Age Simulated Reality

マサヒロ

第1話 洞窟の囚人

 二〇XX年。

 人類の歴史が始まって以降、長く続いてきた物質の時代が終わり、新たなシミュレーション時代が幕を開けた。

 既存のあらゆる常識は、反転する。



「米国の科学機関や多くの学者もすでに認めていることですが、よーするにこの我々が住んでいる世界は一種のバーチャル・リアリティ(VR)のようなものだったということなんですか?」

 スマートフォンの画面上で、コメンテーターが語っている動画が再生される。

「ええ。原理としては、ゲームと同じです。最近の若い人たちが、よくやってるのを見るでしょう? 魔法とか剣とかが出てきて、最後にラスボスを倒すみたいな。ようは、この世界も仕組みとしてはアレと同じなんですな。」

「……はあ。」

 番組の中で、高名な学者として紹介された人物が解説をしている。

「これは米国の学会でも科学的に論証できる説として、公式に認められてましてな。ニュートンやらアインシュタインらが歴史上で物理学を引っくり返したように、今現代においてこれまでの常識を覆してしまう新たな知識が、人類に公開されたことになるのです。」

「それって、すごいことなんじゃないですか?」

「当たり前じゃろう! 現代の人間が今みたいになるのには、これまでに何度も時代を変える革命・変革が起こってきたわけじゃが、この時代がまさに歴史の変わり目ということになるのです。チェンジング・ポイント・なうじゃよ。」

「なるほど……。今どきの言葉による、分かりやすい解説をありがとうございました。」

 学者らしき初老の人物が、勉強不足なコメンテーターを叱り飛ばしてる映像を一旦止めて、綾瀬エリカは画面に目を落としたまま俺に疑問を投げかけてきた。

「ふうん。私たちがいつも魔法みたいなのを使ったり、おかしな魔物がモンスター街中に出現したりするのって、ちゃんと科学でも立証されてる現象ってことなのかな?」

この時代を生きる者にとっては、当然ふしぎに感じることだろう。

 ゲームや小説などによく出てくる魔法やモンスターなどの設定は、物理の法則に反してるからこそ、我々はファンタジーの物語としてそれを受け止めている。

 また、現実は物理の法則にあまねく支配されてることを知ってるからこそ、普段の生活ではフシギなことなど起こるはずもないと予測して生きている。

 ゆえに、現実の世界でまるでゲームのように魔法などが使えたりすれば、普通の感覚では奇妙に思えてくるはずだ。

 しかし、俺たちが目にする魔法やモンスターたちは、あくまで人により造られた人工物であり、仕組みとしてはゲームと同じものである。

 ただ、それがあまりにもリアルな存在感を持つために、ゲームであることをたまに忘れてしまうことになる。


 日本の道路に、例えば動物のゾウが歩いてたとして、それを見た人は驚きはしても目の前の状況を、とりあえずは現実のものとして受け取るだろう。今の時代は、ゾウの代わりにゲームの中にあったものが、現実味をもって現れるというだけだ。

 フィクションとリアルの区別は付かず、ゲーム中の壺を見かけたらそれが実在のものかそれ以外の存在ものかを、一般に判別できない。

 エリカの発言は、目の前にいるゾウが人工の存在もの(『像』と言ってもいいが)であることを、見失いかけたかのようでもあった。


 俺はその質問に、何となくの持ってる知識で答える。

「まあ、科学で説明されてるっていうより、人間のこの世界の認識がそもそも根本から違ってたってことなんじゃないか? ゲームの世界に記憶を失って転生した人は、その世界があまりにリアルで違和感すらも感じさせないのなら、自分が生きてる世界を本当に実在するものだと思って生活していくだろう。でも、自分のいる世界がある時ゲームだと分かってしまった状況ってのが、現代に起きていることなわけだ。それを科学的な方法で説明できるからこそ、その真実は知識として世界に広まった。」

 エリカは動画サイトのコメント欄をスクロールしてる。

 彼女は文字を読みながら人の話を聞けるのでそうしてるのだが、傍から見ると話を聴いてないようにも見える。

「じゃあ、この世に存在してる木や土や水や鳥はすべて、ただのデータだったの? 実体としては存在してない虚像なわけだから。」

 俺はその言葉を吟味しつつ、慎重に答える。

「この世界をすごくリアルなゲームと考えると、確かにそこら辺にある自然や生物はデータでしかないし、鳥や虫といった動物にしたってそこに魂がないなら、ただのプログラムで動く映像といったところだな。ゲームと違うのは、実際に触ったり温度を感じたりできることだけど、それは単に映像と音声のみで感覚されるゲームが、匂い、触感、味覚を加えた五感で感知できるモノに拡張されたにすぎない。実体として存在してないことは変わらない、と思う。」

