ゲームの進め方についてあれこれと意見を出し合ったり、みんなで反省会をするのも一人では気付けなかった部分に気付けたりと発見があって楽しいかもしれない。普段の生活について相談に乗るのも、話し相手ができて気が紛れる。エリカとシオリは時に(しばしば?)口ゲンカをするが、その度にタカシか俺が仲裁に入るのでこれはこれでバランスが取れてるのかもしれない。

 シオリが相変わらずリーダーとして仕切ってるが、ゲームに関してはタカシ&俺のほうが詳しく的確な判断も可能ではある。しかし、そういうのは仲間メンバーとして助言するなどして足りない部分は補えばよいので、シオリがリーダーでも今のところ問題はない。

 むしろ、シオリの性格は明快で分かりやすいので、チームで同じ目的や行動計画を共有しやすく都合がよかった。たまにムリな目標を立てたりして、暴走することはあるが。

 タカシは、そんなたまに起こるシオリの暴走を止める役。このパーティーでは唯一といっていい常識人で、シオリが時おりする変な行動やヒステリーやパニックをうまく鎮めてくれる貴重な存在。

 俺は、エリカを管理する役。こいつも常識がないようなものなので、何かおかしな事をし出したらその理屈を聞いて分析し、そのままやらせておくか止めるべきかを考えて決定する。引き続きパーティーの副リーダーとして、エリカのゲーム知識の補足や戦闘バトルにおける戦術の解説などを担う。

 要するに、シオリの指揮にエリカが口出しをしようとした時に、俺がなぜその行動を取るのが良いのかをゲーム初級者にも分かりやすく説明するのだ。

 この時、シオリとエリカ双方の自尊心プライドを傷付けないように注意を払う。

 お互いの関係にヒビが入らないように、うまく両者を立てながらパーティーの目標と取るべき行動の確認をする。タカシによると、『君がシオリとエリカ君の間に入り緩衝材になってくれてるおかげで、このパーティー……白バラ十字団は安全に機能してると言える。もしマヒロ君がいなかったら、うちのチームはどうなっていたことやら。』ということらしい……。

 仮にその通りだとしたら、我がパーティー白バラ十字団はかなり不安定なバランスの上に成り立ってることになる。俺が女子二人の機嫌を損ねないように常に配慮できる保証などどこにも無いからだ。

 二人パーティーの時は、エリカに魔法使いとしての働きを十分にこなしてもらわないと俺が困るので、精神的なケアは気を配ったりもしていたが、パーティーの存続がかかってるから女子たちの衝突を和らげる役目をしてくれと言われても、俺には荷が重い。

 このパーティー、本当に大丈夫なんだろうか。

 案外、バランスが良くない気がしてきた。

 女子のケンカをなだめる役割ならタカシの方が向いてるように思えたが、本人が言うには『ボクには、そんな危険な仕事はムリだ。』ということなので、どうやら俺がそれをやるしかないみたいである……。

 というか、危険な仕事を俺にさせる気なのかタカシよ?



 そんなこんなで、四人パーティーを結成してからというもの俺たちはこの顔ぶれで集まって、ゲームを攻略してくようになった。

 集まると言っても、中級クラス以上のダンジョンやマップはそのほとんどが再創造された異世界である。初級プレイヤーは主に現実リアルを舞台にしてゲームを遊ぶのに対し、中級以上のプレイヤーは再創造された異世界が活動の場となる。

 それは、あくまでも現実の物理法則に従いながら、分子やDNAのレベルから構成された異世界である。

 それはどこにあるのかと言えば、やはり世界は全て地球も含め我々の脳内にある。厳密には、脳というパソコンに世界データを送信してるサーバー上にあると言えるが、それは別にどちらでもいい。

 異世界というのはどこか異次元の空間にポカンと浮かんでるような代物ではなく、我々の脳内に電流が流れて初めて感知されるものである。べつに脳の外に世界がある必要はない。

