大好きな作家の朗読会があると知った。行こう。

普段何をするにも石橋を叩いてこわすほど慎重な私が、目的地まで何時間もかかると言うのにあの時なぜか即断した。結果、行って良かった。憧れの作家がすぐ目の前にいる興奮とかなり早く現地入りした事から、人が少ないうちに作家に直接ファンレターを渡すことができた幸運とで満ち足りた日だった。


後日、作家から返事を頂いた。洒落たポストカードながら、モノクロームの明るいとは言えない雰囲気の写真がプリントされたカードで、不穏ささえ感じ、なぜ自分あてのカードにこれを選んだのだろう、もしや作家は体調が悪いのではないかとまで思った。


それから10年程経った大晦日、ふと、本当にふとあのポストカードを思い出した。あのモノクロームの写真は、作家から私への答えだったのではないかと。


当時、朗読会で作家に聞きたい事や悩みを事前に募集されていたので書き、当日私の投書が作家に選ばれると言う幸運があったのだが、私の悩みは客観的に見てもかなり深刻だった。私の投稿を作家が読み上げ、答えている間、会場が異常なほど静まり返るほどだった。作家も参加者もあまりに重い内容にどう反応していいか戸惑ったに違いない。悪い事をした。


そこで大晦日に、あの公園から10年経って、急にあのポストカードの写真を思い出したのだ。モノクロのポストカードの写真は、どこかの邸宅の窓だった。窓しか写っていなかった。だからなぜ作家がこれを選んだのか当時は分からなかった。


作家は伝えたかったのではないか。


窓は、いつか開かれる、と。

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