「ふむう。なら、世界の実態を知らない古代の人は、まるでプラトンの哲学に出てくる『洞窟の比喩』の中に登場する囚人のようだね。」

 そう言うと、エリカはスマホの画面をタップしてネットで情報を検索すると、該当する物語の朗読を始めた。



……地下のある洞窟に、囚人が住んでいます。

 囚人たちは子供の頃から、手足も首も縛られているため動くことができず、ずっと洞窟の奥を見ながら振り返ることもなく生活しています。

 入り口の方では火が燃えていて、人々を後ろから照らしています。

 火と人々の間に道があり、道に沿っていろんな種類の道具だとか、木や石で作られた人間や動物の像が運ばれていきます。

 運んでいく人々の中には、声を出す者もいれば黙っている者もいます。……



「洞窟に住む縛られた人々が見ているのは実体の影なんだけど、それを実体だと思い込んでいるの。壁に映って通りすぎていく影を追いかけて、そこに法則を見出そうとしたり理論を構築してみたりもするかもしれないわね。同じことが、現代に生きる我々にも言えるかもしれないわ。だって、実際にこの世界のあらゆるものは影なのだし、我々はそれを今まで実体だと信じてきたのだもの。そして、無知の闇の中をいつも迷ってる。」

 言ってることは、的を射てる。

 そこらの草木や色鮮やかに咲く花を眺めても、我々はその実体が何なのかを知らない。

 あらゆる物質は、原子でできている。というのは、学校でも習う科学の説明だ。

 原子が在るのはいいとしても、宇宙が生まれる前は実は何もない状態だったらしい。

 無から何かが生まれることはあるのか?

 それとも、膨大なエネルギーだけは存在したんだろうか?

 こんな風に考えること自体が、影を見てああでもないこうでもないと議論をつづける囚人みたいなものなのかもしれない。

 影の存在を追いかける前に、影を作り出しているものの正体は何か?

 見えてるものは、脳の神経が生み出した映像でしかない。

 自分が感知してる世界を見せてるのは、脳を流れる電気信号なのだ。

 見えてる世界を知ろうとするのなら、それを見せているものの正体を暴いたほうがよいのではないか。洞窟の囚人の比喩は、それを我々に伝えようとしてるようにも見える。

 事実、目の前の壁しか見ることのできない囚人が世界の真の姿を知ろうとするなら、後ろを振り返るのが手っ取り早い。

 現代人の置かれてる状況は、まさに囚人のごとし。

 自分を縛ってるものを解けば、後ろを振り返ることができる。

「世界が物質的な実体をもって存在してるという前提がこわれた以上、この世の根本の原理は何か異なるシステムのものを仮定しないといけない気がする……。例えば、現代において主流となってる唯物論に対して唯心論が前向きに議論されてた歴史もあったわけだが、この世の本質を物質だと考えるのではなく、むしろ精神と見なしたほうがしっくり来るように俺には思える。」

「それは私も同感だね。科学が説明しようとしてるのって、人間の外にある現象だけなんだよね。そこに、人のもっと本質である心とか意識のモンダイは含まれてない。この世界の真実の姿は、物質とは根本的に異なる法則が支配してる高次元な異界なのかもしれない。」

「少なくとも、俺たちは今まで思ってたのとはまるで違う根拠に立つセカイにいるんだろう。それまで何気なく過ごしてきた学校が、実は巨大なロボットの発進基地だったみたいな日常を覆す発見だ。普段のありふれた姿はカモフラージュされたもので、本当の姿や意図は隠されている。」

「怪盗とか魔法少女であるヒロインが、いつもはごく普通の女の子として学校に通ってる、みたいなアニメにも近いよね。ファンタジーや魔法みたいなのは、普段の日常では隠されていなければならない。物語に現実味リアリティをもたせるために、よく使われる設定ではあるけれど。その設定は、私たちが暮らす現実のセカイにも当てはめることができるわけで……。」

「ようするに、物語がウソっぽいか本当っぽいかっていうのは人間の心が感じることだから、その物語が起こる場所がアニメの中か現実のセカイかってのは別に関係ないわけだよな。アニメの中で魔法などの設定を隠すのがリアルっぽいんなら、仮にこの現実にも魔法的なオカルト現象があった場合、それらは隠されていたほうが世界は違和感などもなく自然に見えるってことだ。」