 つまり、インターネットでウェブサイトを移動してくように、この現実から異世界へと行くのもデータ上のアドレスを変更するだけのことにすぎない。異世界とは、現実リアルのすぐ隣りにあるものだ。

 アドレスを知らなければ、隣りにあるそこへは永遠にたどり着けないのではあるが。

 よって、白バラ十字団の仲間メンバーが集まるには、とくに電車に乗って移動する必要はない。

 住んでいる場所もそれぞれバラバラであるので、各々の最寄りのワープポイント(壁)から異世界へと移動してくるのだ。まるで、ホームページ上のテキストリンクをたどって行くかのように。

 現実にある行き止まりの壁を通り抜けると、そこは異世界である。

 この方法以外では異世界へと飛べないのは、シムゲームでの世界共通の仕様らしい。

 ここだけはちょっと面倒くさい、非合理的な設計になっている。

 週に3日ほど、仲間メンバーで異世界のどこかへ集まり、ダンジョンに潜ってポイントを稼ぐ作業すなわち戦闘バトルをする。一〇〇階層もあるダンジョンを全て攻略するには、いくら時間があっても足りない。

 ゆえに、全ての階層フロアを回ったりはしない。……する必要もないのだ。


 このゲームの目的は、最深の階層に到達してそこにいるボスなどを倒すことではない。

 そういうゲーム構造にはなっていない。

 階層ごとにいろいろなセカイが多様に存在し、プレイヤーは好みの場所でゲームをすればいい。どこで何をするかはプレイヤー自身が決める。そんなゲームの在り方は、どこのマップに行っても一貫されている。

 せいぜい、ダンジョンの階層を進めるごとに、モンスターの強さと獲得できるポイントがわずかずつ高くなってく傾向にあるくらいだ。そして、ムリに攻略の難しい階層フロアに行っても、その分戦闘バトルに時間がかかるのでポイント収入が増えるとも限らない。

 その上、このゲームには経験値やレベルといった概念がないため、強い敵を倒すことはリスクばかりが増えてプラスになるものも少ない。

 このゲームに具体的な目標のようなモノは、とくに無い。


 なので、俺たちはその日の気分で主にシオリかエリカが行きたい場所へ向かうのだが、後はそこでモンスターを狩る作業をすればいい。慣れてしまえば、それほど難しいことはない。

 強いて言えば、行きたい階層フロアを決めるのにシオリとエリカのどちらの意見を取り入れたらいいか、俺が気を使うのが難しいのだ。

『今日はシオリの行きたい階層フロアに行って、次回にエリカのほうへ向かうのはどうか? そのほうが、モンスターの傾向を考えると死亡リスクを低く抑えられるように思うんだ。』

 などと助言をすることで双方の意見を取り入れながら、パーティーの分裂を事前に回避できればその日のラスボスを攻略できたようなものである。

 仲間メンバーの心理的ケアに注意を払いながら、俺たちは中級ダンジョンの中の湖、妖精の国、深い森、氷の国、中世の城、洞窟、パワースポット、無人島、キノコ王国、奇怪な人形館、お菓子の家、墓地、童話のセカイ、メルヘンの国、おもちゃの館など、とにかくいろんな場所を巡った。

 ダンジョンといっても規模はさまざまで、一つの屋敷のようなものから国や地域が一〇〇層もミルフィーユ状に重なったものまである。

 上級クラスになると、一つの国が一階層フロアにまるごと収まってるようなマップが多くなる。移動するのが大変そうだが、魔法を使うかワープ用の扉をゲートくぐることになるので大丈夫らしい。

 特殊なダンジョンもあり、プレイ中に体験した最も奇妙なものの一つに『パンの宇宙』なるセカイがあった。

 これは宇宙そのものがパンケーキで創られてるという珍ワールドで、宇宙であるパンケーキそのものがモンスターになっている。ダンジョン内のとある階層フロアからワープ扉をゲート通ると、パン宇宙のどこかの地点に突如出現できる。パンは食べないと、どんどん膨らんでプレイヤーを押し潰してくる。

