第74話 壊れかけたゴーレム


「あれがくだんのゴーレムです。あ、気をつけて。これ以上近づかないでくださいね。アレはどこがどう狂ったのか、人が近づくと暴れ狂うんです。でも、近づかなければ、何もしてはきません。ただ……厄介なことに、あのゴーレムは運河のちょうど進行方向にいるんです。計画では運河はあの先に延ばす予定なんですが、アレのせいで先に進む工事は止まったまま。せいぜい幅を広げたり、面を整えたりする程度の作業しかできていません」


 そのゴーレムは、まるでこれ以上運河を掘らせないようにするかのごとく、運河の進行方向と重なる大地に項垂うなだれて座り込んでいた。


 風に晒され、薄汚れた身体。巨石を組み合わせて作ったような外見は他のゴーレムたちと変わることはないが、あちらこちらにヒビや欠けた所があり、他のゴーレムと比べても一目で古びていることがわかる程だった。


「いまはああやって座ったままですが、このラインよりも近づくと襲ってきます。気をつけてください」


 足下には棒か何かで引かれた線があり、すぐ近くには『進入禁止』の立て看板も置かれていた。


「あのゴーレムの命令権を持っているのは?」


 カロンの問いに、ホッジは弱り切った顔で頭を掻いた。


「私です。私が命令権を得た直後はちゃんと命令に従っていたのですが、しばらくして突然動かなくなりました。てっきり寿命だと考えて放置していたのですが……二週間前に独りでに再稼働して以降は、私の命令には全く従ってはくれません」


「それでは、今は命令権を持つ者がいない……ということですね」


 コクンとホッジは頷く。


「誰からの命令も受けつけないゴーレム、なんてものがいるんですのね。やっぱりどこか壊れてしまったのかしら」


 と、ブリジッタ。

 タケトはここに来る前に見た魔獣図鑑のゴーレムのページを思い出していた。


 ゴーレムは普通の魔獣とは少し生態が違う特殊な存在だ。

 いや、生物なのかどうかすら、実はよくわかっていないらしい。


 野生のゴーレムというものは現在では一体も確認できておらず、現存する全ての個体が人間に所有されている。しかし、いつから人間が所有していたのか、どういう経緯で所有しはじめたのか、その記録もはっきりしたものがない。人間が作り出したものだという説もあるらしいが、それを裏付ける証拠も今のところは見つかっていなかった。


 そして、ゴーレムは基本的に命令権をもつ人間の命令にのみ従う。逆にいうと、その人間の命令以外の行動はしない。命令権の付与や移行には一定の儀式を必要とする。


 そのため、ゴーレムを魔獣に含めていいのか、そもそも生命体なのかどうかすら議論が分かれるようだ。


 だから、その点からしても、あのゴーレムは異端なのだ。

 人間の命令が一切効かず、人間のコントロールから外れてしまったゴーレム。しかも、ソイツはいま運河工事の最大の障害になっている。


 ここからゴーレムの場所までは五十メートルほど。

 タケトはトン吉の入っているカバンをカロンに預けると、足下から適当な小石を拾い上げて手の平で弾ませた。


「どの程度動くのか、試してみるな」


 ブリジッタたちに一応聞いてはみるものの、返答を待つ間もなくゴーレムに数歩近づく。そして、腕を思い切り後ろに引いて、えいっとゴーレムに向かって投げてみた。


 タケトが石を投げたと同時に、それまで電池が切れたように力なく項垂れていたゴーレムが、むくりと顔をあげる。ゴーレムの顔は、人であれば目がある位置が深く窪んでいた。そこにはただ黒い影があるだけだったが、そこに突然、ブン……と鈍く赤い光が灯った。片目だけだったが、その赤く鈍く光る瞳は確かに投げられたタケトの小石を捉えた。


 ゴーレムは思いがけない機敏さで立ちあがる。そして前へと踏み出すと、左腕を伸ばしてタケトが投げた小石を掴み握りつぶした。さらにその勢いのまま、ドスドスと地面を揺らしてこちらに迫ってくる。


「わ、わわ……!」


「ぎゃーっっ!!」


 タケトたちも、ホッジや野次馬にきていた他の作業員たちも、一斉に逃げ出した。ドスドスと地響きのような足音が追いかけてくる。一番ゴーレムに近い場所にいたタケトの、すぐ真後ろで大きな音が弾けた。