「うん。そして、それは人間の心を主体としたセカイの見方だけに、すんなりと理解しやすい理論でもあるんだよね。自分の外にある世界を主体であり本質と考えるんじゃなく、人間の心の動き、心を成り立たせてる仕組みをこそ実体だと考える視点に立つのなら、この世界が実はゲームでしたとか言われても、あまり矛盾を感じなくて済むものね。」

「逆に人間が今までなぜ、物質が世界の本質という唯物論の視点でしか科学を進化させられなかったのか、疑問に思えてくる。フランスの哲学者のデカルトによれば、セカイを認識する主体である自分だけが確かに存在するもので、その他の自分の外にあるものは全て存在するのかどうかすら疑わしい、ってことになるからな。」

「『我思う、故に我あり。』だっけ? この世の存在でもっとも確かなのは、原子とか分子、はたまた素粒子とかいったモノよりも、まずは自分なんだよね。つまり、人間の心。それだけは確かに存在してるし、私たちが見て感じてるセカイは、心……もしくは脳が作り出した映像でしかない……。脳が全ての仕掛け人で、私たちは仕掛け人が作り出した影絵のお芝居を眺めて、ずっとそれを追いかけてるにすぎない。……すぎなかった。」

「まさに、プラトンの洞窟の喩えでいう、囚人の後ろを通りすぎていく人々だな、脳は。人間は脳が作り出した影絵芝居を見つづけては、相対論や量子論を含めた科学を発展させてきたわけだが、それだけでは影の正体にまではたどり着けないし、現に歴史上の数々の天才科学者をもってしてもたどり着くことはできなかった。」

「だから、真実に到達する道はそれだけ難しいものだし、多くの人間はその途中で諦めて世界や自分の存在に対する疑問を棚上げにしながら、無難に生きていくのだけれど。脳が生み出した虚像を実際に存在してるものと信じて、そこで思考を停止して生きていくのは一見楽にも見えるけど、それは本当に幸せなことなのかしら?」

 答えるのが難しい、問いかけだった。

 俺は少し、考える間をおく。

「……幸せかどうか。どーなんだろうな? しかし、世界の原理を分からぬまま仕掛け人の正体を見破れず、無知でいつづけるってのはプラトンの喩えでは影絵のお芝居をずっと見つづけて、その様子や動きに一喜一憂しながら生きてるってことだ。その人たち本人は幸福だと思ってるかもしれないが、その幸福や心の平安は何者かによって作られたものだ。自分で選択して得た喜びじゃない。それをどう思うかは、人それぞれかもしらんが。」

「そーいえば、私もママに『しっかりお勉強をしていい大学に行って、いい企業に入ってエリートな男と結婚するのが幸せな人生なのよー。』って、さんざん言われてるわ。でも、そういうのってママが選んで私に与えた人生ルートを、自分の判断では選択せずに進んでるってだけなんだよね。それを幸せと思うかは、確かに人によるかもしれないけど。」

「まあ、俺みたいにエリートな人生ルートを選びたくても選べなさそうなやつもいるけどな。そういうコースを進めるってだけでも、うらやましい気はするが。だが、エリートコースを進める人間にしたって、社会のシステムに組み込まれて組織で働かなきゃいかんことは、俺のような非エリートと大して変わらんのかもしれない。……そこに、自分の都合で好きに生きてく余地なんか無いという意味では。大人が何の都合で生きてるかと言えば、そりゃ社会のシステムの都合なんだろうな。」

「キミ、自分で非エリートとか言うわりに、エリートに対してヘンなマイナスの感情とかコンプレックスをあんまり持ってないのね? キミの分析には、個人的な感情が込もってなくて、冷静で的確だわ。えーと、マヒロ君?」


 古代ふるしろマヒロ……。

 俺の名前の情報をちゃんと覚えてたんだな、綾瀬エリカ。

 彼女は俺と違って、名の知れた進学校に通う女子高生のようだ。

 偏差値の高いお嬢様ということなのだが、理系クラスに属してるためか学校ではビミョーに浮いているらしい。

 女子校には『理系=ヘン人』みたいな妙な差別感情があると本人は語っていたが、それがその学校だけの偏見なのか、全国的にも見られる傾向なのかは俺には分からない。

 友だちと群れることに興味がないので、人間関係では苦労してるということだ。

「ところで、お腹が空いたわね? ゲームに行く前に、何か食べてかない?」

 エリカの提案に、俺は頷いて賛同の意を示す。

「そうだな。ここらで、感じのよさそうなイタリアンでもあれば……。」

「時間もったいないよ! 近くのファーストフードでいいじゃん。」

「……そうなの?」

 育ちの良さそうなエリカに合わせて、そこそこ品のあるレストランでも探したほうがよいかと思ったのだが、実際ちょっとお高い店に入ってものんびりくつろげはするものの、その分時間を失う。