 圧迫されるとそのTPダメージでいずれ死亡してしまうので、プレイヤーは必死にパンケーキを食べ続けて自らの延命を図る。パンを食べながら、宇宙すなわちモンスターのどこかにある球核を見スフィア・コアつけだして破壊できれば、討伐クミッションリアでSIMポイントが手に入る。

 この階層フロアではエリカが大いにやる気と能力を発揮して、モンスターコアの発見に貢献した。彼女は基本食べることが好きでかつ大食いなので、お菓子の家とかパンケーキの宇宙といったダンジョンには目を輝かせる。

 他のメンバー三人は、初めのうちこそ根性でパンケーキを腹に詰めていったが、十分も経たないうちに嫌になった。いくら美味しくても、それを死なないために黙々と食べつづける作業は修行に近い。

 しかしエリカの場合、食べ物であればいつまでも幸せそうに食べられるので、この階層フロアでは主戦力となってくれた。モンスターを倒すと、なぜかハチミツ、ピーナッツバター、イチゴジャム、チョコクリーム、つぶあんのビン詰めセットが手に入った。

 実際に、空けて食べることができる。

 このゲーム中ではプレイヤーが食べられる物体がオブジェクトけっこうでてくるが、例えばお菓子の家などを口にしてもそれが胃の中で消化されたりはしない。現実リアルと同じ味や食感は楽しめるが、胃の消化酵素に触れた途端データに戻って消滅する。

 つまり、食べても栄養にならない。

 しかし逆に言うと、いくら食べてもお腹が膨れることはないので、時間が許すかぎりいつまでも食べていられる。エリカの個人的な要望により、パンケーキの階層フロアは何回もパーティーで挑んだが、その度にエリカは入手したジャム・バター類セットをパンに付けて味の変化を楽しんでいたようだ。

 他の仲間メンバーは俺も含め、しばらくパンを食べるのが怖くなってしまったが。

 このパンケーキの階層で得られる報酬ポイントは、三〇分ほどかけて1000P。四人で等しく分けると、一人当たり250Pになる。何度も挑むとすると、時給に換算して500円くらいだ。

 精神的に重労働なわりに稼げるポイントは低めなので、ここでゲームをつづける必要は全くないのだが、エリカはこのダンジョンに留まりたがった。『お菓子の家』の時も、彼女が「私はここで暮らす。」などと言い出すので、そこから引っぱり出すのにそうとうな労力を要した。

 タカシが「エリカ君、異世界は広い。お菓子の家はとっても魅力的だけど、この宇宙のどこかにはきっともっと巨大な『スイーツの国』なんかがあるはずさ。太陽の何百倍も大きな恒星があるように、段違いの規模スケールのお菓子がこの先に待ってるに違いない。それを探しに行くほうが、よりエキサイティングな冒険になると思わないかい?」と説得してくれたおかげで、エリカを夢いっぱいの世界から一旦引き戻すことができたのだが。

 タカシがいないと、我がパーティーは安定バランスが保たれない。

 ちなみに、リーダーのシオリは「エリカってほんと、甘いものやスイーツには目がないわねえ。あたしは肉ならいくらでも食べられるんだけど……。」と感想をもらしていた。

 こちらも、食べ物の種類タイプは違えどエリカと同族なのかもしれない。

 単に、エリカにとってのお菓子がシオリにおいては肉になるだけである。

 サバンナ風のダンジョンにでも行ったら、まるで狩猟民族のように野生の動物を狩るのに精を出すのではないか。

 五感で体感する擬似現実だからシミュレーテッド・リアリティこそ生じてくる問題だ。ゲームの中に生きるありふれた動物も、現実リアルと同じ法則の下に生息してる以上食べることが可能となる。