「うわっ!!!」


 振動と巻き起こった風圧で、タケトの身体は軽々と放り出されてしまう。

 ちょっとくうを飛んだと思う。なんとか受け身を取りながら地面に転がったタケトが見たものは、先ほどまで自分がいた場所に突き刺さるゴーレムの巨大な左腕。


 あのままあそこにいたら、間違いなくゴーレムの拳に潰されてぺしゃんこだっただろう。


 ゴーレムの赤い視線が、ブン……と地面に転がるタケトに向けられる。


「ひっ……」


 間近で見ると、その巨体は迫力そのものもだった。片腕だけで、乗用車くらいの太さがある。よく避けられたものだと自分の幸運を神に感謝したくなったが、次も避けられるとは限らない。距離が近すぎる。一瞬で間を詰められてしまうだろう。

 ゴーレムが上半身を起こして、抉れた地面から拳を引き上げた。


(やばっ、第二撃がくる)


 タケトは足をもつれさせそうになりながらも、何とか立ちあがって走った。

 けれど、ゴーレムはもうそれ以上追っては来なかった。


「あ、あれ……?」


 ゴーレムはのっそりと立ちあがると、先ほどまでの機敏な動きが嘘だったかのような緩慢な動作で方向転換した。のっしのっしと元々座っていた場所まで戻ると、電池が切れたかのように力なく座り込む。


「……助かった……」


 安堵の息を漏らすタケトだったが、ほっとしたのも束の間、今度は右足の脛に激痛が走った。


「うわっちゃ!?」


 驚いたあまり、変な声が出る。

 振り返ると、険しい顔をしたブリジッタが腰に手をあててタケトを見上げていた。控えめに見ても、怒っているようだ。


「あ……えと……ブリジッタ?」


「ソチの頭の中には、何がつまってるのかしら!?」


「ひっ……」


 いつになくデカイ声で怒鳴られた。


「気をつけろと言われたばかりで、なんでそんな軽率な行動をするのかしら!! 自分一人が危ない目に合っただけでなく、他の人たちまでも危険にさらしたんですのよ!? おわかり!?」


「ご、ごめんなさい……」


 ブリジッタに怒られてタケトはしゅんとなる。

 そこにカロンが寄ってきて、預けていたカバンを返してくれた。


「やっぱり、あのゴーレムはあのラインよりこちらには深追いもしてこないみたいですね」


 カバンを肩にかけながら、タケトもゴーレムに目を向ける。


「そうだな。あそこより内側に入ってさえこなければ、その外で人間がうろちょろしてても気にしないんだろ」


 シャンテがタケトのカバンを、心配そうに覗き込んだ。


「トンちゃん、急に大きな音がして、びっくりしてないかな?」


 カバンの蓋を開けて見ると、中ではトン吉が器用に前脚で耳をおさえて突っ伏していた。


「ドーンて、すごい音したでありますぅ」


 そういえば豚って音に敏感なことを忘れていた。昔ペットショップでアルバイトしていたときも、店の前を通り過ぎたバイクの排気音に驚いて、売り物のミニブタたちがパニックになったことがあったっけ。


「またさっきみたいにゴーレムが襲ってくるかもしれないから、お前は少し離れておいた方がいいかもな」


 ついで、タケトはホッジと野次馬たちに驚かせてしまったことを謝った。ついでに彼らには危険が及ばないように離れておいてもうらうよう頼む。彼らが立ち去ったのを確認すると、タケトたちはさっそく仕事にとりかかることにした。


「それじゃ、とりあえず思いつく限りのことをやってみるしかなさそうですね」


 カロンは背負っていた大きなリュックを地面に下ろした。ガチャッと音がなる。リュックを開けると、中には捕獲作戦に使うものが色々と入っていた。


「どれから使うの?」


 シャンテの問いに、カロンはリュックの中をまさぐりながら「そうですね。これからいきますか」と大きな金属の筒にグリップがついたもの引っ張り出した。そして、ポンとタケトの手に渡す。


「……わ、わ」


 筒は予想以上に重くて、つい取り落としそうになった。慌てて両腕で抱きかかえる。


「飛び道具系はタケトの方が得意でしょうから、お願いします。あ、後ろから支えますので重さは気にしなくても大丈夫ですよ」


 そんなわけで、ゴーレム捕獲作戦、いや撤去作戦は始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る