 俺たちはその辺の、『シムバーガー』とかいう聞きなれないファーストフード店を見つけて、入ることにした。

「ここ、ネットでクーポン券をダウンロードできるから、利用したほうがお得だよ。」

「へえ? そんなのがあるのか。」

 俺はエリカに手順を教わりながら、ケータイ端末で会社のホームページを検索。そこのクーポン配布用ページからデータを取得して、その画面を店員に見せると支払い時に商品が割引きになった。

「よく、こんなの知ってたなあ。俺なんか、クーポンなんて全然気にしたことがないよ。」

「だから、キミは効率が悪いんだよ。知らないと、損をする情報はいっぱいあるのに。情報を集めることを怠けると、余計なコストがけっこう増える。それは、つまりコスパが下がるってこと。」

 なぜか、怒られてる。

 俺が普段から効率が悪いのはその通りだが、まさかエリカが意外と節約家なのは知らなかった。お嬢様だから、もっと優雅な暮らしをしてるイメージを勝手に持っていた。

「案外、庶民的なんだな。家、ビンボーなのか?」

「ふつうにお金持ちだよ。でも、キミのその発想がすでにビンボー。順番が逆なんだよ。コストを減らすからお金が貯まるの。ビンボー人は無駄遣いが多いから、いつまでもビンボー。キミが勉強が苦手なのは、コスパの低い努力しかしてないからじゃないかな? どうすれば勉強の効率を高められるのか、キミは自分で考えたり情報を集めたりしたことはあるのかな?」

 そうか。俺の家が中流なのは、普段余計なことに金を使ってるからなのか。

 俺の勉強の成績が何となく冴えないのは、コスパのいい勉強法を知る努力を怠ったかららしい。

 言ってることは正しいので、俺からは言い返すこともできない。

「もう少し、勉強もがんばることにするよ。」

 お得な割引券で、2割ほど安い出費でランチを済ませ、店を出る。

 ファーストフードという食品の性質ゆえに、無意味な待ち時間などはほとんど生まなかった。味も十分満足のいくもので、気分も良い。

 すぐに商品が出てきて、手軽に食べられるので何かと忙しくなりがちな現代人には、重宝するサービスなのかもしれない。



 ところで、今の時代は人類の歴史の中でも特にいちじるしい進化を遂げた、そして現在も進化の真っ只中にある時期と言っていい。

 常識をくつがえす発明や発見というのは、人類史上で幾度か起こってきた出来事であるが、この世界にまた新たな革命が生じた。

 ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て、万有引力の法則を発見した。

 アインシュタインは、人が光の速さで進みながら光を眺めるとどう見えるのか? との着想から時間と空間の関係を記述する相対性理論を築き上げた。

 他にも、素粒子の波動としての性質を明らかにする量子論、コンピューターの発明、細胞の若返りとも言えるiPS細胞の発見。

 これまで、科学の歴史は数々の常識をひっくり返してきたのだが、『歴史はくり返す』のなら再び新たな革命が起こったとしても、別におかしな事とまでは言い切れない。

 人類は次の時代へと移行し、それまでに無かった新しい知識と技法を手に入れた。

 世界は、本質的にはゲームだった。

 この世界が存在する目的は、よーするに遊ぶことだった。


 

「ゲームって、コンピューターのプログラムで動くデータの集合体っていう考え方で合ってるのかな?」

 ファーストフードの店内で、エリカが食事しながら訊いてきた。

 大方、その解釈で当たってるだろう。

「そうだな。ゲームの実体は、ただのデジタルな情報データの集まり。それがどんなに精細でリアルに見えても、結局はそれっぽく世界に似せて作られたものでしかない。動く紙芝居と言ってもいいだろうけど、その考え方は現実のセカイにも当てはめることができるな……。」

「それは、脳がそれっぽく世界に似せて作ったモノを、私たちは見ているからだね? 脳の神経回路は、デジタルな情報処理を行うコンピューターと原理は同じだから、私たちが見たり感じたりしてる現実とゲームの世界は、それらが同じ情報量で構成されてるなら実質区別は付かない。」