 デザインしようと思えば、スイーツや肉が食べ放題の国だって創ることはできるのだ。その時、人間はプレイヤーどんな行動にでるだろうか? いくらでも食欲を満たせる異世界で少しでも暮らしたら、現実の世界がもはや魅力の無いつまらないものに感じられてしまうかもしれない。

 際限なく欲望を満たせるのなら、ずっとそこにいたいと思うのはそこまで不思議な感覚ではないであろう。

 そうは言っても、現状ゲームの中で何かを食べても栄養にはならないため、異世界で一生暮らすという選択は取れない。これは国際法で決まっているルールで、人工的に創造されたセカイの中で人間が食べ物から栄養を摂取することは違反になるのだ。

 技術的には可能であっても、そうしたゲームを提供した会社や組織は法で罰せられてしまうことになる。現実を代替しうるSR(擬似現実)の技術は、使い方によっては現実世界の経済バランスをも狂わすためだ。



 これに関しては、ゲーム技術の開発に携わった多くの科学者、ゲーム開発者から今でも反発がある。

 法が人類社会の科学の発展を規制するのは、おかしいじゃないか。

 との声が上がっている。

 一方、国際連合が出した声明文を引用すると。

『ゲームで食べたいものを食べて暮らすのはいいけど、果たして人間それでいいのか? それじゃ、家畜といっしょじゃん。』

 という内容のものだった。

 これには、多くの抗議の声が寄せられている。

「家畜の何が悪いんだ。何の未来の心配もなく生きられて、幸せだろう。」

「どう生きるかは人の勝手であり、自由だ。個人の選択に、国連が口出しをする権利はない。」

「俺は働きたくないんだ。労働を国際機関が強制するのは、拷問じゃないのか。」

「『忙しい』という字は、心を亡くすと書きます。人間、ヒマな方がよいのです。」

「みんな安全なところでのんびり暮らしたいんだ。労働は苦しい、外は危険。いいことなし。」

「食って寝て暮らす。すごく健康的な生活じゃないですか。国連さん、それの一体何が問題なんですか?」

「いやはや、家畜のように暮らせるだけでもラッキーじゃないですか。それよりも上を目指すなど、少々おこがましいというものじゃあないですか?」

「時代はついにここまで来たか……。あとは、国連という俺たちの敵を倒せばいいんだな。」

「これでラクができる……。え、国連が邪魔してる? じゃあ、そいつは敵だ!」

「国連ってバカなんですか? 全然、人の心を分かってないよね? なんで、わざわざ苦しむほうへ行くの?」

「耐えることが美徳とか、いつの時代の思想だよ。頭が固いんじゃないの、国連の人?」

「家畜でいいじゃないですか。家畜だって、一生懸命に生きているんですからきっと。」

「国連の考え方はおかしいと思います。働くことが善だなどと、そんなの誰が決めたんですか?」

「狂ってる。自分から苦しむことをするなんて、こんなの誰が得をするんだ。」

「我々はどこで道を間違えてしまったのか。自分で自分を傷つけることほど、愚かなことはないというのに。」

「幸せになりたい。楽したい。それには、働かないことが最善の策なのです。」

「気持ち悪いですよね、国連って。どれだけ意識高いんですか。私は意識低いので、家畜で十分ですよ。」

「住みよい人類社会を築くのに何が必要なのか。国連の方々は、もう一度よく考えてみてください。」

「要するに、誰も進んで働きたくなんかないわな。」

 多方面からの様々な批判に、国連は結局動じることはなかった。

 食うものに困らなくなるのは確かに人間が堕落することにもつながりうるため、いきなりそれをやるとこの世の中がどうなるのか分からないというのもあったかもしれない。

 ゆえに、今はまだゲームで食い放題という夢のような世界は、法的な拘束により実現されるには至っていない。

 人間はまだ、食うために金を稼ぐ必要がある。

 だから、俺たちはシムゲームでポイントを得るためチームを組んだ。

 金を得ることに追われなければ、仲間を作ることなどしなかったかもしれないが。

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