「まさに、そうなんだ。俺たちが生きてる現実を、すごく精細なゲームだと考えてもべつに矛盾は起こらないし、そもそもゲームと現実を区別することもできない。その事実だけをもって、現実はゲームですよと主張してしまうのは少し無理があるけど、心理学の考察や進化論の矛盾などからいたって科学的に論証できる仮説でもあるんだよな。現実の世界とゲームは原理上同じであるという発見は、人類を新時代へと大きく進歩させる力となった……。」

「世界とゲームは同じか。私が今食べてる特大ハンバーガーも、ポテトもジュースも全て元はデータで、このお店もテーブルも椅子も本当は実体が無いものだなんて。そんなこと、むしろ知らずにいたほうが幸せだったんじゃないかしら?」

「いや、プラトンの喩えでも出てきたように、無知でいることは影絵のお芝居をひたすら追いかけてる囚人と一緒なんだ。その状態が仮に気楽で安心してられるものだとしても、洞窟の外を出歩いた経験のある者からしたら、それはやっぱり幻影に囚われた人として映ることだろう。」

「ふーん? それは、あんまり嬉しくないかも……。私は真理について、それを求めることを放棄して無知に安住して生きてるのは、嫌だな。たとえ、洞窟の外のセカイを知らないまま、安楽に暮らしてくことが罪にまではならないにしても。」

「洞窟の外に出ないことも、べつに罪にはならないか。エリカって、そういうとこ他人に優しいのかもな。自分の選択や信条がどうあれ、それを基本別の人に押しつけようとはしない。他人の生き方については、あくまでその本人に決定する自由があると考える。だから、他人が自ら不幸になる選択をしてたとしても、それをべつに否定も助言もしない。囚人のままでいる者を、その安楽がいかに貧しく虚しいかを知りながら、遠くから見守ってるだけだ。無理やり、暗い洞窟から引っぱり出してあげようなんて、お節介なことは間違ってもしない。」

「……?」

 なぜか、一瞬間が空いた。

 そして、どういう理屈か顔が赤く染まってく。

「いや、何言ってるの? 私はべつに良い人なんじゃなくて、他人に興味がないのよ。自分以外の他者には関心がないから、外部のことにはいちいち首を突っ込まないだけなの。基本、悪い人だから私は。そこらへんは、誤解しないでくれるかな?」

 悪い人は自分のことを悪い人だと言うものだろうか……。

 ちょっと冷たい声になる理由が、俺には分からないのだが。

 なんか、怒ってないか?

 俺は、何かヘンなことを言ったのか?

 空気が若干張りつめた感じになってるのを、微妙に気持ち悪いので何とかしたい。

 だが、どうすれば解決できるのかが分からなかった。

 急に、熱でも出たんだろうか?


  

 このような会話がランチの時になされたのだが、まとめるとなぜこの現実に魔法とかモンスターというファンタジーの要素が存在してるかというと、原理上ゲームと世界は同じだから。

 ゆえに、誰かがプログラムさえ組めば、非日常は姿を現す。

 そんな真実がなぜこれまで秘密にされてきたのかと言えば、それはアニメの中で魔法のような設定が一般人には隠されてるのと同じ理由と言える。

 単純に、不自然だし知られると混乱が起きるのだ。

 日常の中に物理法則を超えたモノが存在してたら、みんなヘンに思うだろう。

 世界の秩序は崩れ、バランスを失い倒壊する。

 とくに、妖精とか幻獣といった生き物が見つかったりしたら、自分本位な欲望からそれらを乱獲しようとする者も出てくる。興味をもった子どもがフシギな生き物を探して人里離れた場所へ冒険に行っても危ない。

 ファンタジー的な要素が何か実在することによって、世界の秩序が乱れることもある。

 世界のバランスは、微妙な均衡の上に成り立っている。

 逆に考えると、世界は回転する独楽のように不安定なのだから、新たな発見により容易に覆ったりもする。真理の知識はセカイの安定を脅かすからこそ、見えないように隠されてなければならない。



 過去の時代では、ずっと隠されてきた。

 現代になって、真実は明らかにされ、世界を根本からくつがえす知識を人類は手に入れた。ゲームと世界は一体化した。

 いや、もともと同じだったものが、再び結合しただけだ。

 新たなシミュレーション時代が幕を開けた。

 我々は、現実リアルの中でゲームを遊ぶようになった。

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